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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
グラド王国編
16/462

第16話

 陽が沈みかけて薄暗い路地を、『剛剣』は存外に早足で通り抜けていく。

 その背中を見失わないように追いかけていたヤマトたちは、『剛剣』が向かおうとしている先を見やる。


「この先には何がある?」

「さっき見てきた市場かな。数は少ないだろうけど衛兵もうろついている」


 商業区の裏側とでも言うべき闇市場は、その出入り口のほとんどが表側の市場に繋がっている。木を隠すなら森の中という具合に、市を市場の中に隠しているのだ。だから、行き先から目的を推測することも今はできない。

 足早に路地を歩いていく『剛剣』の背中が、曲がり角を曲がって見えなくなる。即座に駆け足になって後を追おうとするヒカルを制止して、曲がり角から顔を出さずにヤマトは声をかける。


「やっと追いついたな」

「……まさか気づくとはな」


 直角の曲がり角で死角になっていた場所から、『剛剣』の巨躯がのっそりと姿を現す。

 ヒカルたちが追いかけていたことにはすぐに気がついたのだろう。おおかた野盗の類かと推測した『剛剣』は、路地で待ち伏せして返り討ちにしようと目論んでいた。

 ヤマトたちを敵認定したらしく、『剛剣』はピリピリと肌を刺すような殺気を放ちながら睨めつけてくる。


「で? 何か用かい。必要ならやり合うが」

「喧嘩は相手を見てから売った方がいい」

「あん? そりゃいったいどういう――」


 訝しげに眉をひそめた『剛剣』だったが、ヤマトの後ろにいるノアとヒカルの姿も見て、ようやく得心がいったような素振りを見せる。


「おお! あんたらあの時会った奴らか!」

「今気がついたのか」

「悪い悪い、人の顔なんざどれも似たように見えるからよ!」

「なんて大雑把な……」


 ヒカルが呆れたような声を上げるが、『剛剣』は気にした様子もなく笑い飛ばしている。


「それならそうと、さっさと声かけてくれりゃよかったのによ!」

「話に向いた場所でもなかったからね」

「あん? そりゃそうだ。確かにな!」


 辺りを見渡して『剛剣』は笑い声を上げる。

 薄暗くジメジメと湿った路地裏で、どこからか飛んでくる陰鬱な視線を感じながら話をするなどということは、できれば避けたいものだ。

 歩きを再開させながら、『剛剣』は口を開く。


「んで? どういう用だったんだ?」

「森で見て以来、特に見かけなかったからね。無事だったかなーって思ってたんだ」


 話はノアに任せてしまう。面識の薄い相手と気安く話をするような芸当は、無愛想なヤマトにはできそうにない。


「魔獣も何もいなかったからな。何事もなかったぜ」

「そう? ずいぶん身軽に見えたから、荷物とか大丈夫なのかなって心配したんだけど」

「あん? まあ別の場所に置いてたからよ」


 そういうことらしい。

 『剛剣』の様子を見て、どうやら嘘はついていないようだとヤマトも判断する。


「そっか。それにしても、まだここに残ってるってことは、次の仕事も決めたの?」

「おう、まあな」


 一瞬だけ歯切れが悪くなった『剛剣』の返答にノアの目がきらりと光るが、そのまま何も言わずにおく。


「でもいつ来るかも分かってないんだから、それまでずっと待つのも大変じゃない?」

「あぁ、まあ金はまだあるからな」

「結構稼いでいるみたいだねぇ」


 傭兵稼業は基本的に貧しさと隣合わせな仕事だ。戦が続けば富を得られるであろうが、既に大きな戦が起こらなくなって久しい現代においては、あまり割のいい仕事とは言えない。腕のいい傭兵と言えど、日々の糧を得るため、ときに肉体労働にも精を出さねばならないほどだ。

 今回の魔王軍襲撃予告を受けての傭兵募集とて、引き受けたのは余程な物好きか、魔王軍と戦う功名に目が眩んだ者ばかり。多少の損得計算ができる傭兵ならば、期限の確定していない依頼は引き受けないものだ。

 そんなことを考えていたヤマトの雰囲気の変化を感じ取ったのか、『剛剣』の目つきが若干剣呑なそれになりつつある。


「そういえば、さっきの市場では何か買ったの?」

「まあな」

「買えたんだ、羨ましいね。僕たちもほしいものがあったんだけど、売り切れてたみたいでさ。無駄足だったよ」

「そりゃ災難だったな」


 『剛剣』の口数が少なくなってきている。これ以上話を続けていても、新しい情報を得ることは難しいだろうか。

 すぐ先に路地の終着点が迫ってきたことを見て、ヤマトはさっさと切り上げることを決定する。ノアの方を見れば、それに異存はないらしい。こくりと小さく頷いてみせる。


「じゃあ僕たちはこの辺りで。会えてよかったよ」

「おう、またな」


 話の終わりを悟って、『剛剣』のまとう雰囲気が一瞬だけ緩む。

 それを好機と見て取ったのか、ここまで黙っていたヒカルが口を開いた。


「すまないが、身分証のようなものは持っているか?」

「あん?」

「聞けば、『剛剣』の名を持つ傭兵は他にもいるらしくてな。傭兵であることだけ分かればいい」


 『剛剣』の身体から一瞬だけ殺気が漏れ出る。

 それが既に「見せられない」という答えを物語っているようなものであったが、ヤマトは何も言わないでおく。


「傭兵は、確か登録証の所持が義務づけられていたはずだな。必要に応じて開示することも勧められていたはず」

「……ちょっと宿に置いてきてな」

「ふうん? 何か買うときは身分証を出すのが普通だと思うけど」


 ヒカルの詰問にノアが助け舟を出す。

 確かに、傭兵のみならず冒険者や市民であっても、相応の商品を求めた際に身分証を提示することは義務づけられている。それを持たずに出歩いては、不審者として衛兵に捕らえられても文句は言えない。

