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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
開戦編
248/462

第248話

 野戦基地、天幕が立ち並んで周囲からの視線を遮る一角にて。

 辺りから魔族兵の姿も気配も感じ取れないことを確かめた後、ヤマトは改めてノアに向き直った。


(やはり、ノアか)


 幾度となく見直しても変わらぬ姿に、安堵にも戸惑いにも近しい心地を覚える。どれほどノアが掴みどころのない人間だからと言っても、数年共に旅した相棒の顔を見間違えるはずがない。いや、一目で看破するには至らなかった訳だが。

 何を口にすればいいか分からないまま、仮面の中で百面相を描く。

 他方、ノアは呆れるような、それでいて優しげな光を宿した眼で見つめた後、そっとヤマトの顔に貼りついた仮面へ手を伸ばした。


「ちょっとそれ取るよ」

「む」


 抵抗する暇もない。意識の間隙を縫うような手振りで仮面が取り上げられる。

 途端に襲い来る陽射しの強さに眼を細めつつ、久方振りに素顔で感じる陽と風の感覚を受けて、無意識に頬が緩んだ。


「これヤマトの趣味? 正直、あまりいいとは思えないけど」

「吐かせ。必要がなければ俺も着けない」

「へぇ、認識阻害の術式が織り込まれているんだね。怪しさは凄いけど、ひとまず正体だけは隠せるようにって感じか」


 手の中でひとしきり転がしてから、ノアは仮面を投げ返す。

 難なく仮面を受け取り、そのまま懐へ仕舞い込んだ。魔族兵の視線もなく、ノアにもあっさり正体が知られた今、改めて仮面で顔を隠す必要もあるまい。再びノアを直視したところで、先程まで感じていた緊張感が霧散していることを自覚する。


(相変わらず、人を転がすことが上手い奴だ)


 言葉にはしないまま嘆息。

 急展開を受けて呆然としていた意識に喝を入れ、ムンと力を込めてノアに視線を向ける。


「こんな場所で会えるとは思っていなかったが。無事で何よりだ」

「ふふっ、ヤマトの方こそね。いよいよ駄目かと思ってもいたんだけど、無事でいてくれてよかったよ」


 思えば、氷の塔で魔王たちに強襲されてから早一ヶ月以上。絶対的な苦境からヒカルと共に逃げ延びたノアの無事は信じて疑っていなかったものの、魔王たちの間に取り残されたヤマトの無事を信じろと言うには酷な状況だった。ヤマト自身からしても、今回のことは九死に一生を得たとしか言いようのない出来事であり、叶うならば二度は経験したくない類のものだ。

 普段の茶化す態度が鳴りを潜め、素直に身の無事を喜んでくれる視線が暖かくも気恥ずかしい。それを誤魔化すように咳払い一つ、口を開く。


「それで、ここに一人で来たのか? ヒカルたちは?」

「いや、僕一人だよ。ヒカルは勇者としての仕事がいよいよ忙しくなるみたいで、僕みたいな奴が近くにいるといい顔をしない人がいたから」

「……そうか」


 勇者としての仕事。すなわち、北地より襲い来る魔王軍を迎え討つための旗頭になるということ。

 勇者という大層な肩書きに似合わず穏当な性格をしていたヒカルにとっては、重荷以外の何物でもないだろう。それを助けることもできない無力さに、歯がゆさを覚えずにはいられない。


「今のところは会議漬けで、危ないことも特にないみたいだから大丈夫だよ。その内前線に出てくることになりそうだけど、まだ時間はある。リーシャがヒカルの補佐をしてくれているから、ひとまず心配はいらないみたい」

