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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
極東カグラ編
149/462

第149話

 長い参道を駆け上った直後に、目に映った光景。

 八つの腕を持つ異形の鬼と、万全の態勢を整えたジーク。それに相対するノアとレレイに、痛恨の一撃を喰らってしまったのか、地に倒れ伏すヒカルの姿。

 それらを認めた瞬間に、細かな状況は掴めないなりにも、戦況はよくないらしいとヤマトは把握した。

(どちらからやるべきだ)

 明らかに異様な風格を備えた鬼と、既知の通り強敵であるジーク。二者を共に相手取るのは流石のヤマトにも無理であり、だからと言って片方を放置しようというのは、正しく論外。

 どう動くべきか。答えが見出だせないままに、ヤマトは鬼とジークの間で視線を彷徨わせた。

「ヤマト!」

 そんなヤマトの迷いを一瞬で見抜いたのか、ノアが声を上げる。

 無言のままで視線を投げかければ、この窮地にも関わらず、ノアは力強い頷きを返してきた。

「鬼の方は任せて!」

「承知!」

 すなわち、ノアとレレイの二人で異形の鬼を相手取り、他方でヤマトとリーシャがジークの相手をするということ。

 ヒカルが健在であったならばその判断に迷うところはなかったのだが、彼女が抜けた穴を、ノアとレレイの二人だけで埋めることができるのだろうか。

(いや、俺が信じないでどうする)

 束の間の躊躇いを、即座に首を振ってかき消す。

 仲間の無事を信じ、己の全力を尽くす。そんな当たり前なことができないで、この勇者パーティの一員と言えるだろうか。

「ふぅ――」

 深呼吸をするのと同時に、腹をくくる。

 今のヤマトが意識するべきことは、如何に早くジークを無力化するかという一点のみ。鬼が只ならぬ雰囲気を漂わせているのと同程度には、ジークも脅威的であることに間違いはないのだ。余計な思考を挟んでしまえば、たちまちヤマトたちが遅れを取ることになる。

 そんなヤマトの覚悟は、隣にいたリーシャの方にも伝わったらしい。チラリと視線を送れば、頼もしい首肯が返ってくる。

「へぇ。やる気満々って感じか」

 ヤマトとリーシャの気迫に当てられてか、少し熱を持った語調でジークが呟く。

 それに鼻を鳴らして応え、ヤマトは腰元の刀を抜き払った。

「速攻で片をつける」

「ふふっ、いい気迫だね。――なら、僕も本気で応えないと」

 ヤマトの挑戦的な言葉に笑いながら、ジークはゆっくりと腕を空に掲げた。途端に、辺りの魔力が一斉にジークの元へかき集められていく。

「これは……?」

「大規模魔導術――いいえ違う! 兄さん、これって!?」

 何かを確信したようなリーシャの叫びに、ジークは小さく頷く。

「その通りだよ、リーシャ。所詮、僕の奥義ってやつだ」

「させないっ!!」

 瞬く間に術を構成させていくジーク目掛けて、リーシャは一気に魔導術を組み上げる。

 先程見たジークの手並みには至らなくとも、充分以上の速さで構成された魔導術が発動する。

「『霊矢』!」

「『障壁』」

 一息に放たれた魔力の矢が、計十本。

 容易に回避できないようにバラバラな軌道を描いて飛来した『霊矢』は、寸前でジークが発動させた『障壁』に激突する。数発の命中と共に『障壁』は砕け散るものの、結局矢の一本もジークの元へは到達しない。

