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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
極東カグラ編
133/462

第133話

「ヤマト……流石にそれは……」

 秋の涼やかな青空の下。

 神楽屋での買い物を終えたノアは、表通りで待っていたヤマトの姿を視界に捉えるなり、空を仰ぎながらそんなことをのたまった。

「おい」

 思わず、頬が引きつる。

 そんなヤマトの様子を知ってか知らずか、ノアはそのまま言葉を続ける。

「ちゃんと僕言ったよね? 騒ぎを起こさないようにって。なのにさぁ」

「お前は何を言っている」

「何って、見たままのことをだよ。ヤマト、流石に子供の誘拐は駄目だって」

 その言葉に、ヤマトは思い切り溜め息を吐きそうになる――が、左手を微かに引く力を感じて、すんでのところで溜め息を飲み込む。代わりに、諦めたように目を虚ろにさせて、青空を仰ぎ見る。

 それを見て、これ以上からかうのはよくないと感じたのか。ノアは声の調子を一変させて、腰を屈ませながら口を開く。

「それで? この子はどうしたの?」

「襲われていたから、助けた」

「ほうほう」

 言いながら、ノアはそっと少女の顔を覗き込む。

「―――っ!」

「あらら」

 面白がるようなノアの視線を怯えてか、その少女はそそくさとヤマトの背後に姿を隠す。しかし、ノアから邪気が感じられなかったためだろうか。恐る恐ると顔を覗かせると、ノアとじっと目を見合わせ始める。手だけは、しっかりとヤマトの腕を握っていた。

「珍しく、ずいぶんと懐かれてるみたいだね」

「茶化すな」

 言い返しながら、ヤマトはすぐ後ろに隠れた少女を見下ろした。

 極東の人間特有の、黒目黒髪。背丈はヤマトの胸元程度までで、華奢な身体つきをしている。ヤマトの左手を握るほっそりとした白い指からも、大した力強さは感じられない。背中にある刀だけがやたらと浮いているが、それさえ無視すれば、彼女は立派な良家の子女だった。

 ノアの言葉を認めるようで癪ではあるが、確かに、ヤマトに懐く子供は珍しい。あまり自覚はしていないが、ヤマトの顔はそこそこの強面に入る部類らしいのだ。それでいて無愛想なのだから、子供から好かれる要素がないとも取れる。

 そう自分で分析してから、ヤマトは思わず首を傾げる。なぜ、この少女はヤマトに懐いてくれているのだろう。揉め事から助けたからか。

「迷子なの?」

「らしいぞ」

「名前は聞いた?」

「いや」

「何それ」

 事の次第は単純だ。

 怪しげな浪人たちに路地裏へ連れ込まれた少女を、ヤマトは助け出した。そのまま別れようとしたものの、どうやら少女は迷子らしいことを知ってしまった。見知ってしまった以上、そのまま放っておくわけにもいかず、ここへ連れてきたのだ。

 本来ならばさっさと警備兵に引き渡してしまうのが、迷子対処の鉄則ではあるのだが。路地裏での襲撃を見た限り、それは少々引っかかるものがあった。

 そんな葛藤を察したようで、ノアは小さく首肯すると、ヤマトの顔を見上げる。

「手がかりとかは?」

「一応ある。元の居場所も、だいたいは目星をつけた」

「それはよかった」

 そう言ったノアの声音に、割と本気の色が伺えることに気がつく。彼なりに、ヤマトを茶化す一方で、少女がちゃんと無事に帰れるかを心配していたらしい。

 そのことを少しだけ嬉しく思いながら、ヤマトは自分の頬をかく。

「それで、ヒカルたちの方は? 買い物は済んだのか?」

「目ぼしいものは見たはずだし、そろそろ出てくるはずだよ」

「なら、待つとしようか」

 言いながら、ヤマトは神楽屋の壁に背中を預けると、人気の増してきた市場に視線をやる。

 この場でしばし時間を潰すということは、少女の方にも伝わったのだろう。控えめな上目遣いでヤマトの表情を見上げると、ヤマトと同じように壁に背中に預けて、ふらふらと視線を市場の中に巡らせ始める。

「退屈じゃないか?」

「……大丈夫」

 か細い声で少女は答える。

 気を使っているのかと心配になるが、少女が市場を眺める目つきを見る限りでは、本心からの言葉なのだろう。少女は、表情にはあまり出さないものの、目を丸くさせて、視線をせわしなく行き来させている。

