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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
古都エスト編
166/462

第166話

 集落を出発し、馬を走らせること一時間ほどが経った後。ヤマトたちは魔獣に襲われることもなく、無事エスト高原駅へと到着していた。

 徒歩のときは半日ほどを要した道のりであったが、馬ならばその数分の一以下の時間で済むのだ。それは時間の節約のみならず、体力の温存という面にも役立っている。現にヤマトたちは、多少の消耗こそあれども、まだまだ万全に近い状態と言ってよかった。


「いやぁ、馬だと速いね」

「皆で丹念に育てた子だからよ」


 目前にそびえ立つ駅を見上げたノアが、腰掛ける馬の背を撫でながら感心する声を漏らした。それを耳にしたミドリは、どことなく誇らしげな面持ちで言葉を返す。

 遊牧民たちにとって、馬や羊を始めとする獣は只の獣には留まらない。獣の乳を絞り、血肉を喰らうことで辛うじて生き延びる人々にとっては、ある種の家族に等しい存在と言えるのだ。それを褒められて、何も感じないではいられないのだろう。

 無言のままレレイと顔を見合わせて、静かに笑みを零す。


「さて。予定よりも早く着けたことだし、せっかくだから手早く行こうか」

「今日中にあいつを片づけられるかしら」

「それは、ここの人がどれだけ速く動いてくれるか次第かな」


 逸る気持ちを抑えられないでいるミドリの言葉に、ノアはどことなく呑気な言葉を返す。

 役所仕事と言えば、大抵はそれなりの時間を要するものと相場が決まっている。誰かの独断によって全体が混乱に陥らないよう、精密にリスク回避の構造を突き詰めたがゆえの弊害と言い換えることもできるだろう。それを踏まえれば、ミドリが期待しているような、今日中にアブラムの件を解決させるという可能性は、正直望み薄であった。

 とは言え、この駅に駐在している者は、駅の外観がおよそ砦のように厳しいものであることから察せられるように、軍部所属の者が大半だ。一般的な役人とは異なって、軍人だからこそ柔軟に動けるという側面も、あるにはあるのかもしれない。


「ささ。ここは寒いし、早く中に入ろうよ」

「……そうね」


 何はともあれ、この場でグダグダと思案を巡らせていても仕方ないのは間違いなかった。

 ノアの促す言葉に頷いた一行は、ゾロゾロと連れ立って駅の中へ足を踏み入れる。

 砦の門を思わせる、巨大な出入り口を抜けて構内に入ると、途端に空調で暖められた空気がヤマトたちの頬を撫でていく。寒風で冷やされた身体の末端に、急速に血が巡っていくような感覚を覚える。


「暖かいな」

「着いたばかりのときは、ここも凄い寒く感じたんだけどねぇ」


 安堵の息をホッと漏らすレレイに、ノアはどこか懐かしいような表情になって口を開く。

 数日前には、到底慣れることがないと思えた高原の寒風だったが、いつしかヤマトたちの身体はそれに適応しつつあったらしい。ジンジンと指先が膨れるような痺れと共に身体が暖まっていく感覚は、ある種の快感にも似ていた。

 思わず相好を崩したヤマトだったが、ふと、駅構内に漂う雰囲気がかつてと異なっていることに気がつく。


「……物々しい雰囲気だな」

「うん? あぁ、確かに」


 一瞬首を傾げたノアだったが、すぐにヤマトの言葉に同意する。

 ピリピリと張り詰めている、と言うと語弊があるだろうか。そこらを歩き回る鉄道憲兵隊の面々の顔に、健全な範囲内で、緊張感が漂っているように見えた。動きに支障を来すほどではなく、適度に身を引き締めるくらいの緊張感だ。


「何かあったのか?」

「うーん? 見た感じは、前と特に変わってなさそうだけど」


 ただ、そこらを忙しなく動き回る憲兵隊の顔つきが、以前よりも引き締まっているという程度なのだ。

 改めて首を傾げるノアだったが、すぐに諦めたように首を横に振る。


「考えていても仕方ないか」

「うむ。直接尋ねるのが速いだろう」


 さっと視線を巡らせて、出立する際に世話になった補給係の男を見つける。

 以前は呑気に仕事をしていた彼の表情も、周囲の空気に釣られてなのか、今は心なしか緊張を帯びているように見えた。


「――失礼、少しいいか」

「はい? あれ、あなたたちは確か数日前の……」


 帳簿と睨めっこをしていた男が、ヤマトの言葉に面を上げる。訝しげな表情を浮かべたのも一瞬のことで、すぐに人懐っこい呑気な表情になった。


「いらっしゃい。どうしました? 先日とは少し、顔触れも違っているようですが」

「うむ。少し用があってな」


 「後は頼んだ」とノアの方へ視線を投げれば、ノアは苦笑いを浮かべながらも、首肯して一歩前へ出る。


「先日ぶりだね。用というのは、彼女に関することなんだよ」

「彼女に?」


 ノアが手で示した先には、いつもよりも硬い表情でいるミドリの姿がある。普段すごしている集落とは異なった雰囲気の場所に、彼女も緊張を隠せないでいるらしい。

 男が首を傾げたのは一瞬。ミドリが身に着けている装束を目にして、すぐにその正体に思いが至ったらしい。


「遊牧民の方ですか。どうやら、集落には無事辿り着けたみたいですね」

「いやぁ、無事とは言い難かったんだけどね」


 男の言葉に、ノアは苦笑いをする。結果としてミドリに助けられたからよかったものの、先日のヤマトたちは、鳥型魔獣の襲撃を前にして絶体絶命の危機にあったのだ。あれを見て、無事にとはとても言えないだろう。

