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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
極東カグラ編
141/462

第141話

 かつて、極東全土を荒らし回ったとされる百鬼夜行。当時のアサギ一門の手によって封じられた元凶は、霊峰シュテンの中腹に設けられた本殿に安置されているという。

 そこまでの道中、つまり社の参道は、ヤマトたちの想像を遥かに越える威容で山を貫いていた。

「壮観だな」

「これが本殿まで続いているのだったか。相当な数だ」

 麓からも見えていた景色だが、改めて実物を目の前にすると、心に受ける衝撃は別物だった。

 本殿に至るまでの参道は、その全てが真紅の鳥居によって隙間なく囲われている。四方八方のどちらを向いても外の景色を望むことはできず、鳥居の赤い光がヤマトたちの目に映るばかりだ。真紅の洞窟、という言葉こそが、この参道には相応しいのかもしれない。そんな場所が、ヤマトたちが今立っている場所のみならず、麓から本殿まで延々と続いているのだ。

 鳥居とは、現世と神界を隔てる門であるという話を聞いた覚えがある。よくある伝承ではあるが、確かにその参道は、ここが現世であることを忘れてしまうほどの神秘性に富んでいた。この先に神界が広がっていると言われても、今のヤマトたちならば完全に否定することはできないだろう。

 そんな景色を目前に、ノアたちも呆気に取られた面持ちで辺りを見渡している。太陽教会所属であるリーシャも同様だから、やはりこうした場所は、大陸にもそうあるものではないのだろう。

 そうした面々とは反対に、ある程度平静でいたのは、先程ヤマトの言葉に返事をしたヒカルだった。

「似た景色を、元いた世界で見たことがあるからな。そのときは、私もあんな具合だったと思うぞ」

 ヤマトの視線を察したのか、ヒカルはそんなことを口にする。

「だが、あそこはここまでの空気は感じなかった。やはり、本場は違うということかもしれんな」

「どういうことだ?」

「あちらの世界では、こうした道も観光地の一つになっていたんだ。気軽に人が入るような場所だから、大した雰囲気も感じられなかった」

「海竜信仰の神殿のようなものか」

 かつて見た景色――大陸南端に位置する海洋諸国アルスに根差した、海竜信仰の神殿を思い出しながら、ヤマトは小さく頷く。

 その神殿にも、未だ宗教的な役割を果たす場所がほとんどだった一方で、その外観だけでも一目見ようと観光客が押し寄せていた。中へ入ることまでは許されなかったものの、公式に観光名所としても取り上げられていたほどだ。

 そんなヤマトの言葉に、ヒカルは少し首を傾げる。

「だが、あそこはまだ神殿として機能していただろう? 私の見たところは、その役割も、半ば失われていた」

「失われていた?」

「うん。ただの名所として、人々に受け取られていたと言うべきか」

 それは、ヤマトからすれば今一つ想像の難しいものだった。

 神殿として建立された地が、ただの観光地として扱われる。つまり、その宗教は完全に廃れたものと見ていいだろう。神殿が神殿としての体裁を保てなくなり、ただ立派な建造物だけが取り残される。

 もしも、海竜信仰が完全に人々の記憶から失われたならば。あの神秘的な洞窟も、大陸各地から押し寄せた人の波に埋まってしまうのだろうか。

(そうなれば、あの場所も幾らか失われるかもしれんな)

 人が無闇に立ち入らないからこそ生まれる、神聖な空気というものがある。

 外見こそ何も変わっていなくとも、人が当たり前に行き来する場所になったのならば、“何か”が失われることは、確かにありえるように思えた。

「だから、驚いていないということはないのだ。かつて見た景色に似てはいても、空気はずいぶんと違っているからな」

「ふむ。そういうものか」

 この場所が現世から隔離されているような、ふわふわと地に足がつかないような感覚。それは、確かに荘厳な空気の失われた社からは感じられないものなのかもしれない。

 そんなことを胸に、改めて鳥居の洞窟を一望する。

(これも、ふとしたことで失われるかもしれんのか)

