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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
グラド王国編
20/462

第20話

 ヤマトがたどり着いたとき、広場は大惨事の一言に尽きた。

 建物や石畳は砕け、倒れた人がうめき声を上げる。大雨の中にも関わらず、砕けた瓦礫を包むように黒い炎が燃え続けている。そんな破壊の痕跡の真っ只中に、見覚えのない魔族の青年が一人で佇んでいる。

 その青年の近くにヒカルの姿を認め、ヒカルに向けて攻撃しようとする青年の姿を認めた瞬間、ヤマトはそこへ割って入っていた。


「……ヤマト」

「ひとまずは無事か。よかった」


 背中越しに呆然としているヒカルと、その後ろで起き上がるノアの姿を認める。

 幸い、どちらにも大きな怪我はないようだ。


「お前は、あのときの人間か」

「あいにくと見覚えがないな」


 青年に向き直る。

 身の丈はヤマトよりもやや高いくらい。身体つきもヤマトよりも偉丈夫と言えるもの。頭に雄々しい角が二本生え、漆黒の皮膚と相まって禍々しい雰囲気を出している。最近見た魔族と言えば武術大会に乱入してきた男くらいなものだが、彼と比べるのがおこがましいほどに、目の前の青年からは力を感じる。

 青年はヤマトを油断なく見つめながら、脇に転がっていた巨大な剣を蹴り上げる。空を舞う剣の柄を握り、肩に担ぐようにして構える。見覚えのある、身の丈を優に越すほどの剣。


「これで分かるか」

「『剛剣』か。魔族だったらしいな」


 魔王軍第五騎士団の団長、『剛剣』のバルサ。

 黒フードから告げられた名前を思い出す。人に変装していたときはあまり強そうには見えなかったが、魔族としての姿を取り戻した今は、確かにその肩書きに相応しいだけの威容を備えているように見える。


「見違えたな」

「これが本当の、本気の姿だ。お前にもすぐに味あわせてやる」

「それは楽しみだ」


 頷く。久しく出会っていない強者の風格に、身体の芯から武者震いが止まらない。

 手中の刀を正眼に構えながら、後ろのヒカルたちの様子を確かめる。ノアの方は、いつもの短銃を低く構えつつ気配を薄めている。隙あらば乱入する気満々らしい。対するヒカルの方は、少々問題であった。身体から完全に脱力しており、呆然とヤマトの方を見つめているだけ。申し訳程度に剣も構えているが、まるで戦う気概が感じられない。


(折れたか?)


 ノアの方へ目配せすれば、ゆっくりと首肯が返ってくる。

 加護持ちにはよくあることだ。生まれついて自分は相手よりも優れた力を有してきたからこそ、自分よりも強い相手に出会った途端、戦意がくじける。勝利への執着を即座に捨ててしまい、敗北を受け入れる。戦士としては論外な状態だ。

 だが、それも仕方ないことではあるのだろう。聞けば、ヒカルが元いた世界には戦いは無縁であったという。そんなヒカルに、戦士としての気概を持てと言ったところで無理な話だ。


「ノア。そちらは頼む」

「了解! 好きにやりなよ」


 その言葉を聞いてから、ヤマトは頭から徐々に余分な思考を削ぎ落としていく。

 意識の中に捉えるのは、周辺の地形状況と目の前のバルサについてのみ。それ以外は、墨で塗り潰すように意識から消していく。


「ふぅ………っ」


 深呼吸。頭が完全に戦闘時のそれに切り替わったことを自覚する。


「お前はクロが足止めしていたはずだが。切り抜けてくるとはな」

「もう少し真面目に戦えと言っておけ」

「なるほど。そういうことか」


 ギルドの裏でヤマトを足止めしようとした黒フードの男――クロだが、どうにもその戦い振りは真剣味に欠けたものであった。手の内が分からない不気味さこそあるものの、それで攻めてくることはない。ゆらりゆらりと攻撃を避けるばかりで、反撃の一つもしようとしない。挙句の果てには、時間が来たからと撤退してしまう始末だ。

