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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
極東カグラ編
135/462

第135話

 ホタルの厚意によって屋敷へ招かれたヤマトたち一行は、屋敷の一角にある客室へと通されていた。

「どうぞ、こちらに」

「おう」

 甲斐甲斐しく案内をしていたハナだったが、ヤマトの返答を耳にした途端、その眼光を物騒なほどに鋭くさせた。その視線だけで、常人ならば息の根を止められそうなほどの恐ろしさだ。

 それに苦笑いを漏らしながら、ヤマトは襖――極東に伝わる、紙の扉だ――に手をかけた。

「これは……」

「へぇ! ずいぶんいい香りがするものだね」

 襖を開いた先には、一面に畳が敷き詰められた部屋が広がっていた。大陸では滅多に見られない光景に、ノアたちは思い思いの声を上げる。かく言うヤマトも、久々に鼻孔へ滑り込んできた畳の香りに、少なからず暖かなものを感じる。

 極東では一般的――とまではいかずとも、ヤマトの家では当たり前に畳が敷かれていた。そこそこの高級品ではあるが、手が出せないほどのものでもないという具合の敷物。少々格の高い家であれば、畳を敷いているのが普通だろうというのが、極東で暮らしていた頃のヤマトの常識だったのだ。大陸へ出た当初、どこを探しても畳が見当たらないことに驚愕し、そして少なくない落胆を覚えた記憶が蘇る。

 フラフラと足を踏み入れれば、足裏から畳の感触が返ってくる。硬くはあるが、どこか柔らかい不思議な感覚。

 感慨深そうに畳を踏みしめるヤマトを尻目に、ヒカルとハナは事務的な会話を続けていた。

「ホタル様の準備が整い次第、改めて皆様をお呼びします。それまでの間は、どうぞここでごゆっくりとお休みください」

「うん。案内感謝する」

 格式張ったハナの言葉に、ヒカルも鷹揚に頷く。どちらも、外向けの仮面をかぶったままにしておこうと決めたらしい。

 どちらともそれなり以上に親しいヤマトからすれば、些かならず奇妙な光景ではある。だが、彼らからすれば、それも必要なものなのかもしれない。

 互いに自分の感情を出さないような声音のまま、会話は進んでいく。

「何かご用があれば、私にお声がけください。可能な限り、用意してみせます」

「分かった。何かあれば呼ぶとしよう」

「それでは、私はこれにて失礼――」

「はいはいはい! ちょっといいかな!」

 カクカクと肩肘張った会話が終わりそうなところで、ノアが威勢よく声を上げた。

 些か礼を失した行いではあるが、ハナはそれに顔をしかめたりはしない。貞淑な皮をかぶった表情を作って、ノアに向き直る。

「いかがされましたか?」

「君ってさ、ヤマトの妹なんだよね?」

「……さて。何を仰っているのか、分かりかねますが」

「大きな声で『兄上ぇぇえええ!?』って叫んでたじゃない」

 ノアの指摘に、ハナは頬を一気に紅潮させる。

 先程までの格式張った雰囲気はどこへやら。今にもグルルと唸りだしそうな雰囲気と目つきになって、ノアを睨めつける。

「わ、忘れてください!!」

「いやぁ、あんなに大きな声を出していたし? そんなすぐに忘れられるものでもないでしょ」

「く……っ! 一生の不覚……!!」

 何気に酷いことを口走る妹である。

 ジットリとした視線をヤマトが向けてやると、ハナの方もそれに気がついたらしい。元々悪かった目つきをギラッと輝かせて、鋭く睨めつけてくる。

「何が言いたいのです」

「相変わらず抜けた奴だとな」

「ぐぐぐ……!」

 ヤマトの言葉に、ハナは悔しげに歯ぎしりをする。自覚していただけに、反論の言葉は出てこないのだろう。その代わりとでも言うかのように、恐ろしい威圧が叩きつけられる。

 武者としては好ましいほどの気迫ではあるのだが、あまり女性がやっていい表情ではない。思わず、ヤマトは妹の行く先が心配になる。

「今度は妙に生暖かい目をして、いったい何ですか!?」

「なに。大したことではない」

「そう言って誤魔化すつもりですか? どうせ大したことでもないでしょうけど、そう勿体ぶって――」

 ガミガミと噛みつくように言葉を放つハナを抑えていたヤマトは、横からヒカルたちの視線が突き刺さっていることに気がつく。特にノアの視線からは、興味津々な感情の他に、隙あらば口撃のネタを探してやろうという意地の悪さが見えていた。

 思わず、口を閉ざす。

「兄上? 急に口を閉ざしてどうしました」

「あまり余計なことは口にしない方がいいぞ」

 はて、と首を傾げたハナだったが、ノアが向けてくる視線に気がつくと、「うっ」と呻き声を漏らしながらたじろぐ。ノアとほとんど接点を持っていない彼女からしても、自然と威圧されてしまうだけの不気味さが感じられたのだろう。

