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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
古都エスト編
162/462

第162話

 入り口から、地下へ延々と伸びる長い階段。

 それを下り切った先に広がっていた広間は、ヤマトの想像を絶した大きさであった。


「これは……」

「ずいぶん大きな遺跡だね」


 同じく感心したように声を漏らすノアに、同意の首肯をする。

 エスト高原にポツリと鎮座していた古代遺跡。外から眺めただけでも相当な大きさであるように思えたが、今ヤマトたちの目の前に広がっている光景は、それを遥かに上回るほどの威容を放っていた。どうやら、地下をくり抜いて作られた施設らしい。何気なくヤマトたちが歩いていたときには、この遺跡は足下にあったのだろう。

 古代文明の遺跡と言えば、ヤマトにとってはザザの島で見たものが記憶に新しい。目の前にしている遺跡の床や壁面などは、そこで見た様式と寸分たがわぬ技法で作られているようだが、その広さについては、明らかに違っていた。

 ザザの島にあった遺跡は、せいぜい家一軒程度の広さでしかなかったのだ。入れる人数もせいぜい数名程度が限界であり、その機能も、レレイ一人が全て担える程度のものでしかなかった。だが、このエスト高原に広がる遺跡は、もはや都と言ってもいいほどの広さを誇っている。数万人程度は、優にこの中に住むことができるのではないだろうか。

 思わず圧倒されるヤマトとノアに、ミドリが目尻を下げながら口を開く。


「昔から、ここに“エスト”という名が与えられているわ。見ての通り、昔はたくさんの人が住んでいた場所みたいね」

「この遺跡の名が、高原に与えられたのか」


 それだけ、高原に住むミドリたち遊牧民にとって、この遺跡――エスト遺跡、と呼ぶのが正しいか――が重要なものだったということだろう。

 それほどに重要な施設の情報が、大陸で普通に暮らしていたヤマトたちの耳に入ってこなかった理由については、少々気になるところであったが。


「今はそれどころではないか」


 呟き、気を引き締める。

 僅かに滲み出た闘志に釣られて、遺跡をキョロキョロと眺めていたレレイとノアも表情を引き締める。


「侵入者はどこにいそう? 見たところ、近くにはいないようだけど」

「少し待ってろ」


 想定していたよりも遥かに広大な遺跡だ。入り口で気配を察知できたのだから、まだ近くにはいるはずだったが、正確な方向を掴むことには苦労させられるだろう。

 問われて、ヤマトが辺りの気配を探ろうとしたのに先んじて。無言のままグルっと辺りを見渡したレレイが、すっと指を上げた。


「向こうだな」

「む」


 「本当?」と問うような視線を向けてきたノアに、ややあってから、ヤマトもこくりと首肯を返す。確かに、レレイが指差した方から人の気配が感じられた。

 少なくない驚きを覚えながら、ヤマトはレレイの目を見やる。


「鋭いな」

「うむ。この地に来てから、ずいぶんと調子がいいようでな」

「ほう?」

「風の具合が合っているのかもしれないな」


 レレイの故郷であるザザの島と、このエスト高原の風土が近しいということだろうか。だが、共通点と言っても、せいぜい帝国の手が及んでいない辺境であることくらいしか浮かばない。加えて、今しがた――遺跡に入る直前も含めて、レレイが見せてくれた勘のよさは、ただ調子がいいと片づけられる程度を越えているように思えるが。

 首を傾げて思案に入りかけたところで、頭を軽く振る。


(考えるのは、後でもできる)


 今は、遊牧民の聖地と言えるエスト遺跡に入った侵入者を、さっさと問い詰めることが先決だ。

 ヤマトたちの意思が固まったらしいのを見計らって、ミドリが静かに腰を落とした。


「急ぎましょう。下手に神殿を荒らされたら、問題になるわ」

「分かった!」


 言うや否や、ミドリは一陣の風のような素早さで駆け出した。思わず残像が目に焼きつくほどの、獣じみた疾駆だ。


(速いな)


 初めてレレイの戦いぶりを見たときにも似た感慨が、ヤマトの胸に湧き起こる。

 安穏とした日々をただすごすだけでは、到底身につけられない速度だ。彼女も、このエスト高原という過酷な地で暮らす中で、半ば無意識に気を扱うようになったのかもしれない。


「ヤマト、ノア。行くぞ!」

「おう!」


 間髪入れずに駆け出したレレイに続いて、ヤマトとノアも踏み出す。

 できる限りの力で前へ足を運ぶが、見る見る内にミドリとレレイの二人との距離が開いていく。


「はっやー……」

「ボヤくな。舌を噛むぞ」


 このまま数分も走っていたら、ミドリたちとの距離は相当に広がってしまったことだろう。とは言え、先程から感知している気配の主との距離は、もうすぐ近くにまで狭まっている。

