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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
古都エスト編
175/462

第175話

「ふっ」


 短く息を吐くのと同時に、刀を鋭く振り抜く。鍛え抜かれた鋼の刃はガーディアンの肩を細く削り、振り落とされる剣の軌道を僅かにズラした。


「ノア!」

「任せて!」


 声を上げながらバックステップ。

 ヤマトと入れ違いになるように、剣を振り抜いた直後の体勢のガーディアンへノアが肉薄する。その手に結集している魔力は、ガーディアンを沈黙させるために即席で組み上げた魔導術のもの。そのまま掌底を叩きつければ、ガーディアンの身体は只の石へと変貌した。


(大したものだ)


 ヤマトが僅かな隙を作り出してから、およそ一秒も経っていないだろう。既に数多のガーディアンを屠ってきただけあって、その早業は少しの余分もないほどに洗練されていた。あまりに鮮やかにガーディアンを無力化させてみせたノアの手際には、思わず感心させられる。

 だが。


『―――――』

「ちっ!!」


 戦況は、ほんの僅かな感嘆の暇すらも許されないほどに逼迫していた。

 物言わぬ置き物となった同胞を足蹴にして、新たなガーディアンが剣を振り上げながら迫ってくる。仲間がどんな結末を迎えたかなどには微塵も興味がなく、ただ目の前の敵――抵抗し続けるヤマトたち一行を殺すことへ、異様なほどの執着心を滾らせているようだ。


「厄介な」


 乱れる息を必死に整えながら、ヤマトは半歩身体の軸をズラす。脳天をかち割る軌道を描いた斬撃が体皮すれすれのところを切り抜けていく瞬間、その剣圧にゾッと背筋が凍りついた。


(冗談ではないぞ)


 ガーディアンの人並み外れた巨躯から放たれる重い斬撃は、例えヤマトが強靭な刀を手にしていたとしても、とても受け止める気にはならないほどの代物だ。人の身では耐えることはできず、文字通りの意味で真っ二つになるのが関の山だろう。

 思わず震える指先に力を込めて、お返しとばかりに刀を振る。威力よりも速度や精度を重視した斬撃。

 剣を振り切った直後のガーディアンは反応することもできずに、その胸元に一文字の傷を刻み込まれた――直後に、修復が始まる。


(本当に、嫌になるほどしぶとい連中だ)


 ヤマトとて伊達に刀術を修めてきた訳ではない。武道家としての技量を問うのであれば、この押し寄せるガーディアンを前に刀を振るい、それこそ百以上を斬ることも可能であっただろう。だが、体内に魔力を宿す限りは延々と修復を続けるガーディアンを相手にしては、ヤマトはほとんど無力と言っていい存在だった。どれほど刀で深い傷をつけても、痛みを感じぬガーディアンは動じることなく、また数秒後には何事もなかったかのように修復を完了させる。

 ヤマトがどれだけ必死に斬っても有効打にはならず、逆にガーディアンの振るう一撃は全てが即死級の威力を秘めている。思わず「理不尽だ」と嘆きたくなるくらいには、不条理な戦いだった。

 軽く心臓の鼓動を抑えたところで、ガーディアンの修復が完了した。身体には欠片の傷跡も残されてないが、それでいて先程よりも濃厚な殺気を叩きつけられるような錯覚。


「――む?」


 諸々を諦めて刀を構え直したヤマトは、相対したガーディアンの頭部に矢が突き刺さる光景を目の当たりにする。思わず首を傾げそうになった瞬間に、ガーディアンは急速にその動きを鈍らせ、遂には只の石像になり果てる。


「これは……」

「ヤマト! 大丈夫!?」


 かけられた声に顔を上げれば、弓を携えたミドリの姿が目に入る。その手には、先程ガーディアンの頭を貫いたものと同じ矢が握られている。


「あぁ、無論だ」

「無理しないようにね? ヤマトは、あまりあいつらと相性がよくないみたいだし」

「……そのようだな」


 ヤマトの身を案じるようなミドリの言葉に、思わず苦笑いが漏れそうになる。

 確かに、ガーディアンとの戦闘相性は悪い。最悪と言い換えてもいいだろう。そのことはヤマト自身も嫌というほど実感していたし、できることならば戦いを避けたい気持ちもある。だが、それが許されないのが今の戦況だ。

 元々は、エスト遺跡に迷い込んだ遊牧民ら十数名が休んでいた部屋。四方二十メートルほどのそれなりに広い空間であったが、ヤマトたち七名と、それを追って雪崩込んできたガーディアンの大群によって、今や足の踏み場もないほどに混沌とした状況になっていた。長引く戦闘の余波を受けて、かつての遺跡然とした風化した様子はどこかへ失われ、今は戦闘痕が各所に深々と刻み込まれている。

