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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
極東カグラ編
131/462

第131話

 その街のことを詳しく知りたいときに、真っ先に訪れるべき場所はどこだろう。

 街を統治する役所だろうか。はたまた、街中の人々が集まる憩いの酒場だろうか。情報屋がいるならば、それに尋ねるのもいいかもしれない。

 だが、長いこと大陸を渡って数多の街を見てきたヤマトからすれば、それらの答えは十全とは言い難い。ある程度の情報は確かに集められるだろうが、それらが正しいという保証もなければ、充分に集められるかも分からない。結局、正しい情報を得たいのであれば、自分の目で見て確かめるのが、もっとも理に適っている。

 では、ヤマトならば、街のどこへ最初に訪れるのか。

「へぇ、結構品揃えはいいんだね」

 感心したような口振りで、目の前に並ぶ商品を見やりながらノアは呟いた。

 ヤマトたちが今いるのは、首都カグラの中でもっとも巨大な市場だ。カグラを訪れた商人ならば、まず間違いなく立ち入る場所。カグラで手に入るものならば、そのほとんどが市場に並んでいる。ゆえに、遠方の地から訪れた商人ばかりでなく、都の住人たちや、都近郊から足を伸ばしてきた人々など、多種多様な人間が市場に入り乱れる。

 沈鬱な空気が淀んでいるように見えたカグラではあったが、この市場においてのみは、他の街と変わらない活気に満ちているようだった。

 市場の様子を観察するのも程々に留めて、ヤマトはノアの疑問に答える。

「カグラのすぐ近くに、大きな川が流れているところは見たな?」

「あぁ、来るときにあったよね。結構な数の船が流れてたけど」

「うむ。あれのほとんどが、ここに集う商人たちのものと見ていいだろう。古来より、この街は水運の恩恵で発展してきた都だからな」

 一般に、商人が自分の商品を輸送する際には、二つの道のどちらかを選ぶ必要がある。すなわち、陸路と水路だ。両方に長所と短所が存在しているものの、ある程度の資産を有した商人であれば、そのほとんどは水路を選択する。船を有している必要はあるものの、圧倒的に素早い輸送が可能となることが、その理由の大半だ。自然、ある程度の資産を得た商人たちは、自分たちに都合のいい街――水路の利便性を遺憾なく発揮できる街へ集まることになる。

 このカグラという都には、流れが穏やかであり、また大型船を幾つも並べられるほどに幅広い川がすぐ傍を流れている。つまり、商人たちが集まりやすい立地になっているのだ。

「ここに集う商人のほとんどが、水路を用いて財を築いた連中だ。その活動範囲はカグラの周辺に留まらず、国の各所へと伸びている」

「つまり、国のあちこちを回った商人が、この市場に仕入れた商品を並べてるってことか」

「そういうことだ」

 ゆえに、カグラに住まう人ですら見覚えのない品も、この市場には普通に並んでいる。また、それを求めた人々も、この市場に集まってくる。

「ここへはカグラ中の人間が集まる。情報収集にはうってつけだろう」

「確かにねぇ」

 納得したようにノアが頷く。

 どうにか説明し切れたことに安堵したヤマトだったが、ヒカルが物言いたげな視線で見つめていることに気がつく。

「どうした?」

「いや、大したことではないし、今更ではあるんだが」

 今は勇者モードに入っているらしく、ヒカルの声音は心なしか低めに、口調は険しくなっている。

 そんなことをボンヤリと考えながら、ヤマトはヒカルの言葉を待つ。

「どうにも、私たちは目立っているようだと思ってな」

「ふむ」

 それはまあ、確かにその通りなのだろう。

 内心で頷きながら、ヤマトは周囲をざっと見渡した。

 大陸の街とは異なり、この市場にいる人々は全員が極東の者。すなわち、全員が黒髪黒目であり、その身を簡易な着物で包んでいる。顔立ちも、東洋の人間特有の、彫りが浅い者ばかりだ。

 そんな中において、見るからに異国の人間であるヒカルたちは、明らかに異質な存在であろう。

 まずはレレイ。元気溌剌といった様子で邪気は感じさせないものの、健康的な小麦色に焼けた肌を、惜しみなく晒すような南国風の衣装は、彼らの目には奇異に映っていることだろう。それでも、彼女は大陸の人間でないからか、比較的顔立ちは極東の者たちに近しいので、そう奇特な視線は向けられていない方だ。

 より難儀なのはリーシャだろうか。「私は大陸の人間だ」と全力で主張するような長い金髪を揺らし、身体には大陸風の甲冑が貼りついている。腰元に直剣が差してあることが理由で、どうやら高貴な人間らしいと捉えられているのは、不幸中の幸いだろう。物珍しそうな視線は飛び交うものの、ジッと凝視するような者はあまりいなかった。