 そのことを確かめてから、ヤマトは前方を走るミドリとレレイの背中に視線を投げた。


「まさか、レレイとほとんど同じ速さとはね。人間離れした人が多いね」

「……そうだな」


 ノアの言葉に、一拍の間を置いてから頷く。

 かつては水竜の巫女として授けられていた加護の名残か、レレイの身体能力は常人を凌駕している。目の前で遺憾なく発揮している俊敏性のみならず、筋力や身体のしなやかさなどを取ってみても、並以上のものを備えているのだ。大陸のどこを探しても、レレイと同等以上の身体能力を持った人間は、片手で数えるほどにしか見つけられないことだろう。

 そんなレレイに、ミドリは拮抗した――否。ヤマトの見立てでは、若干に上回るほどの俊敏性を持っているように思えた。すぐ後ろを走るレレイや、彼女に遅れて駆けるヤマトとノアの様子を、先導するミドリは気遣っているように見えるのだ。


(流石に、尋常ではないな)


 ヤマトの理解が及ばないほどの武人なのだという可能性は、確かにある。理性的に考えるのならば、そう仮定しておくのが利口というものだろう。

 だが、胸中にモヤモヤとして晴れない霧が立ち込めているのは、いったいどうしたことだろう。


(何かが引っかかってる感覚はあるのだが)


 前方でたなびくミドリの銀髪へ視線をやる。黒に近い茶髪がほとんどの遊牧民たちの中において、彼女の銀髪は酷く目立っていた――が、それだけではない“何か”を、ヤマトはその銀色から感じないではいられないのだ。

 不思議と、それが悪いものではないはずだという思いを抱けているから、そう深刻になる必要もないかもしれないのだが。


「見えてきた!」


 思考の海に入ろうとしたヤマトの意識を、ミドリの涼やかな声が呼び起こした。

 釣られて視線を上げれば、巨大な建築物のすぐ傍に立っている人影が目に入る。ひとまず、遺跡を破壊しようとしているようには見えないが。

 ヤマトがそっと腰元の刀に手を這わせたのと同時に、ノアも魔導銃に手を伸ばす。それらを確かめてから、先導していたミドリは弓に矢をつがえ、急停止する。


「――あなたたち! いったいそこで何をしているの!」

「む……?」


 鋭いミドリの声に、建物の外壁に手で触れていた男が、訝しげな声を漏らしながら振り返った。

 その肉体と眼差しを見やって、ヤマトは思わず表情を顰めた。


(ずいぶんと弛んだ身体だ)


 でっぷりと肥え太った腹に、悪趣味に色とりどりの宝石が散りばめられた服。その輪郭がもはや分からないほどに頬や顎には脂肪がまとわりついて、ベトベトとした脂がこびりついている。その風貌から容易に想像できるほどに欲深い光が、男の細い目には宿っていた。

 成金商人。思わず、そんな言葉が浮かんでしまう男だった。


(護衛は二人。だが、あまり質はよくないようだな)


 その男の両脇を固めているのが、鉄鎧を身に着けた男が二人だ。だが、伸び放題になった無精髭や、薄汚れた鎧や服から察するに、正直チンピラや盗賊同然にしか見えない。

 察するに護衛なのだろうが、とてもその任を果たせているようには思えない。ギラギラと欲をむき出しにして遺跡を検分する男に従って、彼ら自身も遺跡を舐め回すように眺めていたのだ。加えて、ここに駆け込んできたヤマトたちの気配にも、今になってようやく気がついた様子。


(制圧は容易、か?)


 辺りに他の気配がないことも確かめて、ヤマトはそう断じた。彼らが外見通りの盗賊紛いの商人ならば、さっさと捕縛してしまえばいい。気配を偽っている可能性もあるにはあるが、それを疑っても仕方ない相手というのは存在する。

 ひとまず、抜刀しようとしていた構えを解き、鞘ごと刀を握り込む。下手に刃を振るえば、そのままポックリと死なせてしまいそうだ。

 それらをヤマトが確かめたところで、ノロノロと緩慢な動作で振り返った男たちが、先頭に立つミドリに向かって口を開く。


「貴様ら何者だ? 儂らに用でもあるのか」

「用ですって……!? 私たちの聖地に踏み入ったことを、今更惚けられると思っているの?」

「聖地だとぉ? 馬鹿馬鹿しい!」


 吐き捨てる男の言葉に、ミドリは無言のまま額に青筋を浮かべる。

 ギリギリと弓を引き絞る手に力が込められていく。今にも放たれそうな勢いだが、男はそのことに気がついているのだろうか。


(……まぁ、殺してしまった方が面倒はないかもしれんが)