 既に時間の感覚すら失せるほどの奮闘の甲斐あって、この部屋にいた遊牧民らは一人残らず逃げ切った後らしい。少なくとも、刀を振り続けるヤマトの耳には人の悲鳴が聞こえてこない。ならば、もはやヤマトたちがここに留まる理由は残っていないのだが。


(退路はなし。案の定と言えば、その通りだが)


 遊牧民らが逃げる隙を作ろうとヒカルが決定した瞬間に、こうなることは半ば確定していた。部屋へ駆け込んだ瞬間の混乱に乗じて抜け出すことが、現実的にヤマトたちが生き延びる最良の手段だったと言えるだろう。その機を逃した以上は、もはや奇跡でも起きない限りは、ここから生還することは難しい。


(唯一、ここから目があるとすれば)


 つい先程まで動き回っていたガーディアンの頭部と、そこから伸びる矢に視線を送る。


「ミドリ。その矢はいったい何だ?」

「え?」


 単に、頭部を狙撃したから機能を停止した訳ではないことをヤマトは理解している。ノアと二人でガーディアンを相手取っていたときに、まずは挨拶代わりにと脳天を真っ二つにしてみたのだが、何の成果も得られなかったのだ。

 ならば、ミドリが使っている矢に何か仕掛けが施されているのだろう。

 そんな推測を頭に並べながら視線を向けたヤマトに、ミドリは少し当惑した表情を浮かべる。


「何って言われても……。いつも使っている矢そのままよ?」

「ほう」


 言われた通り、一瞥した限りでは極々一般的な矢のように見える。魔導技術の進歩した大陸では中々見かけることはできなくなったことは確かだが、それでもヤマトたちの常識からは逸脱していない。しかし、それが明らかに通常のものとは異なっているということは、そこかしこに転がるガーディアンの残骸が物語っていた。只の矢で貫けるのであれば、ヤマトの刀でも斬れるのが道理であろう。

 この緊急事態にあって、そのことを伏せる意味は薄いように思える。可能性を挙げるとすれば、ミドリ自身も理屈をよく把握していないのか、ヤマトの刀やノアの魔導銃が悪いのか。それとも――


「ヤマト!」


 思考の海に沈みかけたヤマトの意識を、ミドリの鋭い声が呼び起こした。即座に面を上げれば、先程までと明らかに辺りの空気が異なっていることに気がつかされる。

 ヒカルたちの奮闘の甲斐あってか、室内に蠢くガーディアンの数はかなり減少しているらしい。つい一瞬前までは身の寄せどころに困るほどにひしめき合っていたガーディアンの群れは、未だに多くはあるものの、まだ理性的に受け止められる程度の規模に落ち着いていた。ガーディアンらは狂気じみた殺意をも引っ込めて、遠巻きにヒカルたちを監視している。それはどこか、手を出しかねているようにも見えた。


「凌ぎ切ったの?」

「……まさか」


 馬鹿なことを言うな。あり得ない。

 そう理性が叫ぶのを自覚しながらも、一向に手を出そうとしないガーディアンたちの佇まいを前に、胸中に僅かな希望の光が差し込んでくるのを自覚した――直後のことだった。


「む」

「地震?」


 ミドリが呟いた言葉をきっかけに、平原が崩落してエスト遺跡へ滑り落ちたときの記憶が蘇った。まさかとは思うが、また起こるのか。咄嗟にヒカルたちの方へ重心を傾ける。

 そんなヤマトの内心の焦りとは裏腹に、地揺れの原因はすぐに姿を現した。その身体を構成する材質から察するに、“それ”もガーディアンの一種ではあるのだろう。だが、一目で“それ”が只のガーディアンとは明らかに異なる存在であることが分かった。これまで相対したガーディアンの全てが二足歩行の人型をしていたのに対して、“それ”は獣のような姿――端的に言えば、四足歩行の姿を模していた。より率直に言うならば、四脚の蜘蛛のようであったのだ。

 短く太い強靭な四脚が大地を踏み締め、楕円形のずんぐりとした胴体を支えている。脚の先端には鋭利な棘が備わっているらしく、それで一突きされたら大怪我は免れないだろうが、可動域の少ないそれに直撃するような間抜け者はそうはいない。自然、そのガーディアンの主武器は、胴体部に備わったものだと推測できる。


「あれは……」

「魔導銃か」


 帝国技術が浸透していないエスト平原には出回っていないらしく、ミドリが小首を傾げた。

 ヤマトが見慣れたものよりも遥かに巨大な代物ではあるが、確かに新たなガーディアンが構えている得物は魔導銃――もはや魔導砲と言った方が正しいようなものだった。魔力効率や弾丸の種類などによって話は変わるから一概に言い切れないが、あれだけの砲口の大きさから察するに、その一撃の威力は計り知れないと見ていいだろう。