「くっ……!」

「いい速さだった。ただ、今の場面は素直に飛び込むべきだったね」

 悔しげに歯噛みするリーシャに対して、ジークは妹の成長を喜ぶ兄のような表情で指摘する。

 その会話の陰に潜むようにして間合いを詰めたヤマトは、地に這わせるほどに低く構えた刀の刃を立て、一気に跳ね上げる。

「『蛇咬』!」

「おっと?」

 豪雨の幕に紛れるような鋭い刺突は、ジークの頬を浅く斬り裂くに留まり、紙一重のところで回避された。

「危なかったね。あと一瞬でも早かったら、避けるのも間に合わなかった」

 言外に、ヤマトとリーシャの連携が未熟であるという口撃をしている。

 それに何の反応も見せないまま、ヤマトはその場から一気に飛び退った。ジークとの間合いを保ち、その出方を慎重に伺う。

「……ごめんなさい、ヤマト」

「気にするな。それよりも――」

 ジークがわざわざ奥義と言ってみせた魔導術は、どうやら完成しきったらしい。その制御から手を離して、ジークはヤマトたちに向き直る。

「ここからが本番だ。気張れよ」

 言いながら、ヤマトはジークを睨めつける。

 彼の言う奥義とやらは、雷雨の中に紛れて確かに効果を現し始めているらしい。雨粒の中に、キラキラと輝く剣のようなものが、無数に精製されている。

「あれは?」

「……聖剣術。かつての聖騎士が扱った秘術で、今では兄さんだけが使える技よ」

「ほう」

 その技があるがゆえに、太陽教会の騎士団は大陸各地で頼りにされるようになったと聞く。

 すなわち、それだけの力を発揮する術ということだ。

(幸運と言うべきか、不運と言うべきか)

 現在の状況を鑑みてみるならば、ジークが聖剣術を発動させたことは、間違いなく不運であるのだろう。ただでさえ強敵であった者が、その真骨頂とでも言うべき奥義を発動させたのだから、それを否定する者はいまい。

 そのことを理解しながらも、ヤマトは己の心が、どこか沸き立ったように熱を持ち始めていることを自覚した。

 口端が釣り上がる。それを隠すように、手首で口元を強く拭った。

「効果は?」

「――そんなにヒソヒソ会話しなくても、ちゃんと教えるよ」

 リーシャへの問いに対して答えたのは、聖剣術とやらを発動させている最中のジークだった。

 どことなく超然とした雰囲気をまとったジークは、雨飛沫の中に煌めく剣の一振りを手に取る。

(実体があるのか?)

「聖剣術。その効果を簡単に言うならば、人の手によって疑似聖剣を生み出すことだ。本来であれば選ばれし勇者しか扱えない聖剣を、僕のような人間にも扱えるように作り出す技」

 目つきを鋭くさせたヤマトに向けて、ジークは朗々と語る。

「術が開発された経緯だとかは、詳しく知らないけどね。この術によって生み出される疑似聖剣は、幾つかの制約はあれども、確かに本物の聖剣同然の力を発揮してみせる」

「聖剣同然、か」

「比喩じゃないよ。魔力を浄化し、神聖なる光へと変換する。そっちの勇者が持つ聖剣と、全く同じ力だ」

 濡れた砂利の上に横たわるヒカル――正確には、ヒカルの手に握られた聖剣を見やって、ジークはそう言ってのけた。

 魔を祓い、光をもたらす剣。魔力を当たり前に駆使する魔族や魔獣の天敵とでも言うべき力であり、事実、これまでの戦いでは、その聖剣の力に助けられたことが何度もある。ヤマト自身は魔力適性が皆無なために自覚が薄いが、ノアに言わせれば、聖剣の魔力浄化能力は相当なものらしい。

 ノアやリーシャなど、魔導術を戦術の中に組み込むような戦士にとってみれば、その力は確かに脅威的なのだろう。――だが、ヤマトにとっては違う。

「それがどうした? 魔を祓う力を宿したところで、俺を祓える訳ではあるまい」

「ふふっ。それはまあ、その通りだね」

 元々魔力を一切使わないヤマトからすれば、そんな聖剣の力は、あってもなくても変わらないに等しいものだ。ただ疑似聖剣を生み出したからといって、ヤマトを容易く下せるようになるわけではない。

