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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
アラハド共和国編
112/462

第112話

 国を挙げての一大イベントであるがゆえに、大会出場者の数も相当なものだ。

 自然、自分たちの出番までの待ち時間も長くなっていくが、控え室にたむろする選手たちを眺めていれば、ヤマトにとってはほとんど気にならない程度のものだった。

「いよいよですね……」

「そうだな」

 隣の席に腰掛けていたアスラが、緊張感を表情から滲ませながら呟いた。

 武術大会が始まってから、既に一時間ほどが経過しているだろうか。最初の頃は控え室を埋め尽くすほどの人数がいたものだが、既にそれなりの選手が試合へ出ていったため、今はスペースに余裕がある状況だ。

 直に、ヤマトたちの出番も来るだろう。

 何となく腰元の木刀の柄を握ったり開いたりしていると、虚空をボンヤリと見つめていたアスラが口を開いた。

「ヤマ――ナナシさんは、余裕がありそうですね」

「そうか?」

「えぇ。それに引き換え、僕は情けないです。今こうしているだけで、頭が真っ白になっている」

「そんなことはない」

 言いながら、ヤマトは自分の手の平に視線を落とす。

「俺とて、大舞台を前に緊張くらいはする」

「……本当ですか?」

「あぁ。違いがあるとすれば、それとの向き合い方を心得ているくらいだろう」

 初めて刀を握ったとき。初めて人相手の試合を目前にしたとき。初めて大会に出たとき。初めて実戦を迎えたとき。

 その尽くで、ヤマトは耐えがたいほどの緊張を経験してきた。ときには視界が真っ白になり、前後不覚に陥った。刀を握っても、切っ先が震えてまともに振ることすらできなかったこともある。

 そうした経験を思い返している今でさえ、ヤマトの身体は緊張状態にあった。バクバクと早鐘を打つ鼓動と、浅く荒くなる呼吸。全身がいつも以上の熱を持ち、指先が小刻みに震えているような錯覚。とても、前後不覚に陥った過去の自分を笑えるような状態ではない。――それでも。

「こうした機会でなければ、味わえないものだ。そう見れば、悪くないように思えるだろう?」

「僕にはよく分からない感覚です」

「ふふっ、そうか。……もっとも、今日はそう気負う必要もないと思うがな」

「はい?」

 ヤマトの言葉に、アスラは首を傾げる。その身体からは余分な力が抜けているように見えた。

(さて。そろそろかな)

 アスラから視線を外して、ヤマトは控え室を見渡す。レレイとリーシャもだいぶ前に控え室を出ていって、残された選手も僅かになっていた。

 人気の少ない控え室の扉を、スタッフの男が開いた。

「次、ナナシ選手とアスラ選手です!」

「出番だな」

「はいっ!」

 ヤマトの声に、アスラが威勢よく応える。緊張の色は完全には拭えていないものの、意気の乗ったいいかけ声だ。

「こちらへ。試合もすぐに始まります」

「了解した」

 スタッフの男が先導するのに従って、ヤマトとアスラは控え室を出る。

 試合の舞台となるステージは、すぐそこにある。陽の光が漏れ出る入り口からは、熱狂した観客の声が響いてくる。その声量だけで地面がビリビリと揺れているような錯覚が生まれ、心に見えない圧力が掛かっていく。

 ドクッと一際強く脈打った心臓を、思わず手で押さえた。

「ナナシさん?」

「いや、何でもない。――行くとしようか」

 応えながら、深呼吸をする。異様な熱を放っていた身体が徐々に落ち着きを取り戻し、視界がクリアになっていく。

 腰元の木刀の柄を握り締めると、意識が鋭敏になっていく。

 陽が差す場所へ、足を踏み入れた。

『次の選手紹介です! 東方から入場しますのは、ナナシ選手とアスラ選手! 共に本大会初出場のお二人、その隠された力に期待が集まります!』

 拡声の魔導具を通じて、司会の声が会場中に響く。同時に、観客席から歓声が立ち上った。

 四方五十メートルほどのステージを取り囲むように作られた観客席。そこから溢れるほどの数の観客の視線が、ヤマトとアスラに集中していた。

「………これは……!」

「立ち止まるな」

 圧倒されたように息を呑んだアスラを、ヤマトは背中から突く。

 それで我に返ったアスラは、微妙に頬を紅潮させて頷く。

『対する西方から入場しますのは、ギズメル選手とガラゾ選手! 過去二回に渡って大会出場を経験しており、いずれも初日突破の実績を持つ強豪選手です!!』

 その説明と同時に、ヤマトたちに向けられたものを遥かに上回る歓声が立ち上った。

 舞台の正面に目をやれば、向かい側の入り口から二人の男が姿を現すのが見える。共に高身長で筋骨隆々の大男だ。獣の皮を縫い合わせたような簡素な服を着ているから、北方の狩猟民族だろうか。衣の合間から覗ける肉体からは、溢れるほどの力強さを感じる。

