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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地編
195/462

第195話

 ひとまず、ヒカルたちが人間であるという事実を認めてもらうことができた。

 念の為に刀は目の前に置いたまま、ヤマトは僅かに身体の力を抜く。絶対の保証はないとしても、先程までのように緊張感を張り巡らせる必要はもう失われただろう。そう思うと、北地に足を踏み入れたときから絶えず警戒し続けていた心が緩むのも、致し方ない話であった。

 それは村長たちの方も同様らしい。一度「受け入れる」と宣言してしまった以上、ある種の踏ん切りがついたのだろう。どことなくスッキリした面持ちで村長がリリの姉へ視線を向け、口を開いた。


「ラーナ、お客人方を家までお連れしなさい。今日はもう遅い」

「はい、村長」


 リリの姉――ラーナが村長の言葉に頷き、そのままの流れで立ち上がろうとする。

 彼女の動作を何気なく目で追ったヤマトだったが、ふと思い出したようにヒカルが声を上げるのを耳にする。


「失礼。一つ尋ねたいことがあるのだが」

「ふむ、尋ねたいことですか」

「この辺りに、靴にまつわる言い伝えは残っていないか」


 ヒカルの言葉で、ヤマトたちもつい失念しかけていた旅の目的を思い出す。

 そもそも北地へやって来たのは、北地に眠ると噂された初代勇者の武具――聖靴を探すためであった。履けば天をも駆けることができると言い伝えられる靴は、ヒカルが魔王征伐を果たすための大いなる助けになることは間違いない。北地へ来てから何かと想定外のことが続いているが、当初の目的を失念するのは問題外だ。

 ヤマトたちもヒカルに釣られて視線を向ける。それら五対の視線に気圧されてか、村長は僅かにたじろぐ素振りを見せてから口を開いた。


「靴にまつわる言い伝え?」

「うむ。ないようならば、とにかく古い言い伝えだ。この地に何かしらの宝物が安置されているというな」


 それを聞いて、ヒカルたちが北地に訪れた目的を大まかに察したらしい。村長は僅かな納得の色を顔に浮かべた後、記憶を探るように視線を彷徨わせる。


「靴、靴ですか。お前たちは覚えがあるか?」

「いえ、ないですね」

「分かんない!」


 村長の問い掛けに、ラーナとリリが揃って首を横に振る。何事かを隠すようなものではなく、本心から心当たりがない様子。


「そうか……」

「お役に立てなかったようで申し訳ない」


 元々大して期待をしていなかったとは言え、全く手応えがないと物悲しくなってくる。

 そんな心境が漏れ出て暗い声を出したヒカルに、村長は面目なさそうに目尻を下げて謝る。


「気にしないでくれ。なら、宝物が眠っている場所の方はどうだ?」

「そうですねぇ」


 今度は少々漠然としすぎた問いだ。村の宝物が眠っている倉庫はあるにしても、それがヒカルたちの目的とは思えない。

 答えに窮した村長が口を閉ざし、その脇に控えていたラーナも小首を傾げる。どうやら空振りかとヒカルたちが微かに落胆したとき、




「氷の塔はどう?」




 リリが無邪気な瞳で口を開いた。


「氷の塔?」

「うん! とっても寒い場所なんだけど、中にお宝が入ってるんだって!」


 子供らしい要領を得ない言葉でありながら、その響きは今のヒカルたちにとっては福音に等しい。

 隠し切れない期待を目に浮かべて村長たちに視線を投げれば、彼らも「確かに」と手を打つような表情で頷いている。


「氷の塔か。確かに、あそこには太古の宝が眠ってると聞きますな」

「噂話程度ですけどね」

「それで構わない。是非詳しく聞かせてほしい」


 グイグイと身を寄せて迫るヒカルにたじろぎながら、村長は口を開く。


「この村を出てしばらくした地に、氷の塔と呼ばれる遺跡があるのです。我らが作ったという話は残っておらず、遥か古代よりこの地にそびえ立つ塔。あまりに激しい吹雪で閉ざされており、中に何があるかを見た者もいないという話です」

「前人未到の遺跡か」

「えぇ。暇を持て余した若者が口ずさむ、根拠のない噂話ですがね」


 その口振りから察する限り、村長は氷の塔に関する噂を一切信じていないらしい。

 彼と対照的な様子を見せるのがリリとラーナだ。リリは子供らしい純粋さで噂を信じているのか、鼻で笑って小馬鹿にするような村長の言葉にムッとした表情を浮かべている。一方のラーナの方は、理性では村長の言葉に賛同しながらも、氷の塔に宝物が眠っていてほしいという願望も秘めているらしい。口をモニュモニュと動かして複雑な表情を浮かべていた。

 冷静に判断するならば、村長の言葉が正しいのだろう。誰も入ったことがないために、その中に宝物が眠っていると噂されるようになった遺跡。その中に聖靴が眠っている可能性は、正直それほど高くはない。


(だが、それに縋る他ない状況だ)


