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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地編
194/462

第194話

 人間のそれとよく似通った文明を築いているとは言え、やはり遅れている感を否めない魔族の村。

 リリの姉に案内された村長の家は、大陸南部を初めとした温暖な気候では快適にすごせる造りなのだろう。だが、普通の人では生きることもままならない極寒の北地においては、少々問題があると言わざるを得なかった。


(ずいぶんと冷えるな)


 ひとまず外から中が覗けるようなことはないものの、冷たい隙間風が室内に吹き荒ぶ。ヒカルたちのような只の人間には、この家で満足にくつろぐことは難しそうだ。

 思わず寒さに身を震わせそうになる中、ヒカルたちは村の長と相対していた。

 魔族の村を統べる長と言うに相応しく、村長は貫禄ある魔族だ。年齢の推測こそできないが、筋骨隆々に鍛え上げられた肉体から察するに、そう老いている訳ではないのだろう。これまでの道中で見たどの魔族よりも肌が黒く、そして額の角は雄々しく輝いている。ヤマトには感知できないものの、その身体に宿った魔力も破格のものらしいことは、先程から緊張を緩めないでいるノアとリーシャの様子から伺える。


(尋常ではないと見るべきか)


 正面から村長と向かい合うヒカルの背を見つめながら、ヤマトも身体の緊張を絶やさないよう気を引き締める。

 ヤマトたちそれぞれが緊張感をもって臨む中、村長がゆっくりと口を開いた。


「お客人。まずはリリを救出してくれたこと、心より感謝する。かたじけない」

「気にしないでほしい。当然のことをしたまで」


 普段であれば、こうした権力者との会談はリーシャが率先してヒカルを補佐しているのだが。彼ら魔族に対する敵愾心が漏れ出てしまうことを恐れて、今のリーシャは前へ出ることを自粛しているようだった。

 勇者らしく堂に入った振る舞いで応えたヒカルの言葉に、村長は目尻を僅かに下げる。


「そうか。だが、村の宝たるこの娘を助けていただいたというのに、礼もせず済ませるのは躊躇われる。是非、今晩はこの村でお休みいただきたい」

「ふむ。ありがたい申し出だ」


 後ろで話を聞いているヤマトたちからすれば、そうありがたい提案ではないのだが。

 そんなヤマトたちの心境を知ってか知らずか、ヒカルは滑らかな口調で村長の申し出に首肯する。そのことに、村長の脇に控えていたリリが表情に花を咲かせるのが分かった。リリの姉も妹の笑顔に釣られてか、その顔に穏やかな笑みを浮かべる。

 だが、村長の方はまだ気を抜いていないらしい。ヒカルたちそれぞれに油断ない視線を向けて、再び口を開いた。


「してお客人。差し支えなければ、そのお顔を確かめさせていただけないか。何分、ここは小さき村ゆえ、顔の知れぬ者を引き入れたとあれば、不安に思う者も少なくないのです」

「うん。そうだな」


 村長の言葉に同意しながら、ヒカルは応対に困ったように俯く。

 代表者として振る舞うヒカルは兜で顔を隠し、後ろにつき従うヤマトたちもフードを目深に被っている。その甲斐あって、ここまでの村人には人間であることを悟られずに来れたが、そろそろ隠し続けるのも厳しい頃合いだろう。

 険しい眼差しで口を挟もうとしたリーシャを制止してから、ヤマトが代わって口を開く。


「失礼。ゆえあって、リーダーは顔を晒すことを禁じられている。代わりに俺たちの顔を明かすから、それで容赦願えないか」

「ほう? 何か怪我でもされたか」

「そんなところだ」


 ヤマトの言葉に微かに込められた武威に気を引かれたか、村長の視線がヒカルから逸らされる。

 魔族らしい真紅の眼を直視しながら、ヤマトはゆっくりとフードに手を掛けた。


「お前たちも」

「……分かったわよ」


 促す言葉に、リーシャたちも渋々と頷く。

 これまで視界の半分を覆ってきたフードを外した途端に、辺りが広く開かれるような感覚に襲われる。露出した顔と首筋を猛烈な寒気が撫でていくが、漏れそうになる震えを理性で抑え込む。

