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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
開戦編
236/462

第236話

 人智の至らぬ北地にて魔王軍が決起し、今代勇者たるヒカルへ宣戦布告。もう間もなくエスト高原を抜け、大陸南部へと至るだろう。

 その報せは生還した勇者ヒカル一行の口により伝えられ、大陸は俄に騒がしさを増していた。日に日に市井の緊張感が増していき、少しでも魔王軍の猛威から逃れんと大陸南端へ移住する者も現れているという。


(――とは言え、まだまだ呑気なものだけどね)


 対魔王同盟の盟主を代々務めてきた太陽教会。その本部が置かれた教会の待合室にて。

 シスターが手配した茶に手を伸ばしながら、ノアはそっと溜め息を湯の中に零した。


「ふぅむ。待つというのは今一つ慣れんな」

「来る日も来る日も待ち惚けとはねぇ。それも仕方ないくらいの一大事ではあるんだけど」

「道理は分かるのだが……」

「つまんなーい!」


 向かい側の長椅子に腰掛けたレレイが唇を尖らせながら茶をすする。ただでさえ童顔な彼女が幼気な仕草をしていると、実年齢よりも更に数個年下に見えてくる。日頃の凛とした仕草とのギャップは大きいが、その点に魅力を覚える者も多いだろう。

 そんなレレイよりも遥かに年下なリリからすれば尚更、この日々は耐え難いもののはずだ。フラフラとソファの下で足を揺らす戯れにも飽きて、ウズウズとした調子で窓の外を眺めている。彼女が魔族であることを隠す都合上、あまり自由に遊ばせてやれないことは心苦しいが。


(確かに、ちょっと動きがなさすぎるね)


 あまりの退屈さに辟易するという点はノアも大いに同意するところだ。


(今頃も生産性のない話を延々と続けているのかな)


 チラと待合室の扉に視線を送る。そこを抜けて少し歩いた先にある会議室では、今頃大陸の趨勢を決する(題目だけは立派な)話し合いが行われていることだろう。そしてその場には、ノアたちのリーダーたる勇者ヒカルも参席している。


(教会の教皇を筆頭に、各国の王や大商人がぞろぞろと。皆、戦争の利権確保に必死なんだろうね)


 大陸全土が戦火に飲まれる一大事を前にして、何を呑気な――というのはヒカルの憤り。戦いを知らぬ平和な世界の出身、勇者らしく気高い倫理観の持ち主であることを鑑みれば、その憤りは至極真っ当なものではあるのだが。

 ノア自身の考えを述べるならば、会議と称してダラダラと無駄話を続けている現状も無駄ではない。醜い欲を晒すが如き利権確保も、各々の民と領地を守るための行いと思えば可愛気があると言える。


「だけど、そろそろ潮時かなー……」

「どうかしたの?」

「いやこっちの話だけどね」


 下らない利権確保の皮を被った、来るべき好機に備えた時間稼ぎ。それに権力者の一味として加わるならば楽しみようはあるが、部外者として待たされ続けるのは趣味ではない。

 これから対魔王軍の旗頭として戦うヒカルへの義理として待機し続けていたが、それももう充分だろう。


(僕の方もやり残したことはあるからね)


 何気なく待合室の窓から外を眺めたところで、足音が扉の向こう側から聞こえる。


「むっ、戻ってきたようだな」

「思ったより早いね」


 いつも通りなら日暮れまで会議が続いているのだが、どうしたことだろう。

 そんな些末な疑問を胸に視線を戻せば、扉を開けてヒカルとリーシャが部屋に入ってきた。相変わらずの鉄仮面で素顔を覆い隠したヒカルはさておき、リーシャの方はずいぶんと疲弊した顔をしている。


「ヒカルお姉ちゃん、リーシャお姉ちゃん!」

「あぁ、待たせたなリリ。いつもすまない」


 パァッと表情を華やげたリリが飛びつき、ヒカルがそれを危なげなく受け止める。

 もはやヒカルが女子であることを隠そうとしない態度には苦笑せざるを得ないが、リリは何度言い聞かせたところで改めようとしないのだ。権力者たちも暗黙の内にヒカルの性別を悟っている様子だから、今更必死に隠そうとしたところで無駄だろう。

