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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
アラハド共和国編
116/462

第116話

 一夜明けて、大会二日目。

 俗に本戦と呼ばれる、上位入賞者同士の試合は、初日以上の熱狂に包まれていた。

『――またしてもヒカル選手、その豪腕で相手を吹き飛ばしましたぁッ!! 勝者、ヒカル選手とゴルド選手のペアです!!』

 「わあああつ」と試合場の方から大歓声が上がる。

 それを耳にしながら、ヤマトはそっと腰元の木刀の柄を握り締めた。

「いよいよですね」

「あぁ」

 ヤマトの対面に置かれた椅子に腰掛けていたアスラが、緊張を滲ませた顔で呟いた。

 朝早くから開催された大会本戦も、既に大詰めと言っていい頃合いだ。数多いた参加者のほとんどが脱落し、残ったペアは僅か五組――否、今しがたヒカルとゴルドのペアが勝利したから、残り四組に絞られた。すなわち、次の試合が大会の準決勝。

 いよいよ今年の大会覇者が決まるだけあって、会場から伝わる熱気は留まるところを知らず、ますます大きくなっている。その熱に浮かされて、ヤマトの胸もざわめき始めているほどだ。

「次の相手は、レレイさんとリーシャさんでしたか」

「強敵だな」

「知り合いですか?」

 アスラの言葉に、ヤマトは無言で頷く。

 大会準決勝へ駒を進めた中で目ぼしいのは、ヤマトとアスラの他に、ヒカルとゴルド、レレイとリーシャの三組だろうか。もう一組――ヒカルとゴルドに準決勝で当たるペアは、前大会準優勝を果たした猛者たちではあるが、ヒカルの相手を務めるには役者不足だ。もはやこの時点で、ヒカルの当初の目的――優勝して勇者の篭手を手に入れるというものは、ほとんど果たされたと言ってもいいだろう。

(無論、ヒカルはそうとは知らないだろうがな)

 そう心の中で呟いたヤマトは、仮面の下でふっと笑みを浮かべる。

 ヤマトが変装したナナシの正体は、まだヒカルたちには勘づかれていないらしい。ヒカルからすれば、準決勝を順当に勝ち進んだとしても、ヤマトがレレイたちを撃破してしまえば、まだ優勝が盤石とは言えないことになる。今頃は、固唾を呑んで次の試合を待っているのかもしれない。

 むくむくと胸中で戦意を膨らませていると、アスラがおもむろに口を開いた。

「抵抗はないですか?」

「む?」

 思わず、首を傾げる。

「何の抵抗だ?」

「知り合いの方と戦うことについてです。顔馴染みに刃を向けるのは、躊躇われるのではないかと――」

「ないな」

 即答し、首を横に振る。

 アスラは驚いたような表情を浮かべているが、ヤマトからすれば、そんなアスラの反応の方が想定外だ。

「怪我をさせたらどうしようとか、そうは思わないんですか?」

「ないと言っている。刃を交える中で負傷するなど、ありふれたことだろう? 今更、何も躊躇うところはない」

 むしろ、相手の手札をある程度知っているからこそ、ヤマトの戦意は増しているほどだ。

 日頃は中々本気でぶつかれない相手だから、こうした機会を得られたことには感謝すらしている。

「……変わってますね」

「それを気にする方が、変わっていると思うがな」

 それは、アスラがあまり戦士として戦いを経験してこなかったから出てきた疑問なのだろうか。だとしたら、アスラの魂の在り方は、まだ戦士というよりも市民のものに近しいのかもしれない。

 もっとも、今そんなことを考えてみたところで、何にもならない。

「――ナナシさん、アスラさん。次の試合が始まります」

 控え室の戸を開けて、スタッフの男が声を上げる。

 仮面が顔に貼りついているのを再確認してから、ヤマトはその場から立ち上がった。

「行くとするか」

「えぇ」

 アスラも立ち上がり、表情を引き締める。

 まだまだ甘さの残っている佇まいだが、物静かな様子の裏で、質の高い闘志が立ち昇っているのを感じる。戦いの場に出れば、ヤマトの期待以上の動きを見せてくれることだろう。

