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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
開戦編
243/462

第243話

 暖かさを含んだ風が頬を撫で、嗅いだ覚えのある草の香りが鼻孔に滑り込む。――同時に、雄大な高原には似合わない鉄の匂いが少々。

 眼前に広がるはエスト高原。記憶の中にある光景は、遥か彼方の山々に至るまで雄大な草原が広がっており、自然の偉大さを直感せずにはいられないものだった。人など所詮は小さな存在かと思い知らされた気分になったものだが、改めて見るに、人の力もそう捨てたものではないらしい。

 青々と茂っていた草原は踏み鳴らされ、かつての輝きは色褪せている。代わりに木柵や櫓、天幕などが幾つも設置され、そこかしこから炊事の煙が立ち昇っていた。鉄の匂いの源は、天幕を出入りする者たちが身につける鎧兜、加えて陣営の中央に鎮座する大筒か。


『ずいぶんと荒らしているみたいだねぇ』

「……あぁ」


 呆れたようなアナスタシアの声が、耳元の通信機から聞こえてくる。

 それに軽く頷いて応じてから、ヤマトは仮面の中で小さく溜め息を吐いた。エスト高原に愛着を抱いていた訳ではないが、青々とした大地が瞬く間に作り変えられた様には、思うところは少なからずある。見たところ開戦自体はまだ行われていないようだが、ここから戦闘までもが始まったならば、エスト高原はどれほど荒廃してしまうことだろう。


(戦争を止める、か)


 アナスタシアが語ってみせた目的。

 今でも大それたことだと思わずにはいられないが、そんな気持ちにさせられることは共感できる。旅する中で眼にした光景が踏み荒らされるというのは、存外に心地悪いものだ。ヒカルの援護云々を置いておくとしても、止めなければならないと直感する。


『ほら、足止めてないで進め進め。先頭のお前が歩かなくちゃ、後ろが詰まるんだからな』

「そうだな」


 横倒しになった草と剥き出された土に物悲しい気持ちになりながらも、ヤマトは歩く足を再開させる。

 ヤマトは今、魔王の要請通り物資搬送の任を遂行している。とは言っても、ただ一人の人間が一軍を賄うだけの物資を輸送できるはずもない。この任の主役と言うべき者は、ヤマトが後方に率いている機兵たちの方だ。

 姿形は少し小柄な人間と言ったところか。幾度も刃を交えた戦闘用機兵とは異なり、「ヤマトの後方をついていく」という一事だけを命令された分、小柄な体躯に見合わない膂力を持っているらしい。細腕ながらに巨大な荷車を引き、荒れ道を物ともせずに行進していた。


『へへっ、結構ちゃんと動くもんだろ? 統御システムを簡易化した分、自律運動の方はしっかり整えてやったからな』

「ここまで事故や故障はなし。一人でこれほどの荷を運べるならば、戦の常識が覆るな」


 戦における兵糧の管理は重要だ。幾ら腕の立つ武人を揃えようと、腹が減っては戦はできぬ。精強な兵を率いながらも兵糧を軽視したがために敗北した事例など、枚挙に暇がないほど存在するのだ。少しでも兵法を学んだ者ならば、何とかして兵糧管理を効率化しようと頭を悩ませることだろう。実際に荷運びをする者以外に、その荷を護衛する者、部隊を指揮する者など。様々に人員を要する物資搬送が、アナスタシアが開発した機兵をもってすれば大幅に簡略化される。

 進軍を容易にするという意味で、彼女が示した技術は戦争の起爆剤にすらなりかねないものだ。

 そんな懸念を察したのか、アナスタシアは苦笑交じりに言葉を重ねた。


『安心しろって。流石にどこでも使い回せるほどの利便性はないし、そのたびに俺が整備してやらなきゃ故障する。例えその問題をクリアできたところで、機兵を用立てるには相応の物資と金が必要だ。そう易々と使えるものじゃねぇよ』

「そうか」

『それに、魔王軍に使わせるのも今回で終いだ。そのためにここまで来たんだからな』


 言外に「人間の協力者を見つけ出せ」と強調されているようで、思わず苦笑いが漏れる。

 彼女は事もなげに言っているが、魔族と魔獣ばかりがひしめく陣営において、人間側に通じる者を見つけ出すということは至難の業だ。人間の捕虜がいる可能性はあるが、彼らと手を結んだところでどれほどの成果に繋がるか。


「……そろそろ着くな」


 悶々とした思いを振り払うように視線を上げたところで、目指していた陣のすぐ近くまで来ていたことに気がつく。

 櫓や木柵の内側で見張りをしていた兵たちが、戸惑った様子で互いの顔を見合わせている。即座に迎撃の構えが取れない辺りは、彼らもまだ経験の浅い兵士だということの証左か。


『そういやヤマト、ヘクトルについてはどれくらい知ってる?』

「ヘクトルについてだと?」


 どのくらいも何も、氷の塔で初めて顔を合わせた以外にヘクトルとの接点はない。

 せいぜい、彼が魔王軍第二騎士団の騎士団長であること。その肩書きに似合った実力の持ち主であること。魔王からの信頼も篤いらしいこと。そして、アナスタシアが彼を指して「堅物」と揶揄している程度か。


「ほとんど知らん。騎士団長を名乗るくらいだから、相応の実力者なのだろうな」

『まぁそうだな。――よし、せっかくだから顔を合わせる前に少し話しておくか』


 事前知識ということだ。魔王たちと顔合わせをする前には行われなかったが、それだけこの場が肝要だと彼女は捉えているらしい。


『ヘクトルってのは、一言で言えば頑固親父だ。何かあれば規律戒律って煩い奴でな。その分、言ってることは正論ばかりだから反論することも難しい、怠い野郎だ』

「ふっ、それで堅物ヘクトルか」

『おうよ。融通が利かない野郎なんだが、その分腕っ節は相当に立つ。加えて、頭の巡りも悪くない。開戦の先陣を任されるだけはあるって具合だな』


 堅物なれども文武両道。君主にとってそれほど都合のいい将は稀だ。力ある者は得てして傲慢になり、主が定めた規律を容易く破ろうとするのだから。ゆえに、魔王もヘクトルに先陣を任せるくらいには信頼しているのだろう。

 身体の奥底からふつふつと熱が沸き立つ様が自覚できた。直接刃を交えるのではないとは言え、それほどの強者と顔を合わせられるということに高揚せざるを得ない。


『ひとまず魔王に従ってるってポーズを見せとけば、突っ掛かられることはないはずだ。最悪の場合はフォローしてやるが、必要以上に事を荒立てるなよ?』

「了解した」


 物資搬送の責任者を務めるにあたって、最低限の言語機能を組み込んだ。他愛のない雑談などは難しいながらも、任務に関わる会話程度ならば問題なく行える。――という設定らしい。要は、ヘクトルの相手はヤマトが一人で行わねばならないということだ。

 勇者一行の従者として旅した際も面倒な会合などはヒカルやリーシャ、ときにノアに任せるばかりで、ヤマト自身はふらふらと遊び呆けていたのが実情だ。こうした格式張った会談に参加した経験はないものの、だからと言って投げ出す訳にはいかない。


(気を引き締めなければならんな――)


 ようやく慌ただしくなってきた陣を、仮面の中から睨めつける。

 もう間もなく、開戦の狼煙が上がろうとしていた。

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