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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
アラハド共和国編
114/462

第114話

「――では、また明日。身体は休めておけ」

「はい! ヤマトさんも、今日はゆっくり休んでください」

 勢いよく頷いたアスラは、そのまま観客席の人混みをかき分けて姿を消す。

 その背中を見送ったヤマトは、誰の視線も向いていないことを確かめてから、疲れたような溜め息を漏らした。

「想定以上だった」

「さっきの戦いのこと?」

「あぁ」

 貴賓席へ続く通路から、ノアが顔を覗かせていた。

 このままノアと話し続けるのは、人目を集めすぎるだろう。先導するノアに続いて、ヤマトも貴賓席へ入る。

「まぁ、何はともあれ。まずは初日突破、お疲れ様」

「うむ」

「ずいぶん派手にやったよね。おかげで、結構な人がヤマトの噂をしている」

「ナナシのだ」

「そうそう。ナナシの噂」

 軽妙に言葉を交わしながら、ヤマトは貴賓席の隅の方へ腰を下ろす。幸いにも貴賓席にまだいる人は少ないようで、途中入場してきたヤマトとノアに目をやる者はいなかった。

「怪我の調子はどう?」

「悪くはない。が、無理をしたな。少し開いた気はする」

「あらら。流石にここじゃ処置できないから、ホテルに戻ってからかな」

「頼む」

 頷きながら、ヤマトは顔をしかめる。

 動きに支障をきたすほどではないものの、全身の傷口がヒリヒリと痛む。派手に流血しているような感じはしないが、薄皮一枚先まで出血くらいにはなっていそうだ。ここから更に身体を動かそうとすれば、いよいよ傷口が開いてしまうかもしれない。

(流石に、今日は安静にするべきだな)

 当初の予定では、明日行われるはずのヒカルとゴルドとの戦いに備えて、多少の鍛錬に励むつもりだったのだが。

 そんな忸怩たる思いを抱くヤマトに対して、ノアは小首を傾げながら口を開く。

「結構圧勝に見えたけど、実は苦戦してた?」

「苦戦、というほどではないがな。楽な相手ではなかったのは確かだ」

 圧勝に見えたというのは、当然のことだろう。そのように見えるように、ヤマトが演出したのだから。

「じゃあ、何やってたのか聞いてもいい?」

「無論だ」

 コロシアムを見下ろせば、今はちょうど小休止の時間に入っているらしい。観客たちは席を離れて飲み物を買いに走り、司会は待つ人々を退屈させないよう、注目選手の紹介などして時間を潰している。

「ギズメルとガラゾって選手だったね。僕の目からだと、割と強そうに見えたけど」

「間違いなく強者だな」

 ノアの言葉に首肯する。

「詳細な位置までは分からんが、恐らくは北方の狩猟民族だ。それも、大型の獣を狩る部族」

「猪とかく熊とかか」

 学術的には魔獣と呼称できないものの、その強さだけを取り出して見るならば、下手な魔獣を遥かに上回る力を持った獣だ。魔力を扱えないだけで、膂力自体は魔獣のものと大差ないのだから、当然と言えば当然かもしれない。

「ギズメルを見たなら分かるだろう。奴らは、人でありながら獣と張り合えるだけの力を、その肉体に宿している」

「人間離れしているね」

 感心したように頷いたノアだったが、すぐにヤマトへ、からかうような視線を投げかける。

「そんなギズメルさんの全力を、片手で受け止めちゃった選手がいたみたいだよ?」

「ただの技だ」

「ふぅん?」

 続きを促すようなノアの視線に、ヤマトは溜め息を漏らしてから、口を開く。

「刀で受け止めた衝撃を受け流す。それだけだ」

「関節とか身体のバネを使ったってことか。地面だけが派手に割れてたのは、足から衝撃を逃したから?」

「そういうことだ」

 技巧に長けた剣士が多い故郷の里でも、その技を会得した者は少ない。それをひとまず扱えていることが、ヤマトには少し誇らしく思えた。

「凄い技じゃん」

「さてな。だが、僅かな漏れも許さず全てを受け流すのは、至難の技だ」

「じゃあ、さっきは全部受け流したわけじゃないんだ?」

「うむ。中々に重い一撃だったからな。腕が痺れたぞ」

 痛烈な衝撃を前に、ヤマトの腕全体が痺れていた。握力も一気に失われて、木刀を落とさないようにすることで精一杯だったのだ。

「俺もまだまだ未熟だ」

 本物の達人であれば、その刀一つで竜の咆哮すら受け流してみせるという。そこまでの頂へは、ヤマトは至れていない。現実に、ギズメルという人間の攻撃を前に、小賢しい挑発をしなければ受け止められなかった。加えて、完璧に近い形で受け止めた上で、無視できないダメージを負っているのだ。