『いよいよ大会準決勝! この戦いを制したペアが、大会優勝へ王手をかけることになります!!』

 通路を抜けた先、コロシアムの方から、むわっとむせ返るほどの熱気が伝わってくる。

 司会の煽りで、観客の歓声が一段と大きくなった。

『皆様、盛大にお迎えください!! まずは西口より、ナナシ選手とアスラ選手ですッ!!』

「どうぞ」

 スタッフの男が手で示す。

 頷きながら、ヤマトとアスラは足を踏み出した。

「―――っ」

 会場へ出る。

 直上から差し込む陽光に目を細めた直後、四方八方から響く歓声に、ヤマトの腹が揺さぶられる。

『初日でのナナシ選手の活躍は、皆様の記憶にも残っていることでしょう! これまでの試合、木刀一つで勝ち抜いてきたその腕は本物です! 顔を伏せていますが、実は名のある剣豪という噂も!? この試合も、目が離せません!!』

 思わず、苦笑いが漏れる。同時に、無意識に強張っていた身体から力が抜けた。

(剣豪か)

 まだまだ未熟だと卑下する日々だが、そう称賛されること自体は喜ばしい。腰の木刀の感触を確かめながら、ヤマトは歩を進めた。

『そしてナナシ選手とペアを組む、アスラ選手! 初日では一切動くことなく終了しましたが、本日はその腕を存分に振るっています! 剣豪ナナシ選手と並び立っても遜色ない、格闘術の使い手です!!』

 ヤマトに続いて、アスラも歩を進める。

 その表情はまだ緊張に強張っているが、きっと戦いの中で解れてくれることだろう。ひとまず、ヤマトは視線を対面へ向けた。

(――来た)

 まだ会場に姿を現していないが、反対側の入口に、見知った気配が現れるのを感じる。どちらも、相手にとって不足ないほどの使い手だ。

『続いては東口より、レレイ選手とリーシャ選手! 本大会では珍しい、女性参加者同士のペアです!!』

 その案内と同時に、再び会場が歓声で揺れ動いた。心なしか男の声が大きく聞こえるのは、仕方ない部分なのかもしれない。

 ヤマトが見つめる先から、レレイとリーシャが姿を現す。今日だけでもそれなりの激闘を制しているはずだが、彼女たちの表情に疲れの色は見えない。

『まずはレレイ選手! その可憐な見た目に騙されることなかれ、しなやかな肉体から放たれる攻撃は、その全てが必殺の一撃! これまで、数々の強豪選手たちが彼女の一撃に沈められてきました!!』

 そんな煽りを受けたレレイが、気恥ずかしそうにしながらも、楽しげに前に歩み出る。この大舞台を純粋に楽しめている点を見るに、彼女はヤマトの思っていた以上の大物なのかもしれない。その身体に気負いはなく、正しくベストコンディションと言っていいだろう。

 身体つきこそは華奢で小柄なレレイだが、それを補って余りあるほどに、身体が柔らかくしなやかだ。またザザの島という辺境で魔獣狩りをしていただけあって、膂力も見た目以上に備わっている。格闘家として必要な能力全てを高水準に揃えた、難敵だ。

「あの人が、僕の相手ですか」

 アスラの呟きに、ヤマトは首肯する。

 まだペアでの戦闘経験が乏しいヤマトとアスラでは、下手な連携は組まない方がマシだ。ゆえに、二対二のこの戦いでも、一対一を二つ繰り広げる方針で固まっている。

 ヤマトではレレイの速度に追いつけないから、レレイの相手はアスラに担当してもらう。

 ならば、ヤマトの相手は。

『そしてリーシャ選手! 太陽教会聖騎士という肩書きに相応しい剣術と魔導術で、これまでの相手を難なく沈めてきました! 特に、レレイ選手の後方から繰り出す痛烈な魔導術には、名の知れた選手すら手も足も出ずに敗退したとか! 期待が高まります!!』

