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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
グラド王国編
13/462

第13話

「――さあ、ここが商業区だよ!」


 目の前に広がる建物群を指差して、ノアが声を上げる。

 宮殿や大聖堂に駅があった行政区から少し歩いたところに、商業区は広がっている。グランダーク中心部の商店が集められた場所であり、比較的身なりのいい人々が住む中心部においては、もっとも賑やかな区域と言えるだろう。


「これの全てが商店なのか」

「そうそう。全部見た目が似ているのは、帝国からの支社だからだね」


 行政区と同じほど――ともすればそれを越えるほどに、商業区の街並みは折り目正しく整えられている。区域の至るところを平らな道路が貫き、魔導車や馬車が行き来する。道路に沿うように作られた建物は、その全てが空へ高く伸びる箱の形をしており、街の整然とした雰囲気を強めている。


「ここのは全て、帝国風の建物ということか?」

「うん。帝国で流行ってる建築様式だね。こっちはせいぜい三階建てくらいのはずだから、本土よりも低いけど」


 ノアの説明に頷きながら、ヤマトはかつて見た帝国の街並みを思い返す。

 目の前に広がるそれよりも一段と高い建物が連なる光景は、旅行者が一目で圧倒されることは間違いない。自国に絶対の自信を持っていた王が、帝国の街並みを見て自信喪失したという話も、枚挙に暇がないほどだ。ヤマト自身、箱のような建物一つ一つに百を優に越すほどの人が入っていることを思うと、気が遠くなるように感じられる。


「これは……!」

「そんなに驚いた?」


 ヒカルの方を見てみれば、確かに驚くように息を呑んでいるのが分かる。けれど、その驚きは、ヤマトが初めて帝国の街並みを目の当たりにしたときのものとは少し異なるようでもあった。

 ノアも同じことを感じ取ったのか、一瞬だけ怪訝そうな表情をするものの、すぐに気を取り直して声を上げる。


「いつまでもここにいても仕方ないし、早く入ろうか。ひとまずはあそこがいいかな」


 そうして指差したのは、帝国の商会でももっとも有名と思われる商会の店だ。


「ギュスター商会?」

「うん。大陸のあちこちに出店しているから、買った後のサービスも受けやすい。旅をするなら、とりあえずギュスター商会のものを買っておけば間違いないよ」


 説明しながら、ノアは建物の扉を押し開ける。途端に、室内から冷気が流れてくる。


「冷房か」

「あれ? 向こうの世界にもあるのかな? これも最近開発されたもので、帝国なら大抵の家にもう備わっているんだけどね」


 周囲の空気を冷やす魔導具。夏場にはかなり重宝しそうだが、効果相応に高価な商品なため、今ひとつ普及しているとは言いがたい道具だ。

 店の中を見渡せば、涼し気な顔であちこちに佇む人の姿が見える。冷房の涼しさに魅入られた者もかなり多いようだ。

 ヤマト自身も涼しさに溜め息をつきながら、陳列されている商品に目をやる。


「……凄まじい数だな」

「ほんと、呆れるくらいに置いてるよね」


 初めて見るヒカルはもちろん、ノアも改めて驚きを覚えているらしい。

 数十メートル四方のスペースに所狭しと並べられた陳列棚に、隙間なく商品が置かれている。その全てが異なる商品であり、一部は見覚えがあるものの、大半はヤマトも見た覚えのない商品が並べられている。


「全部見ようとしたら一日じゃ足りないから、何買うか大雑把に決めようか」

「そうだな……、ひとまずは旅具だ」

「あぁ、トランクとか気にしてたっけ」


 ヤマトも、ヒカルが森でトランクを気にしていたことを思い出す。確か、ヒカルが元いた世界でも似たようなものが流通しているという話だったか。


「これから巡礼しなくてはならないからな。あれば便利なものを教えてほしい」

「これでも冒険者だからね。そこら辺はある程度教えられると思うよ」


 言葉とは裏腹に、ノアは自信満々に胸を張る。一方で、ヤマトは無言のままで視線を逸らす。

 荒事はヤマトの担当である一方で、そうした道具調達や情報収集はノアに任せているのが現状だ。武具の調達に関してならば口出しできるだろうが、旅具ともなればヤマトは門外漢だ。ヒカルの案内もノアに任せてしまうのがいいだろう。

