第201話
「行くぞ!」
長々と続いた階段登りで消耗した体力も回復し、戦意も充分。
意気揚々と上げられたヒカルの声に頷き、ヤマトは思い切り部屋の中に足を踏み入れた。
『―――――!!』
ヒカルたちの侵入を感知して、ビルビルと音を立てて蜘蛛型ガーディアンが駆動し始めた。八つの内四本の脚が床を踏みしめ、残る四脚が先端を光らせて宙に浮き上がる。全ての足先に杭が仕込まれているらしく、目を凝らせば床に小さな穴が開けられていた。
「作戦通り、脚の動きに最大限の警戒を! とにかく刺されないように気をつけて!」
リーシャが口早に指示を飛ばすのを尻目に、ガーディアンがその場にぐっと沈み込む。四脚に力を込め、軽い前傾姿勢に。
(飛んでくる!?)
咄嗟の直感を口に出す暇はない。刀を抜く間もなく身体を横に飛ばし、ガーディアンの跳躍軌道から離れる。
即座にその場から飛び出したガーディアンが、雄々しく四脚の先端を輝かせる。一つ一つがヒカルたちを狙い、着地寸前で一気に放たれた。
事前の想定を凌駕する速度の攻撃に、誰もが反応し切れていない。この一瞬でヤマトを含む四人が貫かれ、戦線崩壊する未来が目蓋の裏にちらつく。
「ちっ!」
「押し返す!!」
腰の刀を握り、迫る杭を迎撃を試みる。
その寸前に割り込むように声を上げたヒカルが、ガーディアンの眼前を聖剣で薙ぎ払った。
刃の軌跡から放たれた退魔の光に飲み込まれたガーディアンはビクンッと大きく震えた後、四脚を勇ましく掲げた姿のまま硬直する。
『―――――』
「――っ! 反撃するわよ!」
反応の遅れは一瞬。リーシャの叫び声に従い、ヤマトは踏み込みながら刀の柄に手を掛けた。ヒカルを脅威的と見たガーディアンがそちらにリソースを割いたことを感じながら、腰を沈め抜刀する。
「シッ!」
「続くよ!」
振り抜かれた刀の刃がガーディアンの脚を捉え、根本から斬り離す。リーシャが振るった細剣の刃もガーディアンの脚を半ばで断ち、ノアの銃撃とレレイの拳がガーディアンの身体を打ち抜いた。
六脚になったガーディアンは胴に受けた衝撃のままに宙に浮き上がる。更なる追撃のために刀を切り返したヤマトだったが、ガーディアンがそのままの勢いで一気に後退するのを悟り、刀を止めて残心する。
『―――――』
「仕留め損なったか」
「確実にダメージは与えたはず。向こうも正攻法は通用しないって判断しただろうから、戦況は悪くないわ」
地面に転がるガーディアンの脚に目を落としても、それが一人でに動く出すような気配は感じられない。如何に脅威的な回復力を誇るガーディアンと言えども、身体から完全に断たれたものを復元することまでは難しいらしい。
ヒカルの攻撃でなければ致命打にはなり得ないのは変わらないが、ヤマトたちの攻撃が有効打にすら至らない訳ではない。こうして身体の一部を切り離し隔離させてしまえば、着実にガーディアンの力を削ぐことは可能なはずだ。
見ただけで分かりやすい戦果に高揚感を覚えながら、ヤマトたちは僅かに乱れた息を整える。
『―――――!』
リーシャが予測した通り、ガーディアンは現状不利と判断したようだ。再び甲高い駆動音を響かせながら、浮いた二本脚を牽制するようにゆらゆらと揺らす。脚こそ四本あるものの、その佇まいはさながら熟練の武道家のようですらあった。
先程の奇襲が嘘のように腰を落ち着け、ヒカルたちが一歩前に進めば即座に間合いを離す。逃げ腰のようでありながらも、迂闊に踏み込めば手痛い反撃を返されるだろうと予想できるだけの圧力がガーディアンから感じられた。
睨み合い。緊迫した空気の中、ヤマトはすぐ側のヒカルに視線を向ける。
「詰めるか?」
「……私が前に出る」
ガーディアンが何をするつもりなのか読めない。
それを嫌ったヤマトの言葉に、少しばかり黙考したヒカルが声を上げる。この中でヒカルが最も戦闘に長けていることは間違いないため、その決定に異論を唱える余地はない。ヤマトたちが揃って首肯したことを確かめて、ヒカルは一歩進み出た。
『―――――』
「来るなら来いッ!」
即座に迎撃の構えを取ったガーディアンに対して、ヒカルは雄々しく叫ぶ。
脚二本をもがれたガーディアンと、未だ体力は十全に等しいヒカル。双方共に十全なときもヒカルは互角以上に戦えていたのだから、今の状態で分があるのはヒカルの方だ。そのことを確信して強気の前進を見せるヒカルを前にして、ガーディアンも退かずに抗戦する構えを取った。
「ぬ」
ヒカルが逡巡したのは一瞬。即座に迷いを消し、聖剣を正眼に構えたまま突貫。一息にガーディアンの懐に飛び込み、そのまま勢いで聖剣を振り上げる。
