第130話
極東の首都カグラは、およそ千年に渡って栄華を誇った都だ。辺りに山も少なく、広々とした大地の上に築かれたその都は、付近を流れる大きな川に船を浮かべ、極東各地と交易することで発展した歴史がある。その立地の優秀さゆえに、かつて指導者がいなくなった際にも、独自に発展を続けたという経緯も持つ街だ。
カグラが極東の都として認められ続けた背景には、カグラの中央にそびえ立つ屋敷に、神の血を継ぐと伝えられる者――神皇が住まうこともあるのだが。今は、深く立ち入らないようにしよう。
村で一夜明かした翌日。
山道を越えたヤマトたち一行は、遂に極東の首都カグラを目前にしていた。
「あれが、カグラ……」
ヒカルが呻くように声を上げる。
それを聞きながら、ヤマトも目の前に広がる景色を見やり、小さく顔をしかめる。
「ずいぶんと荒れているね」
「極東は未だ平定せず、戦乱の只中にあるという話でしたから。その影響が、ここにも及んでいるのでしょう」
兜の中で苦々しい声を上げるヒカルに、リーシャが口を開いて説明する。
カグラの様子は、端的に言い表わせば荒廃していた。かつては栄華を誇ったらしく、首都中を縦横無尽に大きな通りが貫いている。だが、その脇に立ち並ぶ建物の多くが薄汚れてボロボロに朽ちている。中から人が出てきて始めて、廃墟でないことを悟れるほどだ。通行人たちの表情も重苦しく、街中の空気が沈鬱なものになっているような気さえしてくる。
ここが、極東の首都。とてもそうとは信じられない荒れようだ。
「百年前のカグラは、アサギ一門が統治していたんだよね?」
「俺はそう聞いている」
「アサギ一門はもう没落したってのは聞いたけど、その後のカグラって誰が統治しているの?」
その後――つまりは、今目の前に広がっているカグラは、誰の統治によるものなのか。
そんなノアの言葉に釣られて、ヒカルたちもヤマトへ視線を寄せてくる。
「ふむ。俺がいたときは、だが」
皆の視線を受けたヤマトは、その前置きをしてから口を開く。
「未だアサギ一門が治めている。極東全てを統治するほどの力は失われても、このカグラ一つを治める程度の力はあったからな」
「ふぅん?」
ヤマトの答えに、ノアは首を傾げながら辺りを――荒廃したカグラの街並みを見渡す。
その疑心の込められたノアの視線に、ヤマトは苦笑いをしながら頷く。
「どうやら、今は話が違っているようだな」
「今はってことは、ヤマトがいたときは、もっと都らしい感じだったの」
「まぁ、そうなる」
頷きながら、幼少期に見たカグラの光景を幻視する。
そのときの街並みには、確かに都と呼ぶに相応しかった華やかさがあったものだ。通行人たちの顔には笑顔が溢れ、明るい様子で日々談笑に興じる。国中各地から集まる商人が盛んに声を上げ、遠方の珍品を惜しげなく披露していた。時折城から下りてくる武者たちの威容に、幼いヤマトも心躍らせていた。
それは、ヤマトが極東を――カグラを飛び出したときも、変わってはいなかった。
(ここ数年で何があった?)
アサギ一門が更に力を落としたのだろうか。だとしても、数年程度でそう劇的に変化してしまうものなのだろうか。
無言のまま首を傾げたヤマトだったが、すぐに溜め息と共に首を横に振る。
今あれこれ想像を交わしていても、仕方のないことだ。
「さて、どうする? 必要とあらば、案内くらいは引き受けよう」
「もっとも、今のカグラに見るべき場所があるかは分からないが」。
そんな意図を含ませたヤマトの言葉に対して、ヒカルは辺りを見渡してから声を出した。
「一応、案内してもらえる?」
「承った。行き先の希望はあるか?」
「うん? じゃあ、ヤマトが子供の頃すごしていた場所を中心で」
その言葉に、ヤマトは表情を歪める。
「俺がすごした場所か……」
「ここら辺に顔を出したりもしてたんでしょ? そのときの思い出の場所とか」
確かに、あることにはあるのだが。
兜で表情は隠れて見えないものの、ヒカルがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている光景が幻視できる。そのすぐ隣にいるノアが、正しくそんな表情をしていた。リーシャとレレイも、ノアほどに露骨に表情を変えてはいないものの、目を期待で輝かせている。
これは、流石に断れない雰囲気だろうか。
「いいじゃん案内したら? 減るものでもないし」
「好きに言ってくれるな」
いつか帝国に訪れたときには、ノアにも同じことを言ってやろう。
そんな決意を秘めながら、ヤマトは渋々と頷く。
「……分かった。なら、ついてこい」
本来の目的である、魔王の右腕の封印状況を確かめるということについても、ヤマトが考えている場所へ、今から行って即座にできるようなものでもない。ある程度の手続きを経なければ、いかにヒカルが勇者であると言っても、実際に調べることは叶わない。今から要請したとしても、入れるようになるのは、早くて明日だろう。
そんな具合に自分を納得させてから、ヤマトはカグラの街に向き直った。