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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
???編
221/462

第221話

 鋼鉄の継ぎ目から蒸気が噴き出す。さながら武人が戦場を前に吐き出す武威の如く、肌を焦げつかせる熱風が吹き抜けた。


「気合は充分ということか」


 実験開始宣言と同時に、拡声器は再びスイッチを落とされたらしい。ヤマトが漏らした独り言に反応する者はなく、虚しく部屋に響くに留まった。

 軽く息を吐き、緩みかけていた気を引き締め直す。改めて機兵を睥睨し、その巨大さを前に顔をしかめた。


(身の丈が違いすぎる。人型をしているが、人よりも魔獣に近しいものと捉えた方がいいか)


 一般的な成人男性と同程度なヤマトに対して、機兵は身の丈三メートルを越えるほどの巨躯。それに見合うだけの重量と膂力を備えていると思しき体格をしているから、対人戦の常識を持ち込むのは筋違いであろう。さりとて、技術も道理も知らぬ魔獣とひとまとめにしていいかは、未だ判断に迷うところだ。

 急所を見抜けず、また容易く両断することも叶わない敵手。短期決戦の択は捨て、長期戦を覚悟するべきか。


「まずはその力を見せてもらうとしよう」


 刀を正眼へ。応じて、機兵も長刀を正眼に構えた。

 双方共に得物は長刀。機兵が携える刀の斬れ味が如何ほどかは読めないが、半端な物をこの場に用意するほど、拡声器の女は甘くはないだろう。


「――いざ」


 疾駆。

 踏み込みと共に『水月』を発動。機兵の認識を惑わせながら、一息に間合いを詰める。伏せた刀の刃を立て、その切っ先を機兵の膝目掛けて――


「くっ!?」

『―――――』


 銀閃。目視できない速さで振り抜かれた大太刀が眼前を斬り裂き、髪先を空に散らす。

 『水月』を駆使し、達人であろうと見切れない踏み込みを前にして、機兵が選んだ択は迎撃。竜種の爪撃に等しい威力を秘めた斬撃は、掠めるだけで人を容易に破壊できよう。正眼の大太刀が即座に腰溜めに構えられ、空を横一文字に薙ぐ。

 背を駆ける怖気に従って後退ることで精一杯。刀で弾くことなど到底不可能と判断し、ひたすら退避に徹する。


(やはりこいつは――)


 機兵は縦横無尽に大太刀を奔らせる。上段、下段、薙ぎ、突き、殴り、蹴り。瀑布の如き威力を秘めた連撃が雨嵐と降り注ぎ、辛うじて避けた刃も流水の如く弧を描いて戻ってくる。長刀のみならず五体をも武器に見立て、その尽くに必殺を滾らせた打ち込み。

 どれか一つでも受け損なえば、即死に繋がる嵐の連撃。懸命に死の嵐をいなすものの、それだけで戦いに勝てる道理はない。ジリジリと壁際へ追い込まれ、同時に機兵へ抗うための力が奪われていく。

 焦燥感を鎮めるように深呼吸一つ、機兵の繰り出す斬閃に目を凝らす。


「あまり舐めてくれるなよ」


 チリッと胸の内で炎が爆ぜる。

 機兵が繰り出す隙のない連撃。刀術の道理からは外れ、拳や爪先など五体を余すところなく駆使するその技は、ただ目の前の敵を殺すことだけに注力されている。初見殺しを多分に含んだ連携だが、それでもヤマトが辛うじて避けられている理由は、それがひどく見覚えのあるものだからに他ならない。

 師範の教えを飛び出し、一寸先に死が待ち受ける戦場で培った技。ヤマトが我武者羅に刀を振る中で編み出したものゆえに、目で見るよりも速く身体が斬撃を掻い潜る。事ここに至れば、女が無人機兵に誰の戦闘データを入力したのかを嫌でも理解せざるを得ない。

 大人と子供ほどもある体格差ながら、その動きは鏡写しの如くヤマトと瓜二つ。四方八方より襲い来る。


「ふぅ――っ」


 崩れ落ちるように膝を畳み、刀を腰元へ寄せた。

 刹那、首を真一文字に裂く斬り払いがヤマトの頭上を掠めて通り抜ける。返す刃で更なる追撃を放とうとするが、それは間に合わない。


『―――――』

「シッ!!」


 機兵の手首に深々と斬撃が刻まれ、凄まじい火花が散る。

 ヤマトが放った一閃が、大太刀を振りかぶっていた機兵の手首を裂く。攻撃偏重ゆえに身を省みなかった機兵は避けること叶わず、血飛沫のように火花を散らしながら右手を空に舞わせた。悲鳴のような金属音が木霊する。