 ホッと安堵の息を零したところで、横から突き刺さる視線に気がつく。思わず、そちらの方へジト目を向ける。

「何が言いたい」

「いや? 特に何でも?」

 そう答えながらも、ノアの表情はニヤニヤとした薄ら笑いを隠せていない。――否、隠そうともしていない。

 咄嗟に言い返そうとして、無垢な瞳でヤマトの顔を見上げてくる少女に気がつく。ぷすぷすと音を立てて、心の中にあった不穏なものが萎んでいくのを自覚する。

「……何でもない」

「………?」

 頭に手をやってなだめてやれば、少女はやがて視線を元に戻した。相変わらず、熱心に通りを眺めている。そんなに楽しいものだろうか。

 少女に釣られて、ヤマトも人通りに視線をやる。路地裏での騒動前に見たときと同様に、人々は楽しげに店先の商品を見分している。

 ヤマトたちと同じように視線を彷徨わせていたノアが、口を開く。

「平和な光景だね」

「あぁ」

「もっと閑散としているかと思ったんだけど」

 言われて、ヤマトはつい先程に考えたことを思い出す。

 今の極東は戦乱の只中にあり、首都カグラであっても、その戦火の煽りは免れない――はずだ。だというのに、目の前に広がる楽しげな光景は、いったい何なのだろうか。

「ちょっと異様ではあるよね」

「そうだな」

「街の統治者が優秀だから、不安を感じないでいられるってことかな?」

「それは……」

 どうだろうか。

 ノアの言葉に、ヤマトは首を傾げる。

 そのまま反論の言葉をヤマトが口にするよりも早く、予想外のところから言葉が挟まれた。

「――そんなことない」

「え?」

 ノアと二人揃って、思わず視線を下に落とす。

 そこには、先程まで市場を眺めていた楽しげな様子とは打って変わって、ひどく冷ややかな目つきをした少女がいた。感情表現が乏しいものの純情な少女だとばかり思っていたが、意想外な一面も秘めていたらしい。

 只ならぬ空気を悟ってか、ノアは心なしか真剣な面持ちになる。

「そんなことないってのは、どういうこと?」

「みんな、わすれているだけ。たたかいがおかしいって、もうおもわなくなった」

「ふむ」

 外見に見合わない大人びた言葉に、ヤマトは思わず考え込む。

 ここにいる者たちは皆、戦乱の只中であることに慣れ切ってしまった。――つまり、今が不安定な情勢であると、感じることができなくなってしまったということだ。戦火が日常の一部へと入り込む。いずれは、戦乱から抜け出そうという思想までもが、積もりゆく日常の中に埋没してしまうかもしれない。

 それは、ひどく恐ろしいことに見えた。

「おかしさにきづけるひとも、もうほとんどいなくなった」

「うーん、それは重度だねぇ」

 他人事ながらに、ノアも事態の深刻さは受け止めているらしい。

 今度は表情を歪めながら、市場を行き交う人々を眺め始める。少女が指摘した事実を飲み込んだ上で見てみれば、その光景は、些かならず歪なものに思えてくる。

「どうすればいいとおもう?」

「む?」

 少女の言葉に、ヤマトは視線をすっと落とす。

「どうすれば、たたかいはなくなるとおもう?」

「難しい問いだな」

 ノアをちらりと見やれば、小さく肩をすくめる姿が目に入る。

 これが本当にただの子供だったならば、適当にはぐらかしてしまうところだが。この少女は、年齢に見合わないほどの聡明さを宿しているらしい。今こうしてヤマトの答えを待つ間にも、その双眸からは理性的な光が垣間見えていた。

 ちゃんと答えなければなるまい。とは言え、やはり難題だ。

「ふむ」

「……ごめんなさい。へんなことをきいた」

 考え込むヤマトの沈黙をどう受け取ったのか、少女は表情に影を落とすと、僅かにうつむく。

 ゴスッと、隣にいたノアの肘がヤマトの脇腹に突き刺さる。思わず、苦悶の声が口をついて出た。

「―――っ!? ……そうだな。正直、俺にも答えは分からん」

「……そう」

 ゴスゴスゴスッと、肘が何度も叩き込まれる。流石に、そろそろ痛くなってきた。

 思わず目に涙を滲ませながらも、ヤマトは口を動かし続ける。

「だが、きっと不可能ではないだろう」

「え?」

 声を上げながら、少女は顔を上げる。

 ノアからの肘撃がひとまず止んだことに安堵しながら、言葉を続ける。

「君はその異変に気がつけた。俺たちも、それを異変と捉えられた。きっと、他にも俺たちと同じような者はいるはずだ」

「………」

「そんな者たち全員で協力できたならば、不可能などあるまい。民も、今は戦いを当たり前に捉えていても、心の底から争いを好む者など、そうはいない。きっと、皆受け入れてくれるはずだ」

 そこまで言ってから、ヤマトは言葉に詰まる。

 必死に頭を動かしながら顎をかいた辺りで、少女がふっと笑みを零したことに気がついた。

「みんな、きょうりょくしてくれる?」

「あぁ、無論だ」

「……あなたも?」

 問われて、ヤマトは苦笑いを浮かべる。

「そうだな。今はまだ、やるべきことがある。だが、それが終わったときには、きっと力になってやる」

「やくそく?」

「おう。約束だ」

 「安請け合いしちゃって」とノアは苦笑気味であったが、否定的な態度ではない。どちらかと言えば、ヤマトと少女のやり取りを暖かく見守るような態度。

 若干の気恥ずかしさを覚えながら、ヤマトは少女の頭に手を乗せる。

「わかった。やくそく。まってるからね?」

「あぁ。期待していろ」

 不器用な手振りで頭を撫でてやれば、少し驚いた表情を覗かせながらも、少女は仄かな笑みを零したのだった。

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