 兎にも角にも、今の状況で“あれ”を撃たれるのは少々マズい。ここまでガーディアンの大群を相手に持ち堪えられた理由には、彼らの武器が拳や剣といった近接武器のみだったことに助けられた面があった。ここで魔導銃を備えたガーディアンに暴れられたならば、この危うい近郊がたちまち崩されることは想像に難くない。


(すぐに斬り捨てる)


 逡巡は一瞬。何か動きを見せる前に斬り捨てるべきと結論を下す。

 静かに刀を構えたヤマトは、そのまま流れるように足を踏み出し――


『―――――』

「くッ!?」


 嫌な直感に衝き動かされるがままに、身体を横へ投げ出す。

 直後に、寸前までヤマトが立っていたところを青白い閃光が貫いた。大気のチリが焦げつく匂いが鼻孔に滑り込み、避けたにも関わらず焼けた空気が肌を撫でる。


「ヤマト!?」

「ちっ、問題ない!」


 反射的に声を上げたミドリに応じてから、ヤマトは即座に体勢を立て直した。突然の砲撃に跳ね回る鼓動を必死に鎮めながら、再び刀を正眼に構える。


(今のはいったい何だ?)


 言葉には出さないままに、胸中で毒づく。

 流石は古代文明の遺物と言うべきか。何もかもがヤマトたちの常識から逸脱していた。ガーディアンが備えたものが魔導銃の亜種と推測したヤマトだったが、現実はそれを肯定するものであり、否定するものでもあった。

 銃口から何かを射出し攻撃するという意味では、それは確かに魔導銃なのだろう。武器としての性質だけを取り上げるならばヤマトの見立ては間違ってなく、むしろ正鵠を射るものだったと言ってもいい。だが、問題なのはその性能の方だ。


(射撃の前兆が見えなかっただと?)


 放たれた弾丸を見切ることができなかった。そのことは大した問題ではない。魔導銃という技術の粋と言うべき武器を相手にするに当たって、弾丸を直接見切ることなど不可能同然だ。だが、その前兆を掴むことができなかったという意味は相当に大きい。

 通常の魔導銃ならば、どれだけ最適化を済ませたとしても、最低でも引き金を引かない限りは弾丸は射出されない。斬撃を繰り出すには刀を振る必要があるように、それは至極当然のことだ。だが、目の前にいるガーディアンの射撃からは、そうした当たり前にあるはずの前兆が一切伺えなかった。ヤマトの目には、ガーディアンが何の前触れもなく射撃を行ったように映ったのだ。


(要は、それすらも見切れぬほどに速いということか)


 どうにか己を納得させるものの、それは中々に受け入れ難い事実だ。ほぼノータイムで必殺級の攻撃が飛んでくるのであれば、その射線上に立つことは即死を意味する。


(厄介な)


 一刻も早く斬り捨てなければならない。少なくとも、その厄介な魔導砲だけでも斬り落としてやらなければ、落ち着いて他のガーディアンの相手すらできない。

 その決意を固めたヤマトを嘲笑うように。今すぐにでも踏み出そうとした足の裏から、ズシンッと腹を揺らすような地響きが伝わってきた。


「これはっ」

「……流石にマズいか」


 胸の中に嫌な予感が膨れ上がる。どうか嘘であってくれと思わず祈ってしまうヤマトの視界に、“それら”は現れた。

 新たに部屋へ姿を現した、四脚のガーディアンが数体。そのいずれもが胴体に雄々しく砲塔を携え、無音ながらにヤマトたちを圧倒してくる。

 認めたくはない。だが、それが現実か。

 見た限り先程のものと同様の魔導砲を備えた四脚ガーディアンが数体。そして、その前方を抑えるように剣を構えた人型ガーディアンがまだまだ多数。決死の迎撃を試みようにも、超速の魔導砲の脅威を前にしては満足に動き回ることはできず、更に近接戦闘をこなすことも考えれば。


(詰み、か)


 もはや勝ちの目は失われた。ヤマトたちがどれほど奮闘しようとも、この状況を覆せるだけの力はどこにも残されていない。決定的な敗北。

 口の中一杯に広がる苦い味に顔を顰めながら、ヤマトは離れたところに立っているノアへ目配せをする。


(もはやこの地に留まる意味はない。ならば――)


 死に物狂いで、この窮地から逃れる。両腕両脚がもがれようとも、二度と刀を握れなくなろうとも。億が一にも満たない生存の可能性を目指して抗う他に道はない。

 そっと整息すると共に、静かに決意を固めたヤマトの目の前で。


『『『―――――』』』


 四脚ガーディアンから放たれた青白い光で、部屋中が照らし出された。

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