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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
極東カグラ編
150/462

第150話

(雰囲気が変わったな)

 ズキズキとする頭の痛みを堪えながら、ヤマトは目の前に対峙するジークの姿を見つめた。

 先程までの交錯――『疾風』の鎌鼬に加えて、ジークの意識の間隙を縫った当身のダメージは、確実にジークの身体を蝕んでいた。全身から血が流れ出ているだけではなく、呼吸をするたびに痛みに顔を歪めている。外傷に加えて、肺の方にも何らかの影響が出ているようだ。つけ加えるなら、先の戦闘で相当の魔力も消耗しているのだろう。隙を晒しているヤマトに対して、何ら動きを見せようとはせず、必死に体力の回復に努めるような有り様だった。

 だが、当のジークはそんな痛みを意に介していないらしく、不敵な面持ちでヤマトを睨めつけていた。その身体から放たれる闘志は留まるところを知らず、それどころか、加速度的に勢いを増しているようにすら見える。

(――受けて立つ)

 控えめに言っても満身創痍。そんなジークが、まだまだ耐えぬ闘志の炎を灯しているのだ。

 ジークの気を前にして、こちらが闘志を萎えさせる訳にはいくまい。留まることなく集中力を削ぎ落とす頭痛と、全身を包む倦怠感。それらを振り払うように頭を振ってから、ヤマトは刀を正眼に構えた。

 そんなヤマトに対して、ジークは右手を眼前に掲げる。

「聖剣よ――」

 その言葉と同時に、ジークの周辺に無数の小さな煌めきが生まれる。先程見せたのと同様の、聖剣術の輝きだ。

 疑似聖剣の煌めきをジロリと睥睨してから、ヤマトはゆっくり口を開いた。

「同じ技は通用しないぞ」

「分かってるさ」

 初見ならばこそ並外れた集中力を要求されたが、一度見切った後の今であれば、それほどの労力をかけずに対処することは可能だ。

 暗にそう告げるヤマトの言葉に、ジークはすぐに頷いてみせた。

「幾ら数を増やしたところで通用しない。それはもう、充分以上に理解できた。――だから、凝縮する」

 言いながら、ジークは開いていた手の平を握り締める。直後に、散りばめられていた光の粒子が、ジークの手元へ結集し始めた。

「これは……」

「僕の剣は型通りでしかないって、散々に酷評されたけど。生憎、この剣しか知らないんだ」

 千の刃を寄り集め、一つの剣に成す。

 虚空に散っていた光の疑似聖剣が凝縮されて、ジークの手の中で一振りの剣が作り出された。大陸ならばどこでも見かけられるような、極めて一般的な両刃の剣。そんな見た目に反して、剣身から放たれる輝きは、これまでジークが生み出した疑似聖剣のどれよりも眩い。

 ただならぬ気配の疑似聖剣に、刀を握る手に思わず力が込もった。

「何か期待してたなら、拍子抜けかもしれないけど。これが、僕の意地ってやつだ」

「……そうか」

 言葉短く答えながら、ヤマトはすっと目を細める。

 聖地ウルハラでの戦いで、剣術と魔導術の両方を高レベルに使いこなしてみせるジークを相手に、ヤマトは苦戦を強いられた。あのときよりも実力が伸びたと自負はしているが、それでも、ジークの剣術が高いレベルで仕上げられているという事実に変わりはない。

 気張らなければなるまい。

 静かに腰を落としたヤマトに対して、ジークも腰を落とす。

「――じゃあ、行くよ」

 ジークが小さく呟く、それと同時に。

 空を切ったジークの指先が、ヤマトの眼前を捉えた。

「『旋風』」

「ちぃっ!」

 踏み込もうとしたヤマトの胸元を、ジークの手によって巻き起こされた突風が叩く。物理的なダメージには至らないものの、『旋風』はヤマトの上体を泳がせ、踏み込みを空振らせる。

 贋作とは言え、聖剣による浄化作用が働いている中での魔導術行使だ。相応にその効果は抑えられているはずにも関わらず、平時と変わらないレベルの威力が発揮されていた。即時発動に見せかけて、それなりの時間をかけて仕込まれた術式だったのだろう。

 目を剥いて大きな隙を晒すヤマト目掛けて、ジークが踏み出す。

「せい!!」

 鋭い踏み込みから続く、真一文字を描く横薙ぎの斬撃。それに伴う、身体を貫くような鋭い殺気の奔流。

 それらに身体を痺れさせながら、ヤマトは半歩後ろに下がった。直後に、寸前までヤマトがいた場所を剣先が薙ぎ払う。

(いい一撃だ)

 ゾッとするほどに冴え渡る攻撃に、ヤマトは頬を釣り上げる。

 紙一重で避けた直後の隙を晒したジークを睨めつけながら、重い刀を振り上げる。刃を立て、その重みが流れるのと共に踏み込む。

「シッ!」

「甘いよ!」

 脳天から叩き斬る軌道を描いた刃に対して、ジークは手にしていた聖剣を横に構えた。

(受け止めるつもりか?)