 どこか言い訳じみた文言を心の中で唱えてから、ヤマトも周囲の商品に目をやっていく。


「安いのから高いのまで色々あるけど、基本的にトランクは高いものがお勧めかな」

「理由は?」

「高い方が頑丈だから。魔獣に襲われてトランクが壊れたなんてことがあったら、悲惨でしょ」


 冒険者や傭兵が揃えるべきは、第一に己の身を守る武具、第二に荷物鞄と言われるほどだ。

 加えて、高価なトランクには値段相応のオプションが備わっていることが多い。


「このトランクなんかは魔力認証型だから防犯性も高い。買えるなら買っておくのがいいかな」

「魔力認証型というのは何だ?」

「個人の魔力に反応して鍵を外すタイプのこと。ピッキングとかじゃ開けられない上に壊せないほど頑丈だから、持ってるだけで盗賊が離れてくれることもある」


 本人に無理矢理開けさせるような手口もあるらしいが、そこまで気合いの入った盗賊は、大軍を率いでもしない限りは襲ってくる。


「開けられなくなることは?」

「あるよ。加護を授かって魔力が変質しちゃったりとかでね。ただそのときも、買った商会まで持っていけば再登録ができるようになってるから心配いらないかな」

「なるほど。ここの商会がいい理由はそれか」

「そういうこと」


 豊富な品揃えだけでなく、購入後のサービスを受けやすい。これがギュスター商会が繁盛している理由と言えるだろう。


「あれ、でも加護の力で荷物はまとめられるんだっけ」

「あぁ。時空の加護だな」


 言いながら、ヒカルは目の前にひずみを生み出す。その先に何があるのかは分からないが、ひとまず様々な道具を収納できるらしい。

 ヤマトの知らない制限があるのかもしれないが、ずいぶんと便利そうな力だ。


「あまりここでは出さない方がいいかも。窃盗を疑われても困るし」

「それもそうだな」


 ふっとひずみが消える。


「うーん、それじゃあトランクはあまり必要ないのか」

「……そうなるな」


 少し言いよどんだヒカルの様子に、トランクがほしかったのだろうかと思わず勘ぐる。本当ならば必要ないものでも、高性能な商品が並んでいたらほしくなる。その気持ちは痛いほどに分かるため、揶揄するつもりもないが。

 荷物の持ち運びに不便しないのであれば、必要となるのは日用品の類だろうか。


「基本は宿に泊まるって考えたら、必要なのは野宿用の装備かな。もう持っているものは?」

「特にない。毛布がある程度だ」


 森に行ったときは野宿も辞さないくらいのことを言っていた覚えがあったが、そんな装備で話していたのか。

 思わずヤマトはノアと目を見合わせてしまう。


「それはあまりに不用心かな……。せめて魔獣除けくらいは持った方がいいかも」

「ふむ?」


 苦笑いを浮かべたノアが、陳列棚の一角を指差す。


「ほらあれ。範囲は狭いし時間も有限だけど、ある程度魔獣が近寄らないようにしてくれる優れものだよ」


 見た限りは、単なるランタンのような形をしている。透明な筒に小さな石が入れられている。


「このレバーを倒すと、魔獣が嫌うタイプの光を出すんだ。絶対じゃないから見張りをつける必要はあるけど、ずいぶんと安全性は違ってくるよ」


 そう説明するノアに、ヤマトも深々と頷く。

 故郷の地を飛び出してすぐの頃。帝国の存在すら知らなかったヤマトは当然ながら魔獣除けの存在も知らず、魔獣の影に怯える夜を幾つもすごしてきたものだ。初めて魔獣除けの効果を実感したときの安心感は、筆舌に尽くしがたいほどであった。