「む? これはまた、ヒョロヒョロと軟弱そうな奴が相手じゃのう兄者」

「ふっふっふ。我ら兄弟の筋肉と比べるだけ、彼らが可愛そうというものだ、弟よ」

「ほう?」

 いきなりの言葉に、アスラは目を白黒させている。ヤマトも、思わず声が漏れ出た。

 審判の様子を伺うに、彼らの言葉を止めるつもりはないらしい。試合前の軽い舌戦くらいは、勝負を盛り上げる余興として許容しているということか。

「どうした、何も言えないのか?」

「あまり無理を言うものではないぞ、弟よ。聞けば、彼らは初参加らしい。きっと我らの威圧に緊張してしまっているのだろうよ」

「なるほど! 俺たちの強さが憎いものだな、兄者!」

「まったくだ!」

 「「はっはっはっ!!」」と朗らかな笑い声を上げる、大男二人。

 ヤマトとアスラを舐めるような言葉だが、今一つ邪気のようなものは感じられない。微妙に腹立たしいものを感じるが、あれが彼らの素なのだと思えば、ある程度苛立ちを飲み込むことはできる。

 とは言え。

(舐められたままというのは、少し面白くないな)

 チラリとアスラの様子を伺う。大会の緊張感にまだ順応できていないらしく、その表情は強張ったままだ。

 ヤマトの方で何か言い返してもいいのだが、ノアからは念のために声を出すなと伝えられている。

(ならば――)

 腰元から、木刀を抜き払う。

 とても勝負に真剣とは思えないヤマトの得物を見て、大男たちはまた何かを言おうとする。口を開いたところへ。

「ふん――ッ」

 木刀を振り抜く。同時に、殺気を二人へ叩きつける。

 観客席から立ち昇る歓声が、一瞬で止んだ。ヤマトの身体から放たれた尋常ではない剣気に、武に詳しくない彼らも何かを感じ取ったらしい。

「これは……」

「弟よ。どうやら我らは、相手を侮っていたようだな」

 大男二人は、即座に様子を改める。

 これまでのヤマトたちを下に見た表情から一変して、油断ない顔つきへ。身体から闘気が溢れ出し、ヤマトとアスラの頬を痺れさせていく。

「……すみません、ナナシさん」

 小声で呟き、アスラが前へ出ようとする。

 アスラのすぐ前へ腕を突き出し、動きを制止する。

「ナナシさん? 何を――」

 アスラの疑問に応えないまま、ヤマトは一歩前へ出る。

(このまま順当に勝ち進み、本戦でヒカルたちと戦う。それでもいいが――)

 控え室にいたときから、ボンヤリと考えていたことだ。

 そもそも、なぜヤマトがこの大会に出場することにしたのか。その答えは一つだ。大会を目前にしてなお覇気に欠けたヒカルに、活を入れるため。より具体的には、ヤマトが正体を明かさないままに、ヒカルの優勝を脅かす存在となることで、ヒカルに勝利を意識させるためだ。

 それを果たすために、やっておきたいことがある。

(俺たちという存在を、ヒカルに刻みつける)

 要は、インパクトが必要なのだ。

 数多くいる選手の中で、ここに優勝を脅かす存在がいるのだと。ヒカルたちの意識に、痛烈に刻みつける必要がある。

 そのために。

(どちらも、いい戦士だ)

 仮面の中で薄っすらと笑みを浮かべながら。大男二人に向けて、指を一本だけ立てた。

「あん? いったい何のつもりだ」

「………まさか……」

 大男二人の表情が、徐々に強張っていく。

 ヤマトの意思を明確に伝えるが如く、後ろのアスラが口を開いた。

「一人でやるつもりですか」

 無言のまま、頷く。

 今一つすっきりしない面持ちのアスラだったが、やがて諦めたように溜め息を吐いた。

「今日は気負う必要はないって、こういうことでしたか」

(すまないな)

 声には出さないまま、ヤマトは手にした木刀を軽く素振りする。

 相手を舐めているつもりはない。対戦相手の男二人は間違いなく強敵だし、ヤマト一人で戦うよりも、ヤマトとアスラの二人で戦った方が明らかに確実だろう。――だが。

(少し、暴れるとしようか)

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