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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
古都エスト編
182/462

第182話

「では、止めを刺すとしましょうか」


 帝国正規軍が見せた、大陸の常識から逸脱した兵器の数々。

 それらに圧倒されて声も出せない状態だったヒカルたちだが、カインが漏らしたその言葉を受けて、ハッと我を取り戻した。


「止めか」

「えぇ。彼らに未知数の部分が多いことは事実ですから。あれを解剖すれば、帝国の利になることは間違いないでしょう」


 その言葉に、思わず顔を顰める。

 カインが口にしていることは決して間違ってはいない。片や古代文明の技術を詰め込んだ遺物であり、片や世界に名高い竜種の中でも際立って強大な個体。そのどちらもが人智の及ぶ領域にはないというのが、これまでの常識であった。それだけの代物を、帝国本土に持ち帰り研究する。それによって得られる恵みは計り知れないものとなることは、想像に難くない。

 とは言え。


(それはあまり、嬉しくない事態だな)


 確定ではなくとも、帝国軍の手によって倒された緑色の竜の正体がミドリらしいというのは、ヒカルたちの間で共有されている認識だ。そして、様々に疑問が残されている面はあっても、彼女がヒカルたちの友人であるということに変わりはない。竜化して人型ガーディアンと戦っていたのも、元を辿れば遺跡に閉じ込められたヒカルたちを助けるためでもあるのだ。

 そんなミドリが、帝国軍の手によって殺されようとしている。


(看過はできないか)


 その思いは、ヤマトのみでなくノアやヒカルたちも同じくするものだったらしい。

 手にしていた通信用魔導具へ今にも指示を下そうとしているカインの前に、強い決意を秘めた瞳のレレイが躍り出る。


「どうかしましたか?」

「止めを刺すのは、少し待ってほしい」


 カインは怪訝そうに首を傾げる。それでも、何かしらの事情がレレイたちの間にあるらしいと察したのか、ひとまず通信用魔導具を口元から離す。


「理由を聞かせていただいても?」

「それは……」


 咄嗟にレレイはヒカルたちと目を見合わせる。

 ミドリは人化した緑色の竜であり、ヒカルたちを守るために竜としての力を振るっていた。そんな荒唐無稽にも思える話を正直に話して、果たしてカインに信じてもらえるのだろうか。もっともらしい理屈を組み立てて、彼女を見逃してもらえるように説得する方が賢いのではないか。

 そうした逡巡を頭の中で浮かべたヤマトだったが、理知に長けたカインの面持ちを見て、即座に考えを改める。


(下手に理屈をこねるのは悪手か)


 出会った当初にノアが漏らしていた通り、カインはその役職に相応しいだけの能力を備えた男だ。ヤマトたちが急ごしらえで体裁だけを整えた理屈など、即座に偽装されたものだと看破されることだろう。ならば、初めから本音でぶつかった方が勝算が高いというものだ。

 そんな思いを胸に、ヤマトはレレイに向けて無言で頷く。

 それでレレイの気持ちも固まったのか、次の言葉を待つカインに真っ直ぐ向き直る。


「……にわかには信じ難い話に聞こえるだろうが」

「構いませんとも」

「あの緑色の竜の正体なのだが――」


『――カイン将軍!』


 話し始めようとしたレレイの言葉を遮るように、カインが手にしていた通信用魔導具から男の声が届いた。

 その声からどうやら緊急の用件らしいことを悟ったカインは、無言の目礼でレレイに詫びを告げてから、通信用魔導具を口元に引き寄せる。


「どうかしましたか」

『緑の竜に異変が発生! 周囲の魔力を吸収している模様です!』

「何?」


 その通信音声に、レレイは弾かれたように緑色の竜がいた場所へ視線を投げた。

 無数の砲撃によって、元々あったはずの緑豊かな草原は跡形もなく失われ、散々に荒れ果てた焦土が広がるばかりの大地。その中心で力なく横たわっている緑色の竜の瞳が、そっとレレイたちの方へ向けられる。その瞳には、己が傷つけられたことへの恨み辛みは浮かんでおらず、ただ友に何かを託すような色が浮かぶばかり。