 そんな思いと共に不敵に言ってみせると、ジークは思いの外あっさりと頷いた。

「聖剣を作ったからって、ヤマトの動きが悪くなるわけじゃない。妹の方は違うだろうけどね」

「ふんっ」

「ただまあ、だからと言ってこの術が、ヤマトに無力なのかと言えば――そうでもないと、僕は考えているんだ」

 すっと目を細めたヤマトに対して、答えるようにジークは腕を振る。

 瞬間、雨の中に紛れて光を放っていた疑似聖剣――計数十本に至るほどの刃が、一斉にヤマトへ切っ先を向けた。

「これは……」

「この全部が、僕の支配下にある。自在に動かせるってことさ。つけ加えるなら、この場所の魔力を浄化する内に、聖剣の数も一気に増えていく」

 ジークの言葉を肯定するように、チラチラと空中で光が瞬いているのが見て分かる。今はまだ儚げな星程度の明るさなものの、直に他の疑似聖剣と同程度の光を放つようになるのだろう。

 今でこそ数十本の刃程度で収まっているが、ときが経つに連れて、その数は百を越え数百を越え、やがては千や万にも至ることだろう。――そうなれば、ヤマトたちに勝ち目はなくなる。

(早くにケリをつけるべきだな)

 時間をかければかけるだけ不利になるのだ。ならば、ヤマトとリーシャが取るべき選択肢は、ただ一つ。

 密かに視線を投げれば、リーシャは確かに頷いてくれた。

「ふぅ――」

 整息。

 ヤマトが仕掛けるつもりなことはジークにも伝わっているだろうが、そのことも気にならない。ここが、正念場だ。

 一歩前へ出て、腰を落とす。刀は低く構え、脚に力を込める。

「いざ」

 意識の深奥へ自分を沈み込めるように、深く深く集中していく。辺りに降り注ぐ豪雨の音や、渦巻く瘴気の禍々しさ。いつしか己の呼吸までをも忘却し切って、ただ眼前の敵のみを見据える。

(――入った)

 脳の奥で、何かが火花を上げながら嵌まる感覚を覚える。己の感覚が失せ、その対価に劇的なほどに世界が鮮明に輝く。

 無我の境地。黒竜との戦いの中で見出したものであり、端的に言えば、平時を越えた集中を実現させるというだけのもの。それでも、ヤマトにとっては奥義に等しい。

 逸りそうになる心を抑えながら、踏み込もうとした――その刹那。ドクッと、刀が禍々しく脈動した。

(これは……!? だが!)

 初めて味わったときには不気味だと思えたそれも、半ば予想していた今に至っては、大した障害にはならない。むしろ、ギラつくような刀の輝きに頼もしさすら覚える始末だ。陶酔にも似た心地の中で、相対するジークを睨めつける。

「何を――」

 対峙しているジークの表情が、少し歪んだ気がした。――それすらも、どうでもいい。

 更に深く腰を落とし、刀を握る手に力を込める。

「参るッ!!」

 身体の捻りを解放するのと同時に、踏み込む。

 地を舐めるほどの低い体勢から駆け、刀の刃を立てる。視界の中央にジークの姿を捉え、ただそれを斬ることだけに意識を割いた。

「シャァッ!!」

「速いけど……!!」

 まるで、自分の身体が制御から外れてしまったような。それでいて、指先の神経までをも鮮明に把握し切っているような不可思議な感覚だ。いつもよりずっと深く鋭い踏み込みに、自分のことながら戸惑いを覚える。

 そんなヤマトに対しては、ジークは悪態を吐きながらバックステップをする。同時に、支配していた疑似聖剣の数本をヤマトの元へ向かわせる。

「これで逃げ場はない!」

 ヤマトの四方八方を、疑似聖剣の眩い刃が取り囲んでいる。普通ならば、もはや詰みの状況だ。

 会心の笑みを浮かべたジークを目前に、ヤマトは「ふっ」と鼻で笑う。

「――つまらない剣だ」

 聖剣の煌めきに臆さず、更に奥深くへ踏み込む。

 その動きは想定外だったのか、ジークの顔が固まる。直後に、ヤマトの急所目掛けて聖剣が襲いかかってくる。その全てが、まともに直撃すれば即死に繋がる斬撃だ。――ゆえに、読みやすい。

「『斬鉄』」

 呟いたのは一言。そこから放たれた剣閃は無数に至る。

 ありありと想像できる聖剣の刃に対し、ヤマトはその全てに避けることもせず、ただ『斬鉄』によってのみ斬り伏せていく。寸分違わずヤマトの読み通りに飛来した疑似聖剣は、刀によって真っ二つに両断され、光の粒子となって虚空へ解けていく。

