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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
北地編
188/462

第188話

「ここが獣狩りの集落か」

「集落って感じはしないけどね」


 北地を一望できる峠を下り、歩を進めること一時間強。雪と氷に閉ざされた大地に隠れるようにして、獣狩りの集落は築かれていた。

 集落とは言っても、ノアが零した通り、大陸人が一般的に思い浮かべるような集落の形は取っていない。獣狩りの民は岩壁をくり抜いた洞窟を住処としているらしく、その集落は傍目からは、穴に潜む魔獣の住処のようにすら見えるほどだった。

 陽はまだ高い位置にあるとはいえ、夕方も段々と迫ってきた頃合い。獣狩りの民も今日の狩猟は終わらせたようで、辺りからは人の気配が感じられた。

 エスト高原とは比べ物にならないほど厳しい寒気に身を震わせながら、ノアは辺りを一瞥する。


「何だか、いかにもって感じの場所だよね」

「言うなノア」

「だけどさぁ」


 隠すということを知らないノアの言葉に、苦笑いが漏れる。

 凍てついた氷の大地の片隅に位置する集落。幾つかの洞窟が並んでいるが、その門前には魔獣の白骨が高らかに掲げられている。ともすれば怪しげな魔導術の研究所かと思えるほどに並べられた死骸は、その洞窟に住む者が狩った魔獣のものなのだろう。洞窟の中には魔獣の毛皮が敷き詰められているようだが、無論適切な処置が為されている訳もなく、辺りにむせ返るほどの獣臭さが立ち込めていた。

 高原の民は彼らを指して「蛮族」と揶揄していた。それを聞かされたときには話半分のヤマトたちであったが。


(確かに、蛮族らしくはある)


 その視線は、ヒカルたちをここまで案内してくれた男にも向けられる。

 身の丈二メートルを越す筋骨隆々の肉体に、腰から下げられた石斧。魔獣丸ごと一頭分の毛皮をそのまま着たような服に、己の威を示すが如く下げられた無数の魔獣の牙。身だしなみを整えるという概念自体がないのか、伸び放題になった髪と髭。

 ヤマトも大陸各地を旅し、様々な民族と出会ってきた。暮らしぶりがヤマトの常識から外れた者も少なくなく、それらに直面するたびに驚かされてきたものだ。だが、これほどまでに蛮族然とした人々がいただろうか。


(文明を築けるほどの余裕もなかったということか)


 先行く獣狩りの男を見やりながら、ヤマトは思いを巡らせる。

 ここ北地は一年を通して厳しい寒さに閉ざされている。大陸では当たり前に存在する四季の概念も薄く、溶けることのない雪と氷に囲まれて生きているのだ。当然ながら作物を育てることも、自然の幸を採集することもできない。この過酷な地で生き延びるためには、辺りに生息する獣を狩り、その肉を喰らう以外に道はなかったのだ。

 獣狩りに一日を費やし、暇さえあれば狩りのために備える毎日。効率的な狩りのための研鑽はあれども、それによって文明が発展するだけの余力はない。自然、彼らは大陸の大半が千年前に終えたような原始的な生活を、今なお続けている事態にあるのだろう。


(とは言え)


 彼らがそうした生活を送っていること自体に何かを思うことはない。冷たいようではあるが、そんな環境もあるのかと興味が惹かれる程度でしかない。

 だが、獣狩りの民の品性――人としての心の在り方については、少々思うところがあった。


「あまり隙を見せるなよ」

「皆、色々と派手だからねぇ」


 呑気にそんなことを口にするノアに、思わず「お前もだぞ」と言い返しそうになるところを堪える。

 先程から肌がチリチリと焼けるような不快感を覚えている。その原因は、ヒカルたち一行へ不躾な視線を躊躇なく向けてくる集落の者にあった。


(当たり前の道理すら、ここでは通用しないか)


 獣狩りで高揚した心地に引きずられたと好意的に解釈することはできるとしても、だからといって看過できるようなものでもない。

 全身を鎧兜で武装したヒカルと明らかに戦士然としたヤマトの二人を除けば、このパーティはずいぶんと華やかな面々が揃っている。聖騎士リーシャはどこぞの姫君が武装したような姿であるし、レレイも異国情緒溢れる美少女。ノアは実際には男であるが、一目してそうと悟られないだけの美貌を備えていた。

 そんな三人に、獣狩りの民はギラギラと色欲を剥き出しにした視線を浴びせていた。大陸の街中で秋波を送られるよりも更に直接的な、ただ女肉を貪りたいという欲望を溢れさせた視線。

