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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
極東カグラ編
128/462

第128話

 不気味な雰囲気漂う洞窟の中。

 ランタンを掲げながら歩くノアを従えて、ヤマトは辺りの気配を探っていた。

「どう?」

「生き物の気配はないな」

「鬼の方は?」

「そちらは、見てみなければ分からん」

 大抵の生物は、ただそこにいるだけでも何らかの活動――呼吸や身動ぎなどを行っている。だが、怪異としか形容できない鬼は、そのほとんどが非生物であり、そうした気配を感じさせないのが特徴だ。

 いかに剣士として感覚を研ぎ澄ませたヤマトであっても、呼吸も身動ぎもしない鬼の居場所を探れはしない。

 「そっか」と納得したように軽く頷いたノアは、手元のランタンを高く上げて、辺りを見渡す。

「それにしても、広い洞窟だね」

「あぁ。正直、想定外だ」

 その言葉に、ヤマトも頷く。

 ヒカルたちと別れて中に入ってしばらく。いっこうに“鬼”と出会う気配もなく、ヤマトたちはただひたすらに歩を進め続けていた。

 洞窟の中は一つの分かれ道もなく、四方十メートルほどの回廊が延々と続いているような有り様だったのだ。振り返れば、暗闇の遥か先の方に、薄っすらと外の明かりが漏れ出ているのが分かる。

 そんなヤマトの行動をどう受け取ったのか、ノアは小首を傾げる。

「戻る?」

「戻ろうにも、まだ何の収穫もない。せめて奥まで探索しなければ、今晩の宿を得ることはできまいよ」

「それもそっか」

 そう言ってみせたはいいものの、洞窟はまだまだ先まで続いている。ランタンの明かりを頼りに目を凝らしてみせても、視界に映るのは闇ばかり。どれほど歩けば終点まで着くのか、全く見当がつかない。

 思わず気が遠くなりそうなところで、視線を前方から逸らした。

 ノアも同様の心地だったらしく、辺りに視線を彷徨わせた後、手近な洞窟の壁へ視線を寄せる。何かに気がついたのか、端正な眉がくいっと動く。

「ところでさ」

「む?」

「こんな広い洞窟、どうして作られたんだろうね」

「ふむ」

 問われて、ヤマトも辺りを見渡す。

 一般に、自然の力によって洞窟が作られた場合には、もっと岩壁はゴツゴツと険しく、ヤマトとノアであっても容易に歩けないほどに悪い足場になるはずだ。それを思えば、ここは少々整いすぎている。歩くことに苦がないばかりか、途中で分かれ道の一つもなく、獣が住み着いた様子すらない。

 確かに、これは人工的な空間だと考えた方が道理ではある。

「理由か」

「うん。大陸だったら、盗賊団の寝床とか王族の隠し通路とかのために、洞窟を作ったりはするけど。こっちはどうなの?」

「城からの隠し通路ならば、確かによく作られるな」

 幼少期の知識を頼りに、ヤマトはノアの問いに頷いてみせた。

 もしも敵方から攻め込まれた際に、城主やその一族だけでも逃げられるよう、非常用の逃走経路を確保しておくのは戦場の常道だ。内通や裏工作によって機能しなくなることはあるにしても、それを作っていない砦や城などは、欠陥品の誹りも免れない。

 そんなヤマトの答えに、ノアは小さく頷きながら前方を眺める。

「じゃあ、この先に実は城が繋がっていたりするのかな?」

「ふむ」

 その可能性は、確かに否定できないだろう。このまま歩き続けていれば、いつの間にか見知らぬ城の中に入り込んでしまう可能性も、一応ある。

 それを認めながらも、ヤマトは首を横に振った。

「恐らく、ないだろうな」

「どうして?」

 問われて、説明するための言葉を頭の中で整理する。

「……この国は今、戦乱の真っ只中にあると言ったことを覚えているか?」

「勿論。アサギ一門が百年前に国を統治していたんだけど、後継者問題が発端で内部崩壊したんだよね?」

 それにヤマトは頷く。

 かつては国中の家々を治めるだけの力を有していたアサギ一門も、その事件を契機に、絶大な力の大半を失ってしまった。今あるアサギ一門は、かつての栄光に縋りついて細々と続いているだけの、単なる弱小一門だ。

