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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
古都エスト編
155/462

第155話

「ふぅ」


 溜め息を漏らしながら、魔導列車から降りる。

 空調で暖められた車内から一歩外へ出た途端に、ヤマトの身体を冷たい風が撫でていった。


「寒いな」

「もう冬間近って感じだね」


 思わず顔をしかめたヤマトの言葉に、寒風に身体を震わせたノアが同意する。

 大陸北部に広がるエスト高原。その緯度と高度ゆえに一年を通して涼やかな地ではあるが、今の季節の寒さは、大陸南部や中心部における冬に近しいように思える。まだ雪の兆しは伺えないものの、いつ雪が降り出してもおかしくないほどだ。

 もう一枚くらい上着を着ようかと考えたヤマトの耳に、続いて列車を降りてきたレレイの悲鳴が届いた。


「い、痛い!? 何だこれは!?」

「む?」


 振り返れば、顔を青くして必死に身体を擦っているレレイの姿が見える。

 レレイが着ている服は、彼女の故郷であるザザの島から持ち込んできた衣装がほとんどだ。すなわち、身体を大胆に露出するような薄着が大半だ。冬も間近に迫ったエスト高原をすごすには、とても相応しい服装とは思えない。


「ほら、これ毛布」

「うむ、かたじけない……」


 苦笑いを浮かべたノアがトランクの中から毛布を取り出すと、レレイはそそくさとそれに包まる。幾分か冷気が緩和されたのか、途端にホッと表情を緩めた。


「でも、レレイは冬物は揃えてなかったのか」

「うぅむ。これほどとは思わなくてな」

「確かに、冬を経験したことがないなら、それも仕方ないのかなぁ」


 レレイが長年暮らしてきたザザの島は、四季がある大陸とは打って変わった、常夏の島と聞く。一年を通して温暖な気候であり、住民は衣替えをするような文化も持っていなかったらしいのだ。

 そんなレレイからすれば、一昔前には人々が凍え死ぬことが当たり前だった大陸の冬など、想像するだけ無駄なものだったと言える。


「じゃあ冬服を調達するのが先決かな」

「……すまない」

「気にすることないって。駅に売ってればいいんだけど」


 情けない表情を浮かべたレレイを、ノアはからりと快活に笑い飛ばす。

 一年を通して比較的に寒冷な地だ。少し探せば、冬服を手に入れるくらいは容易であろう。

 そんな憶測を頭の隅でしながら、ヤマトは列車の方を振り返った。


「構わないか?」

「えぇ、大丈夫よ。私たちの方も、少し心もとなかったくらいだし」

「問題ない」


 ヤマトの確認するような言葉に応えたのは、二人の騎士だ。

 一人は、橙色の神官服の上から略式の鎧を身につけた女騎士だ。絹地のように滑らかな金髪をサラリと流した妙齢の女性で、思わず背筋を正してしまいたくなるような凛々しさに溢れている。それでも、堅苦しすぎない雰囲気に落ち着いているのは、彼女の口端に優しげな笑みが浮かんでいることが理由だろうか。

 もう一人は、素顔が臨めないほどに全身を古めかしい銀甲冑で覆い隠した騎士だ。身の丈はヤマト以上もあり、甲冑は一つ一つが重厚な質感を放っている。中でそれらを身に着けながら、苦しげな様子を欠片も見せないその人物は、きっと筋骨隆々で厳しい者なのだろうと予想できる。

 彼女たち二人組もまた、ヤマトたちと共に旅をする仲間――むしろ、ヤマトたちが彼女たちに同行していると言った方が正しいか。


「ヒカルにはただつき合わせるだけになっちゃうわね」

「気にすることはない。こいつを脱いだときのための服を持っておくことは、無駄にはなるまいよ」


 金髪の女騎士の言葉に、ヒカルと呼ばれた鎧武者は首を横に振る。

 その仕草を見やりながら、ヤマトも小さく頷く。


(確かに、ときに息抜きをする時間も必要だろうな)


 ヤマトが思い浮かべているのは、ヒカルのことだ。

 見た目こそ厳つい鎧武者そのものであり、更には救世の勇者なる大層な称号を持つヒカルだが、その中身は、どこにでもいるような普通の感性を持った少女でしかない。訳あってその正体を公にしないよう隠しているが、時折鎧を脱いで気晴らしを挟んでいかなければ、その役割の重責に押し潰されてしまうことだろう。