「せいっ!」
『―――――』
胴を縦一文字に断つ斬撃。
それを構えを取ったまま迎え撃つ動きを見せていたガーディアンは、唐突に残像を残す勢いで後退する。先の奇襲時をも上回る速度の変化に反応できず、ヒカルの振り抜いた斬撃はガーディアンの胴を掠めるに留まった。
紙一重で斬撃を避けられ、上体を泳がせた体勢のまま隙を晒すヒカル。その胸元目掛けて、ガーディアンが杭を突き込む。
「ぐっ――おぉッ!!」
杭に聖鎧を打ち抜かれたヒカルは鈍く苦悶の声を漏らすが、数歩よろめいたところで力強く踏み留まった。胸元を突くガーディアンの脚を握り締め、聖剣を片手で振りかぶる。
「ふんっ!」
即座に後退を図るガーディアンを食い止めながら、聖剣の刃が振り下ろされる。刃は球状の胴体を抉り飛ばし、導線が幾重にも張り巡らされたガーディアンの体内を紫電が奔った。
『―――――!』
「ヒカル退け!」
如何に堅牢な鎧に身を守られているとは言え、ガーディアンの一撃をまともに受け止めてダメージがないはずはない。
悲鳴にも似た金属音を響かせてよろめくガーディアンへ追撃しようとしていたヒカルは、ヤマトの叫びに首肯し飛び退る。それと入れ違うように突貫したヤマトは、地に這うほど低い姿勢で肉薄する。抜き身の刀を誇示するように揺らし、ガーディアンの注意を惹きつけた。
「ノア、援護を頼む!」
「任された!!」
頼もしい相棒の声に頷いてから、ふっと鋭く息を吐く。心臓が脈打つ音を自覚し、段々と意識が深海の中へ沈み込むイメージを描く。
(――よし、入った)
周囲の雑音が聴覚から除外され、世界にヤマトとガーディアンの戦いに関わるものだけが浮かび上がる。静かな池にたゆたう心地の中、バチバチと紫電を奔らせて弱った風情ながらも、一瞬ごとに回復を続けるガーディアンの姿を捉えた。
(ここで押し切る)
ヒカルが強引にこじ開けた勝ちの目。ここで継がずして、どうして仲間を名乗れようか。
刀を正眼に構えたまま、身体から思い切り脱力する。ゆらりと揺れる刀に神経を交わし、刃先に触れる風すらも鮮明に感じ取る。
「―――」
精神統一は一瞬。
急速に塞がりつつあるガーディアンの傷跡を横目に、ゆっくりと刀を持ち上げる――影で、物音一つ立てずに踏み込んだ。
「ふっ」
『―――――』
無機物たるガーディアンに視線誘導の技が通用したとは思えないが、確かにガーディアンはヤマトの速度には反応できていない。一息で懐へ飛び込んだヤマトは、息を吸うような自然さで刀を傷口に突き込む。
『―――ッ!?』
「機械も痛みを感じるか?」
入り乱れる導線の中へ刃を滑り込ませる。
ようやく反応したガーディアンが迎撃するよりも早く、刀の刃を立て、ぬるりと引き抜く。軽い手応えと共に導線がまとめて斬り裂かれる音が聞こえと、激しい紫電が目に映る。ガーディアンの身体がビクンッと大きく震え、何かが焦げる匂いと共に灰色の煙が立ち昇る。
ガーディアンの心臓部に刃を突き込み、導線の多くを断ち切った状態。急所に手を掛けたと等しいこの状況、押し切ればそのままガーディアンを無力化できるだろう。そう判断したヤマトの目前で、ガーディアンはここまで床を踏みしめていた四脚の内三つを持ち上げ、その先端全てをヤマトに向けた。
「こいつ……!?」
『―――!!』
捨て身の攻撃。身体を支えるべき脚全てを攻撃に転じさせ、計六方向からの多角攻撃で押し切るつもりか。急所を捉えられ絶体絶命の危機にあるからこそ、その身を賭して敵を排そうという番人の気概。
それに感嘆しながらも、ヤマトは目を細める。
(押し通せば、こいつを斬ることは容易いだろうが――)
その場合、高い確率でヤマトは重傷を負うことになる。如何にヤマトが刀術に習熟していようとも、人外を象徴するかのような六つの杭を対処し切ることは困難。治癒魔導術の使い手であるリーシャやノアがいるならば死ぬことはあるまいが、ここで余計な傷を負う必要もあるまい。
逡巡は一瞬。すぐに刀を引き抜き後退する――それと同時に、背後から飛来した弾丸が傷口を更に貫くのを目の当たりにした。
「よくやる」
一呼吸ほどの間もない接近戦。その最中で生まれた僅かな隙を、ノアは遠目でも逃すようなことはしなかった。
そのことに感嘆の息を漏らしながらも、ヤマトは刀を大上段に振りかぶる。刀の刃を立て、踏み込むと同時に振り下ろす。
「――『斬鉄』」
全身の力を余すところなく刀に乗せ、その斬撃一つに魂を込める。
斬れぬものなどないと示すが如く振り下ろされた刃は、何の抵抗もなくガーディアンの胴を両断した。