「その後に、戦乱の世が幕を開けた。昨日までの覇者が今日の弱者となり、文字通りの日単位で国家趨勢が逆転する修羅の世界だ」

「凄惨だね」

「今はそれなりに落ち着いているがな」

 小康状態というやつだ。今は争いが緩やかになっているとは言っても、いつ何らかの事件がきっかけに、再び国が動乱の世に入ってしまうかも分からない。

 その話は、ひとまず置いておくとして。

「勢力図が頻繁に入れ替わった百年の間に、国中に数多の城が建造された」

「あー、それってつまり……」

 悟ったようなノアの声に、ヤマトは頷く。

「どの山にも、少なくとも一つ――下手をすれば複数の隠し通路があり、今はなき廃城へ繋がっているということだ」

「うはぁ。それじゃあ、ここも外れかなぁ」

「当たりの可能性も、否定はできんがな」

 もっとも、本当にどこかの城へ繋がっていたら、色々と困ったことになるのだが。

 そのことはノアも気づいていたようで、苦笑いを浮かべてから口を閉ざす。

 ヤマトも口を閉ざして歩くことに専念しようとしたところで――ふと、気がつく。

「これは……?」

「ヤマト?」

 怪訝そうに口を開いたノアを尻目に、ヤマトは周囲を頻りに見渡す。

 目で見た限りでは、辺りに変化したようなところはないように思える。相変わらずのだだっ広い回廊に、ランタンの仄かな光が照らし出す以外は、一寸先も見通せないほどの深い暗闇。鼻も耳も舌も肌も、何ら異常を感知していなかった。それでも。

 ヤマトの心臓が、不意にドクンと大きく鼓動する。訳も分からないままに指先が冷たくなり、モヤモヤとしたものが胸中に立ち込めていく。

「何かいるのか?」

「え? 嘘、どこに?」

 ノアの方は何も感じていないらしく、ヤマトの漏らした言葉に反応して、必死に目を凝らしている。だが、それで見えるようなものではあるまい。比較的に鋭敏な感覚を持つヤマトですら、直感でしか“それ”を捉えられていないのだ。

 思わず腰の刀を握り締めながら、ヤマトは一歩踏み出す。

「ノア、警戒態勢だ。すぐに動けるように備えるぞ」

「……了解」

 ヤマトの言葉に、ノアもゆっくりと頷く。彼自身では何も捉えられていないものの、ひとまずヤマトの言葉に従うことにしたらしい。腰元の魔導銃を抜き払って、ランタンを更に高く掲げる。

「ふぅ――」

 整息。

 早まった心臓の鼓動を抑え、冷たくなった指先に熱を戻す。意識が段々と鮮明になるに従って、確かに“何か”がいることを、ヤマトの勘が伝えてくれた。

「行くぞ」

 声をかけて、踏み出す。

 背中越しにノアの存在を感じながら、ヤマトは腰元の刀を撫でる。愛刀とは少し違った感触に、無性に心がかき乱された。

(俺も未熟だな)

 そのことを自覚して、少しだけ心が軽くなる。

 知らず知らずの内に込められていた肩の力を抜き、溜め息を漏らした。――その直後。

「な――!?」

「むっ!?」

 悲鳴のような声をノアが上げた。

 咄嗟に振り返り、ノアの無事を確かめてから、彼が見ている方向へヤマトも視線を転じる。そして、“それ”を見た瞬間に、ホッと溜め息を漏らす。

『ぁぁ………ぁあ………ぁ……』

 “それ”を端的に言い表すならば、半透明な女性だ。ヤマトの目から見ても高級品と分かる着物をまとっているものの、妙な汚れがこびりついている。長い髪はバラバラに乱れ、口元からは一筋の流血の跡。か細い呻き声を上げながら、その場から動こうとせずに佇んでいた。

 顔面蒼白なノアに対して、ヤマトは落ち着いた風情のまま、刀から手を離した。

「霊か。成仏できなかったのか?」

「や、ヤマト!?」

「何だ」

「幽霊!? 幽霊がいるんだけど!?」

「霊くらいはいるだろう」

 そこまで言ってから、ふと気がつく。

 鬼について話したときにも、同様の言葉を交わした記憶がある。

「そうか、大陸にはいないのだな?」

「そりゃそうだよ!」

 半ば自棄になった様子で叫ぶノアに、ヤマトは小さく笑みを浮かべる。

「なに、特に害はない。先に進むぞ」

「そんな無茶な!?」

「生前の形を失っていないということは、理性を保っているということだ。話せば、ある程度は伝わるだろうよ」

 そんなヤマトの言葉を肯定するかのように、女幽霊は虚空に佇んだまま、そこから動き出そうとはしない。

 なおも戦々恐々とした様子のノアを見やってから、ヤマトは口を開く。

「だが、成仏できない霊を放っておけば、いずれは形を崩して鬼となる。その前に、天へ還れたらいいのだがな」

 生憎と、ヤマトにはそんな技能は備わっていない。

 どこぞの社から神官を連れてきて浄化させるのが、後々のためになるだろうか。

「うぅ、なんかこっち見てる気がする」

「理性を保っていると言っただろう? 現に見ているぞ」

「ひぃっ!?」

 日頃の余裕ぶって飄々とした態度はどこへやら、ノアは情けない悲鳴を上げる。

 その姿を見て笑みを零しながら、ヤマトはさっさと足を先に進め始めた。

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