「なっ!?」

 まるで斬撃の嵐だ。

 雨粒すら斬り伏せる勢いで巻き起こる無数の斬撃を前に、ジークは一気に間合いを離す。咄嗟の判断なのか、幾つもの『障壁』をヤマトとの間に展開するおまけつき。

(無駄だ)

 それに対して鼻息一つで一蹴したヤマトは、疑似聖剣を斬り続けた勢いのまま、ジークに向けて刀を振り切った。

 ジークとの間合いは相当に離されている。加えて、その間の空間には『障壁』が張り巡らされているのだ。当たり前の帰結として、ヤマトの振るった刀は虚空を薙ぎ払い、

「『疾風』」

 鎌鼬――否、もはや不可視な斬撃と形容する方が正しいほどの刃が、ジーク目掛けて殺到した。

 立ちはだかる『障壁』の尽くを破壊しながら、殺戮の風が吹き抜ける。目を見開いたジークができたことは、まだ精製途中の疑似聖剣をも総動員して迎撃し、風の刃と相殺させていくことだけ。それでも取り逃した刃が、次々にジークの身体を斬り裂いていった。

「ぐっ!?」

「どこを見ている!」

 鎌鼬が舞い踊る中、ヤマトは更に踏み込み、守りを固めるジークの元へ肉薄する。

 その至近距離にまで入られるとは想定していなかったのだろう。目を見開くジークの胸元目掛けて、ヤマトは突貫する勢いのままに肩から当身を喰らわせた。

「がぁっ!」

 後追いをする刃が辺りを蹂躪する中、ジークはゴロゴロと地面を転がされていく。

 その姿を見やっていたヤマトは、不意に自分のこめかみを押さえた。

(くそっ、途切れたか)

 勝負は決した。そう気を緩めたのが原因だろうか。

 頭がズキズキと激しい痛みを訴え、“入って”いた意識が一瞬で浮上するのを自覚した。同時に、全身に脱力感を覚える。脂汗がこめかみを伝い、雨に濡れた身体が一気に冷え込んだように感じられる。

「奴はどうなった」

 半ば祈るような心地で、ジークが転がっていった先を見やる。

 雨に濡れた砂利にうつ伏せになった青年の姿。息絶えたかと思えるような沈黙の果て――ピクッと、指先が微かに痙攣したのが見て分かる。

「仕留め損なったか」

 それは、痛恨の極みとも言えるだろう。

 ジクジクと痛む頭を押さえたときには、意識を取り戻したらしいジークが上体を起こしていた。

「――ゲホッ、ゲホッ!! あぁ、まったく……ずいぶんと荒っぽい」

 咳き込み、痛みに身体を震わせながらも、ジークの眼光は衰えていない。それどころか、先程にも増してギラギラと輝いているように見える。

「ほう」

 思わず、感心するような息を漏らす。

 貴公子然としたジークには合っていないほどに鋭い眼光だが、それは不思議と、今のジークにはひどく似通っているように見えた。外面を取り繕うことも忘れ、生の感情を剥き出しにしている今の姿こそが、ジーク本来の姿なのだと、ヤマトには強く確信することができたのだ。

 そんなヤマトの視線を受けながら身体を起こしたジークは、軽く手を開閉する。

「手酷くやってくれたね。おかげで、力もほとんど残ってない」

「そのまま寝てればよかったのだがな」

「そういう訳にもいかない。こっちにも事情があるからね」

 その言葉通り、ジークの身体から燃えるような闘志が吹き上がる。

 残り僅かな体力とは裏腹に、その精神の方はますます高揚しているようだ。その事実に、ヤマトの口端が釣り上がる。

「――面白い」

 ぶらりと下げていた刀を、再び正眼に構える。

 問題なく振っていたはずの刃が、妙なほどに重く感じられる。それほどに、ヤマト自身も消耗していたらしい――が、大した問題ではない。

「受けて立つとしよう」

「ここからが本番だ。僕にも、意地ってやつはある」

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