 改めて村長らの瞳を見返せば、彼らが一様に顔つきを険しくさせたことが分かる。


「そなたらは……」

「人間っ!?」

「見ての通りだ」


 村長は僅かに腰を浮かして警戒態勢に入る。リリの姉は悲鳴混じりの声を上げて、後退ろうとしてその場に崩れ落ちた。唯一リリだけは何が起こっているのか分かっていないのか、キョトンとした瞳でヤマトたちの顔を眺めている。

 三者三様の反応を睥睨して、ヤマトは再び口を開く。


「こちらに敵対の意思はない。そちらが求めるのであれば、この場から立ち去ることも受け入れよう」

「む……」


 言いながら、腰元の刀を鞘ごと外して村長の前に置く。

 得物を差し出し、戦う意思はないと示す形。ヤマトの故郷である極東では、会話相手に対する礼節を表す意味が込められている。

 ゆっくりと刀から手を離したヤマトを前にして、村長は真紅の瞳を細める。その眼光の奥でどのような思案が巡らされているのかは察せられないが、少なくとも敵対心はないと示したヤマトの態度を前にして、思うところはあったらしい。


(少々危険な賭けではあるが)


 外面には堂々とした態度を繕いながら、背中に脂汗を滲ませる。

 一見して非戦闘員に見えるからといって、魔族は決して油断していい相手ではない。その身体に宿した膨大な魔力を爆発させるだけで、辺り一帯を焦土に変えるくらいは容易な連中なのだ。こうして得物から手を離したヤマト程度であれば、即座に消し炭にすることも不可能ではないだろう。

 ヤマトと村長の間に走る緊張感を悟ったのか。キョトンと面々を眺めていたリリが、そっと村長の腕を引いた。


「村長?」

「む、うむ……」


 純粋な瞳を向けてくるリリを前にして、村長は言葉を詰まらせる。険しい表情でヤマトの刀を見下ろしながら、口をモゴモゴと動かしたまま黙している。

 判断に惑うように視線を彷徨わせた村長の態度に、ヤマトは密かに悟った。


(そうか。この男も)


 考えてみれば単純な話だ。

 寒さが厳しく、帝国製の魔導具をもってしても開発が困難な北地。そこでひっそりと暮らしていた魔族らに、ヒカルたちのような文明的な人間と出会った経験などないはずだ。ゆえに、ここでどう応対すればいいのか――受け入れて、本当に敵対されないのかが判断できない。

 仮にも村を統治する立場として、その判断は慎重に下さなければならない。だが、そのための材料があまりにも欠如している。


(長期戦になりそうだな)


 ヤマトとしては無意味に敵対するつもりはないのだが、そのことを彼が悟るというのも無理な話。

 どうやら長引きそうだぞと溜め息を噛み殺したところで、腰を抜かしていたリリの姉がゆっくり口を開く姿が目に入った。


「村長」

「む」

「この方たちを、どうか私の責任で受け入れてはくれませんか」


 思わず、ヤマトと村長は揃ってリリの姉へ視線を向ける。


「何だと?」

「昔から、人間はとても恐ろしいのだと婆様たちに教わってきました。それでも、リリの恩人の方々に何もせずお帰りいただく訳には参りません」

「しかしな……」

「私たちの家は村の中でも外れの方にあります。そこならば、万が一にも皆に迷惑はかからないでしょう?」

「ぬぅ」


 どこか怯えたように顔を青ざめさせながらも、その言葉に秘められた意思は強く輝いている。気弱に思える外見とは裏腹に、その気持ちを翻すつもりはないようだ。

 容易に譲るつもりはないらしいと悟った村長は、苦悩するように眉をひそめながらも、やがて諦めの溜め息を漏らす。


「仕方ない。お客人方、あなた方の滞在を認めましょう」

「かたじけない。明日には立つつもりだ」

「ありがとうございます。それと、村人に不安を与えぬよう、できれば外ではお顔を隠していただけると……」

「承知した」


 確認するようにヒカルたちへ視線を向ければ、全員がホッと安堵した様子で首肯した。

 それなり以上に剣呑な雰囲気にはなってしまったが、ひとまず刃を交えるような結果にはならなかった。その事実にヤマト自身も溜め息を漏らしながら、丹田に込めていた力をそっと緩めるのだった。

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