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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
古都エスト編
181/462

第181話

 その戦いは、正しく神話の一幕のような光景であった。

 片や世界最高峰の竜種。生まれながらに他種族を凌駕する戦闘力と知力を秘めるポテンシャルを持ちながら、更にその個体は悠久に等しいときを経て、己の力を最大限に引き出す術を獲得している。比喩抜きで神にも至れる存在と言えよう。

 片や古代文明の遺物たる人型ガーディアン。この大陸に現存する叡智を結集させても解き明かせない古代文明の技術、それを織り合わせて生み出されたガーディアンもまた、一目で格の違いを理解せざるを得ないほどの力を秘めている。

 共に生ける伝説と形容するに相応しく、ゆえに、その戦いはおよそ人智の及ばぬ領域にある――はずだった。


「撃てぇぇえええッッッ!!」


 神々の世界を土足で踏み荒らし、神話の戦いを現世に引きずり降ろすが如く。

 竜とガーディアンが争い合う戦場に、カインの声が響いた。

 同時に放たれた魔導砲の轟音が辺りの大気を揺らし、無数の砲丸が竜とガーディアンの両者へ殺到する。


『―――ッ!』

『―――――』


 観客からの意想外な攻撃に対する戸惑いか、己の力量を弁えずに踏み入ってきた愚か者への落胆か。

 憲兵隊が放った砲撃を一瞥した緑色の竜と人型ガーディアンは、大した反応も見せないままに、即座にそれらから視線を外した。互いに相手を油断なく見つめて、迫り来る弾丸には意識すら向けようとしない。

 空に山なりの弧を描いた砲弾が、そのまま竜とガーディアンに殺到する。その身体を捉え切れずに大地を貫いた弾丸が砂煙を巻き上げるが、確かに、その内の数発が彼らに直撃する。


「命中確認!」

「次弾装填を急ぎなさい! あの程度で倒し切れるはずがありません!」


 束の間の喜びが広がりそうになった面々を、カインの一喝が正気に戻す。

 その言葉が真実であることを示すように、もうもうと立ち込める土煙を吹き飛ばされた。元の緑豊かな大地が嘘のように荒れ果てた土の上で、まるで帝国からの攻撃がなかったかのように、竜とガーディアンは争い続けている。


(まさか、無傷とはな)


 その光景を横目に伺い、ヤマトは密かな驚きを得る。

 先の一斉砲撃は並大抵のものではない。その魔導砲一つ一つが大抵の城壁を砕けるほどの威力を秘めており、戦場に一門君臨するだけで多大な戦果が約束されるような代物だ。帝国以外の国ではとても生産できないだけの威力と精度を有する、帝国印が伊達ではないことを伺わせるほどの兵器。ここが並の戦場であったならば、先の掃射によって辺り一帯が焦土と化していたことだろう。

 それを受けても、竜とガーディアンには傷が浮かんでいない。所詮人の作ったものなど及びはしないと言うが如く、魔導砲のいずれも眼中にない様子。


(格が違いすぎる)


 その言葉が、ヤマトの胸に浮かび上がる。

 それに応えるように、砲撃を指示し終えたカインは静かに頷く。


「やはり、大した効き目はありませんか」

「――カイン将軍!」


 何かを推し測るように怜悧な視線で戦いを見つめるカインに、語気荒くヒカルが詰め寄った。


「勇者殿。如何されましたか」

「砲撃は危険だ。奴らの注意がこちらに惹きつけられたらどうする」


 緑色の竜がミドリだろうから、彼女を狙った砲撃は遠慮してほしい。

 そんな本心を隠しながら迫るヒカルの言葉に、カインはふっと柔らかな笑みを浮かべた。


「それでいいのですよ」

「何? だが、それではここは――」

「私たちがここで最も優先すべきは、非戦闘員たる民らが早急かつ安全に離脱することです。今は彼らの眼中にないとは言え、いつその矛先が民に向かうかは分からない」

「……だから、始めからここに注意を惹こうと?」

「そうなります」


 それは、軍人としては非の打ち所がないほどに正しい言葉だった。

 例えその結果によって部隊が全滅しようとも、民が無事にここから帰還できるのであれば本望。そのことを本心から思っているようなカインの言葉に、ヒカルは二の句を次ぐことができない。