 そんな中でもっとも際立って目立っているのは、ヒカルだろう。素顔も晒さない銀甲冑で全身を覆い隠し、ガチャガチャと一歩ごとに大きな音を立てながら歩く騎士。見るからに極東の人間ではない上に、戦闘時に着用するはずの鎧を完全に着こなしているときた。物珍しいという感情を通り越して、不審者を見るような視線が、ヒカルには突き刺さっている。

(まぁ、ヒカルは仕方ないだろう)

 それがヤマトの率直な気持ちであったが、ヒカルにそのまま伝えてしまうのは、流石に忍びない。

 助けを求めるつもりでノアの方へ視線をやれば、ノアはさっさとその場から一歩外れて、露店の商品を見分していた。

(薄情な奴め)

 思わず、胸中で毒づく。

 ノアの方は、大陸風の衣装が確かに珍しくはあるものの、紺色の髪と目をしている。ゆえに、ヒカルたちと比べれば、それほど注目はされていないのだ。きっと気楽なことだろう。

 溜め息を漏らしながら、ヤマトはヒカルに向き直った。

「気にする必要はない。目立ったところで、何か悪いことが起こるわけでもないのだからな」

「そうか? それならばいいのだが……」

 ヤマトの言葉を聞いても、今一つ納得できていない様子のヒカル。

 まだ、何か言った方がいいのだろうか。とは言え、ヤマトとしてもそれ以上の言葉は思い浮かばないのだ。再度助けを求めてノアを見やれば、今度は真っ直ぐに、底意地の悪い笑みが返ってくる。

(こいつ……!)

 反射的に憤りながら、すぐにノアから視線を逸らす。

「……ここの人間は、異国の者に慣れていないからな。ある程度は仕方ないだろう」

「うーむ。いないわけではないのだろう?」

「無論。だが、ここまで足を運ぶ大陸の人間は、そのほとんどが東洋の者だからな。ヒカルやリーシャのような、大陸中央部の者は流石に近寄らない」

「うーむ……」

 つまるところ、「慣れろ」としか言えないのだが。

 唸り声を上げるヒカルの意識を逸らすために、ヤマトは手短な店を指差す。

「あそこの店が見えるか?」

「うん? あぁ、勿論だ」

 数多くの露店が立ち並ぶ大通りの脇に、一際大きな屋敷がある。人の出入りも激しい大店のようだ。その看板には「神楽屋」と達筆な文字で書いてある。

「あれは、カグラの都を代表する大店だ。国中へその交易の手を伸ばしているから、品揃えも相当にいいはずだ」

「ほう」

「土産物も相当あるだろうし、大商会なだけあって大陸の人間には慣れているはずだ」

 「見てきたらどうだ?」という言葉を秘めたヤマトの視線に、ヒカルは小さく頷く。

「うん。そうしようか」

「なら決まりだな」

 実際、あの店にはカグラ中の人間が多く集まっている。客たちの世間話を立ち聞きするだけでも、今のカグラの――極東の情報は、充分に仕入れられるはずだ。

 リーシャとレレイに確認するように視線を送れば、彼女たちも頷いてくれる。ただ雑多な市場を見て回るよりも、店一つをじっくり見た方が、楽ではあるのだろう。

 乗り気になったヒカルたちと、彼女たちにしらっと混じったノアを見て頷き、ヤマトは手をひらひらと振る。

「じっくり見てくるといい。俺は外で待っている」

「うん? ヤマトは来ないのか?」

 首を傾げるヒカルに、ヤマトは苦笑いと共に答える。

「生まれ故郷の土産物を見ても、特に楽しくもないからな」

「うーん、それもそうか?」

 釈然としないながらも、ヒカルは素直に頷いてくれる。それほど神楽屋の商品が気になっていたのか。これ以上、奇異の視線に晒され続けることが耐えられなくなったのか。ヒカルやレレイとリーシャを伴って、店の中に入っていった。

 その後に続いていたノアは、入店直前でヤマトの方に振り返ると、口を開いた。

「変な騒ぎとか起こしちゃだめだよ?」

「いらぬ心配だ」

「そうかなぁ」

 憮然とした面持ちでヤマトが言い返すと、ノアは悪戯っぽい笑みを零して、店の中へ滑り込んでいった。

 一人で残されたヤマトは、店の壁に背中を預けて、雑多な人で賑わう通りを見渡す。

(妙な騒ぎは起こすな、か)

 先程のノアの言葉を思い出して、思わず苦笑いが漏れた。

(あれでは、まるで騒ぎを起こせというようであったな――)

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