 そんなやる気のなさをバルサも知っているのか、ヤマトの言葉に苦笑を漏らしている。


「――では、始めるとしようか」


 言いながら、バルサはおもむろに腕を掲げる。

 魔導を発動させるつもりか。先程の光景が脳裏をよぎる。


「ふっ!」


 腕が振り下ろされるのと同時に、漆黒の弾丸が射出される。

 その目で捉えられないほどの速度には震撼するが、直線的な軌道であれば読みやすい。射線から外れるように横っ飛びしてから、一気に間合いを詰める。


「一発だけではないぞ?」

「くっ!?」


 正面に向けたままの腕から、続け様に弾丸が射出された。

 慌てて身体を外し、避け切れない射撃は刀で斬り捨てる。身体を貫通する程度に硬くされているが、その本質は魔力の塊。その結合を解いてやれば、自ずとただの魔力に分解される。一発だけならば、その対処は容易い。

 一発だけならば、の話である。

 何とか数秒こそ持ちこたえられたものの、すぐにその均衡は崩れる。多すぎる弾丸に対処が追いつかず、掠り傷が増えていく。


(間合いを詰めるしかないか)


 見たところ、バルサが魔導を発動させるよりも、ヤマトが刀を振る方が速い。遠距離でヤマトが戦えない以上は、どうにか間合いを詰める他ない。

 そして、そのことはバルサもよく理解しているはずだ。

 多少の傷は承知の上で、前へ踏み込む。対処を捨てた弾丸が身体の表面をえぐり、鮮血が溢れる。――大した傷ではない。

 計五発の弾丸に身体をえぐられながらも、刀の切っ先が届く間合いにまで入り込む。更に一歩詰めれば、必殺の間合い。


「――爆ぜろ」

「うぉっ!?」


 バルサが一言呟き、軽く足踏みをする。

 それだけで、ヤマトの眼前の地面が爆発し、その衝撃で身体が浮く。土煙で視界も遮られた中を転がる。


「ノアっ!!」

「任された!」


 かけ声に応じて、頼もしい銃声が土煙を通り抜けていく。

 魔力の探知によって標的の大まかな場所を探り、事前の情報からそれを洗練させる。類まれな射撃技術と計算能力が合わさった、神がかりの精密射撃。

 視界を塞いだことも相まって、ノアの射撃は対処が困難だ。それでも苦悶の声が聞こえない辺りから察するに、どうにか防いでみせたらしい。


(一気に行くぞ!)