 そんな益体もないことを考えて、ヤマトは頭を振り払う。

 ただの冒険者だった頃ならまだしも、仮にも勇者一行の一員となったのならば、そうした浅慮は控えるべきだろう。

 ヤマトたちが無言で見守る中、男は肥えた腹をぶるんと震わせながら、口を開いた。


「ここは儂らのものだ! 貴様らこそ、儂の私有地に踏み入って、ただで済むと思っているのか!?」

「はぁ?」

「ふんっ! これを見よ!」


 思わず、ミドリが手を滑らせてくれないかとボンヤリ考えていたヤマトだったが、男が懐から取り出した紙に視線をやり、首を傾げる。


「何だあれは……」

「にわかには信じ難いよね」


 無意識に漏れた疑問の言葉に、ノアも首肯しながら同意する。

 男が意気揚々と掲げている紙。そこには、正直信じられないようなことが記述されていた。


「『帝国の名において、エスト遺跡が第一発見者アブラムの者であることを認める』とな! これを見ても、なお喰い下がるつもりか!」

「そんな馬鹿な!?」


 矢をつがえた体勢のまま、脂ぎった男――アブラムの元まで駆け寄ったミドリは、その紙を奪い取る。

 鏃の輝きに顔を青ざめさせたアブラムだったが、その語気だけは勇ましいままに、ミドリを口汚く罵る。


「貴様はここの蛮族共の娘か! なら教えてやる。そこに書いてある通り、ここは儂の地だと帝国が認めておるのだ! 高い金を払って認めさせたのだからな! もし儂を害そうというのなら、それは帝国に喧嘩を売るに等しいことと知れ!!」

「あり得ない……」


 呆然と声を漏らすミドリの背中から、ヤマトたちもその紙面を覗き込む。

 つい最近に作られたものらしく、ずいぶん真新しい紙だ。確かにそこには、アブラムが言ったことと同じ内容の文面が記されている。おまけに、帝国の行政機関が記したらしいサインまで記入されていた。

 本物、なのだろう。少なくとも、この場で偽物だと糾弾することは、流石に道理には合わなさそうだ。

 顔色を悪くさせたミドリに、アブラムは自身の勝利を確信したらしい。紙をミドリの手から奪い返すと、目に欲深い光をギラギラと輝かせながら口を開いた。


「分かったな? これまで貴様らがどれだけここで好き勝手したかは知らんが、既にここは儂の地ということ。なら、無断で立ち入ったことに罰を与えねばならんなぁ?」

「く……っ!?」


 好色そうな光を宿して、アブラムはミドリたちを眺める。何を考えているのか、清々しいほどに分かり易い眼差しだ。


「――ちょっと失礼するよ」


 やはり斬り捨てようかとヤマトが逡巡したところで、するっとノアが前に躍り出た。


「むぅ? 何だ貴様は」

「いやぁ、ちょっと面白そうな話だと思ってさ」


 アブラムは欲の標的を、ノアの方に固定したらしい。ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「ほうほう。貴様が儂の罰を受けたいと言う訳か? なら話が早い。早速――」

「悪いけど、それは無理だね」


 すっと目を細めながら、ノアは言葉を続ける。


「僕たちがここでやったのは、私有地への無断立ち入りだけ。立ち退きを命じられた後、それを無視した場合には罰金を科される」

「むぅ?」

「対するあなたがやろうとしていることは、他人へ私刑を下そうというもの。罰金程度ならば裁判で穏便に解決可能だけど、もしそれ以外をやるつもりだったなら、今度はそっちが被告になる。抵抗するのは、ひとまず正当防衛として認められる。やっぱり裁判には持ち込まれるけどね」


 ミドリとレレイが目を白黒とさせる前で、ノアはアブラムへ言い放った。


「これが、今回の事態に適応される帝国刑事法の内容。帝国商人の端くれなら、そのくらいはキッチリ把握しているはずだね?」

「ぐぬ……!」


 咄嗟に言い返すことはできなかったようで、アブラムは口ごもる。

 そんな彼を無視して振り返ったノアは、何も言うことができないでいたミドリたちに、朗らかな笑みと共に口を開いた。


「さて。そんな訳だから、ひとまずここは退散するとしようか」

「だけど……!!」

「このまま揉め事を起こすのは、ちょっと面倒なんだよね」


 「構わないと言えば構わないんだけど」とつけ足したノアに、ヤマトはふっとアブラムが持つ紙に視線を投げる。


「ささ。また揉めない内に、さっさと出るよ」

「……分かった」


 不承不承という感情がありありと伝わってくるミドリの言葉に、思わず苦笑いを漏らしながら。

 ヤマトたちは、一度歩いてきた道を引き返すのだった。

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