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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地編
192/462

第192話

「――ほう。村で姉と暮らしているのか」

「うん! お姉ちゃんはとっても優しいんだよ?」

「そうかそうか。それはいいことだ」

「うん!!」


 身も心も凍てつかせるような吹雪が激しく吹き荒れる中。

 一歩一歩を確かめるように足を進めていたヤマトたちの前方で、ヒカルは保護した少女と手を繋ぎながら和やかに会話をしていた。


「なら、先程は姉とはぐれてしまったのか?」

「うん……。村の皆とお出かけしていたんだけど、車から落ちちゃって……」

「む。怪我はしてないな?」

「大丈夫だよ!」


 保護した当初は言葉少なく思えた少女であるが、どうやらそれはヒカルたちに人見知りしていただけらしい。ヒカルが率先して少女に話し掛けている内に、その警戒心は段々と解けていったようで、今は元々備えていた天真爛漫な表情が覗けるようになっていた。

 深いフードや分厚い外套で素顔が覗けないような状態にはなっているが、今のヒカルはそれも大して気になっていないらしい。いつになく積極的な様子で少女に話し掛けては、兜の中から楽しげな笑い声を漏らしている。


「ヒカルも、もう少し気をつけていいと思うのだけど……」

「ずいぶん楽しそうだよね。あの子が気に入ったのかな?」

「確かに庇護欲が誘われる外見よね」


 出会って数分程度で既に親しげな雰囲気を作り上げているヒカルと少女に対して、少女へ警戒心を抱き続けているのはリーシャとノアだ。リーシャは小さな着ぐるみを着ているような少女の愛らしさに目尻を下げながらも、その瞳の奥には警戒の光を宿している。一方のノアは平時と変わらぬ穏やかな眼差しでありながらも、ヒカルと少女のやり取りをどこか一歩外れたような位置から眺めている。

 ここが大陸にありふれた都市の一つであるならば、リーシャとノアの対応は少なからず冷たいものであっただろう。だが、ここは帝国ですら立ち入ることができていない秘境たる北地だ。気を抜けば即死に繋がるという認識が常につきまとう以上、如何に愛らしい風貌の少女であっても気を抜くことは許されない。


(だが、確かに害意は感じないな)


 少女にすっかり気を許しているヒカルを擁護する訳ではないが。

 先程から少し興奮した様子でヒカルと言葉を交わしている少女に視線を投げて、ヤマトは小さく首を傾げる。

 読心術とまでは行かずとも、ヤマトは大まかに他人が何を考えているかというものは悟ることができる。こちらに善意を抱いているならば相応の温かさが感じられるし、悪意を抱いているならば少なからず不穏な空気が感じられるのだ。その感覚を頼ってみるのであれば、熱心にヒカルと会話する少女からは悪意は感じられず、純粋な好奇心が溢れ出しているようだった。

 無論、そんなヤマトの感覚に信頼が置けるのかと問われれば、確信をもって答えることはできないのだが。


「レレイ。お前はあの少女をどう思う」

「む。……うーむ」


 常夏の南国育ちであるレレイにとっては耐え難いのか。北地に入ってから寒さのあまりに閉口しがちなレレイへ、ヤマトは言葉を投げる。

 それを受けたレレイはハッと我を取り戻したように顔を上げた後、少女を見つめて小首を傾げた。


「正直、何も分からん」

「と言うと?」

「これまで出会ったことがない類の者だ。悪いとは感じられないが、善いとも感じられん」

「ふむ」


 結局は各々の直感に頼った話でしかないのだが。

 ヒカルと親しげな少女が、どこか普通とは違っているらしいというのはレレイも感じているところらしい。その善し悪しは分からずとも、ある程度気負って少女を見る必要はあるだろう。


「いずれにしても、あの子はヒカルには気を許してるみたいだからね。あの子の相手はヒカルに任せて、僕たちは僕たちで気を抜かないようにしようよ」

「……それしかないわね」


 ノアの言葉に、リーシャは渋々という様子ながらに頷く。

 素性の知れない少女と親睦を深めさせるなど、勇者ヒカルの指導役たるリーシャとしては看過し難いのだろう。だが、北地について――初代勇者が残した聖靴について、何の手掛かりも得られていない現状においては、多少のリスクを受け入れてでも動く必要はありそうだ。


(結局、現状維持する他ないか)


 気を抜きすぎないように、少女から警戒の目を外さないようにする。

 思わず小さな溜め息を漏らそうとしたヤマトの耳に、少女のはしゃいだような声が届いた。


「あ! 見えた!!」

「む」


 言葉に釣られて、視線を上げる。

 視界を白く閉ざす吹雪の奥で薄っすらと浮かび上がる、小さな建造物の影。雪の幕で閉ざされていた村の影が、ヤマトたちが目を凝らすたびにはっきりと映し出されていく。


「外壁か」

「ちょっと見慣れた雰囲気だよね」


 ノアの言葉に、ヤマトも目つきを険しくさせて首肯する。

 北地で生活を営んでいる者として伝え聞いたのは、先に出会った獣狩りの民のみ。彼らは大陸の文明から切り離された人々という前評判に相応しく、岩壁を掘った洞窟の中で暮らしていた。外敵への備えのようなものもなく、集落もほとんど広間に等しいものであった。

