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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
アラハド共和国編
118/462

第118話

「あっ、お疲れー」

 アスラの他にレレイとリーシャを引き連れて控え室に戻ってきたヤマトは、扉を開けた瞬間にかけられた声に目を丸くする。

 いつの間に入り込んだのだろうか。誰もいなかったはずの控え室を、ノアが我が物顔で占拠していた。

「……おう」

「試合見てたよ。いい勝負だったじゃん」

 ヤマトの咎めるような視線に気づいていないのか、無視しているのか。平然とした調子で言葉を続けるノアに、レレイもリーシャも苦笑いを浮かべる。

 じっとりと湿度の高い視線を向けていたヤマトも、やがて諦めの溜め息を漏らす。

「その様子だと、やっぱり正体バレたんだね?」

「あぁ、すぐにな。不良品じゃないだろうな」

「さあ? まぁ、そこそこ誤魔化せてはいたんだから、別にいいでしょ」

 ノアの言うことはもっともだったので、それ以上追求することなくヤマトは口を閉ざす。

 元々、ヒカルたちが事前に安心感を覚えないようにと用意したものなのだ。試合前の様子を伺う限り、実際に刃を交える前まではレレイとリーシャも気がついていなかったようだから、最低限の役割は果たせていると思うべきだろう。

 ノアの手招きでヤマトたちが全員控え室に入ったところで、レレイが口を開く。

「しかし、ヤマトがいたことには驚かされたぞ。怪我の具合はよかったのか?」

「む? まぁ、問題ない」

「嘘ばっかり」

 白い目で見てくるノアから、そっと顔を逸らす。

「ふむ。やはり無理していたか」

「昨日の試合でも傷が開いたりしてて、包帯巻き直すの大変だったんだから。ほら、さっさと処置するよ」

 「ほらほら」とノアに促されるまま、ヤマトは上着を脱ぐ。

 アラハド共和国に着いたばかりの頃は、さながらミイラのように全身を包帯で巻いていた。だが、あれから数日経った今は、それなりに状態はよくなっていた。とは言え、それも安静にしていればの話だ。今や、外目からは分からない程度に巻かれていた包帯に、薄く血が滲んでいるのが見て分かる。

 それを目にした途端に、ジクジクとした痛みが全身を包む。先程までは、戦いの興奮で痛みを忘れていたようだ。

「あらら、これまた派手に」

「私も手伝うわ」

「……頼む」

 リーシャの申し出に、ヤマトは小さく頷いた。

 彼女は聖騎士らしく、太陽教会秘伝の回復魔導術を使いこなすことができる。傷の治りを速めるものや、応急処置程度にしかならない魔導術ではあるものの、あるのとないのとでは雲泥の差が生まれる。

 続く決勝戦――恐らくヒカルたちが勝ち上がってくるだろう――は、激闘が予想される。少しでも万全の状態で臨みたいところだ。

 リーシャがヤマトの傷口に手を添え、魔力を集める。ヤマトでは上手く感知することはできないが、きっとかなりの量の魔力を操っているのだろう。

「『治癒』」

 その詠唱と同時に、リーシャの手から淡い緑色の光が放たれる。

 『治癒』の光が傷口を撫でると、その付近がむずむずと痒くなってくる。傷が塞がっている証なのだろうか。

 そんなリーシャの魔導術を見ていたノアが、小首を傾げながら口を開く。

「前にも見たけど、あまり難しそうな術式じゃなさそうだよね?」

「そう? 私も覚えるとき、結構練習したんだけど」

「うん。ちょっと特殊な形に魔力を編んでるけど、それ以外は僕にもできそう」

 訝しげにリーシャは目を細めるが、ヤマトとしては溜め息を漏らしたい気分だった。

 行使される魔導術の構成を読み解く。そんな芸当は、並大抵の術士にできることではない。目に見えるならまだしも、魔力とは大雑把に身体で感じられるのが普通であり、魔導術一つを覚えるのに数年の鍛錬を要するものだ。

 とは言え、それらはあくまで常識であって、全ての人間に――ノアという天才肌の人間に当てはまるものではない。

 自信あり気に頷いたノアが、ヤマトの傷口に手を伸ばす。

「こうだよね? 『治癒』」

 詠唱と同時に、緑色の光がノアの手から溢れ出す。

 ヤマトの見た限りでは、リーシャが使う『治癒』と比べても遜色ないもののようだ。

「なぁっ!?」

「ほらできた」

 少し得意気な様子のノアに、驚愕を隠せないリーシャ。

 ヤマトは首を横に振りながら、口を開く。

「そのくらいにしておけ」

「はいはい」

 ぞんざいな返答をしながら、ノアは『治癒』の光でヤマトの傷を治していく。

「どうにも要領がいい奴だからな。こうしたことはよくある」

「そんな馬鹿な……」

「俺もそう思うがな」

 普段は明朗で呑気な言動の目立つノアだが、その実、彼は他に類を見ないレベルの天才だ。たった一度見ただけで、完璧な他人の模倣をしてみせるくらいは、彼によって朝飯前なのだろう。

 無論、その才は魔導術のみならず、学問や武術にも遺憾なく発揮される。何の気紛れか、今でこそ武の道には手を出していないものの、ノアが少しでも意欲を持とうものなら、ヤマト程度の技は一瞬で追い越されてしまうだろう。