 正直、想像のし難いことではあるが。

 そう考えたならば、今こうして実際に目の前にしている内に、心ゆくまで味わおうという気持ちにもなる。

 ヤマトとヒカルの会話が一段落したことを見計らったのか、先導していた巫女――日頃から社に住み込んで管理をしている、アサギ一門下の者らしい――が、ヒカルに向けて口を開く。

「勇者様は、こちらの本殿で安置されているものの歴史について、詳しくご存知ですか?」

「うん? いや、触りだけだな」

「よろしければ、私の方から説明いたしますが、如何でしょう?」

「そうだな……」

 そう提案する巫女の目には、純然たる好奇心が浮かんでいるように見える。

 この地を管理する任に就いた以上、余程のことが起きない限りは、社から出ることは許されない。その任の名誉は計り知れない一方で、外界から完全に隔離された環境の中、元いた場所を恋しく思う者も少なくないという。彼女もまた、社を守護するという名誉ある任を受けながらも、外界のことを気にする一人なのかもしれない。

 些か唐突にも思える巫女の言葉だが、何とか外の人間と話したいという心の表れだと思えば、微笑ましくもなる。

「聞かせてもらったらどうだ? この地にいるからこそ、見えているものもあるかもしれん」

「うん? そうか、そういうものかもしれんな」

 戸惑い気味だったヒカルだが、ヤマトの言葉を聞いて、確かにと頷く。

 冷静に取り澄ました巫女の表情に、僅かに喜色が浮かぶのが見て分かる。

「それでは、お話しいたしましょう」

 「こほん」と軽く咳払いをしてから、巫女は口を開いた。

「八十年前に突如として発生し、国の各地を襲ったと伝えられる百鬼夜行。その元凶を、当時のアサギのご当主様が封じられました」

「うん。それは聞いたな」

 ヒカルは相槌を打つ。

「元凶と呼ばれるものは、いったい何だったのか。その歴史は、遥か古代――神代の昔にまで遡ります」

「神代の昔?」

「大陸で言う、古代文明のようなものだ」

 もはや断片的な伝承が僅かに残るばかりの、かつて栄華を誇ったとされる古代文明。それと似たような時代が、この極東でも人々に受け入れられているということだ。

 納得したように頷くヒカルに、巫女は言葉を続ける。

「この地を創りし神のお一方が、遥か西方より持ち帰ったというのが、その始まりです。この国のみならず、遥か遠海の先までを荒らし回った邪神の一片という話でした」

「邪神か」

 かつてクロが語った伝説と照らし合わせるならば、それは初代魔王のことだろう。ならば、魔王の一片を持ち帰ったという神は、初代勇者と共に魔王征伐に赴いた戦士のことだろうか。

「幾千のときを経ても、絶対にここへ現れないように。そんな思いと共に、邪神はこのシュテンに封じられました」

「ふむ?」

「はい。当時、ここに社はありませんでしたから、山の火口に封じ込めたという話です」

 それは、ヤマトにとっても初めて聞く話だった。

 今でこそシュテンはただの気高く穏やかな山となっているが、かつては頻繁に火を噴く獰猛な山だったと伝えられている。要は、噴火の絶えない火山だったのだ。とても人が近づけるような地ではないように思えるが。

 そんなヤマトの思案顔をどう受け取ったのか、巫女は言葉を補う。

「シュテンにいらっしゃった火の神に、邪神の監視を命じたそうです」

「火の神か」

 詳細は分からないが、確かに、火を噴く山は獰猛であると同時に、人の手が及ばない神聖なものにも見えるかもしれない。扱いに困った果てに、神にも縋る思いでシュテンに投じ入れたのだろうか。自棄になって火口へ投げ入れただけということも、少なからず考えられるが。

