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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
開戦編
239/462

第239話

「……どうしても着けないといけないか?」

『そら勿論。俺のところにずっと居着くなら着けなくていいが、そういう訳にもいかねぇんだろ? 外に出るなら、多少の手間は掛けないとな。今の内に慣れておけ』


 耳元に忍ばせた通信機からアナスタシアの声が聞こえる。反論の余地すらない正論だ。

 淡々とした口調ながらも、裏で揶揄されているような居心地の悪さを覚えながら。ヤマトは顔面に貼りついた仮面を撫でた。眼を覗かせるための穴が二つ空けられている以外には、装飾も何もない白塗りの仮面。


『単に顔を隠す役割に加えて、俺お手製の認識阻害術式を織り込んでいる。そこらの魔族共は勿論、魔王の坊っちゃん程度なら欺けるだろうよ』

「魔王すらか」

『流石に騎士団長の眼は誤魔化せないだろうが。奴らに知られるくらいなら問題ねぇさ』

「報告されるのではないか?」

『心配いらねぇよ。ぼっちヘルガにそんな協調性はないし、堅物ヘクトルは外出中。色ボケミレディには話を通してあるし、陰湿ナハトじゃあ見破れねぇ』


 恐れを知らないずいぶんな物言い。そこに疑問を挟みたい気持ちはあるものの、グダグダと話し込む必要はあるまい。いずれにせよ、すぐに彼らと顔を合わせることになるのだから。

 溜め息を噛み殺し、眼前の扉を見上げる。


(この先に奴ら――魔王たちがいるのか)


 ヒカルたちと共に旅をし、その果てに氷の塔で魔王たちと対峙したこと。第一騎士団の団長たるヘルガと手合わせし、隔絶した実力に驚愕したこと。辛うじて襲撃を退け転移で逃れようとしたこと。――そして、クロの妨害を防ぐためヤマトだけ取り残されたこと。

 どれも鮮明に記憶に焼きついているが、ずいぶんと昔のことに思える。時間の内では一ヶ月も経っていないはずだが、それを凌駕するだけの密度を伴った時間を経たということだろう。


『準備はできているな? もう入っていいぞ』

「あぁ」


 扉の向こう側では、一足先にアナスタシアが魔王たちへ話を通していたらしい。基本的な事情は伝え終えているゆえに、これから行われることは文字通りの顔合わせ。アナスタシアと魔王はそれほど仲睦まじくはないらしいから、深く追求されることもないだろう。

 深呼吸一つ。無自覚に緊張していた身体をほぐし、扉の取手に手を掛け――押し開く。




「よく来た。貴様が“彼女”の作品か」




 華麗なシャンデリアが輝く玉座の間。

 爪先が埋まるほど深い赤絨毯が敷かれた先、高さ三メートル以上はある玉座に一人の男が腰掛けていた。その脇に控えて佇む三名の騎士。


「“彼女”から話は聞いている。些か面妖な仮面ではあるが、それがなければろくに動けぬということだったな」

「……はっ」

「まあよい。奴の手の者ならば、その程度を咎めるのも無駄だろう」

『へっ、分かってんじゃねぇか』


 どこからともなくアナスタシアの声が玉座の間に響く。実験室に備えていたものと同様、どこかに拡声器を取りつけているのだろう。

 童女の声に辟易したという表情を浮かべる魔王には同情を禁じ得ないが、だからと気を抜く訳にはいかない。


(奴が魔王。魔王の加護を授かったがために不死となり、勇者以外には殺せぬはずの男か)


 「魔族とは黒い肌を持つものである」という大陸の常識を嘲笑うかのように、魔王は病的なほど白い肌をしていた。血の気がないと言うことすら躊躇われる、磁器の如き白さ。それでも、側頭部から生えた雄々しい角は彼が紛れもない魔族であることを雄弁に物語っていた。

 氷の塔で相対した際と同様、魔力を感知できないヤマトであろうと身震いするほどの“何か”が溢れ出している。――だが、この程度ならば絶望に足る脅威とは呼べない。


(奴がいる限りは、妙な真似は避けた方がいいか)

「………」


 魔王から目を逸らし、そのすぐ脇に控える騎士の一人――第一騎士団の団長ヘルガへ視線を送る。

 単なる脅威度を話にするのであれば、魔王とは比べ物にならないものを彼は宿していた。改めて、先日の戦いで一度とは言え退けられたことが嘘に思えるほどの圧力を覚える。単なる剣術と魔導術の練度もそうだが、ヘルガに対してはヤマトの本能が警鐘をかき鳴らすのだ。

 アナスタシアは仮面を指して、ヘルガの眼までは欺けまいと口にしていた。自信過剰な面が伺える彼女ですら認めざるを得ないのだから、ヘルガの力は推して知るべしというところだろう。


「貴様は――」

(気づかれた!?)


 そっと目を逸らそうとしたところで、ヘルガの視線がヤマトを絡め取り突き刺す。

 蛇に睨まれた蛙の如く、息を吸うことも眼球を動かすこともできない。その威圧ゆえに刀へ手を伸ばせなかったことは、幸いと言うべきか否か。脂汗を滝のように噴き出しながら、せめてもの抵抗としてヘルガの兜を睨み返す。

 部下の様子が一変したことを感じ取ったのか、既に興味を失ったらしかった魔王が顔を上げた。


「ヘルガ、どうかしたか?」

「……何でもない」


 兜の奥から伸びる視線が逸らされた瞬間に、身体が束縛から解き放たれた。思わず息を荒く吐き、バクバクと早鐘を打つ心臓を自覚する。


(見逃された、のか?)


