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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
グラド王国編
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第15話

 ジメジメと湿った路地を抜けた先に、その市場はあった。

 表側のそれと比べると、活気はないように見える。道の脇に並ぶ屋台からも客引きの声は聞こえず、店番は黙したまま通行人を眺めているだけ。対する客の方も、店番に何か話しかけようとはせず、黙々と商品を物色するばかりだ。


「ずいぶんと静かな市だな」

「ここに来る奴らは目的を持っている。客引きするだけ無駄だからな」


 ヒカルに応えながら、ヤマトはすれ違っていった男の肩を掴む。


「な、何だよ兄ちゃん。何か用か?」

「あまり誤魔化さない方がいい。相手は選ぶべきだ」


 挙動不審に視線を迷わせる男に向けて、腰元の刀を揺らしてみせる。

 舌打ちを漏らした男が踵を返して一目散に走り去ろうとしたところで、足を払って転ばせる。倒れ込んだ男の背中を押さえながら、握りしめていた小銭入れを抜き取る。


「それは……」

「俺の小銭入れだ。中身はほとんど入っていないがな」


 一箇所に金をまとめないようにするのは、基本の防犯だ。

 言いながら男の拘束を解くと、ぶつぶつと小声で悪態をつきながら男は去っていく。

 その背中を見送ったヒカルは、小さく溜め息を漏らした。


「スリか。来て早々にずいぶんな歓迎だな」

「ここでは珍しくない。それに、あの程度の小悪党を処理できないようでは、ここを使うのは無理だ」


 ヤマトが起こした一連の流れも、ここではありふれたものだ。ゆえに、誰もが気にした様子もなく普段通りにすごしている。


「ああいった者が多いのか?」

「いや、多くはない。小悪党が住むには、ここは少し闇が深すぎる」


 それに耐えられず、すぐに表の世界へ戻ることになるか、それすらもできずに路地を徘徊する浮浪者になるか。できれば前者であればいいとは思うが、そうもいかないだろう。

 いずれにしても自分には関係ないことだと、ヤマトは頭を振って思考を切り替える。


「小悪党であっても絡まれると面倒だ。できる限り、誰とも目は合わせない方がいい」

「分かった、気をつけよう」


 神妙に頷くヒカルに頷き返してから、隣のノアの方を見る。日頃歩いてはいないといっても、ノアもこうした裏の世界での立ち回り方は心得ている。既にどこからか取り出した仮面を着けて素顔を隠していた。


「これでいいでしょ?」

「あぁ、充分だ」


 表側の市場では不審極まりない姿ではあるが、ここではそう珍しいものではない。裏の市に来ていることが知られるとまずい貴族や大商人などは、皆仮面で正体を知られないように隠すものだ。そしてここの住人も、そうした仮面を着けた者からは距離を取るようにしている。

 一目で分かる庶民が仮面を着けていても意味はないが、ノアならば問題ないだろう。


「馴染みの店がある。そこを目指すとしよう」


 ノアとヒカルが頷くのを確認してから、ヤマトは道を歩き出す。

 両脇に並ぶ屋台からの無気力な視線の中に、静かに身を探ってくるような視線が混じっている。暗殺者が獲物を捉えようとする視線に、思わず手が刀に伸びそうになるのを堪える。

 裏の市場を巡る際に気をつけるべきことは多岐に渡る。不必要な他人との接触を避けること、自分の身分を容易に明かさないことなどがあるが、そこには長居しないことというものも入る。下手に長居しようとすれば、瞬く間に国の闇に身を飲まれることになる。


「――あそこだ」


 目的地に着いたことに気がつき、ヤマトは足を止める。

 見た目は他の店とほとんど変わらない。朽ちた木材で適当に組み上げたという具合の屋台に、黒い垂れ幕で中が見えないように覆い隠している。店先には痩せ細った男が座り、にやにやした表情でヤマトの方を見ていた。


