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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
グラド王国編
12/462

第12話

 王都グランダークの中心には、王族が住まう白亜の宮殿が佇んでいる。

 王国創立期に建立された宮殿だったが、帝国製の技術が普及しても色あせることのない美しさは、他国まで語り継がれ、旅行者ならば一度は見に行くべき観光名所としても名高い。

 その宮殿を目の前に臨める広場に、ヤマトとノアはいた。先日約束した通り、ヒカルに魔導具の紹介をするためだ。


「少し早く来すぎちゃったかな? ヒカルはまだみたい」

「何か買ってくる。希望はあるか?」

「お任せします。あまり多くなくていいからね」


 コンビを組んで長いために、一部を除いて財布も共有化してしまったから、金銭のやり取りも気楽なものだ。

 広場の隅の方に並んでいる屋台を眺めながら頷いたヤマトは、そちらの方へ歩いていく。

 行政の場である宮殿の目の前だけあって、警備の都合上、この広場で一般人が商売をすることは認められていない。それでも、宮殿が観光名所として名高いことは事実であるため、国が主体となって商いの場を広げている。普段は宮殿の厨房を任せられている料理人や給仕が、屋台を開いて鍛え上げた腕を披露しているのだ。当然、普通よりも質が高い料理が並べられることとなり、観光客のみならず王都の住人にも好まれている。

 手早くコッペパンサンドを購入したヤマトは、ノアがいた方へ足早に戻っていく。


「しまったな」


 ノアがいた場所に広がっている光景を前にして、思わず溜め息をつく。

 言うまでもなく、ノアは男性でありながら、傾城の名が相応しいほどの美貌を備えている。近寄りがたいような美しさであればまだよかったのであろうが、ノアが持つそれは、快活な雰囲気が相まって人が近寄りたくなるような美しさであった。ゆえに、そんなノアが一人で立っていれば、誘蛾灯に吸い寄せられる虫のごとく、ナンパ男がふらふらと近寄ってきてしまう。

 噴水に腰かけたノアは、それだけで絵になってしまうような雰囲気をまとっている。それに釣られて、数人の男がノアを懸命に口説いていた。


「さて、どうしたものか」


 ノアが本心から困っているようであれば、即座に介入したのだろうが。

 見れば、ノアも困ったような表情を浮かべながらも、懸命に笑いを堪えているのが分かる。どうせ男を突っぱねることをせず、のらりくらりと言い逃れているのだろう。それで必死に言葉を並べる男を見て楽しんでいるのだから、いい性格をしているとしか言いようがない。たとえ逆上した男に襲われても、ノア一人で返り討ちにできるのだから、気楽なものである。

 所在なくノアたちのやり取りを眺めていたヤマトだったが、ふと、ノアと目が合う。その口元がにんまりと弧を描いたのを見て、即座に踵を返したくなるが、それは既に遅かったようだ。


「ごめんね、連れが来たみたい! またね!」


 実にいい笑顔で、ノアは歩み寄ってくる。次いで、そのノアの後ろから怨念のこもった視線が飛んでくるのを肌に感じて、ヤマトは思い切り渋面を作った。


「やってくれたな……」

「ヤマトが僕を置いていくのが悪いんだって。いつもこうなるって分かってたはずでしょ?」

「………」


 いつもの冒険者としての装備を身にまとっていれば、面倒なナンパ男に絡まれることもないのだ。それが、今日のノアは珍しく私服姿であった。そのことを失念していたのは、確かにヤマトの責であるのだろう。

 漏れそうになる溜め息を堪えながら、ノアに買ってきたコッペパンサンドを手渡す。


「おお! 焼き立てだね」

「相変わらずここの飯はうまいな」


 湿度の高い視線を向けてくるナンパ男たちへ、腰元の刀を揺らしながら威嚇する。ヤマトが冒険者であることを悟ったのか、ナンパ男たちの視線も霧散する。

 ようやく訪れた開放感に満足しながら、ヤマトも手元のコッペパンサンドにかじりつく。香ばしくふんわりと柔らかいパンの生地に挟まれて、焼き肉の風味が強烈な存在感を示している。しゃっきりと歯応えのある葉野菜が口直しをして、ともすれば濃すぎるほどの肉を飽きることなく食べ進めることができる。

 瞬く間にパンを平らげたヤマトは、腹に暖かな満腹感を覚えながらも、どことなく感じる物足りなさに溜め息をつく。


「もう一つ買ってきたら?」

「……いや、いい。まだ昼前だしな」


 あと少しすれば、昼飯の時間になる。もう一つ食べてしまえば、そちらを満足に堪能することができなくなってしまうだろう。

 ノアの悪戯っぽい笑みに、ヤマトは無意識に腹を擦っていたことに気がつく。気まずく視線を惑わせながら、口を開く。


「あいつはまだ来てないのか」

「ヒカル? そうだねぇ、そろそろ来るとは思うけど」


 ノアと揃って目を巡らせたところで、宮殿の方から誰かが出てくるのが遠目に見える。

 目を凝らせば、その人物は時代錯誤な全身鎧をまとっていることが分かる。加えて、腰元には見覚えのある剣が一振り。


「戦いにでも行くつもりなのか」

「いや、それはないと思うけどね……」


 ノアも苦笑いを隠そうとしていない。

 鎧武者――ヒカルは、周囲から向けられる異様な視線を物ともせず、悠然とヤマトたちの方へと歩み寄ってくる。


「待たせたか?」

「いやいや、このくらいは待った内に入らないよ。それじゃあ今日もよろしくね?」

「ああ、こちらこそ頼む」


 森のときと同様に愛想のない言動であるが、ノアにそれを気にした様子はない。

 ヤマトも会釈すると、ヒカルの方もそれに続く。


「さて、それじゃあ商業区の方に――」

「その前に、少しいいか」


 ヒカルが声をあげる。


「どうかした?」

「………先日の森で、私の顔を見たことなのだが……」


 その言葉に、ヤマトとノアは目を見合わせる。

 キリングベアとの戦闘の影響で兜を破損したヒカルは、それで隠していた素顔をヤマトとノアの前にさらすことになった。即座に仮面で顔を隠したヒカルは、どうかこのことを秘密にしてほしいと必死に頼み込んできたのだ。


