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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
アラハド共和国編
110/462

第110話

 光陰矢の如し、とはこのことだろうか。

 自信をつけるために鍛錬に打ち込むヒカルを激励したり、彼女に勝つため頭を悩ませるレレイとリーシャの相談に乗ったり。彼女たちの目を盗んで、アスラと共に修練する平和な日々は、瞬く間に過ぎ去っていった。

 そして、今日。

「凄い人だかりだね!!」

「年に一度の行事だからな。皆、気合も入っているようだ」

 アラハド共和国の首都ラードに片隅にある、巨大なコロシアム。その周辺は、ラード中の人々が一点に集まったが如く、足の踏み場もないほどの混雑に見舞われていた。

 思わずむせ返るほどの熱気を溢れさせながら、騒ぎ立てる人々。彼らの姿を眺めながら、ヤマトとノアは嘆息する。

「いやぁ、ヒカルの仲間でよかったって思うよ。本当に」

「同感だな」

 魔王討伐の任を受けた勇者ヒカルは、ここでも国賓待遇を受けている。ヒカルの仲間として同道しているヤマトたちにも、それは同様だ。人がごった返す中、ヤマトたちはその人混みから逃れるようにして、貴賓席へと通されていた。

 微妙な居心地の悪さも感じはするものの、目の前の狂乱騒ぎを見る限りでは、一般席の方へ入りたいとは思えない。ヤマトもノアも、極力人混みは避けようと思うような人間なのだ。ヒカルのおかげでこの待遇を受けられているのだから、彼女に感謝する他ないだろう。

 ノアの言葉に頷きながら、ヤマトは貴賓席の一角を見やり、苦笑いをする。

「凄いガチガチだね」

「一度大会は経験しているはずなのだがな」

 ノアと揃って、ヤマトも首を振る。

 貴族たちがリラックスできるように整えられた貴賓席だが、その一角だけは、迂闊に足を踏み入れられないほどの緊迫感が漂っていた。その原因は、隅の席に腰掛けた鎧武者――ヒカルだ。

「声かけてきたら?」

「こういうのはノアの仕事だろう」

「僕はちょっと用事があるから」

「は?」

 思いがけない返答に、ヤマトは思わずノアの方を見やる。

 つい先程までは隣にいたはずのノアが、いつの間にか、貴賓席の出口近くにまで移動していた。憎たらしいほどに清々しい笑みを浮かべて、手を振る。

「それじゃあ、そっちはお願いね!」

「あ、おい!」

 止める間もなく、ノアはそこから出ていった。思わず惚れ惚れしてしまうほどの、立派な逃げようだ。

 一人でそこに残されたヤマトは、眉間にシワを寄せながら溜め息を一つ零す。

「こういうのは苦手なのだがな……」

 呟きながら、未だ凄まじい威圧を辺りに振り撒くヒカルに視線を寄せる。周囲のことがまるで目に入っていないようで、先程までのヤマトとノアのやり取りすらも、全く気がついていないらしい。

 ノアに任せてしまいたくはあったが、仕方ない。

「ヒカル。まだここにいたのか」

「―――っ!? ヤマトか……」

「レレイとリーシャは、もう予選に行っただろう?」

 ヒカルたちとここへ来たときに同行していたレレイとリーシャの二人組は、既にコロシアムへ行った。直に始まる予選に備えて、今は身体を暖めている頃合いだろうか。

 今ここにいるヒカルの出番がまだだったとしても、いつまでも道草を喰っているわけにはいくまい。

「緊張しているのか」

「そっ、そんなことはないぞ!?」

 そんなことを言うヒカルの声は、ヤマトが噴き出してしまうほどには裏返っていた。ヒカルもそれを自覚したのか、恥ずかしそうに身体を縮こまらせる。

(しかし、どうしたものかな)

 相変わらずの鎧兜で姿を隠しているものの、見ているヤマトたちにまで伝わるほどの緊迫感を、辺りに振り撒いていた。利益を求めてヒカルを探していた貴族たちまでもが、そんなヒカルの様子を前に、声をかけることを躊躇っているほどだ。