 会議で疲れた様子を見せたヒカルとリーシャの空気がふっと和らぐ。それを確かめてから、先程の拗ねた表情を引っ込めたレレイが口を開いた。


「今日は何か決まったのか? 少し早く終わったようだが」

「む。……あぁ、決まった」


 平時と異なる雰囲気を感じ取ったのは、決して錯覚ではなかったらしい。

 ノアとレレイが揃って興味あり気な眼を向ければ、リーシャがコクリと頷いてから声を上げる。


「エスト高原に駐在していた鉄道憲兵隊から、魔王軍発見の報が届いたそうよ。いよいよ戦いが始まるみたい」

「へぇ。ようやくって感じだね」

「――あぁ、ようやくだ」


 メラッとヒカルから怪しげな雰囲気が立ち昇ったことには、努めて気づかないふりをする。


「じゃあヒカルとリーシャは、その陣頭指揮に行かなくちゃいけないのかな」

「え、えぇ、そうなるわ。指揮経験なんてないから、お飾りの大将みたいなものだけどね」

「いやぁ大変だね」


 本来の指揮官を押し退けて、大将として努める。すなわち、敵のみならず味方からも厭われる役職を強いられることになるのだ。ヒカルたちの手前ゆえに口にはしないが、ノア個人としては是非とも避けたい務めだ。

 ――ゆえに、なし崩し的に今後の予定も決まってくる。


「そろそろ、僕たちは別れた方がいいのかもねぇ」

「む」

「………」


 この部屋に入って以来、ヒカルとリーシャの様子がどことなく沈鬱であった理由は想像しやすい。

 大方、冒険者風情であるノアたちを切り捨てるべきだと言い募られたのだろう。今や数少なくなった冒険者に、根無し草としか言いようがない経歴不詳の不審者が含まれていることは事実。その一味を重用することは流石に許されない。


(ちょっとやり方は賢くないけど)


 もしノアが彼ら権力者の立場であれば、人知れず冒険者を暗殺させるか、自主的に離脱するように裏から唆すか。いずれにせよ、これから自分たちの旗頭となる勇者ヒカルの反感を買うような真似だけは避けることだろう。

 そうした当たり前の手を講じられない程度には、状況は切羽詰まっているのかもしれない。

 ひとまず率先して口を開こうとしたノアに先んじて、レレイが口を開いた。


「そういうことならば、私は他所に少し探りたい用があるからな。しばし別れることにしよう」

「あれ、そうなんだ?」

「うむ。手掛かりと言えるほどのものではないが、気になることがある」

「そう……。助けが必要だったら、いつでも呼びなさい?」


 思いがけないレレイの言葉であったが、不思議と納得する気持ちもあった。彼女は勇者一行の中では相当に幼気な外見であるものの、その雰囲気や精神性はかなり大人びている。あまり内面を晒そうとしない性質ゆえに確信はなかったが、彼女なりに秘めた想いがあったということだろう。

 彼女であれば一人にしても問題あるまい。ヒカルやリーシャの如き意思の脆弱さもなく、ヤマトの如き無鉄砲さもない。元々竜神の巫女なる役を務めていただけあって、ずいぶんと頼り甲斐のある少女だ。


(ただまぁ、都合がいいと言えばいいのかもしれないね)


 リーシャとヒカルが僅かな落胆と共にレレイから視線を外す。その機を逃さない内に、ノアもそっと手を上げた。


「僕もいい?」

「ノア……」


 何かを予感したようなヒカルの呻き声。

 彼女を戦地に残していくことに心残りはあるが、ノアにはそれよりも為すべきことがある。


「だいたいレレイと同じなんだけどね。ちょっとやり残したことがあるから、別行動を取らせてもらうよ」

「……そうか。分かった」


 言葉にすれば薄情に聞こえるが、都合がよかったという一面は確かにあるのだろう。そっとリーシャが溜め息を漏らす姿が視界の端に映った。

 ふっと空気が弛緩する。

 あまり雰囲気が湿っぽくならない内に退出しようかと考えたノアへ、俯きがちであったヒカルが面を上げた。


「ノア。……その用について、聞いてもいいか?」

「いいよ」


 しばし思案するように指先を空で踊らせてから、小さく口元に笑みを浮かべて。


「北に忘れ物をしてきちゃったから。どこかで間抜けが転がっていないか、ちょっと探してくるよ」

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