 爆発の衝撃を受け流し、足に力を込める。地面を滑りそうになる身体を押さえ、矢のように飛び出した。

 ノアの対処に手間取っているのか、こちらへ応じる様子はない。姿勢を低くし、地を這うような体勢から刀を握り込む。


「シ――ッ!!」

「ちっ、煩わしい」


 土煙から抜け出た直後に振り抜いた刀の刃は、バルサの身体をギリギリで捉えたに留まる。薄い斬り傷だけは刻めたが、それではとても有効打とは言えない。

 銃を構えたノアに繰り出そうとしていた弾丸を斬り捨て、そのままバルサに肉薄する。一度詰めた間合いは、絶対に外さない。


「死ねッ!!」

「狙いが甘い」


 肩に担いだ剣を振り抜くバルサに対して、ヤマトはそれを余裕を持って回避する。あれほど巨大な剣だ、掠っただけでもヤマトにとっては致命傷になるだろう。

 剣を振った隙目がけて刀を振る。


「舐めるな!」

「こちらの台詞だ」


 斬れ味を低く見積もったのか、バルサは腕で刀を弾こうとする。刃は存外に硬いバルサの腕を斬り、一文字の深い傷を刻み込む。

 すぐに飛び退るバルサに追従しながら、ヤマトは呆れのこもった溜め息をつく。


「ふざけた回復能力だ」

「貴様程度の剣で、俺は殺せないということだ」


 刀で斬った後の腕が、しゅうしゅうと煙を上げている。よく見れば、傷が既に塞がりつつあることにも気づける。

 魔力との親和性が高い魔族は、確かに傷の治りが人間よりも速い。だとしても、この速度は異常だ。


「どれだけ俺を斬ろうと、俺は倒れない。分かったなら諦めたらどうだ」

「まだ首をはねていない。勝てないと決めつけるには早いな」


 首一つになっても生き残れるのか。回復が追いつかないほどに斬ればどうなるのか。治りの遅い場所はないのか。

 まだまだ探るべきことは大量にある。


「弱いくせに、よくあがく」

「勝つためだ。相手が強いと諦めては始まらないだろう」


 言いながら、刀の間合いまで踏み込む。

 再び振り切った後の隙を突かれることを恐れたのか、バルサは手にした剣を振ろうとしない。盾のように正面で構え、ヤマトを迎え撃つつもりらしい。


「それで防げるつもりか?」


 バルサが応えるよりも速く。

 刀を大上段に。戦いに沸く心を鎮め、引くべき軌跡を思い描く。自分の身体と刀を一体化させ、気を絞る。


「――『斬鉄』!」


 目で捉えることはおろか、それ以外でもこの剣閃を捉えることはできない。気がついたときには刀は振り抜かれ、何物であろうと斬り裂かれる。捉えられず防げない必殺の技は、その刃が鉄であろうとも斬り裂くことから、『斬鉄』と名づけられた。

 故郷で伝えられた技で振り抜かれた刃は、バルサが盾とした剣を斬り、その奥のバルサをも斬り裂く。


「くそっ! 妙な剣を使うな!」

「これで決める」


 後退るバルサを追って、更に踏み込む。

 先の『斬鉄』を受けて、バルサの胸元に深い傷が刻まれている。煙を上げて治癒されているが、やはり一瞬とはいかないらしい。動きながら、痛みを堪えるように表情が歪んでいる。その動きも、痛みでだいぶ鈍くなっている。

 絶好の機会、必殺の間合い。下げていた刀を腰元に。鞘には収めないが、居合斬りの構えを取る。


「………ッ!?」


 刀を振ろうとした瞬間。不意に感じた悪寒に従って、ヤマトは大きく飛び退る。

 直後、ヤマトが踏み込もうとしていた場所に黒い塊――クロが空から降ってきた。


「あらら、よく気がつきましたねぇ」

「お前は……」


 ちらりと上を見上げる。相変わらずの大雨で視界は悪いが、足場になりそうな場所はない。


「何をしに来た、クロ」

「何を? あなたを助けに来たんですよぉバルサさん。ちょっと見てない内に負けそうになってるじゃないですか」

「ちっ。余計な世話だ」

「あらら、まったく可愛げのない」


 よよよ、と嘆き悲しむように手を顔の辺りに当てながら、ふらりと立ち上がる。その手には、黒塗りのナイフが一振り。


「そう警戒しないでくださいよ。私はここで戦うつもりもありませんし」

「……何用だ」

「目的も果たしたことですし、私はそろそろ帰ろうかと。バルサさんはどうします? できれば、さっさと逃げてほしいんですけど」


 言いながら振り返ったクロは、やれやれと肩をすくめる。

 既に胸元の傷も完治したバルサは、戦意に満ちた目でヤマトを睨めつけていた。


「分かっているのだろう」

「確認に来ただけです。では、これお土産です。今のあなたには必要でしょう?」


 クロが指を鳴らす。その直後、先程までバルサが振っていたものよりも更に巨大な剣が空から降り、地に突き刺さった。

 見れば異様な剣だ。刃は立っておらず、ナマクラもいいところ。斬ることなど考えず、叩き潰すために存在するような刃だ。あれでは剣よりも棍棒と言った方が正しいのではないか。

