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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
古都エスト編
176/462

第176話

 四脚ガーディアンの砲撃は、ノアや帝国軍が一般的に使う標準的な魔導銃とは異なり、実弾を撃ち出すタイプではなかった。実体のない魔力の塊を放出するようなものであり、物理的な破壊力のみを見るならばそう高くはないらしい。だがそれは、抵抗力の低い生物――例えば人を大量に殺すためであれば、少しも不足したものではなかった。むしろ実弾を撃つよりも広範囲を覆う都合上、より効率的に人を殺戮できる兵器とも言える。

 前兆を察知することはできず、気がついたときにはその弾道だけが目に浮かんでいるような砲撃。およそ人の身で避けられるようなものではない。ゆえに、無数の四脚ガーディアンに取り囲まれて砲撃の青白い光を目の当たりにしたヤマトは、咄嗟に身体を固くして、すぐに走る激痛に備えていた。

 だから。


(――何が起こった?)


 衝撃も熱も伝わってこない。四脚ガーディアンから放たれた青白い閃光は確かにヤマトたちの間を貫いているのだが、何の痛みも感じない。傷一つつけられることなく、いつも通りの五体満足でそのまま立っている。

 幻でも見せられたかのような有り様だ。狐につままれたような面持ちのまま、思わず小首を傾げる。


(虚仮威しの砲撃……ではないな)


 ただ光を放っただけ。

 その可能性をまず始めに疑い、即座に否定する。あれだけ圧倒的な兵装を積んでおいて、今更そんな手を使う必要がない。ただ照準を合わせたままに砲撃を放つ、それだけのことでヤマトたちが物言わぬ肉塊になっていたことは間違いない。

 ならば、何が起こったのか。

 瞬時の緊張で強張った身体を解し、恐る恐る辺りを見渡して――“それ”が、目に飛び込んできた。


「これは……っ!?」


 人型ガーディアンと四脚ガーディアンがひしめく中、ヤマトたちが身を寄せ合うようにしながら徹底抗戦していたはずの、ちょうど中心に“それ”はいた。

 人が数十人入る程度の部屋では全貌を捉えられないほどの巨躯。その全体図を見た訳でもないのに、ひしひしとヤマトたちの心を締めつけてくる凄まじい威圧。ただその場に立っているだけでもジリジリと気力が削られ、今すぐにでもその場から逃げ出したくなる衝動に駆られた。鍛錬によって越えられるレベルを遥かに超えて、生物としての格が違うのだと悟らざるを得ないほどの力。

 世界最強にして最高の種族たる竜種。その威容が、ちょうどヤマトたちを背に庇うような場所に佇んでいた。


(ずいぶんと違うな)


 もはや抗う気力すら湧いてこないほどの圧倒的な力を目前にして、ヤマトはかつての記憶を遡る。

 ちょうど半年前――夏を目前に控えた頃合い。まだヤマトとノアが二人旅をしていたときに訪れた海洋諸国アルスと、その地の守り神として敬われていた竜種。海を主な住処としていた竜種信仰の聖地に訪れたときに、ヤマトたちは成龍を目の当たりにしたことがある。当時も、その抗い難い力強さを目前にして、人という種族の脆弱さを嫌というほど思い知らされたのだが。

 今目の前にいる“それ”は、かつて見たどの竜種よりも力強く、また気高い姿であった。エスト平原の青い草の色をそのまま映し出したような、鮮やかな緑色の竜鱗。凄まじい膂力を感じさせながらも、柔軟性に富んだしなやかさを備えた細長い体躯。大地をそのまま削り取るような鋭利な爪に、大空の全てを見通すような叡智を宿した眼。


「――そうか」


 ただ圧倒されるしかなかったヤマトの脳裏に、一つの答えが浮かび上がる。

 他のどんな生物――例え勇者や魔王であろうとも、ここまでは至れないだろうと直感してしまうほどの力。それらが見合うだけの存在を、ヤマトは一つしか知らない。そして連想するように、これまでヤマトの脳裏にこびりついていた違和感が解けていく。


「そうか、お前がそうなのか」

『―――』


 知らず知らずの内に取り落としていた刀を拾い上げ、刃を鞘に収める。

 チンッと微かに鳴った音に、呆気に取られていたノアが我に返る。


「ヤマト、あれは……」

「さてな。だが、案ずることはなさそうだ」


 どういうことかと、ノアが首を傾げた瞬間。

 静かに佇んでいた緑色の竜が、おもむろに身体を動かし始めた。威風堂々と辺りを睥睨する姿勢から、グッと力を全身に込めるような姿勢へ。四つの脚で大地を踏み締め、その眼光でガーディアンらを気圧する。