「分かってるって。秘密にしてほしいんでしょ?」

「問題ない」

「頼む。なるべく公にしないようにと言われていてな……」


 やはり、顔を隠しているのは太陽教会の意向によるものらしい。

 予想通りだと頷きながら、ヤマトはヒカルの顔を思い返す。

 結論を言ってしまえば、ヒカルは女性にしか見えない顔をしていた。いや、長い黒髮を結い上げてまとめていたから、本当に女性である可能性が高いだろう。大陸ではあまり見ない顔立ちではあるが、ヤマトの故郷である東方ではよく見るものだ。

 冒険者として各地を流浪するヤマトとノアには今ひとつ要領を得ないことであるが、女性が前に立つことをよしとしない風潮があるのも、一つの事実であると聞く。おとぎ話の勇者は皆男性であったらしいから、女性の勇者というのはいささか不都合であるのだろう。悪意をもって広めれば、多少の騒ぎを起こすことも可能であろう。

 ――もっとも。

 隣に立つノアの顔を盗み見る。相変わらずの、男を吸い寄せる美貌だ。

 そんな顔をした男の存在を知っているから、安易にヒカルが女性だと断言できていないのが、ヤマトとノアの実情であった。森から帰った後に話し合い、何も見なかったことにしようと結論を棚上げしてしまったところである。

 今更頼み込まれなくとも、誰かに話すつもりもないというのが、正直な心境である。


「――そういえば、ヒカルって宮殿に住んでるの?」


 ノアが話題を変える。


「あぁ。一応、国賓待遇というやつらしい。あそこの客室で寝泊まりしている」

「聖堂の方じゃないんだ」

「あれか」


 ヒカルが見る方へ、ヤマトたちも視線を転じる。そちらには、赤を基調とする街並みに馴染むよう、外壁を赤く塗られた大聖堂が立っていた。

 宮殿前の広間を含めた一帯は大きく行政区と呼ばれており、宮殿の他にも様々な主要施設を擁している。その内の一つに、太陽教会が設立した大聖堂がある。総本山たる聖地の本堂と比べれば小さいものの、充分以上に荘厳たる佇まいを見せる教会だ。グランダークで式典が行われる際には、必ずこの大聖堂も戸口を開き、人々が礼拝できるようにされる。


「あそこにも部屋は置かれているらしいが、使っていないな。可能な限り宮殿の方で過ごすように指示されている」

「はぁ、大変だねぇ」


 国の指導者と顔を繋ぐため、ということだろうか。


「ただ、定期的に礼拝するようには言われている。加護の強化に必要らしくてな」

「加護の強化?」

「神々への信仰が高まれば、それに伴って私の加護も強くなると聞いている。いまだ実感はできていないが」

「なんともオカルトな話だねぇ」


 ノアが感心したように溜め息をつく。

 確かにオカルトな話であるが、現状ではなぜ加護が付与されるのかの理屈も解明されていないのだ。そういうものだと受け入れるしかないだろう。しかし――


「信仰か。今の世では難しいだろうな」

「……なぜだ?」


 ヒカルは首を傾げる。

 どう説明したものかと頭を捻りながら、ヤマトは近くの建物を指差す。行政区の中でも一際現代的で大きな建物であり、絶えず人が行き来する場所。


「駅か」

「ああ、鉄道で大陸各地を結んでいる。このおかげで旅もずいぶんと便利になった」


 鉄道を開発したのは、現代の大陸でもっとも栄華を誇る帝国だ。鉄道によって、帝国の栄えは絶対的なものになったと言っていいだろう。誰もが一度見れば分かる利便性の高さに、どの国も帝国技術の介入を受け入れざるを得なかったのだ。これを受け入れようとしなかった国は、即座に他国との競争で敗北を喫した。

 鉄道の他にも、帝国は様々な魔導具開発を行っている。その全てが現状の生活をより豊かにするものであり、歓迎の声によって大陸中に受け入れられた。


「今は昔とは違う。かつては信仰に頼らざるを得ないことであっても、今は技術で解決できる」

「確かに、そういう側面はあるだろうね」

「……帝国か」


 かつての大陸は、太陽教会の栄華であった。何をするにも教会の顔色を伺い、教会が動けば大陸が動く。そんな世界だった。それが今は、帝国の時代になったということだろう。

 魔王が現れたという報せが走っても人々の危機感が薄いのは、そこにも原因はある。かつては教会への信仰で己の心を支えた人々は、今は帝国への信頼で己の心を支えている。どんな相手であろうと、帝国であれば勝利できると信じているのだ。――そしてそれは、恐らく事実だ。


「いずれ行く必要はあるだろうな」

「そのときは案内するよ。邪魔じゃなければ、だけど」


 ノアの言葉に、ヒカルは兜の奥で小さく笑い声を上げる。


「邪魔なものか。よろしく頼む」

「任せて。僕は帝国出身だからね」


 ノアは快活な笑みを浮かべる。

 束の間流れた穏やかな空気に、ヤマトも頬を緩ませた。

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