 その剣の柄を握って地面から引き抜きながら、バルサは鼻を鳴らした。


「ずいぶんと準備がいいじゃないか」

「嫌ですねぇ、偶然ですよ偶然」


 ヘラヘラと誤魔化すように笑ってから、クロはヤマトたちに向き直る。


「それでは、ヤマトさんにノアさん、そして勇者さん。また会う日までご機嫌よう」

「………」


 礼をしたクロは、再び指を鳴らす。直後、何もなかった空間にひずみが生まれ、その中へクロは消えていく。

 その背中を見送ったヤマトは、こっそりと溜め息をつく。あのままクロに加勢されては、流石に勝ちの目が消えてしまうところだった。少なくとも、厳しい戦いになるのは間違いないだろう。

 そも、バルサを相手に順調に戦えたのも、バルサがヤマトの実力や刀の斬れ味を侮っていたからという部分が大きい。加えて、自分の力に慢心していた。互いに全力を出す戦いになったならば、果たして勝利できたのかは怪しい。

 そうした隙を突いてきたのに、クロのせいで仕切り直されてしまった。ここからは厳しい戦いが予想される。

 戦略を頭の中で練りながら、ヤマトは口を開いた。


「仲間は選んだ方がいい。あれは信用してはいけない類の者だ」

「それは同感だが、クロを信用するような間抜けはいない」


 応えながら、バルサは剣を肩に担ぐ。バルサ自身よりも剣の方が巨大で、妙なちぐはぐさを感じる一方で、妙に様になった仕草に見える。バルサの雰囲気も落ち着きを取り戻しているようだ。


「それが愛剣か」


 これほど異様な剣を街中に持っていけば、目立つことは間違いない。先程までのは、潜入するために急遽調達した代用の剣ということか。


「邪魔は入ったが、再開するとしよう。ここからは第二ラウンドだ」


 二つ指を立てたバルサが宣言する。


「認めよう、先程は俺の負けだ。貴様の力とその剣を侮った、俺の過ちだ」


 苦々しいものを含んだ表情になりながら。言葉を続けていく。


「だが、ここからは違う。貴様を俺と相対するに相応しい戦士と認めよう。そして、俺の全力をもって貴様を潰す」


 バルサは腰を落とす。

 獣が足に力を込めるように、徐々にバルサの闘志が増していく。気迫だけで空気がビリビリと震えている。

 ヤマトが相対し始めたときと比べても、魔力量が変じているわけではない。身体能力も変わっていない。それでも、ただ心持ちが変わっただけで、発揮できる力は劇的なまでに変化する。


「……これは、想定以上だな」


 これまで、ヤマトも数多くの強者と相対してきた。そのいずれもが、一歩間違えれば敗北するほどの腕を持っていた。

 だが、目の前のバルサはその全ての上を行っている。そう確信せざるを得ないほどの圧力が感じられる。――勝てない。直感的にそう感じてしまうほどの実力。


「―――」


 ぶるりと、手元が震えた。

 手元だけではない。身体の奥底から震えが湧き出してくる。


「貴様……」


 恐怖の震えでは、断じてない。

 強者を目前にした興奮や恐怖、死闘を目前にした期待と怯え。そして、掴み難い勝利と強さへの渇望。


「何を笑っている」

「あぁ、すまないな」


 言いながらも、釣り上がる頬を抑えることはできない。


「お前ほどの強者と戦える。これほど胸が高鳴ることはない」


 こんなことを言っているから、ノアに呆れられるのかもしれない。

 それでも耐えがたいほどに、心は沸き立っていた。


「戦狂いめ」


 バルサが吐き捨てる言葉も、今は気にならない。

 刀を正眼に構える。久しく感じていなかった高揚感が身体を包み、熱に浮かされたような心地の中で、かつてないほどに目に景色が鮮明に映る。刀の先にまで神経が通ったような感覚。今ならば何だってできる、麻薬を使ったような万能感が頭を占める。

 バルサも口を閉ざし、真剣な眼差しでヤマトを注視する。完全に戦闘態勢に入ったらしい。


「――いざ、参る!」

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