 疑念が生じたのは一瞬。即座に迷いを消し去り、刀を振り下ろし――衝突。

 盾のように掲げられた疑似聖剣もろとも、ジークを両断するつもりだったのだが。

「く!?」

 硬い感触が返ってくる。

 見れば、ヤマトが振るった刀の刃は疑似聖剣の腹に僅かに喰い込みながらも、その刃を両断するまでには至っていなかった。

 並大抵の剣ならば、何の手応えも出さずに斬り裂く一撃だった。名工が鍛え上げた剣であっても、叩き斬ってみせるくらいの自信もあったのだ。それが、ものの見事に防がれた。

 衝撃に身体を固まらせたヤマトに対して、ジークは即座に反撃に移る。

「『聖刃』」

 詠唱と共に、ジークの持つ疑似聖剣に魔力――否、光の粒子がまとわりつく。本来であれば魔力で斬撃を強化する魔導術だったはずだが、聖剣を使っている今、魔を浄化した光によって斬撃を強化する術式に変わっているのか。

 目を剥きながらも後退しようとしたヤマトの胸元少し手前を、疑似聖剣の刃が薙ぎ払った。

「ぅおっ!?」

 聖剣の間合いから逃れ、安堵の息を漏らそうとした瞬間。聖剣から漏れ出る光の粒が、ヤマトの胸を真っ直ぐに打ち抜いた。

 息が詰まるほどの衝撃に、苦悶の声すら出てこない。表情を歪めて身体を丸めることしかできずに、ヤマトは足が地面から離れるのを自覚した。

「ヤマト!?」

 リーシャの悲鳴のような声が、妙なほど遠くから聞こえてくる。

 それに意識を向けた瞬間、背中を痛烈な衝撃が貫いた。涙が目端から滲み出し、視界が歪む。呼吸が一瞬止まり、身体中がカッと熱くなる。

「ぐっ、んの野郎……!」

 咳き込み、必死に肺へ空気を取り込みながら、ヤマトは身体を無理矢理起こす。

 輝く剣を手にしたジークが立っている姿を認める。どうやら即座に追撃するつもりはないらしく、その場に佇んだまま動こうとしない。

「ヤマト、平気?」

「……あぁ、無論だ。すぐに立てる」

 心配そうに声をかけてきたリーシャに頷き返してから、ヤマトはゆっくりと立ち上がる。

 未だ動きを見せようとしないジークを伺いながら、手元の刀を検める。

(損傷はなし、か)

 先程までと変わらない輝きを見せる刀身に、ホッと安堵の息を零すのと同時に、微かな疑問を抱く。ジークの疑似聖剣に斬撃を受け止められたときの感覚は、相当に硬いものであった。大抵の刀――ヤマトがこれまで振ったことのある刀であれば、一つの例外もなく、その刃を歪ませる結果になっていたはずだ。だが、この刀は違ったらしい。

(どうなっている?)

 見た目の怪しさ以上のものを、この刀は秘めているのか。

 次々に疑問が鎌首をもたげてくるが、頭を振ってそれらを消し飛ばす。

「今はそれどころではないな」

 言い聞かせるように呟いてから、ヤマトは再びジークの様子を注視する。

「ヤマト、手はあるの?」

「……分からん」

 小声で尋ねてきたリーシャに、ヤマトもひっそりと答える。

 これまでのヤマトの戦術は、刀による斬撃が基本受け止められないことを前提としていた。如何に強硬な装甲を有していたとしても、鋭い刀と『斬鉄』をもってすれば、両断することが可能であると、絶対の自信を持っていた。唯一の例外とでも言うべき存在が、聖剣を携えたヒカルとの戦いだ。

 だが、ジークの生み出した疑似聖剣と刃を交えた途端に、彼がその例外の側にいる存在だと気づかされた。疑似聖剣と侮り、実際に斬り伏せてみせたから安心していたものの、ジークが持っている今の疑似聖剣の硬度は、ヒカルが持つ本物のそれと大差ない。台座に静止した状態であれば斬れる自信もあるが、それを許してくれるような相手ではない。

(何か、手を打たねばならんな)

 頭を悩ませるヤマトの視線の先で、ジークが手の中の聖剣をクルリと回転させた。思わずその刃に視線を吸い寄せられたヤマトは、そこにあった変化に気がつく。

(傷が直っている?)

 硬さゆえに両断できなかった疑似聖剣だが、それでも、一筋の斬撃痕を刻むことはできていたのだ。

 その痕さえもが、今は消え失せていた。先程の交錯が嘘であったかのように、新品同然の輝きをその疑似聖剣は放っている。

 思わず首を傾げたヤマトに、隣にいたリーシャは深刻な面持ちで口を開く。

「あれは、どれほど実体を持っているように見えても、魔力によって作られた剣だから。欠けた分の補填さえできれば、剣身はいつでも直せるわ」

「……それは厄介だな」

 その言葉を聞いて、ヤマトは顔をしかめる。

 疑似聖剣の刃はいつでも修復可能である。それが示すのは、ヤマトの斬撃では破壊することが不可能だという事実だ。

 いよいよもって進退窮まったか。

 手立てが浮かばないままにジークを見やるヤマトに対して、ジークの持つ疑似聖剣をジッと見つめていたリーシャが、小さく声を上げた。

「ヤマト。ここからは私も参加するわ」

「む?」

 「手があるのか?」と問いかけるヤマトの視線に、リーシャは小さく頷く。

「あまり成功率が高いとは言えないけど……一応は」

「ふむ」

 その言葉に、少しだけ考え込む。

 正直、ヤマト単騎ではもはや打つ手が思い浮かばなかったのだ。藁にもすがる思いとは違うが、何か手があると言うのならば、それに賭けてみたいところだ。

 小さく頷いてみせたヤマトの顔を見て、リーシャはどこか嬉しげな笑みを浮かべた。

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