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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
古都エスト編
172/462

第172話

「助かったぁああー……」

「お疲れだな」


 暗い廊下に響かせるように疲れた声を上げながら、ノアが地べたに座り込んだ。如何に彼が歴戦の冒険者であったとしても、古代文明の遺物を相手取る戦いはそう経験するものではない。その消耗具合は推して知るべしであろう。

 もう一歩も動けないという雰囲気を全身から放つノアを見て、ヒカルは苦笑いを浮かべた。


「いやぁ、助かったよヒカル」

「命の恩人だな」

「いつも二人には助けられているからな。気にすることはない」


 そう早口で言いながら、ヒカルは所在なさ気に視線を彷徨わせている。一丁前に照れているのだろうか。

 そのことに何となく温かい気持ちになりながら、ヤマトは瓦礫になって散乱した石像に視線を向ける。原理の分からない力で散々にヤマトとノアを苦しめてくれた石像だが、ヒカルの一撃を受けて、今は粉々になって沈黙していた。しばらく見守ってみても、瓦礫が一人でに動き出すような気配はない。


「もう復活はしないのか」

「あいつの相手はしばらく勘弁だよ」


 頑なに瓦礫の方へ視線を向けようとはしないまま、ノアが吐き捨てる。未だ集落の方に備蓄を残しているとは言え、エスト遺跡に持ち込んできた分の弾薬や魔導具の大半を使い果たしてしまったのだ。その割に得られたものが皆無であることを鑑みれば、ノアには同情を禁じ得ない。

 思わず自分も遠い目になってしまったヤマトだが、ふと、ヒカルが首を傾げる姿が目に入る。


「どうした」

「うん? いや、復活したのかと思ってな」


 そう言ったヒカルは、足元に転がっていた瓦礫を聖剣で突く。

 何気なくそれに視線を落として、ヤマトは首を傾げる。


「ただの石のようだな」

「……石じゃないのか?」


 尋ねてくるヒカルの言葉に、ヤマトは首を横に振って応える。

 ノアと二人で戦っていたときの感覚では、像の身体はとても固体とは思えないような有り様であった。帝国には液状の金属なるものが存在しているが、それとも違う。金属質な光沢を放ちながらも、その質感は黒竜に瓜二つ――ゲル状のように思えたのだ。刀を振れば容易に表面こそ斬れるものの、その根本までは決して斬れないような、不気味な感触は今も鮮明に思い出せる。

 思わず鳥肌を立たせたヤマトは、すぐに頭にこびりついた思念を振り払う。


「ゲル状だったんだよね。斬ってもすぐにくっついて、撃って散らしてもすぐに元に戻る感じ。よほど強力な魔導回路を積んでいるのかとも思ったんだけど、それも外れだったみたいで」

「ほう」


 「そんなに手を尽くしていたのか」と感心するような声を上げるヒカルに対して、ノアはヒカルが手に持っていた聖剣に視線を送る。


「やっぱり鍵は聖剣――というより、聖剣から出る光の方なのかな」

「浄化の光か」

「そう、それ」


 浄化の光。

 ヒカルが与えられた聖剣から放たれる光のことであり、魔を滅するという謳い文句の通りに、辺りの魔力を片っ端から食い尽くす性質を持っている。ヒカル本人には強力な支援効果となる他方、ヒカルの傍では魔導具も魔導術も行使できなくなるため、正直使い勝手のいい力ではないのだが。