 これを未熟と呼ばずして、何と言うのか。

「平然としていたのは、演技ってわけか」

「演出のために必要なことだったからな」

 ノアの言葉に、ヤマトは頷きながら応える。

 ヒカルの意識へ鮮明に刻みつけるために、ギズメルとガラゾとの試合は圧倒的な勝利を収める必要があった。試合相手が弱ければ、また別にやりようもあっただろう。だが、今日のヤマトたちを相手取ったのは、強豪と呼ぶに相応しい選手だった。順当に勝つことは可能でも、それではヒカルの目に留まることはできない。

「案外ヤマトも演技派だよね。全然気づかなかったよ」

「相手を調子づかせない方法としては、もっとも単純だからな」

「調子づかせない?」

 今一つ要領を得ないという表情を浮かべたノアに、ヤマトは口を閉ざす。

(何と説明するかな)

 実戦において勝敗を分ける要因として、何が考えられるだろうか。当人の実力、戦術、運。様々なものが関係するのは間違いないが、その中の一つに――もっとも大きく関与するものに、“調子”が入っているとヤマトは教わった。

 考えてみれば簡単な話だ。多少腕が冴えていたところで、調子の乗らない戦い振りをしていては、調子づいた初心者にも敗北しかねない。やる気、元気、勢いと言い換えてもいいだろう。それがないことには、戦いで勝利を望むことなどできはしない。

「もっとも強い敵とは、どのような存在だと思う?」

「強い敵? うーん……」

 しばしノアは考え込む。

 だが、この答えはそう難しいものではない。武を囓ったことがあれば――否、武を囓ったことがなくても。そう言われればと、納得できるような答えがある。

「単純だ。こちらの攻撃は通用せず、あちらの攻撃は防げない。そんな敵手が、もっとも分かりやすい脅威だ」

「まぁ、それは確かに」

 要は、勝てないというのと同義なのだから。

 納得したように頷くノアに、ヤマトは言葉を続ける。

「だが、それを目指すのは現実には厳しい。相手の攻撃全てを受け止めることはできないし、こちらの攻撃全てを通すことも困難だ」

「そりゃそうだよね」

「ゆえに、演じるのだ」

 視線を向けるノアに、ヤマトは右手を上げながら口を開く。

「先の試合、俺はギズメルの拳を受け止めたな? 損傷はどの程度だと思う」

「ははぁ、そういうこと?」

 得心したらしいノアに、頷き返す。

「実際の俺は相応に傷を負っていた。衝撃を前に握力は失われ、腕の骨が軋み、肩が外れかけたほどだ」

「そんなに?」

「だが、ギズメルの方からは、どう見えただろうな?」

 或いは、ギズメルの後ろにいたガラゾからは。周囲から観戦していた観客たちからは。人知れず様子を伺っていたはずのヒカルからは。

 ギズメルの拳を前に、ヤマトは平然としていたように見えていたはずだ。

「俺の姿を見た瞬間に、全員が錯覚した。俺には少なくとも、ギズメル以上の頑強さがあるらしい、とな」

 その瞬間に、勝敗は決した。

 自分たちの最大の武器だと信じていた膂力が、ヤマトのような優男一人に敵わなかったのだ。戦意を高揚させていたギズメルもガラゾも、心の底では、その瞬間に敗北を認めていた。

 技術や体力を磨く中で、精神力というものは軽視されがちだ。とても人の言葉では説明できないものであるがゆえに、敬遠されがちだったという面もあるのだろう。とは言え、人の動きに精神の有り様というのは、その実、密接に関わっている。気分が悪いから、いつも通りに動くことができない。そんな事案は、枚挙に暇がないほどだ。

「いくら強靭な戦士だろうと、己の敗北を認めていては話にならん。それだけの話だ」

「なるほど。ヤマトも意外と策士だったんだね」

「意外とは何だ」

 ノアの物言いに苦笑いをしながらも、「まあ確かに」とヤマトは自分でも頷いてしまう。

 ノアが言っている通り、少し前のヤマトだったならば、そんな戦術を考えたりはしなかっただろう。考えたとしても、結局は力を出し切って勝利を目指すような、ある意味正道な戦い方を選んだはずだ。

 ならば、何が転機だったのか。

(あいつを失ったことか?)

 腰元の寂しさに、僅かにヤマトの表情が陰る。

 故郷を離れて以来、数年に渡って続いた大陸の武者修行。その旅路を支えてくれた愛刀を失ったことが、ヤマトにとっては存外に大きかったらしい。手元の頼りなさを埋めるために、また新たな道を見出だせたというのは、皮肉なことなのかもしれない。

(ふっ、いつまでも女々しいものだ)

 胸によぎった寂寥感を一笑し、ヤマトは気分を切り替える。

「あっ、そろそろヒカルの出番みたいだよ」

 隣のノアが明るい声を上げる。ヤマトの表情が陰っていたことを悟ったのかもしれない。

 相変わらず気が利く相棒に、心の中で感謝しながら。ヤマトも、ノアに続いて眼下のステージへ視線を送った。

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