 ヤマトとハナの視線に、ノアが心外そうな表情を向けてくる。

「二人ともどうしたのさ。久々に会えたんだろうし、もっと色々話したら?」

「い、いえっ! お客人の方々を前に、そのような無礼なことはできません!」

 そう言って逃げるつもりらしい。

 ヤマトが鋭い視線を浴びせてやると、ハナはすっと視線を虚空へ逸らす。

「そう? まぁ、確かに仕事なら仕方ないのかな?」

「はっ!」

 事務的な返事をしながらも、安堵感を隠し切れていないハナは、「失礼しました」と礼をして客室から出ていこうとする。

 そんな彼女の背中を見送りながら、ノアが口を開いた。

「いやぁヤマト。あの子、妹なんだよね?」

「む。……そうだな」

「ずいぶんと可愛らしい感じだったね。それに、ヤマトに凄く似ていた」

「「はぁ?」」

 思わず足を止めたハナと同時に、ヤマトは目を剥いてノアを見やる。

「寝ぼけているのか?」

「いやいや本当のことだって。目元の辺りとか、凄くよく似てる」

「「ありえない」」

 即答した否定の言葉が、ハナの声と重なる。咄嗟に視線をハナの元へ投げ飛ばし、睨めつける。

(こいつの目元が、俺に似てる?)

 実兄たるヤマトが言うのもなんだが、ハナは一般には美人の部類に入る女性だろう。目鼻立ちが整っているのは無論、日頃鍛えた身体から溢れる凛とした空気もまた、そのことに拍車をかけている。――だが、目元だけが壊滅的だ。相対した人間を射殺せそうな視線を浴びせる目だけは、どう取り繕うこともできない。いっそのこと目隠しでもした方が、嫁ぎ先が探せるのではないだろうか。

 そんなハナが、自分と似ている――それも、特に目元が似ているとノアは言ったのだ。到底、許せるような言葉ではない。

 ハナの方もヤマトと同様に憤りを覚えたらしく、客人に対する礼を忘れて、口を開いた。

「ありえません! こんな、殺人鬼のような目つきをした兄と、同じような目をしているだなんて――」

「おい」

「何か言いたいことでも?」

 「俺の目つきは悪くない」。

 そう言おうとしたところで、ノアの笑い声がヤマトの言葉を遮った。

「やっぱり、凄く似てるよ。自覚がないところとか、その割に相手をよく見てるところとか。流石は兄弟だね」

 甚だしく不本意な言葉ではあったが、ノアの後ろにいたヒカルたちが、一様に首肯する。分が悪いか。

 むっつりと口を閉ざしたヤマトを尻目に、笑い声を抑えたノアは、同じく不機嫌そうな面持ちになっているハナに声をかける。

「ねぇハナさん。僕たちはまだしばらくここで待たなくちゃいけないみたいだから、話相手になってよ。――昔話とか」

「む、昔話?」

(こいつッ!?)

 ノアがその言葉を発するのと同時に、ヒカルたちの雰囲気が微妙に変じたのを肌で感じる。ハナはノアの言葉をよく分かっていない様子だったが、ヤマトは直感的にノアの意図を理解した。

 ノアは、ヤマトをひたすらに弄りたいのだ。そのための材料として、昔話――ヤマトが子供だった頃の話を要求している。

 静かに焦りを募らせるヤマトを尻目に、ノアは言葉を続けた。

「そうそう。ハナさんの家族の話とか、特に気になるかなって」

「家族ですか」

「お兄さんの話とかどう? 僕は男兄弟いないから、ちょっと聞いてみたいかも」

 ノアがそう言うのに続いて、ヒカルたち三人が同時に首を縦に振る。皆、その目に爛々とした光を宿していた。

 ――非常によろしくない流れだ。

 額に脂汗を滲ませながら、ヤマトは咳払いをする。

「ん、んんっ! 皆、あまり人が話したがらないことは――」

「ちょっと黙ってて」

 ノアがヤマトの言葉を遮る。予想以上にキツい口調の上、ヤマト一人に向けてピンポイントな殺気が叩きつけてきた。思わず背筋がゾッとするほどの、冷たく鋭い気迫だ。

 思わず、たじろぐ。

「……おう」

「ささ、邪魔も入らなくなったし、遠慮なく話してよ。できれば、面白い話の方がいいかな?」

 ニヤニヤと愉悦の形に唇を歪めながら、ノアはハナへ迫る。

 対するハナの方も、ノアがヤマトを揶揄するつもり満々なことに気がついたのだろう。先程までの気が乗らないような態度はどこかへ消え、すっかり悪い表情になっている。その目つきの悪さも相まって、まるで国を滅ぼす計画を立てているような怪しさすら感じられる。

「分かりました。そこまで言われては、断るわけにはいきませんね」

「やった! 期待してるよ」

「口下手なので、あまり期待されても困るのですが……。そうですね、私が物心ついた頃から、兄についての話をしましょうか」

 ゆっくりとハナは口を開く。

 ノアたちは全員でハナを取り囲み、ヤマトが万が一にも話を遮れないようにしている。完全に、詰みだった。

「私が五つで、兄が七つになった頃の話です。ある日、兄がいつも通りに刀の鍛錬をしに出ていったのですが――」

 嬉々とした語り口。

 それは、ヤマトにとっての苦行の始まりであった。

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