 だからこそ、ヤマトもノアには一目置かざるを得ない。

 そんなノアへの複雑な感情が入り混じったヤマトの溜め息で、リーシャも我を取り戻したらしい。ノアに負けじと気合を入れ直した様子で、ヤマトの治癒を続行する。

「………?」

 身体の痒さを誤魔化すためにボゥッと虚空を見上げていたヤマトは、ふとレレイが視線を寄越したのに気がついた。

「どうした?」

「うむ、大したことではないのだがな」

 そう前置きしてから、レレイは言葉を続ける。

「ヤマトの戦い方が、些か変わっているように思えてな」

「ほぅ」

「どこが、とは上手く説明できんが。少しな」

 慌てて言い繕うレレイだが、ヤマトとしては看過できない発言だ。

 特に意識して戦い方を変えてはいなかったものの、実際に対峙したレレイの感想だ。聞くに値する。

「リーシャもそう感じたか?」

「うーん……。そんなに手合わせしてないから、詳しくは言えないけど。確かに、少し違った気はしたわね」

「ふむ」

 聖地での戦いから今日まで、ヤマトは誰とも手合わせをしていなかった。その間に、何か変化が生まれていたのかもしれない。

 そう考えるヤマトの横で、何かを思いついたのか、ノアが口を開いた。

「ちょっと勢いに乗ってた感じはしたよね」

「む?」

「前のヤマトは凄く落ち着いていたんだけど、今日のヤマトはイケイケで押してたって感じ」

 かなりふんわりとしたノアの言葉だが、それはヤマトの胸にストンと落ち着いた。

 以前までヤマトが考えていた戦い方は、言い換えれば理想を追い求めるものだった。効率的な動きを追い求め、状況ごとの最適解を定める。感情に動かされることなく、理性をもって鋭く冴え渡る一閃を生み出すというものだ。

 それが、今日になって――愛刀を失い、木刀と己の肉体だけが頼れるような状況になって、目先の勝ちに貪欲になった。その場の勢いに乗じて身体を動かし、多少の無理筋はこじ開ける。理性のみでなく、感情を動員した動きになっていたように思える。

 その違いが、ノアの言う「イケイケで押してた」動きを生み出したのだろう。

(……ふむ)

 どちらがよくて、どちらが悪い。という話ではないが。

 今までとは別の戦い方を模索するということも、必要になのかもしれない。

 とは言え。

「まぁ、今議論することでもないか」

 ノアの言葉に、ヤマトも頷く。

 今ヤマトたちが優先するべきは、目前に控えた決勝戦の備えだ。時空の加護を宿したヒカルは難敵な上に、実力の読めなかったゴルドも、想定以上にいい動きをしていることが分かった。間違いなく、次の決勝は苦戦することになるだろう。

 控え室の外から、壁がビリビリと震えるような大歓声が聞こえてくる。

「そろそろか?」

 レレイが呟く。

 控え室に備えられた小窓からコロシアムを覗き込めば、舞台にヒカルとゴルドが姿を現しているのが目に入る。ヒカルの表情や顔色は伺えないが、動きに支障をきたすほどの緊張はしていないようだ。ゴルドに至っては、表情から余裕すら伺える。

「流石に人気ね」

「レレイとリーシャは、あっちの控え室に向かったら? ヒカルも、一人だけだと心細いだろうし」

 ノアの言葉に、二人は頷く。

「そうさせてもらうわ。それじゃあヤマト、決勝も頑張ってね」

「期待しているぞ」

「うむ。任せておけ」

 ヤマトの首肯に、レレイとリーシャが表情を緩める。彼女たちも、ヒカルが単独で勝ちすぎることには懸念を抱いていたらしい。

 颯爽と出ていく二人の姿を見送ってから、ヤマトはコロシアムの方へ目をやる。

「……二人とも、凄いオーラでしたね」

「む? そうか?」

「えぇ。正直、少し気圧されてましたよ」

 これまで無言を貫いていたアスラが、恥ずかしそうに口を開いた。

 レレイもリーシャも、結局ヤマトが勝負をつけた形になった。だからこそ、彼には遠慮のようなものがあったのかもしれない。

 そんな慎ましいアスラの態度に、ヤマトは小さく鼻を鳴らす。

「次の相手の方が難敵だぞ」

「えぇ。勇者様に、ゴルドさんですね」

 アスラも、目の前の準決勝の結果はほとんど確信しているらしい。

 その言葉に首肯しながら、ヤマトは言葉を続ける。

「あぁ。正直、ヒカル一人が相手でも手に余るほどだな」

「……相当ですね」

「あぁ。俺たち二人共が死力を尽くさなければ、勝ちの目はないだろう」

 暗に、次はアスラにも期待するという言葉だ。

 それに気がついたのか、アスラは表情を明るくさせる。

「僕は何をすればいいですか?」

「簡単だ。俺がヒカルを止める。その間に、できるだけ早くゴルドを沈めてくれ」

 アスラは少し驚いた表情を浮かべる。

 ヒカルの力が際立っているとは言え、相方のゴルドも並大抵の使い手ではない。万全を期すならば、ヤマトとアスラの二人がかりでゴルドを沈めるのが道理だろう。アスラが一人で押し切れるような確証は、どこにもない。

 とは言え。それができなくては、ヒカルたちに勝つことが難しいのも、また一つの事実だ。

 そのことを、アスラ自身も理解したのだろう。表情を改め、真剣な眼差しになって、頷いた。

「分かりました。ゴルドは僕が押し切ります」

「あぁ、任せた」

 そのやり取りと同時に、コロシアムから再び歓声が上がった。目をやれば、ヒカルが一人で相手二人を下した姿が見える。疲弊した様子もない、余裕そのものといった佇まいだ。

 間違いなく、難しい戦いになる。

 そんな予感を覚えながら、ヤマトは息を漏らした。

「――全力でやるぞ」

「はいっ!」

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