『『『―――――』』』

「始まるか。衝撃に備えろよ!」


 ヤマトがヒカルたちに向けて声を上げる。

 それを合図にするかのように、緑色の竜とガーディアンは一斉に動き始めた。


『―――ッッッ!!』


 大気を揺るがし、それだけで岩を砕くような雄叫び。ヤマトたちの目にも留まらない速度で飛び出した緑色の竜は、そのままの勢いでガーディアンの群れの中に突っ込む。その強靭な牙と爪でガーディアンの身体を容易く斬り裂き、僅かばかりの迎撃を物ともせずに暴れ回る。

 ガーディアンがその砲撃や斬撃で抵抗したのも一瞬だけのこと。すぐに竜の猛威に押され、後は只の蹂躙劇が繰り広げられた。


「すご……」

「圧倒的だな」


 腕の一振りで数体のガーディアンが弾け飛び、尾の一撃が数十のガーディアンを薙ぎ払う。その身動ぎ一つ一つが多くのガーディアンを破壊し、一秒ごとに部屋のガーディアンが数を減らされていく。

 まるで勝負になっていなかった。ただ玩具で遊ぶかのように猛威を振り撒く竜に対して、ガーディアンはろくな抵抗をすることもできずに、ただ木っ端微塵になるのを待つばかり。

 あと十数秒もすれば、百以上もいたガーディアンが一体も残さずに壊し尽くされる。その未来を誰もが容易に想像できたときだった。


『『『―――――』』』

「む。逃げるのか」


 唐突にアラームを爆音で響かせたガーディアンが一斉に部屋から立ち去っていく。途中で仲間を踏み潰すことをも厭わず、置き土産の砲撃すら残さないほどの潔い立ち去りっぷり。アラームを鳴らしてからほんの数秒程度で、部屋から溢れ出すほどにひしめき合っていたガーディアンが一体も残さずに部屋から消えていった。

 あまりにも鮮やかな逃げ足を前に、ヤマトは思わず目を奪われる。


『―――ッ!』


 ほんの数秒を境に、戦いがあったことが嘘のような静寂に包まれた。

 その沈黙を破るように高らかに咆哮した緑色の竜が、ざっとヤマトたちの顔を一瞥した後に、ガーディアンらが去っていた方角へ頭を向けた。


「行くのか」

『―――ッッッ!!』


 ヤマトの漏らした言葉に応えるように、竜は牙を剥き出しにして吼える。しなやかな緑色の巨躯を波打たせてから、ガーディアンを追いかけて弾かれるように飛び出した。


「くっ!?」

「何もかも無茶苦茶だね!?」


 ただ飛び出しただけだというのに、その体躯から生まれた余波のみで身体が押される。ゴロゴロと崩れた瓦礫が転がる音を耳にしながら、ヤマトたちは咄嗟に目を閉じて身体を強張らせた。

 時間にしてほんの数秒。だが、その何倍にも長く感じられた時間が経ってから、竜が巻き起こした暴風が収まっていることに気がつく。


「……終わったのか」

「みたいだね」


 目を開いたときには、辺りには竜やガーディアンがいた形跡が残っておらず、ガランと何一つ瓦礫も転がっていない寂しい風景が広がるばかりだった。戦いの名残とでも言うべきもの全てが、竜の手によって吹き飛ばされてしまったかのようだ。


「現実、だよね」

「恐らくな」


 ほんの数分前まで、ガーディアンの大群に囲まれて絶体絶命の危機に脅かされ。かと思えば、圧倒的な威圧を放つ竜が突如部屋に現れ、片っ端からガーディアンを薙ぎ払って立ち去ってしまった。

 ただ聞いただけならば、幻覚錯覚を疑うような話だ。実際に目の当たりにしたヤマトたちですら、それが果たして現実のものであったのか、未だに確信が持てないでいるほどの光景。――それでも。


(やはり、いないか)


 ようやく訪れた平穏にホッと息を漏らす面々に視線を巡らせる。その中に、先程までいたはずのミドリの姿がないことを確かめて、その光景が現実のものだと改めて実感した。

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