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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
グラド王国編
21/462

第21話

 ヒカルが呆然と見つめる先で、ヤマトとバルサは死闘を繰り広げていた。

 細身の刀を精密に扱うヤマトに対して、バルサは巨大な剣を力任せに振り回す。これが試合であったならば、ヤマトは既に勝利していただろう。バルサが剣を一回振るうたびに、ヤマトは斬撃を数発入れている。手数はヤマトが圧倒的に勝っており、バルサはそれに対処し切れていない。

 それでも、戦況は拮抗していた。

 数回、数十回、ときには百回を越える斬撃でヤマトが与えたダメージを、バルサは一回の攻撃で引っ繰り返す。一撃でも直撃すれば、ヤマトほどに鍛え上げた武人であっても即死は免れない。掠っても重傷。更に言うならば、避けたところでダメージは無にならない。剣が振り抜かれた衝撃波がヤマトの身体を打ちのめして、着実にダメージを積み重ねていく。

 ゆえに、戦況は互角――いや、徐々にバルサの方へと傾いていた。


「これは、いよいよまずいかもね……」


 短銃を構えながらも、ヤマトたちのあまりに高速に立ち位置が変わる戦いへ参加できないでいたノアが呟いた。下手に弾を撃ち込めば、誤ってヤマトに命中しかねない。

 ダメージの応酬で言うならば、ヤマトが優勢ではあるのだろう。だが、バルサの常識外れな治癒能力は、その傷を片っ端から癒やしていく。無論、ヤマトにはそんな能力は備わっていない。このまま戦いが進めば、ダメージの積み重なったヤマトが押されるのは間違いない。どうにかして、戦況を打開しなければならない。


「―――」


 そこまでヒカルも頭で考えてから、途端に思考が錆びついたように働かなくなるのを自覚する。

 どうにかして? どうすればいいのか、答えは既に導かれている。それでも、理性と本能の両方がそれを認めようとしない。必死に目を逸らして、分からないフリをしている。


「くそっ」


 情けない。

 勇者だと担ぎ上げられて早数日。キリングベアとの戦いを経て、少しは自信ができていた。どうにか勇者としての責務を果たせそうだと、楽観視していた。それが、このざまだ。

 ふと、すぐ近くに立つノアの表情を伺う。人当たりが柔らかいノアは、異世界に親しい者もいなかったヒカルにとっては、初めてできた親しい人だ。ヤマトを相方としているためか、本人は荒事に慣れた様子がなかったところも、元いた世界の知人を想起させたのかもしれない。ヒカルにとっては、守るべき人のはずだった。

 そんなノアですら、バルサに向かって果敢に立ち向かった。思いがけないほどに戦い慣れた様子も見せていたが、穏やかな性格をしたノアも前へ出て行けたことは、ヒカルにとっては少なくない衝撃であった。


「――どうして」


 そんなことを考えていたからか。

 疑問の言葉がヒカルの口を突いて出た。


「どうして、戦えるんだ」

「……難しい話だね」


 ノアは端正な顔を歪めた。


「怖くはないのか」


 ヒカルは怖い。

 元の世界ではもちろん、こちらの世界でも初めて出会った強大な敵。その力は、加護には絶対の自信を抱いていたヒカルの力を凌ぐほどであった。自分よりも強い相手が、殺気に溢れながら迫ってくる。恐怖を感じないわけがない。


「僕も怖いよ。たぶん僕一人だけだったら、すぐに逃げていたはずだ」

「……守る人がいるから、ということか?」

「いや。それも違うかな」


 ヤマトとバルサの戦いを注視しながら、ノアは言葉を続ける。


「僕もヤマトも、そんな正義感は持っちゃいないんだ。ただそうしたいと思ったから、ここに立てている」


 分からない。

 なぜ、あんなにも恐ろしい相手の前に立とうと思えるのか。

 そう問うヒカルの視線を受けて、ノアは気恥ずかしげに「言いふらさないでね」と前置きしてから語り始めた。


「ヤマトが前に立っているから、僕も立てるんだ」


 ノアはそのまま、バルサと対峙し続けるヤマトの背中を眩しそうに見つめる。


「ヒカルはさ、ヤマトをどういう奴だと思ってる?」

「それは……」


 問われて、思い返す。

 初めて出会ったのは武術大会のとき。それまでの相手とは一線を画する実力の持ち主で、木刀で斬られるような幻覚さえ見えるほどの圧力を感じた。多少の恐怖も感じはしたが、それでも加護を使った自分の方が勝っていると直感できた。

 次に出会ったのはキリングベア討伐のとき。ヒカルとはほとんど話そうとしない無愛想な奴だった。キリングベアとの戦いで見せた実力は想像を越えていて、寡黙な武人という印象が頭に残った。

