第2話
グランダークという街は王都と呼ばれるだけあって、大陸屈指なほどに巨大な街だ。
街は大きく、中心部と外縁部に分けられる。
中心部の道路は全て石畳によって水平に均されており、通行人に余計な負担を与えない。稀に貴族が乗った前時代的な馬車や魔導車も走っているが、乗客にほとんど揺れを伝えないほどらしい。建物の外壁は全てが赤茶色の煉瓦で組まれており、人工的な美しさを見る人に与える。遠くを見やれば、街の中心部に大きな宮殿が見える。赤を貴重とした街並みの中で唯一、白塗りがなされた建物だ。その中で王族は生活し、国内各地を統治する貴族と合議して行政を司っている。国内最重要施設なだけあって、辺りを赤い軍服を身にまとった近衛兵で警護される宮殿は、下手な砦をも凌ぐ防御力を有しているらしい。
そんな、魔導技術の粋をもって整備された中心部とは異なり、外縁部は雑多な印象を見る者に与える。中心部へと続く主要な道路こそ均一に舗装されているものの、多くは粗い舗装に留められている。建物の規格もバラバラであり、区域ごとに東洋風、北地風、現地風などの独特な雰囲気に包まれている。一方で、役人や高級商会ばかりが立ち並ぶ中心部とは異なり、地元の中小商会や個人経営の屋台なども並ぶ外縁部には、活気に満ちた人々の声が溢れている。
「やれやれ。やっと落ち着けた」
グランダークの外縁部に位置する、冒険者ギルドの食堂の一角にて。
荷物を一通り宿の部屋に片付け終えたヤマトとノアは、疲れた表情で椅子に腰掛けていた。
「前に来た時よりもずいぶん人が多かったねえ」
「あれが原因みたいだな」
げっそりとした様子のノアに、ヤマトは食堂の壁に貼られた大きな紙を指差す。
真新しい紙にはでかでかと「武闘大会開催」の文字が踊っている。
「あー、もうそんな時期か……」
「有名なのか?」
「年一回グランダークで開催される大規模な大会。優勝者には多額の賞金と宮殿の宝物庫から好きな品が一品贈呈されるってことで、あちこちから参加者が集まるんだよ。上位入賞者は騎士として登用されるなんて話もあるから、賞品狙いの冒険者以外にも、腕に自信がある傭兵も参加するんだってさ」
「ほう」
「参加条件は特になし。せいぜい、身元証明ができることとか、大会中の怪我に文句を言わないこと。魔導具や魔導の使用は禁止されていて、純粋な身体能力で競うことが求められる」
むくむくと胸の奥から湧き出る好奇心を抑えつける。
「出場する?」
「ん? いや、別にそういうことは――」
「誤魔化さなくていいってば。ヤマト分かりやすいんだし」
ニヤニヤと笑みを浮かべるノアから、気まずげに目を逸らす。
「先を急ぐ旅でもないし、参加してみたら? 大怪我さえしなければ、僕は別に構わないよ」
「……そうか。悪い」
「いいって。それにヤマトは結構な腕利きだし、もしかしたら優勝できるかもよ」
お世辞だとは理解しつつも、ストレートな褒め言葉に思わず頬が緩みそうになる。
「俺よりも強い奴は山ほどいると思うが……。参加するからには優勝目指すさ」
「結構本気で言ってるんだけど。まあ、当日は応援するよ。大会は明日からだって」
「――明日っ!?」
思わず目をむく。
「飛び入り参加もある程度受け付けるような大会だし、参加申し込みの方は心配ないよ。すぐそこでもできるみたいだし」
ノアが指差す方には、冒険者ギルドの受付があった。普段は街の住民から寄せられる依頼や、軍が動くほどではない魔獣討伐依頼、山などからの素材収集依頼などに関する手続きを行う場所であるが、どうやら今は大会参加申し込みも受け付けているらしい。ヤマトとノアが見ている先でも、冒険者や傭兵が書類に何かを書き込んでいる。
「ここも協力しているのか」
「武闘大会の参加者は大多数が冒険者だからね。それに大会運営に関わる依頼を貼り出す必要もあるから、ギルドは運営と密接に繋がっているって話だよ」
「なるほど。それにしても……」
ずいぶんと詳しいんだな? という視線を向けると、ノアは苦笑いを浮かべる。
「新人の頃に参加しようと考えたことがあってね。その時に色々と調べたんだ」
「参加しなかったのか?」
「うん。どうにも、魔導の使用を禁止するってルールに馴染めなくてね」
大気中のあらゆる場所に存在する魔力を用いた技術――魔導。古代では魔族に親しい者のみが扱う邪法として遠ざけられていたものの、現代社会の根幹を担うものとして既に大衆に受け入れられている。人々の生活に無くてはならない反面、扱うためには生まれながらの適性が大きく関わっているため、魔導に適性を示すというだけで相応の地位が約束されるほどである。
ノアは冒険者としては珍しく、魔導にも高い適性を示した人物であった。
「お前なら、それでも結構戦えると思うが」
「感覚の問題だよ。普段から魔導を使ってばかりいるから、それを使わない状態だとどうにも集中できないんだ」
ノアと違ってヤマトには魔導への適性は無かったため、そんな言葉に曖昧に頷くしかできない。左腕の使用を禁止された、というのと似たような感覚だろうかと適当に自分の中で納得させておく。
「まあ僕のことより、ヤマトのことだよ。武闘大会とは言うけど一般開放するから、武器は刃引きしたものをレンタルする決まりなんだ」
「レンタルか」
ヤマトは腰に差した刀に手を添える。
故郷の極東から持ち込んできたその武器は、独自の製鉄技術と鍛鉄技術によって作り上げられた、斬れ味に特化した剣だ。鋭すぎる斬れ味を実現するために犠牲になった耐久性の故に、使いこなすためには相応の技量を要求するが、一度使えるようになれば、鋼程度は容易に斬り裂ける。そうした極端な性質のために、極東と交流している国ですら、刀をほとんど輸入しようとしないのが実情だ。
「もしかしたら、同じ形のレンタル品はあるかもしれないけれど……」
「刃引きされては使い物にならないな」
そもそも、鎧甲冑ごと斬り裂くような使い方をする得物を、実戦以外に持ち込もうとする方が誤っているのだが。
未練がましく刀の柄を撫でていたヤマトだったが、やがて溜め息をつく。
「こいつは諦めるしかないか」
「それが賢明。剣以外にも色々レンタルしているはずだから、そこから探すのがいいと思う」
「武器は一つだけに絞らないといけないのか?」
「どうだろう。交渉すれば多少の融通は利くだろうけど、あまり多くは持ち込めないはずだよ」
他の参加者も使うことを想定しているのだから、一人が十や二十もの武器を持っていってしまうのはよい顔をされないだろう。
「最悪素手で参加するか……」
それを聞いた途端、ノアが微妙な表情を浮かべる。
「ヤマトならそれも可能かもしれないけど……。一応、刃が明らかについていない武器なら持ち込み可能らしいよ。メイスとか棍とか」
「木刀持っていくか」
刀の鍛錬用に作られただけあって、振る感覚などは真剣のそれと大差ない。斬れないという欠点こそあるものの、使い慣れた武器であるという利点は大きい。
懸念が晴れたことに表情を明るくしたヤマトに対して、ノアの表情は微妙なまま。
「舐められるかもよ」
「外見で油断するような奴には負けない」
自信満々に言い放つヤマトに、ノアは諦めた表情で溜め息をついた。