 そんなヒカルの沈黙をどう受け取ったのか、カインは柔らかな笑みのままに口を開く。


「もっとも、私たちも犬死にするつもりはありませんけどね」

「……それは………」

「簡単な話ですよ」


 ヒカルとの会話を続けながらも繰り出されるカインの指示に従い、次々に魔導砲が発射される。

 相変わらず戦果を上げられないその砲撃を見やりながらも、カインの表情は陰ることなく。むしろ――


「奴らのような獣と玩具風情に、我ら帝国軍が敗北する道理はない」


 獲物を目前にした獅子の如き眼光。そこから立ち昇るあまりに強い闘志を受けて、ヤマトの指が疼いた。

 絶対の自信を感じさせる佇まい。それに圧倒されて言葉を出せないヒカルを尻目に、憲兵隊の一人がカインの下に駆け込んでくる。


「カイン将軍! 帝国軍の応援部隊が間もなく到着します!」

「来ましたか」

「なっ!?」


 待ちわびたとでも言いたげなカインに対して、ここまで無言でいたノアが驚きの声を上げる。

 思わずそちらへ視線を向ければ、ノアは一瞬だけ自分の口を手で押さえてから、諦めたようにヤマトの耳元に小声で話しかける。


「帝国軍が来たってことは、状況が変わるかも」

「どういうことだ」


 問い返しながら、ヤマトは辺りを見渡す。

 そこかしこに鎮座する大型魔導砲に、それを手慣れた動きで操る憲兵隊。その練度は流石は帝国だと感心せざるを得ないほどのものであり、ゆえに、彼らは帝国軍に等しい存在だと捉えていたのだが。


「あの人たちは憲兵。確かに軍人だけど、治安維持を専らにしているから大きな武力は与えられていない」

「……ほぅ」

「そして、今から来るのが帝国軍の正規兵。他国との戦争を想定して編成されている軍だから、当然保有戦力も憲兵とは桁が違う」


 つまりは、そういうことか。

 大陸中のどの国の軍をも越える武力を有した、帝国の鉄道憲兵隊。彼らは所詮治安維持を目的とした警察機関にすぎず、より大きな脅威を相手取るための正規軍は、憲兵隊のそれを凌駕する武力を保有している。

 ヤマトとノアが思わず口を閉ざしたところを引き継ぐように、カインが口を開いた。


「ここからが本番です」


 言いながら、カインが懐から取り出したのは通信用魔導具。ヤマトが一目見て咄嗟に正体が分からないほど小型化されている魔導具を手にして、カインはどこかへその声を届けた。


「これより作戦を開始する。戦車部隊、射撃用意」

「は……? ちょっ、戦車って――」


 戸惑いの声を漏らしたノアを無視して、カインは開戦の狼煙を上げる。


「撃て」


 その直後のことだ。

 もう一頭の竜種が現れたかと錯覚するほどの轟きが天地を揺るがす。互いのことしか眼中に捉えていなかったはずの竜とガーディアンすらもが、思わず周囲へ視線を巡らすほどの轟音。――その直後。

 空を貫いて飛来した無数の閃光が、竜とガーディアンの周囲を貫いた。


『―――ッ!?』

『―――――』


 先の戦いが嵐に例えるであれば、目の前のそれは何だろうか。一直線に空を貫いて飛来する無数の弾丸が、そのまま殺戮の雨となって降り注ぐ。

 思わず耳を閉ざしたくなるほどの爆音の中、ヤマトは悲痛な竜の叫びと、激しく高低を行き来するガーディアンの警告音を微かに捉えた。


「い、いったい何が……」


 とても現実の光景とは思えない。

 神話の上に胡座をかいていた連中を無理矢理蹴落とし、そのまま引きずり倒すような暴力の嵐。帝国が世界最大の国家であることを刻みつけるように、誰にも抗えない理不尽を体現する攻撃が続く。