 それと比べると、外壁で村の周囲を囲っているという点だけでも異質にすぎる。その文化は大陸南部――帝国製の魔導具がありふれた地で築かれたものであり、この辺境たる北地には相応しくない。


(さて。何が出るやら)


 思わず腰元の刀に手を伸ばす。

 警戒心を顕わにしたヤマトの視線の先で、その村の全貌が明らかになっていく。

 数十人ほどが住めそうな程度の広さの村が、岩を積み上げた外壁で囲われていた。その高さは二メートルほどであり、北地の魔獣であれば容易に乗り越えられそうに見える。外からでは村の内部を伺い知ることはできないものの、人が寄り集まって暮らしているらしい温かさが滲み出ていることは分かった。

 石垣が立ち並ぶ中に設けられた木造りの門。その前で、外套で姿を覆っている三人の大人が何事かを言い争っている。


「あれは……」

「私のことはいいですから! 妹がまだ外にいるんです!」


 足を止めてその言い争いへ視線を向けたヤマトたちの間に、若い女の声が響いた。外套を着た者の一人――門を守る二人に言い募っているらしい。


「だがよ嬢ちゃん」

「外は危険だ。護衛もつけずに出ようなんざ、自殺行為でしかないぞ」

「それでも!」

「――お姉ちゃん!!」


 割り込むこともできずに眺めるしかなかったヒカルたちの中から、少女が弾かれるように飛び出す。言い争っていた三人の一人、若い女の胸元へ駆け込んでいく。


「お姉ちゃん!」

「リリ!? あなた無事だったのね!」


 駆ける勢いのままに飛び込んだ少女――リリの身体を、女性は柔らかく受け止める。


「ふむ。彼女があの子の姉か」

「無事に再会できたようだな」


 心の底から安堵したような声を漏らすヒカルに、ヤマトも苦笑いを浮かべながら首肯する。

 吹雪で方向感覚が狂った中、ヒカルたちはリリが直感で指し示すがままに足を動かしていただけなのだ。吹雪の中で遭難し、ヒカルの転移能力に頼って北地の外へ戻ることになるだろうとヤマトは半ば確信していたのだが。


(偶然とは流石に考えづらいな)


 素直には喜び難いものを覚えながら、姉妹の再会を見守る。

 その辺りで姉妹の方も割れを取り戻したのか、姉がヒカルたちの方へ視線を向けた。


「あの方たちは……?」

「リリをここまで連れて来てくれたの!」


 無邪気なリリの言葉に、ヤマトたちは揃って相好を崩す。彼女へ一番の警戒心を抱いていたリーシャまでもが、思わずという様子の苦笑いを浮かべていた。

 リリの言葉に納得したように頷いた姉が、ヒカルたちの前へ進み出る。恩人を前に非礼と考えたのか、その顔面を覆っていた分厚いフードを脱いでから口を開く。


「皆さん、本当にありがとうございます」

「いや。そう気にしないでほしい」


 姉の感謝の言葉に、ヒカルは勇者然とした凛々しい雰囲気で応じる。

 他方、ヒカルの後方に控えていたヤマトたちは、初めて素顔を顕わにしたリリの姉の顔――正確には、その肌の色と額から伸びる“角”を目の当たりにして、言葉を失う。


「あれは……っ」


 反射的に腰元の剣へ手を伸ばそうとしたリーシャの腕を、ヤマトは押さえつける。険しい眼差しを向けてくるリーシャへ首を横に振る。


「抑えろ」

「だけどっ!」

「今ここで争うべきではない」


 小声でのやり取り。

 いつもの理路整然とした落ち着きをリーシャは失ってしまっているようだが、それも無理ない話ではあるのだろう。リーシャを抑えるヤマトの方も、その内心はざわざわと騒がしくなっているのだ。


(黒い肌に、額に生えた角)


 それは、リリの姉に見られた特徴だ。

 明らかに日焼けではない、褐色の肌。まだ肌色から隔絶した色には至っていないために違和感は少ないが、それでも目を引く色であることに違いはない。だが、より際立っているのは女性の額から伸びた二本の角にある。太さも長さも大したことがない角ではあるが、明らかに人の身体に生えていていいものではない。

 黒い肌と二本の角。極東の絵物語に伝わる鬼が現れたかのような風貌であるが、この地にはその特徴に該当する種族がいる。そしてそれは、ヤマトたちの前にふらっと現れていいものではない。

 先程よりも俄然警戒心を高めて、ヤマトは女性の額から伸びる角に視線を落とした。


(魔族……!)

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