 キョトンとした表情を男はするが、それは本題ではないと思い直したらしい。すぐに表情を改めて、ノアに向き直る。


「それで、どういった用件ですか?」

「うん。じゃあせっかくだし、ミドリの方から――」


 ノアとミドリが視線を合わせる。それを受けて、ミドリが一歩前へ出て口を開いた。

 その様子を横から茫洋と眺めていたヤマトだったが、ふと、肌が強い闘気を察知する。武人に宿る独特な気配だ。


(誰だ?)


 思わず自分の闘志も燃え上がるのを自覚しながら、辺りに視線を巡らせる。

 先日に見たのと同じような光景。忙しなく仕事に駆ける鉄道憲兵隊の面々の中に、一人だけ雰囲気の異なる男がいた。

 まず、身に着けている軍服が異なっている。他の面々は灰色を基調とした服を着ているのに対して、その男は軍服の上から、純白の上着を羽織っていた。その胸元や肩には綺羅びやかなバッジが幾つもつけられており、彼が相当の高官であることが伺える。年頃はヤマトよりも上ながらも、軍の高官にしては若い――三十前後ほどだろうか。身体はよく鍛えられているようで、連れている憲兵たちと会話をしながら歩く足取りは、ヤマトが見て感心してしまうほどに落ち着いている。

 相当な実力者だ。ただ己の腕を頼りにして成り上がり、その地位を手に入れた若き将軍なのだろうか。


(むっ)


 何も言わないまま静かに視線を投げていたが、それを察知したらしい。和やかに歓談に興じていた男の目が、ふっとヤマトの目を捉える。


「ふむ」

「ヤマト? どうした――」


 思わず好戦的な笑みを浮かべそうになったヤマトに、横に立っていたノアが声をかける。そのままヤマトが見つめている先へ視線を流したノアは、件の男を視界に捉えると、思わずといった様子でその口を閉ざした。


「あの人は……」


 知り合いなのだろうか。男を見やるノアの目には、少なくない衝撃が走っているように見える。

 そしてそれは、男の方も同様だったらしい。ノアを前にギョッとした様子で目を見開いてから、すぐに何事もなかったかのように表情を改める。


「知っているのか?」

「うーん、まあ、一応?」

「何だそれは」


 煮え切らないノアの言葉に、ヤマトは苦笑いをする。


「有名人なんだよ。帝国じゃ結構ね」

「ほう。――む、こちらに来るな」


 視線を戻せば、男は連れ歩いていた憲兵たちに待つよう指示してから、一人でヤマトたちの方へ歩み寄ってくる姿が目に入る。

 何が彼をそう動かしたのかは判断できないが、ひとまず好都合かもしれない。アブラムの企てを喰い止めるために、ヤマトたちはここへ来たのだ。訴える相手が高官であればあるほど、事態が早く解決する望みも持てるだろう。


「あ、あれは……!」


 ヤマトとノアのやり取りで、気づくことができたのだろう。呑気な表情をしていた補給係の男が、慌てた様子で背筋を伸ばした。

 それを見て、訝しげにミドリとレレイが小首を傾げた。何か問いたそうにしていたが、ひとまずそれを黙殺する。

 無言のまま見守るヤマトの視線の先で、将軍らしき男はすぐ近くまで歩を進めてくる。


「こ、これはカイン将軍! ようこそお越しくださいました!」

「そう緊張しなくていい。ただの視察だからな」

「はっ、了解であります!」


 カイン将軍と呼ばれた男の言葉に、補給係は大きな声で応えるも、その姿勢を崩そうとはしない。

 それを見やって苦笑いを浮かべてから、カインはヤマトたち全員をグルっと見渡す。


「あなたたちは旅人ですか?」

「そんなところかな。ここには、少し用があって立ち寄ったところでね」


 ヤマトたちに先んじて、ノアが口を開く。

 カインとノアの視線が入り混じり、何事かのやり取りが無言のままで交わされる。それにヤマトは首を傾げそうになるが、そのすぐ後に、カインは平然とした面持ちで口を開いた。


「用ですか。それは、そちらの女性に――ここの民に関わることですか?」

「そうそう。できれば、少し力を貸してほしいと思ってね」

「ふむ、そうですか」


 どうしたものかと逡巡する素振りを見せたカインの前に、ミドリが一歩進み出る。


「どうか力を貸してほしいの。これは集落皆の総意よ」

「なるほど、集落の困難ということですか……」


 ミドリの言葉を受けて、カインが悩んでいる姿を見せたのは一瞬のことだった。すぐに目を上げると、すっと真剣な面持ちになって向き直る。


「伺いましょう。……ここでは彼に悪いですから、奥の客室に行きましょうか」


 そう言って颯爽と歩き始めるカインの背中を見やったヤマトたちは、互いの目を無言で見合わせてから、すぐにそれを追い始めた。

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