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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
古都エスト編
174/462

第174話

『『『―――――』』』


 けたたましく駆動音を響かせながら、数多のガーディアンが大波のように雪崩れ込んでくる。その数は数十を凌駕して、もはや百単位にまで膨れ上がっているのではないかとさえ思わせた。

 如何にヒカルが強大な力を持ち、卓越した技巧を凝らそうと言えども、この数の差を引っ繰り返すことは難しい。迎撃のためと足を止めた瞬間に、ガーディアンの大群に飲み込まれ蹂躙されりことは、容易に想像できるからだ。


「全くもう! 何でこんなに追い回されるかなぁッ!?」

「あまり喋ると、舌を噛むぞ」


 嫌気が差した様子で悪態を吐くノアに、彼らの背中を追いかけて走りながらヤマトは応える。

 入り組んだ複雑な通路を駆け回ることしばらく。既にどれほどの距離を駆け抜けたのかも分からないような状況であったが、ヤマトたとを追うガーディアンの数は一向に減る兆しも見えない。

 ヤマト、ノア、ヒカルの三名に、先程の窮地へ助けに入ってくれたレレイ、リーシャ、ミドリの三名を加えた計六名。彼女たち全員が並外れた素質を備えた戦士であることもあり、今のところ脱落者は出ていないが。


(それも時間の問題。このまま長引けば、どうなるかは分からんか)


 チラリとノアたちの顔色を伺えば、まだそれなり以上の余力は残しているものの、段々と疲労が蓄積していることが分かる。しばらく逃げ続けることはできても、想定外の事態――新たなガーディアンの襲撃などに対応することは難しいだろう。

 いい加減、この逃亡劇にも辟易してきたところだ。その意味でも、何とかガーディアン共の手から逃れておきたい。


(とは言え、手が思い浮かばん)


 ガーディアンの視界から外れるように道を曲がってみても、彼らはヤマトらの姿を見失うことなく追い続ける。その足の速さは常識的な範囲に留まっているが、ヤマトたちの脚力では振り切ることは難しい。だからと言って、迎撃のために足を止めるのは下の下の選択だ。ヤマトたちが総勢七名に増えたところで、波のように押し寄せるガーディアンの勢いを止めることは不可能だろう。

 結局、ヤマトたちは極力体力を温存しながら、ここまでのように逃げ回り続けるしかないのか。

 気疲れが背中に重くのし掛かるままに、溜め息を漏らしたときだった。


「む?」

「あれは……」


 駆け続けていた回廊の先に、広間が続いていることに気がつく。今いる場所からは中の子細を知ることはできないが、それなりに開けた空間らしい。

 加えて、部屋から感じられる人の気配が多数。


「まずいっ!?」


 すぐ目の前にまで迫った広間のことに気がついたのか、ヒカルが焦りの声を上げた。

 このまま駆け続ければ、大勢の人が集まっているところへガーディアンの群れを招き入れることになる。エスト高原に住む遊牧民らは揃って並以上の強さを持っているものの、ガーディアンの戦闘力には及ばない程度なのだ。即座に一致団結して迎撃に移れたとしても、相当の被害は免れまい。

 とは言え。


(好都合かもしれんな)


 ヤマトの胸中にモヤッと黒い感情が立ち昇る。

 ガーディアンらと遊牧民たちが衝突すれば、その混乱に乗じてヤマトたちはこの窮地を脱することもできるだろう。少なくとも、現在の只逃げ回っているだけの状況が遥かに改善するのは間違いない。

 問題点を挙げるならば、およそ人道的ではないところだが。


(奴らを守る必要があるのか?)