 その思いは、ヤマトだけでなくヒカルたち全員が共通して持ったものだったようだ。そっと視線を交わせば、それぞれが「仕方ない」とでも言いたげな様子で頷く姿が目に入る。

 元々手掛かりは何もないに等しい状況だったのだ。例え噂話程度の信憑性であっても、それが行動の指針になり得るのであれば聞く価値はある。


「吹雪が激しいのか」

「えぇ。目も開けられないほどの風と、獣であっても耐えられない寒気。服を幾つ重ねても、あの寒さを耐え凌ぐことはできないでしょう」

「その中で生きる獣の情報はないのか」

「ありませんね。巨人がいると噂が流れたことはありますが、誰も見たことがないものです」


 氷の塔を探索するにあたって一番の障害となるのが、来る者を阻む吹雪の存在ということか。

 この北地に絶えず吹き抜けている寒風も、帝国製魔導具を駆使しても耐え難いほどの厳しさなのだ。その環境に適応した魔族が耐えられないとあれば、脆弱な人間であるヒカルたちでは越えることは困難であろう。

 一か八かを狙って吹雪越えを試みるという手もあるが、流石にリスクが大きいか。

 何の手も思い浮かばずに口を閉ざしたヤマトたちに代わって、ヒカルが小さく頷く。


「吹雪の方は何とかなると思う」

「何ですと?」

「少し特殊な力を使うことになるがな」

(む?)


 咄嗟にヒカルが何のことを言っているのか判断ができなかった。

 如何に強力な時空の加護と言えども、その力で天候を変えるほどのことはできない――


(いや、できるのか?)


 改めて思い返してみれば、ヤマトたちはヒカルの持つ力の限界を定かには掴めていない。日頃の戦い振りから目星をつけることはできても、ヒカルがヤマトたちの想定を上回って余力を残している可能性は否定できないのだ。

 やけに自信あり気なヒカルの背中からは、彼女が相応の自信を持っているらしいことが伺える。


(ならば、信じてやるのが伴の務めか)


 本当に吹雪を遮ることができたならば、いよいよもってヒカルが人外じみた力を有したことの証左となる。

 その光景を見てみたいという気持ちと、どうか勘違いであってほしいと願う気持ちがぶつかった。


「……そうですか。何か策があるようですね」

「あぁ」


 堂々とした態度で首肯したヒカルに、村長は半信半疑ながらもその話を受け入れることにしたらしい。小さく頷き、驚きで目を丸くさせていたラーナの方へ視線をやる。


「ラーナ。お客人方の案内を頼まれてくれないか」

「村長? それってどういう……」


 問い返しを許さないという強い意志を覗かせた村長の赤い眼。

 それを横目で見たヤマトは、彼の思惑を薄々と察する。


(要は監視か)


 ひとまず受け入れることを決定したとは言え、村長はヒカルたちのことを完全に信頼した訳ではない。何か村に害を為すことをしないよう、ラーナにはヒカルたちの行動を監査しろと命じているのだ。そこには恐らく、ヒカルたちが村に滞在することを後押しした責任を取れという意味も含まれている。


(少々残酷なようにも思えるが)


 表情には出さないながらも、ヤマトは微かに不快感を覚える。

 ラーナを不審者たちの案内役とすることで、彼らが妙な真似をしないよう観察させる。それはつまり、ヒカルたちが何かを仕出かしたときには、ラーナに第一の犠牲者となってもらうということだ。

 言葉の裏に秘められた村長の意図に気づいたのか、少し顔を強張らせながらラーナは首肯する。


「分かりました」

「リリも! リリも行く!」


 村長とラーナにとって想定外であったのは、そこで勢いよく手を上げたリリの言葉だっただろう。

 好奇心の光を瞳に爛々と輝かせながら声を上げたリリに、村長は僅かにたじろぐ。ヒカルたちを村に引き入れる原因になったとは言え、子供の少ない魔族にとって彼女は村の宝。その価値は成熟した大人であるラーナよりも高い。


「だがなリリ、氷の塔は危険な場所で……」

「誰も行ったことないんでしょ? なら危ないかなんて分からないよ! ね、いいでしょ?」


 咄嗟に宥めようとした村長の言葉を、リリが一声で遮る。無邪気な子供だとばかり思わされていたが、存外に強かな一面もあるらしい。ここで村長が強情にリリを諌めようとすれば、氷の塔へ行くヒカルたちの不快感を煽ることにもなりかねない。

 「さてどうなる」とニヤニヤした笑みをノアが瞳に浮かべたところで、村長はガックリと肩を落とした。


「……分かった。お客人方、それにラーナ。リリを頼むぞ」

「承った」

「分かったわ」

「一緒に行っていいの!? やったー!!」


 どことなく嬉しそうなヒカルと、村長と同じく諦めを顔に滲ませたラーナ。

 短いやり取りの中にあった村長らの葛藤など知らぬと言うように、リリは無邪気に歓声を上げるのだった。

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