 思わずといった様子で後退る機兵へ、更に一歩踏み込む。


「『斬鉄』ッ!」


 大上段から銀閃。振り下ろされた刃が機兵の膝を貫き、無数の金属片が空を舞う。

 返す刃で止めを刺そうとするも、機兵が一足で数メートルを飛び退る。一瞬で刀の間合いから逃れた機兵を見送り、無意識に止めていた呼吸を再開させた。


「……仕留め損なったか」


 視線の先にいる機兵は、それが人であれば満身創痍に等しい傷を負っていた。刀を握っていた右手は切り離され、残るは無手の左手のみ。更に右膝も深々と斬り裂かれたことで力を失ったらしく、まともに立つことすら能わず膝を地についている。

 だが、彼は痛みを知らない機兵だ。幾ら深手を負ったとて、身体が動くのであれば戦闘を続け、己の身が砕けるまで殺意を放ち続ける。古代文明の遺跡を守るガーディアンと同様、機能不全にまで追い込むことでしか止めることはできない。

 案の定、機兵は膝の砕けた右足を引きずるように立ち、両腕を構える。バチバチと火花を散らす右手だが、それも構わず拳として振るうつもりらしい。


(確かに、俺ならばそうするか)


 痛みを覚える身体であろうとも、命続く限りは敵に喰らいつく。例え両腕両足を断たれようとも、その覚悟が揺らぐことはない。ならば、痛みを感じない鋼鉄の身体ならば、やることは一つだけであろう。

 その信念を体現するかのような機兵の姿には、ある種の誇らしさも浮かぶ。もし得物を失ったことで怖気づくような様を見せるのであれば、失望のままに止めを刺すつもりであった。


「その意気は見事。なれど――」


 現実は非情だ。ふとした拍子に負った手傷が、容易く戦況を左右する。

 ヤマトが一歩踏み出せど、機兵はその場から動くこと能わない。片足を貫かれた以上、機兵が打てる手は相討ち覚悟の特攻のみであるゆえに。


「『水月』」

『―――――』


 目の前の相手を幻惑する歩行術。その絡繰りを知るゆえに逃れられる技ではなく、人である以上――人と同様の思考を辿る以上は、その術中に囚われてしまう。

 『水月』の脅威を知るがゆえに、先程の機兵は前進と迎撃をもって相対した。だが、足を断たれた今の状態にあっては、そのような真似はできない。せめてもの抵抗として『水月』の術を看破せんと赤色が瞬くが、それで見切れる技ではない。


「ふっ!!」


 空を裂いて打ち出された機兵の拳を避け、その足元へ刃を滑らせる。巨躯を一本で支えていた左足の膝に触れた刀は、鋼鉄を物ともしない斬れ味を遺憾なく発揮し、ズルッと重い感触を残して足を半ばで断つ。


「終いだ」


 崩れ落ちる機兵。その上体がヤマトの身体を握り潰さんと拳を振るが、『水月』の幻惑は的を絞らせない。

 紙一重のところを通り過ぎる拳に目もくれないまま、刀を大上段に構える。その刃に気を這わせ、かつて“あの人”が見せてくれた一閃を思い描く。


(余分な力を排せよ。己と刀を一とし、刃が望むがままに振れ。斬るのではなく、自ずと斬れるように――)


 脱力。停滞。流動。

 世界の流れが一息に遅くなる錯覚の中、刀がズッと重くなる。その切っ先にまで神経が行き交うような一体感の中、獲物を目前にした高揚感が刃から漏れ出ているような錯覚を覚える。

 それに任せて機兵を見やれば、鋼鉄の剣士が何かに見惚れるように動きを止めていることに気がついた。その姿に、どこか懐かしいものを覚えて。


(果たして俺は、あの高みに近づけているのか)


 細やかな疑念。直後に、刀から放たれた得体の知れない魔性がヤマトの心を縛り、その意識を眼前の敵へと絞らせる。

 勝負に余念は不要。その意識全ては敵手に集中させるべきであり、そんな当然の摂理を忘却した己を恥じ入る。


「――『斬鉄』」


 光速の一撃。

 かつてないほどの鋭さを備えた刀が、両膝をついた機兵を額から両断する。豆腐を裂くような感触で刃が鋼鉄へ滑り込み、火花を散らすことなく股下へ通り抜けた。


「ふぅ――」


 整息、そして残心。

 会心の手応えと共に背を正し、刀を握る手を脱力させる。


『―――――』


 己が斬られたことに気がついていないのか。機兵は尚もヤマトを握り潰さんと手を伸ばして――ズルリと身体を滑らせる。

 一体何が起こったのか。人造物らしからぬ反応で赤色を瞬かせ、縦一文字に刻まれた傷跡を認めた。その現実を拒否するように傷跡を左手でなぞり、バチッと全身に紫電を奔らせる。


「俺の勝ちだ」


 刀を鞘に収める。その納刀音を皮切りに。

 機兵は全身から断末魔の如く蒸気を噴き上げて、その場で物言わぬ瓦礫に成り果てた。

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