 ノアは逞しく平然を装っているものの、リーシャとレレイはそうもいかないようだ。あまり露骨にしないように留意しているようだが、小さく顔を顰めて嫌悪感を表している。


(長居は無用だな)


 さっさと用を済ませて出るに限る。

 そんな思いをヤマトが胸中で固めたところで、先導していた男は立ち止まった。


「ツイタ。マテ。……リーダー!」


 明らかに人と話すことに慣れていない、たどたどしい言葉を洞窟の中へ投げ込む。

 それを受けて、のっそりと一人の大男が姿を現した。


(ずいぶんとデカいな)


 獣の毛皮を余すところなく縫い繕った服をまとった姿は、魔獣が仁王立ちしているようにも見える。鋼を思わせる筋肉を全身にまとい、ただそこに立っているだけで得体の知れない威圧感をヤマトたちに覚えさせた。

 年齢は四十代ほどか。族長を務めるには少々若くも思えるが、この過酷な地の中では最年長にあたるのかもしれない。

 無言のまま推測を並べたヤマトを尻目に、案内役の男は族長へ言葉を続ける。


「キャク。リーダー、キキタイ、アル」

「――そうか」


 腹の底に響くような、低く重厚感のある声。

 獣がそのまま人の姿を取ったかの如き鋭い眼光を輝かせて、族長はヒカルたちに向き直った。


「何の用だ」

「……一つ、聞きたいことがある」


 肉食獣が牙を剥くような威圧感に気圧されてか、視線から溢れ出る好色に辟易させられてか。咄嗟に声を出せなかったリーシャたちに代わって、ヤマトが口を開く。

 例によって大陸共通語の扱いは得意ではないらしい族長は、無言のまま視線で続きを促す。


「靴にまつわる昔話に、何か覚えはないか」

「靴だと?」

「どんなに些細なことでも構わない」


 問いながら、ヤマトは薄々とその答えを察する。その日を何とか生き延びるだけで精一杯な暮らしぶりなのだ。古代からの話を語り継げるほどの余裕はないだろうし、語られていたとしても、その内容は本来のものとは大きくかけ離れてしまっていることだろう。

 そんなヤマトの想像を肯定するように、族長は首を傾げた。


「ない」

「そうか。ならば、この地に残る昔話を聞かせてくれ。古ければ古いほどいい」

「昔話……」


 間髪入れずに問い直したヤマトの言葉に、族長はジッと黙して考え込む。


「掟でも構わない。荒らしてはならない地。狩りを禁じられた地。そなたらが立ち入れない地。何か覚えはないか」

「ふむ」


 ただ昔話を聞かせてくれと尋ねるよりも、そうした具体的なことを聞かれた方が答えやすいらしい。

 表情を明るくさせた族長は、ヤマトに向き直って口を開く。


「あの峠を背に、吹雪の先へ進んではならない。掟だ」

「ふむ。奥地か」

「吹雪が強すぎて進めないから、当然のことだ」

「それほどなのか」

「前が見えない。場所が分からない。立てない。進むのは無理だ」


 族長の言葉に、ヤマトは軽く顔を顰める。

 あまりにも漠然とした話だ。初代勇者の遺物が封じられたくらいなのだから、何かしらの逸話が形を変えて残っていないかと期待してみたが、これでは判断が難しい。聖靴があるから立ち入ってはいけないのか、単に危険だから立ち入ってはいけないのか。前者であれば冒険する価値はあるが、後者だった場合には目も当てられない。

 とは言え、このまま手をこまねいている訳にもいかないのも事実。まだ余裕があるとは言え、食料に限りはあるのだ。


(賭けてみるしかないか)


 元を辿れば、噂程度でしかない話を根拠に勇者を派遣した太陽教会の行動が雑すぎる。彼らに様々に言ってやりたいことがあるのだが。

 それら諸々を飲み込んで、ヤマトは族長に頭を下げる。


「感謝する。そろそろ俺たちは出るとしよう」

「……泊まらないのか?」

「遠慮しよう」


 雪降る大地ゆえに陽が今どの位置にあるかは定かではないが、そう余裕のある時刻ではないだろう。もう数時間もすれば日没になり、辺りは夜闇に閉ざされてしまうかもしれない。夜行性の魔獣に襲われる危険を思えば、ここで一夜を明かすのは悪い手ではない。

 そんな理性の訴えを振り払って、ヤマトは族長の誘いを断った。


「むぅ」

「失礼したな」


 目を白黒させる族長を尻目に、ヤマトはヒカルたちを促す。

 名残惜しそうに引き留めようとする彼らの視線を努めて無視して、ヤマトはヒカルたちを引き連れてその場を後にした。

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