「あとは寝袋。今の季節は地面に寝転がっても大丈夫だろうけど、もっと寒いところもあるから」


 身体が資本の冒険者なのだから、休息の重要性は人一倍理解している。

 ヒカルの手に商品を押しつけていくノアの行動に、ヤマトも同意の首肯をする。


「携帯テントもあった方がいいね、夜の快適さが段違いだから。あと簡単な煮炊きができるくらいの調理道具もほしいかな」

「……ずいぶんとキャンプっぽくなってきたな」

「野宿するんだからキャンプでしょ」


 何を言っているんだと首を傾げるノアに対して、ヒカルは苦笑いを漏らす。


「いや、向こうの世界のキャンプだ。あちらでは遊びの側面が強かったが」


 言いながら、ヒカルは辺りの商品を見渡す。

 先程ノアが勧めた商品の類似品や代用品、他の様々な商品が並べられている。


「ここにあるのは、どれも私のいた世界のものにひどく似ていてな」

「ふーん? 偶然……なのかな?」


 何かを思案するように指をくるくると回しながら、ノアは言葉を続ける。


「ここら辺の商品は全部、帝国の研究所が開発したものだね」

「研究所?」


 ノアは頷いてみせる。


「魔導技術開発を一手に引き受けている国営機関で、正式名称は帝国魔導技術開発研究室だったかな? かなり前からあったみたいだけど、最近になって一気に功績を挙げている」

「それは……」

「まあ普通じゃないよね」


 一国の研究機関によって、大陸中の文明が一気に押し進められている状況なのだ。異常ではあるのだろう。


「でもその恩恵は大きいから、怪しさを承知で皆受け入れているって感じかなぁ」

「一度調べてみる必要はありそうだな。覚えておこう」

「教会とはあまり仲がよくないみたいだけど、見学くらいならできるんじゃないかな。応援してるよ」


 正確には、帝国と太陽教会の仲がよくないのだが。

 すぐに戦争状態に入りそうというわけではない。しかし、帝国人は全体的に教会を必要としていない傾向にあり、布教活動を進めたい教会勢力を拒んでいる状況にあるため、教会から敵視されているのだ。

 もっとも、今すぐという話ではないのだから、時間が経てば必要なくなる懸念であるかもしれない。


「――さて、旅具はこんなところで充分かな? 他に何か必要なものはある?」


 目ぼしい商品を片っ端からヒカルの手に押しつけたノアは、空を仰いで考える。

 少し協力してみようかとヤマトもヒカルの腕の中の商品を眺めるが、特に何も思い浮かばない。そも、ヤマトは帝国製の技術がない地ですごした時間が長いのだから、これらの魔導具がなくて困ることはあっても、生きていけないということはないのだ。


「……言いづらいのだが、ほしいものがあってな」

「うん? 何がほしい?」


 若干うつむきがちな姿勢から、ヒカルは声を絞り出す。


「変装用の魔導具、とかはないだろうか」

「うーん? 簡単な変装用のものだったらここにもあるけど、高性能なものはないかなぁ」


 身分を偽ることすら可能な魔導具は、慎重な扱いを求められるものだ。帝国本土ならば手に入るかもしれないが、あくまで支店にすぎないここでは手に入らないだろう。

 ――普通ならば。


「外縁部の市ならば流れているかもしれない」

「………あまりそういうのに手を出してほしくはないんだけどなぁ……」

「外縁部とは?」


 首を傾げたヒカルに、ノアは渋々という様子で教え始める。


「もう気づいていると思うけど、グランダークって内側と外側とで街並みが結構違うんだよ。宮殿を中心に、街が整っているところを中心部、そこから外を外縁部って呼ぶの」

「中心部の市には安全が保証されたものが並ぶ。対して、外縁部の市にはときに違法なものすら並ぶ」


 ヤマトの言葉に、ヒカルが若干のけぞる。勇者らしく、法には潔癖なところがあるらしい。


「それは取り締まるべきではないのか?」

「もちろんされているんだけど、追いつかないくらいに大きいからね。あまりやりすぎると警備兵が買収されたりするって話で、ある程度は見逃されてるのが現状」

「……難しい話だな」

「単に貴族も使うから見逃してるってだけだよ」


 心底嫌そうに言うノアに苦笑いする。市井の悪事には寛容なところのあるノアだが、為政者の悪事は許容できないらしい。清濁併せ呑むというよりは、私欲のために悪を認める為政者に納得ができないのだろう。


「ほしいならば案内しよう。どうする?」

「いや、遠慮する。ただ案内はしてもらえるか。一度見ておきたい」


 存外に強い口調で断言され、ヤマトは頷く。


「………あそこは治安もよくないから、行かない方がいいと思うんだけど……」


 気の進まない様子のノアを促しながら、ヤマトたちはギュスター商会の支店を後にした。

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