 この場でヘルガが剣を抜き斬り掛かってきたなら、ヤマトに抵抗することは難しかっただろう。一太刀を避けたとして、その後に騎士団長三名から襲われて無事でいられるとは到底思えない。

 ヘルガとヤマトとのやり取りを感じ取ってか、他の騎士団長二人――ミレディとナハトがそれぞれに反応を返す。


「全くもう。ごめんなさいね? ヘルガは無愛想でちょっと怖いところがあるけれど、根はそうでもないのよ。気を悪くしないでね?」

『無愛想で済む殺気じゃなかったろうに。部下の手綱はちゃんと握れよ、魔王様?』

「余計な世話だ」


 ミレディとアナスタシアが茶化し、魔王が憮然とした面持ちで言い返す。渦中のヘルガは己の気配をすっと薄め、部屋の隅で控えていることにしたらしい。残されたナハトは口を開かぬまま、再び剣呑な空気になることを恐れてかアワアワと辺りを見渡している。


(運がないと言うべきか、まだ未熟と恥じるべきか)


 少なくとも、己がヘルガ一人に気圧されていたという事実は認めるべきだろう。

 まだまだ鍛える余地はありそうだと認識したところで、まだ研究施設内の私室にいるアナスタシアが咳払いをする。


『顔見せはこのくらいでいいだろ? 俺もそいつも暇じゃねえんだ。ここらで失礼するぜ。ほら、お前もさっさと出るぞ』

「はっ」

「うむ。――いや、待て」


 クルリと踵を返したところで呼び止められた。仮面の内で僅かに顔をしかめながら振り返れば、魔王が眼に怪しげな光を宿す姿が目に入る。

 面倒事の予感だ。


『おいおい何だよ。まだ用があるのか?』

「あぁ。そう大層なことではないがな」


 ヤマトと同様のものを感じ取ったのか、アナスタシアも拡声器越しに面倒臭そうな声を上げる。それに苦笑いをしながらも、魔王は口を閉ざすことなく言葉を続けた。


「ここより南下した先、人がエスト高原と呼ぶ地にヘクトルを遣っていることは知っているな?」

『第二騎士団長様のことだな。ひとまず初戦は勝利したってのは聞いたぜ』

「耳が早いな。だが、その通りだ。こちら側の損害は軽微。完勝とは言えずとも充分以上の戦果だっただろう」


 ヒカルたちに脅威が迫っていると思えば穏やかではない話だが、魔王陣営からすれば歓迎すべきことなのだろう。

 だと言うのに、魔王の表情は今一つ冴えない。


『いいことじゃねぇか。んで、話って?』

「そう急かすな。端的に言えば、貴様らにはヘクトルへの物資搬送を行ってもらいたい」

『はぁ? 何で俺たちが』


 「そんな面倒なことをしなくちゃならない」という本音は腹の内に収めつつ。

 どことなく苛立ちを感じさせるアナスタシアの言葉に、魔王は僅かにたじろぎながらも頷く。


「雑兵共を蹴散らすことは容易らしいが、あそこには帝国が居座っている。ひとまず不干渉の使者は送っているが、念を入れる必要はあるだろう」

『――へぇ?』


 拡声器から殺気を滲ませた声が響く。ただそれだけで、先のヘルガを彷彿とさせるような剣呑な空気が部屋中に広がった。


『そうかそうか。“そういうこと”なんだな?』

「ぬ……っ! い、いや分かってほしい。侵攻軍をヘクトルに指揮させている現状、他の騎士団長をも南方へ派遣させればここが手薄になるからな。だが無理というなら――」

『いいぜ、引き受けてやるよ』


 見ていて哀れになるほど脂汗を滲ませた魔王だったが、続くアナスタシアの言葉を聞き、身体を硬直させる。

 どちらが主なのか分からなくなる有り様。魔王に同情したくはあるが、ヤマトの心情はどちらかと言えばアナスタシアの側に寄っていた。


「い、いいのか?」

『いいって言ってんだろ。仮にも、俺たちは魔王サマの配下だからな?』


 魔王の指示はすなわち、アナスタシアとヤマトに危地へ赴けというもの。魔王とアナスタシアの関係を事細かに聞き出した訳ではないが、それは主従関係と言うよりも契約関係に近しいのだろう。アナスタシアには魔王の言葉に従う義務はなく、損得が噛み合った場合にアナスタシアは手を貸す。

 その関係を踏まえれば、魔王の言葉は前例を覆そうというものだったことが伺える。即座に誤魔化そうとした辺り、アナスタシアへの牽制のようなものだったのだろうか。

 だが、アナスタシアは承諾した。


「そう、か?」

『おうよ。そんじゃあ魔王サマ、今度こそ失礼するぜ? ほら、出るぞ』


 今度こそ引き留めようという者はいない。アナスタシアが拡声器越しに促すままに、一礼したヤマトは玉座の間を後にした。

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