 そんなヤマトの懸念を察してか、ヒカルは苦笑いを漏らす。


「だが、ここに売店はあるのか? 見たところ、人の数はそこそこ多いようだが」


 言われて、ヤマトも辺りに視線を巡らせる。

 エスト高原駅。大陸を縦横無尽に駆ける魔導列車の駅の一つであり、大陸最北端の駅でもある。通常、駅と呼ばれる場所には商人が多く集まり、盛んに商いが営まれているものだ。事実、これまでヤマトたちが立ち寄ってきた駅には、当たり前に売店が立ち並び、そこでの買い物を楽しむ客も大勢見られた。

 だが、そうした事情については、このエスト高原駅は少々異なっているらしい。

 見渡したヤマトの視界に入ったのは多数の人々。男女や人種は様々なようだが、灰色を基調とした制服を着ているという点で、全員が一致していた。一様に規律の整った動きで忙しなく動き回っている。


「……彼らは軍人かしら?」

「そそ。鉄道の警備を担当している、鉄道憲兵隊ってやつ」


 女騎士――名前をリーシャという――の言葉に、既に買い物へ行く気満々だったのか、財布を片手に持ったノアが答えた。


「鉄道憲兵隊。そう、彼らが……」

「ふむ。そのケンペイタイというのは、どんな連中なのだ?」


 すっと目つきを鋭くさせたリーシャが、鉄道憲兵隊の面々を見渡す。

 一方、ワクワクとした様子で声を上げたのはレレイだ。毛布を被ったことで寒さを凌げるようになったからか、好奇心が表に出始めたらしい。


「うーん、端的に言うと、鉄道が問題なく運用されるように警備する人のことだよ」

「ふむ。警備員ということか」

「それだけじゃないけどね」


 つけ足すようなノアの言葉にレレイは小首を傾げるが、正確なところを知るためには、帝国が成してきた業績について、より多く知っている必要がある。

 帝国の研究機関によって開発された、魔導列車。その利便性の高さゆえに、鉄道は瞬く間に大陸各地へ敷かれたが、それに伴って、帝国は鉄道憲兵隊の派遣を進めた。表向きは魔導列車の万全な運行のためという名目であったが、その裏には、各国へ帝国軍の力を浸透させる目的が秘められていると囁かれている。事実、鉄道憲兵隊には一介の警備兵とは思えないほどの軍備が支給されており、いざとなれば一国を相手取る程度は造作もない戦力が保持されているのだ。

 名を変え、これまでその力が振るわれた過去こそないものの、事実上の帝国軍と言っていい存在。それが、鉄道憲兵隊の実態と言えよう。


「治安維持に努めていることは間違いないから、警備隊っていうのも正しいんだけどね」

「……何やら事情があるというところか」

「そんな感じ」


 今一つ釈然としない様子のレレイに、ノアは首肯する。

 言葉が足りていないのは確かだったが、まだ大陸の常識にも疎いレレイへ無理に知識を詰め込もうとしても、いい結果は得られないだろうという考えなのだろう。

 その判断に密かに同意を示しながら、ヤマトは歩き回っている鉄道憲兵隊の面々に視線をやる。


(全員、相当な使い手だな)


 ふつふつと闘志が湧き起こるのを自覚する。

 たかが一兵卒程度にしか見えないが、彼ら全員が確かな実力を有していることが伺えた。剣術一つだけを取り出しても、ヤマトでも手こずるだろうと予想できるのだ。魔導術や帝国式魔導具などを駆使されたならば、対等以上に戦われてしまう可能性すらある。

 一国を相手取る程度は造作もない戦力というのは、何も誇張表現ではない。事実として、彼らはそれが可能なだけの戦力を有しており、いざとなれば行使することも可能なのだ。各国が憲兵隊を警戒し、疎んじようとするのも無理ない話ではある。

 ヤマトたちがそれぞれの思いを秘めて憲兵隊を眺めていると、ノアがその空気を断ち切るように手を叩いた。


「商人はいないけど、こういう駅なら憲兵隊から色々買えるんだよね。ほらほら、行くよ」

「む、そうか。品揃えはいいのだろうか」

「どうだろう? でも帝国製のものばかりだろうから、いいものは置いてそうかな」


 「それは楽しみだ」と表情をほころばせるレレイを釣れて、ヤマトたちは駅の中を歩き出した。

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