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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
アラハド共和国編
119/462

第119話

『――皆様お待ちかね! いよいよ、本大会の決勝戦が始まりますッ!!』

 既に聞き慣れた司会の声が、コロシアムを目前にしたヤマトとアスラの耳に届いた。

 直後に、大歓声が湧き起こる。空気や地面がビリビリと震えて、控えているヤマトたちの腹の奥までもが揺れる。

「いよいよか」

 この戦いが終われば、二日に渡って続いた武術大会が終了する。街中が選手の話題一色になり、戦士たちが誇らしい顔で通りを歩く二日間も、これで終わりだ。

 名残惜しいような気持ちが胸の奥から込み上げてくるが、ぐっと飲み込む。

(今はそれどころではないな)

 ヤマトたちが控えている入り口の反対側、そこにいるだろう二人の姿を空想して、目つきを鋭くさせる。

 ヤマトが相手取る必要があるのは、ヒカルだ。魔王征伐の任を背負って大陸を旅する、教会認定の今代勇者だ。その実力は折り紙つきであり、弱点だった戦闘経験の浅さも、度重なる修羅場を乗り越えたことで克服しつつある。間違いなく、これまで相対した誰よりも難敵となるだろう。

『東口より、ナナシ選手とアスラ選手の入場です!!』

 そのアナウンスと共に、先導していたスタッフの男が手招きをする。

 コロシアムから溢れ出す熱気を前に、思わず顔をしかめた。

「……よし」

 腰元に握り慣れた木刀が下げられているのを確かめてから、ヤマトは前へ足を踏み出した。

 コロシアムへ出た瞬間、降り注ぐ陽光に目が眩む。思わず立ち止まったところで、向かい側に既にヒカルとゴルドの姿があることに気がつく。

(流石に、観客はあちら寄りか)

 相変わらず気後れしてしまうほどの声援だが、彼らの視線は相手側に向いているらしい。それを知った途端に、ふっと心が軽くなるのを感じる。

(我ながら、現金なものだな)

 とは言え、緊張で身体が凝り固まっているよりは、余程マシだろう。

 深呼吸をして身体から力を抜きながら、視界の先に立っているヒカルへ視線を投げる。

(気づかれてはいないようだな)

 ノアがどこかから調達してきた仮面には、認識阻害の魔導術が付与されているらしい。事実、レレイやリーシャにも、刃を交えた段階で即座に露見したものの、ある程度正体を隠すことには成功していた。今こうして対峙しているヒカルも、ナナシの正体がヤマトだと気づいた様子はなく、緊張を滲ませた様子で立っている。

「ふぅ――」

 整息。

 慣れない環境でざわついていた心が落ち着きを取り戻し、視界に映る情報量が増えていく。色鮮やかになった世界の中で、腰元の木刀を抜き払った。

「うん……?」

 その刀身を見やったヒカルが、何かに気がついたような素振りを見せる。が、今はそれどころではないと思い直したのか。小さく首を横に振って、正面へ視線を戻す。

『それではこれより、決勝戦を開始します! 皆様、準備はよろしいですかぁッ!?』

 そんな司会の煽りと同時に、観客席から湧き起こる歓声がコロシアムを揺らす。武術家たちに、それほど多くの人々が注目してくれていることに、僅かな嬉しさを覚える。

「アスラ。打ち合わせ通りに」

「分かりました。そちらもお気をつけて」

 小声でアスラに話しかければ、強い決意を秘めた瞳で、アスラは頷き返してくれる。

 ヒカルの相方であるゴルド――ここ数年の武術大会連覇を果たしている、本大会のヒーローとでも言うべき男だ。彼からも得体の知れない強さが感じられるものの、だからと言ってヒカルから目を離すことは許されない。ゴルドへの対処は、アスラに一任する他ないだろう。

『泣いても笑っても最終試合! この戦いを制したペアが、本大会の覇者となります!! それでは――試合開始ッッッ!!』

 そのかけ声と同時に、鐘の音がコロシアムに響き渡る。

 歓声が湧き起こる中、ヤマトはぐっと腰を沈める。

(先手を取らせるのは愚の骨頂。ならば――)

 木刀を下段に構えながら、踏み出す。同時に、ヒカルへ殺気を叩きつける。――挑戦状だ。

 ヒカルもそれに気がついたらしい。ヤマトとアスラの間で彷徨わせていた視線を、ヤマトに固定させる。同時に、身体から闘気が溢れ出す。

「―――っ!?」

 思わず、身体が武者震いを起こす。

 敵として相対したのは、グラド王国で開かれた武術大会以来か。そのときと比べると、今のヒカルは見て明らかなほどにレベルを上げている。今ヤマトに叩きつけられる闘気一つ取ってみても、もはや歴戦の戦士と言って差し支えないほどに濃密なものだ。当時は一応接戦を演じることができたが、今はどれだけ喰い下がれるだろうか。

(否――喰い下がってみせるとしようか)

