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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
グラド王国編
22/462

第22話

 目も開けられないほどの光が、身体を蝕んでいく。

 全身の皮を剥がされ、傷口に塩を塗りたくられるような痛みで意識が混濁する中、バルサはただ一点だけを見つめていた。


(認めない! あいつだけは絶対に認めない!!)


 光の奔流で視界は塗り潰されたが、そこの周りだけは不思議なほど鮮明に見えていた。

 剣士だ。不可思議な剣を使い、人間の脆弱な身でありながら、自分と渡り合った男。その剣技は見事の一言に尽きる。バルサでは到底到達できないほどの領域にまで技を磨き上げたことは、素直に称賛できる。認められないのは、そのことではない。

 目だ。

 馬鹿みたいに真っ直ぐで、疑うことを知らず、ただ純粋に強さを求める目。かつての自分、そして『あの人』と同じ目を、今の自分は否定する。否定しなければならない。


(じゃなきゃ、『あの人』が死んだのは何だったんだ! 『あの人』は誰よりも強かった! なのに――)




 脳裏に蘇るのは、十数年前の光景。

 都会とは到底呼べない山奥の村で、世間から弾き出された人間が集まって自然とできた場所。魔族嫌いの空気がひどく濃く蔓延していた村の中で、バルサは『あの人』に隠されて育てられた。

 はぐれ者が集う村からも外れた場所でひっそりと暮らしていた変わり者。それでいて、誰よりも強かった『あの人』は村になくてはならない存在で、誰からも慕われていた。バルサにとってもそれは変わらない。いつもはいい加減な調子でヘラヘラとしているくせに、肝心なときには誰よりも凛々しい表情になる。押しても引いても動じない山のような力強さと、何かあれば包み込んでくれる大地のような優しさ。そんな『あの人』の強さに、幼いバルサは憧れた。

 『あの人』が教えてくれた武に真摯に打ち込み、『あの人』が掲げた強さを理想とした。いつかは自分も『あの人』と同じように、誰かを助けながら生きるのだと、理由もなく信じていた。輝くようで平穏な日々は、ある日を境に崩れ散った。

 事態は単純だ。ひっそりと窮屈ながらも平和に生きていたバルサの存在を、どうしてか村人たちが知った。

 魔族嫌いな村人は『あの人』にバルサの処刑を求め、『あの人』はそれを拒否した。変わらぬ『あの人』の姿に安堵しながらも、どことなく流れ始めた不穏な空気に怯えていたことを覚えている。


(そして、あの日……)


 急速に緊張が高まる中、『あの人』は一人で村へと赴いた。

 確か、バルサを隠して育てていたことについての詰問だったという。――今思えば、それはただの口実だったのだろう。

 家で大人しく留守番していたバルサの下に、あいつ――クロは現れた。

 全身を黒いローブで包み、いかなるときもフードを外して素顔を見せようとしない男。紳士のように礼儀の伴った動作で、その実他人を敬う様子など欠片も見せない男。

 クロに半ば拉致されるように連れ出された先で、バルサはそれを見てしまった。

 夕日が辺りを不吉に赤く染め上げた中、血塗れになって倒れ伏す『あの人』の姿。そして、『あの人』の死骸を取り囲んで、気が狂ったように槍で突き続ける大人たちの姿。

 あまりの凄惨さに慟哭したバルサは、気がつけば魔族としての新しい力に目覚めた。『あの人』には到底及ばないが、それでも強大な力だ。それを目にした村人たちは、恐怖を顔に浮かべながら平伏し、許しを請うた。地面に擦りつけられる頭を見下ろして、バルサは理解してしまった。


(『あの人』は誰よりも強かった。その気になれば、『あの人』は生き延びるくらいはできたはずだ)


 それは、きっと事実だ。

 それほどまでに『あの人』は強かった。人相手のみならず魔獣相手でも怖いものはなく、きっと大陸でも屈指の実力者だったのだろう。そんな『あの人』が無抵抗に殺されたことには、理由がある。


(俺がいたからだ。俺を守るために、『あの人』は殺された)


 ひどく皮肉な話だ。

 『あの人』は誰よりも清い理念を抱いた強い人だった。だからこそ、当時のバルサを守るために死んだ。


(いくら強くなっても、この世には越えられない理不尽がある)


 そして、その理不尽を越えるために必要なものは力だ。

 『あの人』には到底及ばない力。それでも、バルサが分かりやすく力を示した途端に、村人たちは恐れおののいた。必要だったのは、ただの力だ。正しさなどは必要なかった。

 『あの人』と幼いバルサが追い求めた「強さ」に、価値などなかったと気づかされてしまった。


(だから――)