「それならばいいのだが」


 腹黒い権力闘争に身を投じる者は、ときに容易く人道を外れようとする。ヤマトからすれば、刀と矢が飛び交う戦場よりも、欲望と悪意の渦巻く宮中の方が恐ろしいものだが。

 いずれにしても、ここであれこれ思慮を巡らせたところで何にもならない。気を取り直し、視線を上げる。


「レレイはどうした」

「あの娘については、正直よく分からない。何か用事があったみたいだから行かせたんだけど、特に何も言い残さなかったから」

「用事か」

「そう悪いことじゃないはずだし、レレイなら心配もいらないでしょ」

「そうだな」


 首肯する。

 平和な異世界出身ゆえに経験未熟なヒカルと、聖騎士ゆえに世俗に疎いリーシャ。彼女らと同様に、レレイも離島暮らしが長いために世間知らずの面があることは否めない。しかし、レレイはヒカルたちと比べると精神面で成熟していた。純粋ながらも折れることを知らないレレイの心を踏まえれば、あれこれと気を揉む必要がないことも察せられる。

 レレイだけ行方が知れないことは残念だが、そうした事情ならば仕方ない。せめて無事であることを祈るばかりだ。


「なら、ノアはここへ何をしに来た。依頼でも回されたか」

「半分正解だけど、どちらかと言うともう半分の方が目的だったかな」

「それは?」

「ヤマトの生存確認。あっさり死ぬとは思えなかったし、死んでたなら遺体回収くらいはやろうかなって」


 感謝よりも気恥ずかしさ、戸惑いが先に立つ。

 ノアに信頼されているという事実は嬉しいが、それほど大層な人間ではないと否定したくなる気持ちもある。氷の塔での窮地は間違いないなく絶体絶命であり、どう足掻いても抜け出せる見込みがある状況ではなかった。重ねるようだが、あの場から生還できたことは奇跡に等しい。

 そんなヤマトの心を悟ったか、ノアは苦笑いをする。


「生きているといいなぁくらいだったけどね? それに、仮にもペアで組んできた間柄なんだから、あそこで置き去りにして『さようなら』は寂しいし」

「そんなものか?」

「そんなものだよ。僕の方はそんな感じだね、教会までヒカルを届けて、ちょっと準備整えて、こっちの方に出戻ってきたところ」


 事もなげにノアは語るが、実際には大陸を縦断するに等しい距離を移動していることに驚愕する。魔導列車の恩恵を受けられるとしても、その負担は相当に大きいはずだ。

 感嘆の視線を投げようとしたところを遮るように、ノアはヤマトに水を向けた。


「それで、ヤマトの方はどんな感じだった? 見た感じ、塔から逃げられた訳でもなさそうだけど――」


『それについては、俺の方から説明させてもらおうか』


「む」


 耳元の通信機から聞こえた声に、思わず呻き声が漏れる。

 すっかりアナスタシアの存在を失念していた。ノアにはアナスタシアとの協力の件を話す心算でいたから辻褄は合っているが、やや迂闊であったことに違いはない。

 僅かに顔をしかめたヤマトの表情に何かを悟ったか、ノアは周囲にグルリと視線を巡らせる。


「魔力が流れている……魔導術、通信かな? 察するに、その先がヤマトを助けてくれた人ってところ?」

『ククッ、ずいぶんと頭のキレる嬢ちゃんじゃねぇか。おいヤマト、通信方式を切り替えるから、一度端末を耳から外せ』


 口を挟む暇もない。アナスタシアに言われるがまま通信機を耳から外し、手の平で転がす。


「それが通信機か。結構精密に術式が入力されているみたいだね」

『おうよ。そんな訳だから、くれぐれも丁寧に扱ってくれよ?』


 これまで耳元に当ててようやく聞こえる程度でしかなかったアナスタシアの声が、あたかもその場に立っているかのように響く。

 反射的に周囲に人の気配がないことを再確認するヤマトを他所に、アナスタシアはノアに向けて高らかに声を上げた。


『まずは自己紹介だな。俺はアナスタシア、魔王軍で研究開発部門を担当している。ヤマトとは、ちょっとした悪巧みについて手を組むことになっている。よろしく頼むぜ?』

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