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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
古都エスト編
179/462

第179話

「――もう一丁っ!」


 いつになく朗らかなノアの掛け声に合わせて、ヤマトは瓦礫に体当たりをする。瓦礫は人の背丈を越えるほどの大きさであったが、針の上に立つような絶妙なバランスの中で鎮座していたらしい。ヤマトの突進を受けて、グラリと鈍い音を立てながら重心を動かしていく。


「あと、少し!」

「踏ん張るぞ!!」


 必死に全身の力を込めて岩を押しているのはヤマトだけではない。聖剣を腰元に収めたヒカルやリーシャ、先程まで物憂げにミドリのことを想っていたレレイも含めて、全員がその瓦礫を何とか転がそうとしていた。

 高原が崩落した際に転がり込んできたのか、遺跡の一角を埋めるように立ちはだかった大岩。それを退かそうとすることには、無論理由があった。


「ぐぬぬぬ……!」


 とても人力では動かせそうにない岩塊だが、勇者の加護を発揮したヒカルの膂力と、的確に力を掛ける方向を計算するノアの指示があって、ゆっくりとその傾きを大きくさせていき――そして。


「ぉぉぉおおおッッッ!」


 峠を越えたのか。果てしない重量で鎮座していた岩が急に軽くなる。

 思わずつんのめるヤマトたちに押されるように、グラッと大きく岩が傾いた。


「やったっ! 隙間ができた!」


 全身の力を使い果たして疲労困憊な面々とは打って変わって、ノアが歓喜の声を上げる。

 それに釣られて視線を上げたヤマトは、直後に目に映り込んできた赤い夕陽の光と肌を撫でる冷たい風に頬を緩ませた。


「遂に出たか……」

「やっと外ね……」

「出られた、のか?」


 感慨深げに溜め息を漏らすヤマトに続くように、リーシャは疲れたような安堵の息を漏らし、ヒカルはボンヤリと外から差し込む光を眺める。

 昼頃にここへ大挙してやって来て、大地が崩れ落ちるがままにエスト遺跡へ滑落したことが、既に数日前のことにすら思える。冒険者稼業ゆえに比較的暗所にも慣れているつもりでいたが、古代文明の遺物という訳の分からないものに囲まれ、理解の及ばないガーディアンにひたすら追い回されるという経験は、以前に想定していたものを凌駕した疲労をヤマトの精神に刻んでいったらしい。

 いつも何気なく眺めていた夕焼け空が、今はひどく美しいものに見える。幾つかの雲が浮かんで赤く染め上げられているその景色に、訳もなく涙が込み上げそうになる。


「――皆さん、ご無事でしたか!」


 何を言うでもなくただ空を眺めていたヤマトたちに、どこかで聞いた声がかけられる。

 そちらへボンヤリとした意識のままに視線を向けてみれば、遺跡に落ちて以来は思い出すことのほとんどなかった顔があった。


「カインさん。そっちも無事だったんだ?」

「えぇ、運のいいことに崩落には巻き込まれずに済みました」


 カイン。

 元は帝国本土で活動する若手の将軍で、偶然このエスト高原へ訪れていたところを、アブラムの権利書問題解決に向けた助力を願った人物だ。まだ三十代前半程度にしか見えないにも関わらず、その佇まいには歴戦の勇士もかくやという貫禄が備わっている。

 咄嗟に応えることができなかったヒカルたちに代わって、ノアが一歩前へ出る。


「それはよかった。もう結構人も集まってるみたいだね」

「駅からの応援部隊も到着して、順次救出作戦を進行していますから」


 言われてみれば、辺りは臨時の軍事拠点のような有り様であった。帝国製のテントが幾つも貼られ、駅から派遣された軍人は魔導具の設置作業に取り組んだり、遺跡の出入り口を塞ぐ岩塊の撤去作業を行っているらしい。彼らの奮闘の甲斐あってか、救出された人々は既に相当な数になっており、憔悴した面持ちで休んでいる姿がそこかしこに見られる。

 見た限りでは、彼らの中に大怪我を負った者はいないらしい。


(ガーディアンにはまだ遭遇していないのか。あるいは――)


 帝国軍人たる彼らによって、難なく駆除されたのか。

 忙しく動き回っている面々の力量を測ろうと目を凝らしているヤマトを尻目に、ノアとカインの会話は続いていく。


「皆さんも無事で――いえ、一人足りていないようですね」

「うーん、ちょっとね」


 駅に直談判した際の印象が強かったのか、浮世離れした美貌が目に焼きついていたのか。カインはミドリのこともしっかりと覚えていたらしく、面々の中にその姿がいないことに首を傾げる。

 流石に、まだつき合いの浅い彼にミドリは実は人化した竜種で云々と語ってみせる訳にはいかない。曖昧に言葉を濁したノアに、カインは何事かを悟ったらしい。


「……必要ならば、応援は出しますが」

「たぶん大丈夫。そのときになったら、またお願いするよ」


 ミドリが竜化したときの姿からは、尋常ではない力が感じられた。あのミドリが敗れるほどの窮地に陥ったならば、帝国軍の力を借りても仕方ないようにも思えるのだが。

 そんな曖昧な笑みを受けて、カインはすっと下がっていく。入れ替わりで近づいてきた憲兵隊から補給食と水を受け取り、ヤマトたちは近くにあったテントの中で腰を落ち着けた。


「いやはや。今日はとんでもない目にあったね」

「何とか出られたからよかったがな」


 まだ発掘も満足に行われていない遺跡というのは、それだけ危険を秘めた場所なのだ。好奇心に負けて立ち入った冒険者が、遺跡に仕掛けられていたトラップにかかって命を落とすという事例も、決して珍しいものではない。

 その意味で、こうして無事に出てくることができたヤマトたちは確かに幸運だったのだろう。ガーディアンの大群に追われて絶体絶命の危機に陥りながらも、ミドリの助けを得てこうして生還できたのだから。


「………」

「ミドリが心配?」

「む。……そうだな」


 黙りこくって遺跡の奥へ視線を向けていたレレイに、ノアが柔らかく声をかける。

 ミドリが竜の姿となって飛び出していってからずっと、レレイは暇さえあれば遺跡の奥へその目を向けていた。人の身であるレレイたちではミドリの助力はできないと頭で理解していながらも、心配しないではいられないのだろう。


「早く戻ってくるといいけどね」

「あぁ。要らぬ心配だとは思うがな」


 心配性でいることを自覚したのだろう。自嘲気味な笑みをレレイが漏らした直後のことだった。



『―――――ッッッ!!』



「これはっ!?」


 天空と大地が震えるような雄叫び。思わず背筋が凍りつくほどに怒りで満ち溢れたその叫びは、音の波だけで地に亀裂を走らせていく。

 どこか聞き馴染みのある音の響きに首を傾げる余裕もなく、ただ呆然と音が鳴る方へ視線を投げるしかなかった。


「ミドリか!?」

「いったい何が……」


 ホッと一息吐いていた人々が恐怖にざわめき、軍人たちも突然の異変に動揺を隠せない中。

 突然、遺跡の上部が破裂した。

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