 『剛剣』の身体へ徐々に力が込められていることを見て取って、ヤマトは密かに腰の刀に手をかける。


「そういうのはいらない店だったんだよ」

「そんな場所があるんだ。でも、そこに置くような商品は怪しいから、あまり使わないことを勧めるよ」

「……そりゃ忠告感謝するぜ」


 言いながら、『剛剣』の身体の重心が一瞬だけ沈み込む。

 咄嗟に反応してこちらも構えかけたヤマトだったが、すぐにそれを解く。


「――やあやあすみませんね皆さん! うちの相方が何かご迷惑をおかけしましたか?」


 いつの間に近寄ってきていたのか、黒ローブで全身を覆い隠した男がすぐそこに立っていた。

 察知できなかったらしい『剛剣』までも、ぎょっとした表情になっている。


「お前……」

「大丈夫ですか? この人すぐにふらふらと歩き出して喧嘩売ってくんで、ちょっと大変なんですよね」

「そ、そっか。捕まったら大変だし、気をつけた方がいいと思うよ」

「えぇ本当に。すみませんねぇ」


 腰を低くしてペコペコと頭を下げているが、黒フードで顔も見えない状態では不気味さしか感じられなかった。


「失礼だが、そのフードは……」

「あぁ、これこそ怪しいですよね。でも申しわけありません、これを外すわけにはいかないのです」

「ほう?」

「幼少の時分の怪我が原因で、とても人様にお見せできないものなのですよ。いやはやご勘弁ください」


 言いながら、これ登録証ですと男が二枚のカードを差し出してくる。片方には『剛剣』の無愛想な顔が印刷され、もう片方には黒く焼けただれたような肌の男が描かれていた。

 ぱっと見る限りでは、本物の傭兵登録証であるように思える。


「……助かる」

「いえいえ。それでは私共はここら辺で失礼しますね」


 最後まで平身低頭な姿勢を崩すことなく、黒フードの男は『剛剣』を伴って去っていく。


「――あぁ、そうだ」


 不意に足を止めた黒フードが、ゆっくりと振り返る。


「何だ?」

「私これでも天気予報が得意なんですよ。ご迷惑をおかけしたお礼に、明日の天気をお伝えすることにしてるんです」


 そう言って空を見上げてから、クツクツと低い笑い声を挙げた。


「明日は荒れそうですねぇ、大嵐です。きっと大変なことになりますから、気をつけてくださいね?」

「……忠告感謝しよう」


 ヒカルの言葉に芝居がかった一礼をして、黒フードの男は今度こそ立ち去った。

 見えなくなったその背中を見送って、ヒカルは溜め息を一つ漏らす。


「不気味な男だった……」

「同感。正直、あまり関わりたくないタイプではあるよね」


 ノアも頷いて同意する。

 ヤマトとしても、あまり得意にはなれないというのが本音であった。飄々として掴みどころがない様しか見せないような者を、信用することはできない。


「しかし、本物の傭兵だったか。悪いことをしたな」

「――さて、それはどうだろうねぇ」


 ノアの方を見れば、いつになく目の光を強めていた。


「正直に言うとさ、傭兵登録証なんていくらでも偽装可能なんだよね」

「では、あれが偽物だったと?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。たぶん傭兵ギルドに聞いても分からないんじゃないかな」


 冒険者ギルドと同様に、傭兵たちが所属する傭兵ギルドというものがある。傭兵に仕事の斡旋をする機関であるのだが、冒険者ギルドと比べるとずいぶんと粗い管理であり、傭兵の実態は把握していないに同然のようなものである。


「だから、答えを出すにはまだ早いかな。相当怪しいけどね」

「……監視でもつけさせるか?」

「無駄だと思うぞ」


 ヒカルの提案を否定する。


「奴らは手練れだ。すぐに撒かれるのが関の山だろう」


 『剛剣』の方は、まだ何とかなるかもしれない。あれは戦闘能力こそ際立って高いように見えるが、気配の探知や隠蔽には不得手であるようだった。遠くから監視するくらいならば不可能ではないだろう。問題になってくるのは、黒フードの男だ。立ち振る舞いや足運びから力量を推測しようとしても、よく分からないとしかヤマトには思えなかった。様々な武人と出会った経験はあるが、ああも何も感じられない振る舞い方をするような者には覚えがない。現れた際の気配の断ち方から伺うに、相応の実力を持つのだろうと推測するので精一杯だ。

 ふと、森の中で向けられた視線のことを思い出す。ノアたちは気がつかなかった様子だが、ねっとりと全身に絡みつくような視線には怖気を覚えたものだった。


「明日は大嵐になる、か」


 ヒカルの呟きを聞いて、思わず空を見上げる。

 陽も沈んで瑠璃色になった空だが、雲は一つも見当たらない。明日もきっと晴れるのだろうと安易に確信できそうな空模様だ。


「雨が降りそうには思えないけどね」

「空は移ろいやすいものだ。その可能性はあるのだろう」


 平気な風を装って答えるが、ヤマトの胸中は言いようのない不安のようなものが渦巻き始めていた。明日何かが起こるのではないかと、根拠のない予感が強まっていく。


「ひとまず、明日は警戒を厳とさせておくか」

「それがいいと思う。何も起こらなければそれでよし」


 身体の奥底から零れそうになった武者震いを堪えて、ヤマトはじっと夕空を見上げていた。

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