 脳裏に映し出されるのは、追い詰められたアブラムに詰め寄ろうとする遊牧民たちの姿だ。彼らのような者が全員ではないと理性では把握しているが、彼らの姿が強烈に印象づけられてしまっている。正直に言えば、ヤマトの目からは救う価値の少ない連中に見えていた。

 そんな彼らを巻き込まないために、ヤマトたちが死線を潜り抜けるというのは。


(馬鹿げているな)


 勇者ヒカルがいる手前、そんなことは思っても口には出せないが。

 内心の辟易とした気分を隠して口を閉ざしたヤマトは、前方から感じる人の気配に足を鈍らせたヒカルの背中に視線を送る。


「足を止めないで! 群れに飲まれるよ!!」

「だが――!?」

「だからって立ち止まっても、何にもならないでしょ!!」

「む、ぅ……」


 咄嗟に声を上げられなかったヤマトに代わって、ノアが鋭い声でヒカルたちを叱咤した。思わずそちらへ目を向ければ、ヤマトにだけ見えるよう、ノアが静かに笑みを浮かべた姿が目に入る。


(敵わないな)


 苦笑いが漏れる。

 憎まれ役を買って出たノアの意図を買うためにも、ここは前進あるのみだろう。

 すぐそこにまでガーディアンの群れは迫り、足を鈍らせればすぐに追いつかれる。そのことを確かめてから、ヤマトはヒカルの背中を急かすように声を上げた。


「この先にいる者から助力を得られるかもしれん。ここで足を止めるよりは、遥かに建設的だろう」

「……分かった」


 その言葉で、ヒカルも覚悟を固めたのだろう。先程までとは異なる毅然とした視線を前方に向け、駆け足に力を入れ直した。

 彼女の決意を受けてか、レレイとリーシャの表情も引き締まったようだ。方や拳を固め、方や腰の剣を握り直す様子から察するに、彼女たちは部屋に立ち入った瞬間にガーディアンの迎撃へ移るつもりなのだろう。


(覚悟を決めねばならんか)


 狭い廊下から押し寄せるガーディアンを迎え撃てばいいとは言うが、そう楽な戦いではない。むしろ、一歩間違えれば命を落としかねないほどの激戦になるだろう。ならば、遊牧民らを守って戦うのは気が重いだとか、そんなことに心を惑わせている暇はない。

 軽く呼吸をして、胸中にわだかまっていた重い空気を入れ替える。駆ける足の勢いを緩めないままに、ヤマトは意識を戦闘時のそれへと切り替えた。


「入るわよ!」


 薄暗い回廊を抜け出て、天井から陽光差し込む明るい広間へ。

 先程までヤマトたちが駆けていた廊下と同じ素材の壁や床で作られた部屋だが、ここは外に程近い場所らしい。冬を目前に控えたエスト高原の冷たい風が、その部屋には入り込んでいるようだった。辺りには長い年月を思わせる劣化した跡――深くヒビの入った床や、深く苔が生い茂った壁、草が生え始めた瓦礫など――が散見される。

 典型的な風化した遺跡を現したかのような部屋だが、今は遭難者たちの休憩所として使われていたらしい。あちこちの瓦礫に腰掛ける若者や女衆の姿が見える。彼らは、ガヤガヤと騒がしく入ってきたヒカルたちに目をやり、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていた。


(厄介な)


 事態を察することなく、呆然とした面持ちの彼らを一瞥して、ヤマトは漏れそうになる舌打ちを必死に堪えた。

 何故ここにいるのか。思わずそんな叱咤をしたくなってしまうほどに気の抜けた連中だ。勿論、すぐ後ろに迫ったガーディアンへの戦力としては数えられるはずもない。それどころか、ガーディアンから逃れるための囮として使えるかすらも怪しい。せいぜい、ヤマトたちの行く手を遮ってお終いだ。


「――迎え討つぞ!」


 ゆえに、ヒカルがその判断を下したのも、ヤマトとノアがそれを即座に受け入れたのも、致し方ないことだった。

 聖剣を正眼に構えたヒカルに続いて、ヤマトも腰の刀を抜き払って構える。僅かに乱れた呼吸を正しながら、迫り来るガーディアンの大群へ視線を流す。


(流石に多すぎるぞ……)


 逃げている最中には、比喩混じりに百単位ではないかと言ってみせたが。今目の前にいる群れの数は、確かに百程度ならば優に越えていそうな迫力を備えていた。そのあまりの多さに、回廊はガーディアンの図体で埋め尽くされ、ところどころに身動きの取れなくなっている個体すら見られる。これほどの数が本当にエスト遺跡の内部で眠っていたとは、にわかには信じ難い話だ。