「やあ兄さん、数年振りですね」

「邪魔をするぞ」


 この男は、情報屋の真似事をしながら、ときに法に触れるものを売って生計を立てている悪党だ。ひどく金にがめつい点があるが、金さえ払えば相応の働きをするため、ヤマトは比較的信用していた。


「何をお探しで?」

「魔導具だ。変装用のものを扱っているのはどの店だ?」

「変装用ですか。はてさてどこにありましたかな……」


 言いながら探るような目つきをする男に、ヤマトは溜め息を返す。


「詮索は無用。頼まれたものでな」

「……そうですか」


 隙さえあれば金になりそうな情報を探る。商魂逞しいとは思うが、若干のわずらわしさを感じるのも事実だ。

 無言のままで睨みつければ、男は肩をすくめて口を開く。


「そうおっかない顔をしないでくださいよ。変装用ですね? どのくらいの性能をお求めですか?」

「高性能であればあるほどいい」


 言いながら硬貨を数枚投げてやれば、男はにやりと怪しい笑みを浮かべる。


「種族性別を弄れるものはありましたが、先日売れてしまったようですねぇ。顔の造形を多少弄るものは出回っていますが、それでよろしいので?」

「認識阻害タイプはどうなっている」

「ありますが、どれも正直怪しいですねぇ」


 都合よく手に入らないらしい。

 頷いて、ヤマトは更に追加の硬貨を投げ渡す。知られて困るものでもないが、一応の口止め料だ。


「特に何も教えられてないですからねぇ、追加の情報でもお伝えしましょうか。先の魔導具を購入したのは、魔族の武人だったそうですよ。何かをしでかすつもりなのかもしれませんねぇ」

「……失礼する」


 男の視線がヒカルに向いていることに気がつく。それを身体で遮り、ヤマトは二人を促して屋台から離れる。

 充分な距離が取れた辺りで、ノアが疲れ果てたような溜め息を漏らした。


「ずいぶん気味が悪かったねぇ」

「ずっと何かを探るような目をしていたな。ああいった手合いはあまり得意ではない」

「あれでも接しやすい部類だが、深く関わらないに越したことはないな」


 最後の言葉を聞く限り、ヒカルが勇者であることは把握しているらしい。前時代的な甲冑を身にまとっているのだから一目で分かるのだろう。そんなヒカルにヤマトたちが街を案内していたと知られるのは、少し損であったかもしれない。

 そんな自省を振り払い、ヤマトはヒカルに向き直る。


「聞いての通りだが、変装用の魔導具は手に入らないらしい。悪かったな」

「気にしなくていい。あればよい程度の気持ちだ」


 とは言え、外を出歩くときに兜や仮面で顔を隠すよう強要されるのは、相当なストレスに思えるのだが。

 機会があればまた探してみようと決意しながら、再び口を開く。


「直に陽も沈む。早く出るとしよう」

「賛成。これ以上ここにいたら、変なことに巻き込まれそうだ」


 ノアが言う通りでもある。既に目をつけられているかもしれないし、早く退散するのがいいだろう。

 ヒカルも頷いたことを確認して、出口の路地の方を見やったヤマトは、目を見晴らせる。


「あいつは……」


 薄暗い路地に入ろうとしているのは、背中だけでも筋骨隆々な巨漢であることが分かる男。


「あれは『剛剣』さんか。こんな場所で見かけるなんてね」


 ノアが興味深そうに息をつく。

 魔獣退治のためにヒカルと森へ行った際に出会った男――『剛剣』は、自らを傭兵と名乗った割には不審なところが多かった。あのときは他にやるべきことがあったために見逃したが、今はそうでもない。

 『剛剣』は表の市場へ出ようとしているらしい。


「どうする?」

「――追うとしよう。少し話も聞きたい」


 神妙な様子のヒカルに頷いて、ヤマトたちは『剛剣』が入っていった路地へと踏み込んだ。

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