 声援を受けながら、リーシャが姿を現した。聖騎士という役柄を務めているからか、こうした大観衆を相手取るのは慣れているのだろう。その表情には、一切の緊張がない。

 聖騎士としての鍛錬を積んできたリーシャの技は、ヤマトの目からしても一流と呼んでいいレベルだ。かつて聖地で軽く手合わせをした際には、その剣術のみでヤマトの刀術に渡り合ってみせた。それに加えて、今日は魔導術も駆使するという。容易に勝ちを拾うことはできないだろう。

『これにて両者出揃いました! いずれも、他の選手との激闘を潜り抜けてきた強豪選手です! どちらが勝利するのか、誰にも予想できません!!』

 いよいよ始まる。

 腰に下げていた木刀を抜き払い、正眼に構える。

「ふぅ――」

 深呼吸。バクバクと早鐘を打っていた鼓動が、徐々に収まっていく。

 あれほど騒がしく聞こえていた観客の歓声が、段々とヤマトの意識から取り除かれていく。

(行くか)

 ぐっと腰を落とした。

『それでは準決勝試合! ヤマト選手アスラ選手のペア対、レレイ選手リーシャ選手のペア!! ――試合開始ッ!!』

 その合図と共に、コロシアムの空気がぶるりと揺れ動いた。

 ビリビリと震える大地を踏みしめ、ヤマトは前へ。

「シ――ッ!!」

 気迫の声を上げながら、一気に駆け抜けた。その目に捉えているのは、レレイを通り越した先――リーシャだ。

 ヤマトもアスラも、共に魔導術に適性を持たない戦士だ。ゆえに、リーシャが魔導術で場を支配する展開こそが、一番避けるべきもの。

(乱戦へ持ち込むぞ)

 咄嗟にヤマトの迎撃をすべく、レレイが半歩横へステップする。その後ろで、リーシャは距離を取るようにバックステップをしていた。

 流石に、判断が速い。

「行かせないっ!!」

 叫びながら、レレイが拳を構えた。

 アスラの援護を待っていては、リーシャに先手を取られてしまう。ここで時間を浪費することなく、駆け抜けることこそが、ヤマトたちに求められた最低限の行動だ。レレイの妨害を、ヤマト一人で通り抜けなければならない。

(行くぞ――)

 あと半歩で刀の間合いへ入るところで、ヤマトはぐっと姿勢を落とす。同時に、強烈な殺気をレレイへ叩きつける。

「むっ!?」

 上段に構えた木刀を、そのまま振り下ろすフェイント。それに合わせて殺気と気迫を置き去りにして、レレイの脇を駆け抜ける。

 レレイの目からは、ヤマトが躊躇いなく木刀を振り下ろす幻視が見えたことだろう。本物の殺気を叩きつけられたこともあって、咄嗟に身体を横へ飛ばす。

「しまった!?」

「邪魔はさせない!!」

 即座に後ろを振り返ろうとしたレレイの前に、アスラが割り込む。

(これで、第一関門は突破か)

 足運びと重心移動、刀の動きでレレイの視線を誘導し、殺気で意識を固定させた隙を潜り抜ける走法。レレイの獣じみた感覚を恐れてフェイントも入れたが、どうにか上手く働いてくれたことに安堵する。

 とは言え、ここからが本番だ。

「まさか突破してくるとはねっ!」

 感心するように言いながら、展開しつつあった魔導術をかき消して、リーシャは剣を構えた。

 ヤマトの刀術と、リーシャの剣術。以前に対峙したときは、ほとんど互角と言っていいほどだったが。

(ここは無理にでも押し切らねば、勝ちの目はなくなるな)

 正直、アスラとレレイの戦いについては、レレイの方に軍配が上がるだろうとヤマトは見立てている。アスラも格闘家としての高い素質を秘めているものの、それはまだ開花するには至っていない。

 ゆえに、勝敗はいかに早くヤマトがリーシャを押し切れるかにかかっている。多少の無理を貫いてでも、強引に沈めなければなるまい。

「いざ――」

 駆けながら、木刀を下段に構える。

 油断なく剣を正眼に構えたリーシャの間合いへ、ヤマトはそのまま踏み込んだ。

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