表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
???編
226/462

第226話

 廊下を駆け抜け、開けた部屋へ出る。

 今日含めて三日をすごした実験室を彷彿とさせる純白の部屋だ。椅子や机といった日用品を何一つ置いていない殺風景な景色には、あまり長居はしたくないと思えるほどの寒々しさが横たわっていた。

 その部屋の中心に、一人の男が立っている。中肉中背で白髪。傍目からは痩せ気味に見えるものの、妙な力強さも感じられた。そして、腰元には極東由来の長刀が一振り。


(何者だ? 魔王軍の関係者――?)


 咄嗟に足を止めようとして、胸中でドス黒い感情が膨れ上がった。訳が分からないながらも「今すぐに目の前の男を叩き斬れ」と本能が怒号を放つ。

 腰元の刀が独りでにピクリと蠢き、その柄に手が吸い寄せられる。手を離そうとしても、指先が刀に縫いつけられたかのように微動だにしない。そして何より、ヤマト自身の魂が即座に刀を抜けと喝采を上げていた。


(何だ、いったい何が起こっている?)


 視界が真っ赤に染まる幻視が生まれるほどの殺意。

 明らかに尋常ならざる衝動を吐く己に違和感を覚え、理性を総動員して足を止める。刀から手を離せないながらも、深呼吸をして努めて冷静たらんと心掛けて。


「――へぇ? 意外と理性が強いみたいだね」


 振り向きざまに男が口を開く。

 そこから吐き出された声を耳にした途端に、抗い難い拒絶反応が腹の奥底から込み上げてきた。気を抜けば抜刀と共に肉薄しようとする身体を、全霊をもって制御する。


「……お前は何者だ」

「更に言葉を交わすだけの知性も残しているときた。マスターも言っていたけど、能力の完全模倣は失敗しているみたいだね」

「何者だと問うている」

「そう怒らないでよ。で、僕が何者かだって? そうだね。端的に言ってしまうならば、僕は君を複製することを目指して作られた魔導生物さ」


 思わず眉間にシワが寄る。

 魔導生物というものが何なのかは今一つ理解できていないが、とても尋常ではないことは明らか。加えて、己を複製するという穏やかではない文言も飛び出してきた。

 救いを求めるように天井付近へ視線を彷徨わせれば、期待した声が部屋に響く。


『おっ、接触したようだな。しかも即交戦に入ることなく会話を始めた。なかなか興味深いことになってんな』

「これはマスター。仰る通り、少々意外な結果に僕も驚かされているのですよ」

『模倣体への拒絶反応も推論通りに表れている。となると、それを堪えているって訳か。いや大したもんだ』


 理解に苦しむ会話が、ヤマトの頭越しに繰り広げられていた。

 思わず生じた頭痛を堪えながら、前方で佇む白髪の剣士を睨めつける。


(……なるほど。俺の模倣体か)


 目にした当初は強烈な違和感と拒絶反応ばかりに意識が囚われてしまったが、改めてその姿を見てみれば、男は確かに己の模倣体と呼ぶに相応しい容貌をしているようだ。

 腰元の刀や立ち姿、全身に備わる筋肉のつき方や体格は言わずもがな。肩幅や手足の長さ等も怖気を覚えるほどに己と同一だ。肝心な顔立ちの方も、むっつりと不機嫌そうに見える双眸や色の薄い唇、極東人らしい平たい目鼻立ちなどに見覚えはある。まるで鏡に映った己を見ているような感覚だ。

 唯一の異なる点が、毛髪の色。ヤマトは極東人らしく夜空を閉じ込めたような黒髪な一方で、その剣士は輝くような白髪だ。髪質や髪型までもが同一だというのに、その色だけが正反対の様相を呈している。