 これでも、戦士の先達としての意地のようなものはある。幾ら時空の加護が強大なものであろうとも、そう簡単に勝利を掴ませはしない。

 木刀の切っ先が地面を這うほどの、低い構えから。膝を曲げ、前進する力を上方へ打ち上げる。

「速いっ!?」

「『蛇咬』」

 蛇の牙に見立てられる斬撃が、低空を潜り抜けてヒカルへ飛び込む。

 通常は上段から振り下ろされる斬撃に対し、低空から繰り出す高速の斬撃。初見での対処は難しく、人として当たり前の思考を持つならば、どうしても後手に回らざるを得ない。その例に漏れず、ヒカルも咄嗟にバックステップを選択した。

 加護による身体強化も相まって、一気に間合いが離れる。このまま仕切り直しへ持ち込まれては、素の能力で劣るヤマトにとっては、苦しい展開となる。――ゆえに。

「シ――ッ!」

「くっ!?」

 更に深く、踏み込む。

 下段から木刀を跳ね上げた勢いを、殺さず前方へ転換。更に加速する中、グルリと回した木刀を胴の脇に添え、身体を捻る。

 ヒカルが相手だ。元より油断などはどこにもないし、持てる力は全て出し切るくらいの気負いでいる。

「秘技――『疾風』」

 気を刀身にまとわせて、一気に振り抜く。

 直後に無数の鎌鼬が空を走り、ヒカルの身体へ襲い来る。

「ちぃっ!」

 対するヒカルは、口惜しそうな声を漏らしながら更にバックステップ。同時に、魔力をまとわせた聖剣で空を薙ぎ払う。可視化されるほどに濃縮された魔力の波が、空を舞う鎌鼬を一気に吹き飛ばしていく。

(収束が甘かったか?)

 鞘を使わなかったがゆえに、気の練りが甘くなっていたのかもしれない。

 苦々しい思いになりながらも、それを即座に払拭する。一瞬でも動きを鈍らせる余裕は、今のヤマトにはない。

 凄まじい威圧を放つ魔力の波を潜り抜け、更に前進。木刀を身体の脇に寄せ、切っ先はヒカルの胸元へ。

「ふっ!」

 一息漏らすのと同時に、三撃の刺突を一思いに放つ。胸元、右肩、脇腹を撃ち抜いた確かな手応え。

 だが、ヒカルは動きを鈍らせない。攻撃を受けたことなどなかったかのように、聖剣を上段へ振り上げる。

「悪く思うな」

「くっ!?」

 流石に、引かざるを得ない。

 咄嗟にバックステップしようとしたところで、ヒカルが深く踏み込む。直後に、嫌な予感がヤマトの脳裏を駆け巡る。

「ふんっ!!」

 ヒカルの足が地面を踏み鳴らした途端に、魔力の波が溢れ出して大地を揺らす。魔導術の形を取ってすらいない、純粋に魔力を使った力技だ。

 後ろへ飛ぼうとしていたヤマトは、地揺れに足を取られる。グラリと姿勢が崩れる中、万全の体勢で聖剣を構えるヒカルの姿が目に映った。

「終いだ」

「――『柳枝』!」

 咄嗟に姿勢を正そうとする力を抜き、全身を柔らかく保つ。振り下ろされた聖剣を目前に、木刀を盾のように構えた。

 聖剣の刃が触れる。同時に、思わず膝をつきたくなるほどの重い衝撃が、ヤマトの身体を打ちつけた。

「ぉぉおおおッ!!」

 気合いの声を上げる。

 ギシギシと悲鳴を上げる身体を無視して、木刀を傾ける。ヤマトの身体の中心を捉えていた聖剣が、徐々に木刀の刀身を削りながら、横へ滑り落ちていく。

 我慢のときは、どれほど続いていたのだろうか。数分ほどにも感じられたやり取りの末に、ヒカルの聖剣が横へずらされ、ヤマトの真横の地面に突き刺さる。

「なっ!?」

 驚愕の声を上げるヒカル。明確な隙が生まれているが、それを突けるほどの余裕は今のヤマトにはない。

 即座にバックステップして、間合いを離す。

「はぁ――っ」

 一息漏らしたところで、身体が悲鳴を上げていることに意識が向く。直接確かめるようなことはしないが、傷口の幾つかが開いているかもしれない。ジクジクと鈍い痛みが身体中を駆ける。

 本当ならば、即座に攻めへ転じなければならないのだが、今は身体が休息を求めていた。

 荒く息を吐くヤマトに対して、ヒカルはゆっくりと姿勢を正す。消耗した様子はない上に、より気を研ぎ澄ませているようにすら見える。

(これは、参ったな)

 正直、想定以上だった。

 このままヤマト一人でヒカルを抑え続けるのは、はっきり難しいと言わざるを得ない。早くも、アスラの援護が欲しくなってきたところだ。

 そんなことを思いながら、アスラとゴルドの戦いへ視線を飛ばしたヤマトは、思わず自身の目を疑った。

「何だこれは……?」

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