 そして昨日、街を案内してもらったとき。やはり会話はほとんどノアに任せて、ずっと無愛想であった。かと思えば外縁部の案内を買って出て、慣れた様子で路地を歩く姿を見せた。荒事や世間の闇に慣れているのだなと、どことなく遠い存在のように思えた。

 最後に、今目の前でバルサと戦っているとき。あれほど恐ろしい相手に一歩も引かず、先程は勝利を掴みかけたほど。そして、今も苦しい戦いを前に怯まず立ち向かう、勇敢な男だ。

 そんなヒカルの考えを汲み取ったのか、ノアは首を横に振った。


「ヤマトはさ、ただの馬鹿なんだよ」

「………」

「初めてヤマトと会ったとき、何で旅をしているのかを聞いてみたんだ。そしたらあいつ、『強くなりたいから』としか答えない」


 強くなりたい。

 漠然としすぎた答えだ。強くなってどうしたいのかも分からない上に、そも、本当に強くなれるかも分からない。子供の頃、皆一度は自分が一番だと思い込むが、その頃の思いをそのまま持ってきたかのような願い。


「上には上がいるとか、一番を目指すなら才能が必要とか。そんな理屈も分かった上で、あいつは強くなりたいって言い続けている。強くなってどうするのかも考えてないみたいで、ただ強くなりたいって馬鹿みたいに繰り返しているんだ」


 強さへの渇望。

 それは、平和な世界に暮らしてきたヒカルには分からないことなのかもしれない。


「すごく子供っぽいよね。だから僕も、初めて聞いたときに思わず馬鹿にしたんだ。現実が見えてないって」


 きっと、それは事実なのだろう。

 上には上がいる。自分は才能を持っていると過信してみても、それを優に越える才能の持ち主を前に心が折られる。絶対の強さなんてものもない。この世界に生きていく以上、どこかで妥協して、自分は凡人なのだと諦めて、現実の中で生きる方法を模索する必要がある。


「でもさ、それは間違ってたって気がついた。ヤマトは現実が見えていないんじゃなくて、現実を見て、馬鹿みたいなこと言ってる」


 自分は凡人だ。

 自分を越える存在は星の数ほど世界にいて、それとの間には、努力では越えがたい才能の壁が数え切れないほど立ちはだかっている。

 そんな現実を受け入れた上で、ヤマトは強さに執着している。


「どうして、そこまで」

「ヤマト自身も理由は分かっていないみたい。きっと本能みたいなものなんだろうね」


 そう言って笑いながらも、ノアは真面目な目つきのままでいる。


「僕は普通の奴だから、これまでもたくさん諦めてきた。妥協し続けて、そのことに何も思わないようになっていた。だからさ、ヤマトは眩しいんだ」


 きっと、そう自嘲するようなノアの生き方こそが普通なのだ。

 そんな理屈はノア自身も分かっているのだろう。


「強くなったって何の得にもならない。馬鹿みたいに努力して強くなるくらいなら、もっと手間少なく賢く生きた方が得になる。それでも、ヤマトみたいな生き方に憧れている」


 その感情にも理由はない。

 とても合理的とは言えない思考だが、それでも憧れずにはいられない。


「僕は見てみたいんだ。あんな馬鹿みたいなヤマトが、どこまで馬鹿でいられるのか。馬鹿を通した先に、何があるのか」


 だから。と言葉を続けながら、ノアは短銃を構える。

 ヒカルとノアの見る先で、ヤマトたちの戦いの均衡は崩れていた。バルサが振った剣の圧に押されて、ヤマトの体勢が崩れる。すぐに体勢を立て直そうとしているが、それを見逃すようなバルサではない。絶体絶命の危機。――だからこそ、活路はある。


「――僕は、ヤマトの道を支えたい」


 銃声が響く。

 空を裂いた弾丸は、頭上に剣を構えたバルサの手首を撃ち抜く。剣を振る直前の、もっとも脱力した瞬間を狙った、これ以上ないタイミングでの一撃。

 確かに重傷ではあるが、致命傷にはならない。その証拠にバルサの手首は、すぐに煙を立てながら治癒していく。だが、本命の攻撃はノアではない。


「ごめんヤマト。手を出しちゃった」

「……気にするな」


 応じながら、ヤマトは刀を構える。願ってもない千載一遇の好機だ、逃すわけにはいかない。

 バルサも必死にそれに応じようとしているが、手首を撃ち抜かれたことで剣に力が込められていない。加えて、先程まで気配を断って潜伏していたノアが強烈な存在感を示したおかげで、ヤマト一人に集中するわけにはいかなくなっている。

 直前までとは打って変わってヤマトの優勢で進む戦いを見守りながら、ノアはヒカルに声をかける。


「これが、僕がここに立てる理由。納得してもらえた?」

「あぁ……」

「ヤマトにはヤマトの、僕には僕の理由がある。ヒカルにも何か、戦うための理由ができるはずだよ」


 戦う理由。ノアに言われた言葉を頭の中で繰り返す。

 元いた世界では、自分が戦うことになるなんて思いもしなかった。いつも送っている平穏な日常をこれからもすごして、いつかは家庭を持って、果てに死ぬものかと漠然と考えていた。

