第171話
先日は体調不良で寝込んでました、申し訳ありません。
「いい加減に、倒れろ!!」
普段の飄々とした様子からは想像もできない荒っぽい声で叫んだノアは、魔導銃の引き金を引く。
辺りの空気がビリビリと震えるほどの炸裂音に、魔力が盛んに蠢く感覚。それらを肌に感じながら、ヤマトは銃弾が石像の胸元を撃ち抜くのを確認する。弾丸が石像の表皮を割り、その体内へと身を滑り込ませる。着弾の衝撃を受けて石像の身体が弾け飛び、幾つかの破片が背中側へ零れ出るところも見える。
人体ならば心臓を撃ち抜く軌道を描いた弾丸は、貫通力よりも打撃力を重視した作りだったらしい。弾は石像の体内に残留し、その衝撃を余すところなく石像へと伝えた。余程それが堪えたのか、疲れを知らぬ石像はその動きを止め、握り拳を固めた腕をだらりと垂れ下げる。
「やった……?」
「いや、まだだな」
希望を口にするノアには残酷なようだが、首を横に振る。それと同時に、脱力した姿勢で硬直していた石像の身体が、再びヌルヌルと動き始めた。
既に何度も見た光景だ。初めの数回こそ驚愕の念を覚えたものの、今となっては「やはりか」という諦念に近い感情しか湧いてこない。
「ちょっと頑丈すぎない?」
「同意だ」
どれだけの時間、石像を相手に戦い続けていたのか。それすら分からないほどに、ヤマトとノアの精神は摩耗していた。
これまでの交錯を経て、ヤマトは石像の持つ剣を使い物にならないほどに斬り刻むことに成功し、ノアもその動きを何度も停止させることに成功している。その甲斐あって戦い自体は優勢に進められるようになっているものの、どれも決定打になり得ない。身体を粉々に斬り刻んでみせても、銃撃で完膚なきまでに砕いてみても、中の魔導回路を壊してみても。石像は少しの時間をかければ元の姿を取り戻し、再びヤマトたちへ攻撃をしかけてくる。
後何回の攻撃を加えれば勝てるのかも分からない中、一撃でも喰らえば致命傷になり得る相手と戦い続ける。かつて、これほどの精神的苦痛を覚えたことがあっただろうか。
疲労で朦朧とし始めた意識を集中させながら、ヤマトは辺りを見渡す。
「何か策はあるか」
「特になし。って言うか、もう万策尽きたって感じ」
険しい表情で腰元に下げた袋を漁っているノアから察するに、もはや魔導銃を撃つための弾丸すら枯渇し始めているのかもしれない。中々の急ペースで攻撃を与えた自覚はあるが、それほどまでに消耗していたとは。
「続投は?」
「正直厳しい」
「なら、答えは決まったか」
両拳を固めた武術家のような構えを取る石像へ視線を投げて、ヤマトは呟く。
視界の端でノアが首肯してくれたのを確認してから、そっと息を吐いた。
「俺が隙を作る」
「なら、僕はそれの援護ね」
言うが早いか、ノアは弾込めを終えた魔導銃を石像の胸元へ向ける。一切の躊躇いを見せないままに、そのまま早撃ち。
甲高い音と共に放たれた銃撃は石像の胸を浅く削るものの、ほとんど傷を負わせることはできていない。それでも、着弾の衝撃に上体を泳がせ、よろっと一歩後退る姿を確かめる。
「いざ」
腰を落とした姿勢のまま、踏み込む。同時に抜刀。居合抜きした勢いのままに刀を振り抜き、石像目掛けて刃を奔らせた。
即座に反応してみせる石像だったが、その動きは緩慢だ。それが元々の速さなのか、ヤマトたちの攻撃で消耗したゆえのものなのかは判断に困るが、ひとまず都合のいいことに変わりはない。
「シ――ッ!」
斬撃の向かう先は、僅かな隙を晒した石像の肩口。石像を倒すことではなく、隙を作るために傷を負わせるのならば、そこが一番都合がいい。
外見だけは硬質な金属に似た石像の皮膚に衝突した刀は、ヤマトの予想を裏切ることなく、いとも容易くその内側へと刃を滑り込ませた。ちょうどスライムを斬っているかのような、手応えらしい手応えも返ってこない斬撃だが、刃は確かに石像の肩を切り離すことに成功する。
胴と離れ離れになった石像の右腕が、クルクルと空を舞う。その光景に一瞬も目をやることなく、ヤマトは即座に踵を返し、ノアがいる方へ――否、更にその先へ駆ける。
「とっとと退くぞ!」
「了解!」
三十六計逃げるに如かず、とは言うが。
もはや石像を倒す明確な手立てが、ヤマトとノアにはないのだ。ならば、グダグダと勝利の目を信じて刀を振るっているよりも、さっさと抜け出して反撃を狙う方が建設的であろう。