 認めてはならない。

 かつての自分と同じ、「強さ」を純粋に求める者を相手に敗北を認めてはならない。




「ぐ、ぅ……!」


 いつの間に意識が落ちていたのか。闇の底から徐々に意識が浮かび上がってくる。

 それに伴って、鋭い痛みを全身から感じる。指一つ動かすことに苦悶の声が漏れるほどだ。


「まだ意識があるのか」

「呆れるほどのしぶとさだね」


 目を薄く開く。

 光り輝く聖剣を手にした勇者と、短銃を構えた少女がこちらを見て何事かを話している。そして、二人の前で剣を手に、地に倒れ伏しているバルサを見下ろす剣士の姿。

 腹の底が煮えたぎる。今すぐに立てと心が叫ぶが、身体は動こうとしない。


「とは言え、抵抗はできないはずだ。すぐに拘束するとしよう」

「そうだね。聞き出したいこともあるだろうし――」


 勇者と少女が近づいてくる。

 その足を霞む視界の中で捉えながら、バルサは覚えのある気配が迫っていることを感じた。


「――止まれ」


 剣士が制止の声を上げる。

 その直後、すぐ隣に黒ローブ――クロが現れた。


「戻ってきたんだ。見捨ててさっさと引き上げるみたいに言ってたと思うんだけど」

「そのつもりでしたけどね。これも仕事ですから」


 徐々に意識が鮮明になってくる。指先に力が入るようになり、あと少しで立ち上がれそうだ。


「さあバルサさん、帰りますよ」

「ふざ、けるな……! 俺はまだやれる!」


 視界の中心に剣士の姿を捉える。その眼差しを見るだけで、怒りで力が沸々と湧いてくる。


「――やれやれ。できればやりたくはなかったんですけどねぇ」


 不意に、クロがその場に姿勢を落とした。

 必死に起き上がろうとするバルサの耳元に口を寄せ、背筋が凍るような声を出す。


「抵抗するようなら使えと、上の方々に命令されまして。恨まないでくださいね?」


 クロが懐から取り出したのは、怪しく紅い光を放つ宝石だ。見覚えのないものだが、途方もなく嫌な予感がする。


「何だ……。それは何だ!?」

「最近、機関が新たに開発しているものらしいですよ? 何やら、使用者の潜在能力を開放するものなのだとか。私はそれが確かは知らないですけどね」


 機関。

 魔王軍における兵器の研究開発をまとめて引き受けている部門だ。その実態は魔王軍内部でも明らかではなく、下っ端の兵士では存在すら知らないこともある。


「魔獣や下級の魔族に使ったならば、能力強化は確認されたんですけどね? 罪人の中級魔族に使ったところ、理性を失った化け物になってしまったとか」

「……俺は罪人か」

「命令違反ですからねぇ」


 軽い調子でクロは笑い声を上げるが、バルサにはそれに付き合う余裕はない。

 機関の開発品は確かに有用性が認められる一方で、その非人道的な効果も知られている。勇者に敗北を強いられる魔王軍だからこそ生じた人道軽視と聞くが、既に長い間勇者との戦いを経験していない今であっても、その風潮は引き継がれている。


「まだバルサさんのような上級魔族には試されていないようですから、希望はあると思いますよ?」

「クソッタレが……」

「ま、そんなわけで諦めてください」


 身体が自由に動くようならば、抵抗の一つも試みたであろうが。

 勇者の攻撃のダメージはいまだに抜けきっていない。外傷こそ完治しつつあるように見えても、身体の内側はまだボロボロな状態だ。

 見ることしかできない前で、クロは手にした紅い宝石をバルサの背中に押しつける。硬い感触で背中を押していた宝石が、徐々に背へめり込み入り込んでくる感触に、思わず寒気を覚える。


「それではバルサさん、ご機嫌よう。また会えるよう願ってますよ」

「――逃がすと思うか?」


 倒れたままのバルサに礼をして立ち去ろうとしたクロに、勇者が聖剣の切っ先を向ける。剣士と少女の方も、言葉には出さないがクロを逃さないつもりでいるらしい。


「……やれやれ。これは困りましたねぇ」


 欠片も困っていないような調子で言ってから、クロはバルサを見下ろす。


「どうしたものでしょう。何か案はありませんか?」

「………」


 応えない、のではない。

 応えられない。口からは掠れた息ばかりが漏れ出し、声になって出ようとしない。


「あらら、どうやら始まったみたいですねぇ」

「何だそれは!?」

「それでは勇者さん、バルサさんの相手をお願いしますよ」


 紅い宝石を埋め込まれた辺りを中心に、耐えがたいほどの熱を感じる。身体の中心から炎が燃え上がっているような幻覚に、全身から汗が噴き出る。心臓の鼓動が痛いほどに高鳴り、外の音が聞こえなくなる。視界までもが赤く染まっていく。


「―――ぅ」


 声が自然に漏れ出る。

 自分のものでなくなったような身体が、勝手に動き出す。

 グラグラと揺れる視界の中、三つの人影を認める。そして一人、細長い剣を手にした者を中心に収める。

 急速に薄れていく意識で、全身を駆け巡り溢れ出るほどの力の奔流を感じる。何でもできそうだという万能感が身体を包み込み、理性が欲望に塗り替えられていく。


「ぉぉ―――」


 空になっていた体内の魔力が急速に充満していく。それだけでは不足だと、何か消してはいけないものまでもが燃え、魔力に変じていく。

 全てが消えていく中、脳裏に思い描いたのは、『あの人』の背中。何よりも憧れ、何よりも慕い、何よりも絶望した背中。炎のような魔力の中に消えていく背中に思いを馳せ、それからかけ離れてしまった自分を自覚する。


「―――――――――ッッッッッ!!」


 叫び声。

 地獄絵図のような光景と、自分と対峙する三人の姿を最後に認めて。剣士一人だけを目がけて突貫する。


「……それが望みか」


 勇者と少女がそれを止めようと手を出してくるが、意には介さない。剣士は何かを悟った表情で、飛び退り、両腕を交差させて身体を守った。

 拳が命中する。まるで手応えを感じなかったが、剣士の身体は矢のように弾き出された。瓦礫となった建物の間を飛び、目に見えないほど遠くにまで転がっていく。

 その姿を追うべく、バルサは最後に一際大きく咆哮してから、地面を蹴り駆け出した。

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