「あいつの体内に蓄積していた魔力が、その光に全部浄化されたのかな。だから動けなくなって、材質も只の石みたいに変質したとか」

「面白い発想だな」

「となると、僕は魔力の流れを変えるんじゃなくて、断つように細工していればよかったのかな」

「……ほう」


 魔力をほとんど感知できず、また魔導術を扱うことも全くできないヤマトからすれば、その言葉は今一つ要領を得ないものに思えたが。

 ブツブツと一人言を漏らしたノアは、一応の結論を得られたらしい。心なしか先程までよりもスッキリとした表情になって、石像の残骸に目を向ける。


「何とかなりそうなのか」

「とりあえずね。まだ実際にやった訳じゃないから断言はできないけど、さっきよりは効率よく動けるはず」


 答えながら、ノアは地面に転がっていた残骸の一つを手に取る。

 横から覗き込んでみても、それがつい先程まで像の形となってヤマトを襲ってきたものと同一とは思えない。今となっては、ただの石と見分けがつくかすら怪しいほどだ。

 その小石をコロコロと手の平で転がしたノアだったが、そっと握り締める。


「こいつに魔力を込めてみれば――」


 ノアの拳から、何かがざわめくような感覚。

 訝しげに見つめていると、ノアは閉じていた手を開く。その手の平に転がっているのは、やはり只の小石――ではない。


「何だそれは」

「魔力を圧縮させると変質するみたいだね。ほら」


 ノアが投げて寄越してきた石を、咄嗟に掴み取る。

 間近でまじまじと見つめてみても、目に映ったものがにわかには信じられない。先程までの硬さはどこへいったのやら、今は指先で軽く押せば凹んでしまうほどの、ブニブニとした柔らかさがそれに備わっていた。

 正直に言えば、気持ちの悪い感触だ。だが、それでいて妙に癖になりそうな手触りでもある。


「古代文明が発明したものの一つってことかな。魔力を自在に散らせるならば、かなり融通は利きそうだよね」

「ふむ」

「せっかくだし、もうちょっと集めていくよ」


 魔力の扱えないヤマトにとっては、正しく無用の長物。だが、ノアからすれば話は別だろう。

 先程までの嫌気が差した様子はどこへやら、ノアは嬉々とした面持ちで辺りに散った残骸を拾い集めていた。念の為にそれらに魔力を込めようとはしていないようだが、先程の石像を思えば、見ていて安穏とできるようなものではない。


「扱いに気をつけろよ」

「はいはーい」


 雑な返事だけして、石を拾い集める作業に没頭するノア。

 これまでのつき合いから、どうやら長くなりそうだと察する。ノアの背中を見やって溜め息を零したヤマトは、直後に、脇から向けられた生温かい視線の主へ目を転じる。


「どうした」

「相変わらず、仲のいいことだと思ってな」

「………」


 長らく二人旅をしていたのなら、多少仲がよくなるのも当たり前だろうと返したい心地だったが。

 それが憚られたのは、ヒカルの視線に混じっていた邪念に気がついたからか。いつだったか、ヒカルからノアとの間柄を邪推された記憶がふっと蘇る。


「放っとけ」

「そうか」


 短く返してくるヒカルの言葉に、どことなく笑いの色が混じっているように思えるのは気のせいなのか。

 極力気にしないように視線を虚空へ向けたヤマトは、無言のまま辺りの気配を探る。


(近くに人の気配はなし。だが、遠くで複数が動いているようだな)


 それが人なのか、はたまた石像なのかは判断し難いところだが。

 何はともあれ、未だ合流できていないレレイやリーシャの居場所が分からないという事実に変わりはない。彼女たちの腕を鑑みれば、そうそう危険に陥るはずもないと信頼はしているのだが。


(早く合流するに越したことはないか)


 まだ数分程度とは言え、一息入れたことでヤマトの体力は相応に回復している。全快には程遠くとも、これ以上を望む必要はないだろう。ノアの体力は、元気に瓦礫漁りをしているところから推して知るべし。

 ヒカルの方へ視線を転じれば、ヒカルも力強く頷いてくれた。


「そろそろ行くぞノア。早く二人と――」


 口を開いた、その瞬間。

 ヤマトの耳に、聞き覚えのある警告音が届いた。耳障りな音量で高低を行き来しながら、爆音で回廊そのものを揺らしていく。

 瓦礫拾いの手を止めたノアと、立ち上がりかけていたヒカルが視線を彷徨わせる。音が発せられている元を探っているのか。


『――ガーディアン全機起動を確認。これより、施設内掃討作戦を開始します。これより、施設内掃討作戦を開始します』


「ガーディアン? それに施設内掃討って……」


 ノアがボヤくように口にした、その直後。

 周囲を探っていたヤマトの感覚が“それ”を捉えた。遠近一帯を埋め尽くすほどの数の何かが、一斉に動き出す。


「これはマズいな」

「ヤマト?」


 不穏なものを同様に感じたのか、緊張した声をヒカルが上げる。

 それに応える暇もないままに、ヤマトの感覚は新しい動きを捉える。


「こっちに来るのか?」


 暗い回廊の奥から、重いものがドスドスッと駆け寄ってくるような音が響いてきた。

 それで、ノアとヒカルも事態を把握したらしい。一気に顔を青ざめさせて、互いに視線を巡り合わせる。

 無言のまま視線を交わしたのは一瞬。それだけで合意に達したヤマトたちは、同時にその場から駆け出す。

 長い逃亡劇の始まりだ。

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