 数秒か数分か。時間も分からないほどの衝撃をもたらした一斉砲撃が止んだ後の大地に、緑色の竜と人型ガーディアンは立っていた。


「耐えてはいるけど」

「相当に堪えたようだな」


 共に、己らが神話たる所以を示すが如く、その場に膝を屈しようとはしていない。

 それでも、先の砲撃は抗い難いものであったらしい。その身体は共に大きく傷つけられ、もはや戦いを続けるどころではないほどの有り様になっていた。

 思わず息を呑むレレイを抑えながら、ヤマトは力なく佇む竜とガーディアンに視線をやる。


(ひとまず、生きているならば)


 ヤマトの脳裏に浮かんだのは、幾度腕を斬り飛ばそうとも修復してきたガーディアンの姿だ。

 それに応えるように、竜とガーディアンは徐々にその身体に力を取り戻していく。砲撃によって身体に刻まれた傷が治癒されていき、段々とその佇まいに余裕が戻っていった。


「流石は竜種と古代文明の遺物ですね。ですが――」


 決め手になり得る一撃を凌がれた。

 その事実を受け止めながらも、カインの表情は僅かな動揺すらも見せない。手にしていた通信用魔導具を再度口元に引き寄せ、声を放つ。


「目標は確実に衰弱している。手を休めることなく撃ち続けろ。機兵隊も出撃、近接戦闘に備えろ」


 それは、神話を処刑する合図だった。

 ようやく力を取り戻す竜とガーディアン目掛けて、再び轟音を従えた砲撃が殺到する。二度は喰らうまいと竜とガーディアンも身構えるが、構えたところで避けられる代物ではない。次々に飛来する弾丸にその身体を貫かれ、血飛沫と身体の破片を辺りに散らす。

 もはや嬲り殺しであった。一撃二撃を何とか避けようとも、そのことを物ともしない無数の砲撃が彼らの身体を貫き、大地にひれ伏させる。神話たる所以の回復力も、行きすぎた攻撃力の前では焼け石に水。遠距離から押し寄せる殺意の奔流に、竜とガーディアンは抗うことすらできず、刻一刻とその命を陰らせていく。


「これで終わりですね」


 このまま砲撃の雨を降らせるだけでも、彼らの死はほとんど確実であっただろうが。

 更に念押しをするが如く、“それ”は現れた。


「あれは……」

「機兵。帝国正規軍が最近導入した、最新鋭の兵器だよ」


 低い駆動音を響かせながら、“それ”――機兵はエスト高原の大地を横断して現れた。

 見た限りは、機械仕掛けの巨人そのもの。二足歩行する身の丈三メートルの巨躯に加えて、各所に無数の兵器を取りつけている重装備ながら、その動きは非常に軽やかだ。傷ついた身体で緩慢にしか動けない竜とガーディアン目掛けて、隊列を組んだ機兵五体が殺到する。

 その光景を目にしながら、ノアは苦々しい面持ちで言葉を続ける。


「高機動かつ高火力。その構造ゆえに状況を選ばずに運用できる汎用性と、武装の改良次第で発展し続ける応用性が売りの新兵器」

「お詳しいですね」

「……まぁね」


 称賛するようなカインの言葉に、ノアは憮然とした様子で応える。

 それに首を傾げる間もなく、機兵は地に倒れ伏す竜とガーディアンを取り囲み、その首元に巨大な剣を突きつける光景が目に入った。

 決着はついた。果てしない神秘に守られた神話は今この瞬間に、帝国の手によって砕かれ、白日の下に晒される。

 そのことに満足気に首肯しながら、カインは口を開く。


「では、止めを刺すとしましょうか」

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