そう判断したヤマトとノアは、暗闇に閉ざされた廊下を駆ける。後方に置き去りにしてきた石像が追いかけてこないこと、そして前方に障害物がないことを祈りながら。――だが。
「げっ」
「新手か」
その祈りは、どうやら天には通じなかったらしい。
暗闇に閉ざされた回廊の奥から、重々しい地響きが聞こえてくる。ギョッと目を見開いて前を見やれば、新品同然で傷一つない状態の石像が駆け寄ってくるのが分かる。
石像一体だけを相手にするのでも、手負いにするのが精一杯で仕留め切れなかったのだ。そこに新手が加わるとなれば、かなり厳しい状況となるのが予想できる。
(流石にマズいな)
前門の虎、後門の狼。
一本道の回廊を行くヤマトたちの前後は、二体の石像に挟まれてしまった。片方にそれなりの損傷を与えたとは言え、まだまだその戦闘力は健在。
端的に言えば、詰みの一歩手前であった。
(逃げ道はなし。ならば、どちらかを抜くしかない)
「戻るぞ!」
「おっけぃ!」
自棄になったような威勢のいい返事を聞きながら、ヤマトは急停止。靴裏を床に擦りつけて勢いを殺しながら、強引に身体を捻った。改めて視界に捉えるのは、もう見慣れてくるほどに相対した素手の石像だ。刀の刃を立てて、一気に間合いを詰める。
迎え討つ石像の方も、新たに仲間がやって来ていることに気がついたらしい。ヤマトたちを殲滅する構えから、足止めに専念する構えへ変わる。腰を低く落とし、両手を両脇へ広げた。
(くそ、厄介な)
思わず表情を歪めるも、もはや引き返すことはできない。多少の手傷を覚悟してでも、強引に隙間をこじ開ける他ないだろう。
チラッとノアの方を一瞥してから、更に姿勢を落とす。挨拶代わりの斬撃をそのまま放とうとして――構える石像の後方に、見慣れた人影があることに気がついた。
全身を厳しい鎧で武装し、幅広の長剣を一振り握り締めた騎士。明かりがほとんどない暗室ながらも、その身には綺羅びやかな光がまとわっているような錯覚すら覚える。素顔を垣間見ることすらできない出で立ちながらも、それが誰であるのか、ヤマトとノアは即座に理解する。
「ヒカル!」
「――聖剣よ!」
ヒカルが高らかに叫ぶのと同時に、その手にあった聖剣が神々しい光を放つ。
ヤマトとノアを待ち構えていた石像も、ヒカルの存在に数瞬遅れて気がついたようだが――その遅れは、彼にとっては命取りだった。
天に掲げるように大上段へ構えられた聖剣が、鋭い踏み込みと共に振り払われる。その直後、聖剣の刃から放たれた光の斬撃が、回廊を真昼の太陽の如く照らし出しながら石像の身体へ吸い込まれた。
『―――――』
光の刃を身に受けた石像の身体から、どこか悲鳴にも聞こえる、金属が軋むような音が漏れ出た。
その脇を駆け抜けようとしていたことも忘れて見守る中、天へ縋るように手を伸ばした石像は、そのまま地面に崩れ倒れる。再起不能と判断できる程度を越えて、もはや原型が分からないほどにその身体を粉々にさせる始末だ。
「これは……」
改めて、古代文明の異質さを知らしめるような光景。
それを目の当たりにして目をスッと鋭くさせたノアだったが、すぐにヒカルの方へ向き直る。
「ヒカル! 助かったよ」
「二人共、大事ないか?」
「何とかね。僕たちだけじゃあいつを倒し切れなくて、ちょっと困ってたところなんだ」
軽くおどけるような口調で言ってのけたノアだったが、続けて漏れ出た溜め息には本物の苦労が滲み出ていた。幾度も危ない場面があった上に、ともすれば死んでいたかもしれない状況も少なくなかったのだ。その疲労が思わず出てしまったとしても、無理ない話だろう。
そんなノアたちの状況を慮ったのか、ヒカルは兜の中で苦笑いを浮かべる。が、すぐにノアの後方へ向き直ると、振り切った直後だった聖剣を構え直す。彼女の視線の先にいるのは、新たに現れた石像が一体。
「積もる話はあるが、後回しにするべきだな。まずは奴を仕留めよう」
「同感だ」
一転攻勢。ヒカルの言葉に頷いたヤマトは、手にしていた刀を正眼に構える。
何故ヒカルの一撃が石像を倒せたのかは分からないが、彼女ならば決定打を与えられるのは確からしいのだ。であるならば、もはや石像を相手取ることを躊躇する必要はない。
「散々暴れられた借りを返すとしようか」
半ば八つ当たりのような感情だが、その言葉と共に闘志を昂ぶらせる。かなり消耗したとは言え、まだ刀を振るうだけの余力は残されている。
どこか怖気づくような素振りを見せた石像を前にして、ヤマトはその間合いを一気に詰めた。