 それを向けられたレレイが、何事かを感じたように、自分の胸元に手を当てる。


「ミドリ……?」

「何ですって?」


 思わず漏れたレレイの声を耳聡く聞きつけたカインが、少々似つかわしくないギョッとした表情を浮かべる。


「どういうことです。もしや、あの竜が――」

『将軍! 攻撃許可を! 竜の傷が治癒していきます!』


 レレイへ問い詰めようとしたカインの前に、魔導具から兵士の焦りを滲ませた声が響く。

 その言葉に釣られてヤマトが横たわる緑色の竜へ視線を向ければ、取り留めのない力が竜の元へ凝縮され、その身体に深々と刻まれていた傷が煙を上げながら塞がっていくのが分かる。竜種が元々備えている高速治癒の力を、意図的に強めているのか。

 急変する事態に戸惑いを見せながら、カインは魔導具を口元に寄せる。――攻撃許可を下すつもりか。


「―――っ! 待ってくれ!」

「なっ!? いったい何を!」


 弾かれるように飛び出したレレイが、カインの持っていた通信用魔導具に手を伸ばす。不意討ちを前にして動きの遅れたカインの手から、魔導具をそのまま奪い取った。

 咄嗟に非難の声を上げたカインに、レレイは強い眼差しで応じる。


「あの竜はミドリだ! これ以上、ミドリを傷つけさせはしない!」

「それは……!」


 騒ぎを聞きつけた憲兵隊や遊牧民らが、何事かとヒカルたちの元へ視線を寄越す。

 今にも唸り声を上げそうなほどの気迫を漲らせたレレイを前にして、カインは困ったように視線を彷徨わせる。

 緑色の竜の正体が、遊牧民に混じって生活していたミドリである。その言葉が真実であるならば、確かにこのまま攻撃して殺してしまうというのは、少々よろしくないことだろう。だからと言って、それを告げるレレイの言葉が丸ごと真実であるという保証はどこにもない。常識に照らし合わせるのならば、レレイが口にしているのは狂言に等しいものなのだ。それを真に受けて攻撃を取り止めるなど、将軍失格の誹りを受けても仕方のないほどの愚行。


「――仕方ありませんね」


 カインが戸惑いを見せたのは、ほんの数瞬のこと。すぐに本来の将軍としての責務を思い出したのか、その眼差しが武人のそれへと変貌する。


(仕掛けるつもりか)


 咄嗟に身構えたヤマトが、腰元の刀に手をかけるよりも速く。

 カインは迅雷の如き素早さでレレイへ手を伸ばした。


「くっ!?」


 その場にいた誰もがろくに身動きも取れないほどの刹那。

 迫るカインを追い払うようにレレイが突き出した拳を、カインはほとんど避ける素振りを見せないまま、軽くいなしてみせた。


「返してもらいますよ」


 先程の光景を焼き直すように。対処が間に合わないレレイの手から、カインは魔導具を奪い返した。

 二転三転する状況の変化に頭が追いつかない。ようやく思考が追いついたヒカルたちが加勢しようとした瞬間には、カインは通信用魔導具に声を吹き込んでいた。


「伝令。直ちに竜を――」

『報告! 回復した竜が飛び去って行きます!!』


 焦りを滲ませた声が魔導具から漏れ出る。

 その言葉が真実であることを示すように。荒野に横たわっていた竜が勢いよく羽ばたき、辺りに烈風が吹き抜けた。


「……一足遅かったようですね」

『―――ッ!!』


 帝国の手によって地に伏せられようとも、その力が失われることはないと堅持するかのように。竜の咆哮が天地を揺るがし、茫洋と見つめていた人々の心胆を震え上がらせる。

 誰もが身動きを取れず、ただ天に舞い上がる姿を見つめることしかできない中。竜は辺りをグルリと睥睨し――最後にレレイらの方へ視線を投げてから。既に陽が沈んで暗くなった空の果てへと、その姿を消していった。

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