 とは言え、何年前かも分からないほどの古代に思いを馳せていても、仕方がない話ではある。そういうものだと思って、ただ受け入れておくのがいいだろう。

 ヤマトの反応を待っていた巫女に、軽く頭を下げる。

「済まないな、続きを頼む」

「はい。火の神の封印はその後数千数百年に渡って続きました。その代償に、このシュテンはかつてのような力を失ったとも伝えられています」

「火を噴かなくなったということか」

 詳しい経緯は分からないが、魔王の右腕を投げ入れたことは、少なからず影響していそうだ。

 そんな思いはヒカルも同様に抱いたらしく、「ふむ」と小さく頷いていた。

「その封印が揺らいだのが二百年ほど前。落ち着きを取り戻していたシュテンが突如として火を噴き、辺りを焼き払ったときです」

「ほう」

 その時期にもなれば、流石に現存した歴史書も多い。

 確かに、永らく平穏を保ってきた霊峰シュテンは、二百年前に突如として噴火を始めたらしい。その規模はかなり大きく、今はカグラが作られている土地も、一面の焼け野原になったという。

 極東ではあまりに知られている話だから、ヒカルも小耳に挟んだことはあるのだろう。大した反応は見せず、小さく頷くに留まる。

「その際に、かつて神が封じられた邪神が外へ解き放たれてしまったのだとか。各地に鬼が現れるようになり、国は混乱に陥りました」

 それを聞いた瞬間に、ヤマトは眉間にシワを寄せる。

 極東出身のヤマトだったが、そんな話は聞いたことがない。確かに、鬼が現れ始めたのはその頃ではあるのだが。

「鬼が現れながらも、当時の人々はそれに対処することができていました。百年前にはアサギの方々によって国が統一され、このまま平穏が続くと確信されたようです」

「それは、そうだろうな」

 ヒカルは頷く。

 鬼が現れながらも、アサギ一門の手によって全土を統一された極東は、その脅威に然程怯えずに済んでいたということだ。

 ここまででも既に、巫女と話し始めただけの成果は得られている。とは言え、本題とも言うべき部分は、ここから始まる。

「アサギの方々による支配が始まってから二十年。初代様が亡くなられた次の年に、その異変は始まりました」

「百鬼夜行か」

 巫女は頷く。

「当時も絶大な力を持っていた一門の者や遠方の武者により、各地で鬼征伐が繰り返されました。けれど、その数は減らず、むしろ増すばかり。国は次第に困窮し、滅亡の危機に瀕したそうです」

「だが、封印したのだろう?」

 巫女の語り方では、当時に万事休すの絶体絶命な事態にまで陥ったように聞こえる。

 そんな疑念と共に放たれたヒカルの言葉に、巫女は痛ましいように、眉尻を下げる。

「最後の手段。そうするより他に、この国を救う手立てがないという判断の上でのことです」

「それは……」

「当時、絶大な霊力を持っていたとされる、二代目様の一人娘であったカズハ様。そのお方が百鬼の首領へ身を差し出し、命を賭して鬼の力を削ぐことで、ようやく封印できました」

「……生贄か」

 あまり、聞いていて気分のいい話ではない。だが、当時の者たちからすれば、それ以外にできることもなかったのだろう。

 兜で素顔が隠されているが、ヒカルも表情を暗くさせていることが分かる。

「鬼が姿を消した後、その場に取り残されていたものが、異形の右腕ただ一つ。神代の昔に、神が西方より持ち帰ったものと姿形が一致していたため、それと同一のものと考えられています」

「まぁ、それしか考えられないか」

 後は、ヤマトもヒカルも知っている通りだろう。

 シュテン山にこの社を作り、厳重に“それ”――魔王の右腕を封印した。もう二度と、かつてのような惨劇を繰り返さないように。

 そんな歴史を知ってからこの参道を見やると、少し感じるところも変わってくるようだ。ただ神秘的で厳かな場所だったはずが、当時のアサギ一門の者たちの無念が寄り集まった場所に見えてくる。

「む?」

 ふと、視界の先に白い光が映る。

 小首を傾げたヤマトに、案内していた巫女がホッと息を漏らした。

「皆様、お疲れ様でした。ここより先が、この社の本殿になります」

 つまりは、あそこが参道の終着点。

 あの先に魔王の右腕が――百鬼夜行の元凶が眠っている。

(気を引き締めんとな)

 元より軽く捉えていたわけではないが、改めて思い直す。巫女の話を聞いた直後だと、より一層の緊張感を保てている。

 そっと息を吐きながら、ヤマトは腰元の刀に手を這わせた。

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