『ざっくり言ってしまえば、そいつも俺の作品の一つでな。お前がどんな人間なのかを確かめるため、実験的に作ってみたって訳さ』

「作っただと?」

「そのままの意味だよ。僕は人の親から生まれた訳じゃない。マスターが用意した培養槽の中へ君の遺伝子を注入し、適切な成分投入によって肉体を再現した存在なのさ」

「それは……」


 尋常ではない。己の手によって生命体を作り出すなど、神にも等しい所業ではないか。

 そう考えてしまった者はヤマトだけであったらしく、実際に口にしてみせた女も白髪の剣士も平然とした態度を保っている。そのことに、意外感と少なくない怖気を禁じ得ない。


『模倣体と本体の間には強力な拒絶反応が生じる。世界に己と同一の存在が二つと存在することを、理性をすっ飛ばして本能が認めないって話さ。だから、すぐさま戦闘が始まると踏んでいたんだがな』

「極東で積んだ鍛錬の賜物なのか。それとも、マスターの推測通りオリジナルが“あれ”だからなのか。個人的には後者である方が面白いんだけど」

「何が言いたい」

「なに、単純なことさ」


 俄に漂う不穏な空気を察して、思わず身構える。

 そんなヤマトを面白がるような光を目に宿して、白髪の剣士は口元に深い弧を描いた。爛々と輝く眼光は幼子のように無邪気なものでありながらも、身体から漂う気配はそれと正反対に蛇の如き怪しさを伴っている。


「今からこの場所で、僕と君は刀を交える。マスターが仕組んだ実験の最終段階ってことさ」

「何だと?」


 剣士の言葉と同時に、背後でガシャンッと何かが閉じる音が聞こえる。

 即座に音の方へ視線を投げれば、純白の部屋に不釣り合いなほど重厚な鋼鉄の扉が出入り口を閉ざしていた。刀で斬り捨ててやろうという気概が失せるほどの重々しさに、反射的に顔をしかめる。


「僕たちの腕ならば、あの扉を断つことも不可能じゃない。だけどそれは、誰にも邪魔されず集中して臨んだ場合のことだ」

「お前は」

「後はもう、言わなくても分かるよね?」


 シュルシュルと刃を滑らせて、白髪の剣士は抜刀する。流麗でありながら獰猛さを秘めた刃の輝きは、単なる模造品と一蹴するには狂暴すぎる。


「……面倒な」

「くくっ! そう言ってるけど、いい加減殺意を堪えるのもしんどくなってきた頃合いでしょ? さぁ、思う存分殺り合うとしようよ!」


 戦いに何の恐れも抱いていない。敗北の可能性を微塵も疑っていないのではなく、人斬りの快楽に理性を押し流されたような狂人の笑み。

 本当に己の写し鏡なのかと疑いたくなる醜さだ。改めて込み上げる嫌悪感に、今度は逆らわずに抜刀する。


『まぁそういう訳だ。そいつを倒したなら、その奥に俺はいるからよ。頑張ってくれや』

「好き勝手言ってくれる」

『そう邪険にするなって。一応、そいつは複製体共の中じゃ一番出来がよかった奴だ。お前もそう易々と――いや、本来なら勝てないくらいの強さは持っているんだぜ?』

「何だと? おい待て!」


 とても看過できない言葉を残して、ブツッと何かが断ち切られる音が部屋に響く。

 思わず額に青筋を立てたヤマトに対して、苦笑と共に白髪の剣士は肩をすくめた。


「マスターは気紛れだからね。ただまぁ、僕を斬れば後は存分に問い詰めることができるんだ。やることは単純だろ?」

「どいつもこいつも……」


 ブツブツと不満を漏らしながらも、刀を正眼に構える。奇しくも、白髪の剣士と寸分違わぬタイミングのこと。

 衝動的な不快感に口をへの字に歪めたヤマトに対して、白髪の剣士は獰猛な笑みを浮かべる。


「余計な目もなくなった。ここにいるのは正真正銘、僕とオリジナルだけさ。――だからさ」


 思わずヤマトが見惚れるほど流麗な仕草で、太刀を大上段に構える。守りを捨て、ただ先を制して敵手をひたすらに斬る攻めの形。その佇まいがどこか“あの人”を彷彿とさせるのは、いったいどういう訳なのか。

 僅かな邪念を思い浮かべたヤマトを置き去りにして、白髪の剣士は牙を剥く。


「――いざ、尋常に勝負ッ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