 ヤマトたちは広い部屋に陣取り、狭い回廊から少数ずつやって来るガーディアンを各個撃破していく。そんなプランを頭の中に描いていたが、それが想定以上に上手く嵌まってくれたとしても、この群れを対処し切れるかは怪しいところだ。


「それでも、やるしかないか」

「そういうことだねぇ」


 ヤマトの一人言にノアも応じるが、その表情には精彩に欠けていた。彼自身、とてもこの数を七人で対処し切れるとは思えないのだろう。仲間たちの顔を見渡してみれば、レレイやミドリにリーシャもその顔を青ざめさせ、素顔の望めないヒカルですらピリッと張り詰めた空気をまとっているように見える。

 死地を覚悟した面々に対して、部屋で足を休めていた遊牧民らは未だに事態を掴み切れていないらしい。戸惑いを顕わにして、一人の若者が立ち上がろうとする。


「ヒカルたちか。そんなに慌てて、いったいどう――」

「早く逃げてっ!!」


 半ば怒鳴りつけるようにミドリが叫んだ直後。

 回廊に引っ掛かって藻掻いていたガーディアン数体が、ゴロッと転がり出てきた。その出で立ちこそ間抜けではあるが、手にした剣のギラつく輝きや、その身体から放たれる剣呑な雰囲気などは彼らにも正しく伝わったらしい。

 耳に痛いほどの沈黙が舞い降りる。

 ゆっくりとガーディアンが身体を起こそうとするのを前にして、ヒカルは手にした聖剣を振り上げた。


「聖剣よ!」

『―――――』


 一閃。

 その一振りから放たれた光の斬撃がガーディアンを飲み込み、その身体を粉々の瓦礫へと分解させる。


「な………!?」


 見方によっては圧倒的にも思える、ヒカルの勇姿。

 それに呆気に取られた様子の遊牧民らだったが、すぐに回廊から湧き出てきた新たなガーディアンの姿と、その奥の空間にひしめく影の多さに目を剥く。


「早く!!」


 再びミドリが叫び声を上げる。

 それを皮切りにして、辺りは混沌とした騒ぎに包まれた。堰を切ったように溢れ出すガーディアンの大群に、それから逃げ惑うように必死に部屋から出ていく遊牧民たち。誰もが自分の身の安全に必死になるあまり、すぐ隣にいる同胞の姿すら忘れる狂乱状態に陥る。それを鎮めようとしたミドリたちも、次々に姿を現すガーディアンの迎撃で手一杯になる。


(まるで地獄絵図だな)


 どこか遠くから眺めているような心地で、ヤマトはそんなことを思い浮かべる。

 誰もが助かろうと逃げ惑い阿鼻叫喚。そんな人の事情など物ともせず押し寄せるガーディアンたちに、決死の覚悟で迎撃に向かうヒカルたち。


「死地か」


 これまでも幾度となく経験してきた修羅場。運が悪ければ死に絶え、運がよければ生き残るというだけの残酷な戦場。およそ大陸の日常からは乖離した空気ながらも、それはヤマトの肌を心地よく刺激し、闘志を際限なく燃え上がらせてくれたものだったが。


(こうも、気が乗らんとはな)


 闘志が滾るどころか、ふと気を抜けば萎え始めてすらいる自分に気がつく。

 その原因は、背後で醜く騒ぎ回っている若者たちにあるのか、己の刀が不条理に通じないガーディアンらにあるのか、それを斬り捨てられない己の未熟さにあるのか。それとも――


「詮なきことか」


 頭を軽く振り払い、脳裏にこびりついた余念を削ぎ落とす。

 経緯がどうであれ、今この場所が死地であることに変わりはない。余計な思考は太刀筋を鈍らせ、それは致命的な失態へと通ずる。とにかく今は、目の前の敵勢に集中するべきだ。


「いざ、参るとしようか」


 すぐ目の前にまで迫るガーディアンを視界に捉えて。

 ヤマトは、手元の刀の刃をそっと立てた。

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