 こちらの世界に来たときには、世界を救うために戦えと言われた。魔王という驚異に立ち向かえるのは、勇者として選ばれたヒカルだけ。ヒカルが戦わなければ、数えきれないほどの人間が死ぬことになる。だから、戦わなくてはならないと教え込まれた。その責任の重圧には思うところがあったが、結局、それを明確に現実のものとして理解できないまま、今日まで来てしまった。


「戦わなくちゃいけない理由じゃなくて、戦いたいと思える理由……」


 ヤマトの戦いを見る。今はヤマトが押しているが、依然としてバルサから感じる力は絶大だ。一歩間違えれば優勢は瞬く間に失われ、更には命を失う羽目になるだろう。

 そんな恐ろしい存在とは、とても戦いたいとは思えない。その思いは変わらないし、今も逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。これまで逃げなかったのは、仮にも勇者であるという自覚があるからと、そも、逃げるという発想自体が浮かんでこなかったから。だが――

 隣のノアの顔を盗み見る。次いで、目の前で戦っているヤマトの顔。

 二人は、この世界で初めてできた友人だ。聖地から出て初めてやって来たグランダークで、彼らと出会えたことは幸運だったのだろう。ヒカルが出会ったことがないほどに真っ直ぐな二人のおかげで、迷い込んでしまったこの世界にも希望を持てた。――だからこそ。


「――そうだな。確かに、できたかもしれないな」


 戦いたいと思える理由。

 ヒカルの胸中にあるそれを話せば、教会の者は顔をしかめるかもしれない。世界を救うという高尚な目的とはかけ離れた、ひどく個人的な理由だ。


「ノア。この戦いが終わった後、話したいことがある。私自身の秘密についてだ。それと――」

「後の話は後にしよう。全部聞くからさ」


 快活にノアは笑ってみせる。

 それに兜の中で笑い返しながら、ヒカルはずっと握っていた聖剣に目を落とす。

 バルサと対峙していたときの刀身の輝きは、先程までずっと落ち着いていた。ヒカルが戦意喪失したことに応じてか、ヤマトが来て間もなく光が消えたのだ。


(もう一度、力を貸してくれないか)


 問いかける。

 ヒカルの声に応じて、聖剣はいつも通りの――否、いつもよりも数段強い光を放ち始める。


(私の決意に、応えてくれたということか?)


 聖剣の光が煌めいたような気がする。

 それに薄っすらと笑みを浮かべながら、ヒカルはヤマトたちの方へ視線を飛ばす。相変わらず戦況はヤマトが優勢。だが、決め手に欠けた状態のため、徐々に互角へ近づいている。


「ノア。私は戦いの経験が薄い。行くタイミングを教えてくれないか」

「任せてよ」


 応じて、ノアはゆらりと銃を構えた。相変わらず、ヤマトとバルサの戦いは超至近距離で行われ、立ち位置も頻繁に入れ替わる。だからこそ、ノアは手出しができないと確信したバルサは、ノアが銃を構えていることに気づきながらも無視している。


「――ヤマト!」


 ノアが叫ぶとすぐに、ヤマトがこちらに視線を飛ばす。銃を構えたノアと、その後ろで光り輝く聖剣を構えたヒカルを見て、確かに頷いた。


「当たったらごめんね!」


 バルサはギョッとした目でノアの方を見る。

 咄嗟に銃撃を防ごうと魔力に意識を向けた隙を縫って、ヤマトは刀を振る。斬撃に押されて、バルサの体勢が崩れた。――好機。


「行ってッ!!」


 ノアの声に背中を押されて、ヒカルは駆け出す。

 加護の調子はかつてないほどに高く、また、ヒカルの意のままに身体が動いてくれた。戦う理由が固まった。その一つだけで、かくも違うものか。

 ヤマトは既にバルサから離れている。ノアは後ろから銃を連射し、バルサの動きを止めている。

 頼もしい二人の存在を確かに感じながら、聖剣を高くに振り上げる。ヤマトが放った『斬鉄』の姿を脳裏に描く。その通りに身体は動かずとも、思いだけは理想に近づけて。


「これで決めるッッッ!!」


 聖剣の刃がバルサの胴を斬り、光の奔流が迸る。

 光は嵐を薙ぎ払い、バルサの身体を飲み込む。体内の魔力を浄化しながら、その身体を押し流す。


「お……」


 その圧に耐えようとしたバルサも、すぐに表情を苦悶のそれに変える。

 魔力を放出して光に対抗しようとするが、間に合わない。


「おのれ人間がぁぁぁあああああ!!」


 怨嗟の声を残して。

 バルサの姿は、眩い光の中に消えていった。

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