 ヒカルの友人として、これを放っとくわけにはいかないだろう。

「散々鍛錬してきただろう?」

「それはまあ、そうだが」

「なら恐れるものはないだろう」

「そういうものか?」

 ヒカルの言葉に、ヤマトは一つ得心する。

 数日前にホテルの食堂で話したときとは、また少し雰囲気が異なっている。緊張はしているものの、自信喪失したとまではいっていない。ただ単純に、大舞台を目前にしたプレッシャーを感じているだけだ。

 散々述べてきた通り、ヤマトの見解からすれば、この大会は順当に進めばヒカルの優勝に終わる。リーシャとレレイが手を組んで対抗しようとしても、それは容易には覆らない結果だろう。そんな状況にも関わらず、ヒカルが普通の者らしく、緊張で震えていることが少しおかしく、それでいて少し嬉しく思えた。何か上手いこと言おうという気負いが、ふと軽くなったような気がする。

 気がつけば、ヤマトの口は再び開いていた。

「ふふっ。まぁ、俺が幾ら言葉を重ねたところで、それは拭えまいよ」

「そんなぁ」

 勇者としての厳格そうな演技まで失われて、ヒカルは情けない声を上げる。

「それは、大会参加者全員が感じるものだ。ならばヒカルも、せいぜい楽しむのがいい」

「……意地悪」

 ヒカルはボソッと小声で悪態を吐いてくるが、ヤマトは知らぬ存ぜぬと肩をすくめる。

「それよりも、早く行ったらどうだ? 運営にも待たせているようだしな」

「むぅ」

 確かに、ヤマトが顎で示した先には、微妙に落ち着きがないスタッフの姿がある。勇者ヒカルは国賓であり、本大会の目玉とも言える出場者なのだ。万が一にも遅刻して不戦敗とならないようにしてほしいのだろう。

「ほら」

「……分かったよ」

 不承不承という様子を隠そうともせずに、ヒカルは立ち上がる。

 スタッフの元へ歩みを進めるヒカルの背中を見送りながら、ヤマトは再び口を開いた。

「この緊張感はそう味わえるものでもない。楽しんできたらどうだ」

「軽く言ってくれるね」

 「でも」と言いながら、ヒカルは振り返った。兜で相変わらず素顔は隠されているが、その身にまとう雰囲気は、心なしか先程までも和らいでいるように思える。

「分かった。全力を出してくるよ」

「それでいい」

 貴賓席から立ち去るヒカルを見送ってから、ヤマトは溜め息を漏らす。

 相当に口下手な自分だが、どうにか、ヒカルの緊張を軽くすることができただろうか。

「ヤマト、お疲れさん」

「……やはり、お前がやった方が早かったのではないか」

「まぁ、そこはそれ。代わりに便利なもの用意したんだから、勘弁してよ」

 もう戻ってきたらしいノアは、悪びれた様子もなくペコペコと頭を下げている。

 その軽薄な様子に苦笑いを浮かべて、ヤマトは先を促す。

「何を用意したんだ?」

「変装用の魔導具。とは言っても、凄い簡単なものだけど」

 言いながら、ノアは手にしていた仮面を掲げる。厚く白塗りされた仮面に、黒墨で双眼だけが描かれていた。

「不気味だな」

「東の方で作られた仮面をモチーフにしているんだって。厄災を払い除ける守り神らしいよ」

 むしろ、この仮面こそが厄災のような気がしてくる。夜道でこの仮面を見かけたならば、ヤマトも思わず身構えてしまうだろう。

「ヤマトには、これを着けて出てもらおうかなって」

「……正気か?」

「一応ね。単に顔が見えないだけじゃなくて、軽い認識阻害も入っているから。下手なことを言わなければ、ヒカルもすぐには気づかないと思うよ」

 子供の落書き同然のような仮面だが、存外に凝った仕掛けが施されているらしい。

 「着けてみて」とノアに促されて、ヤマトは仮面を手に取る。思っていたよりも、ずっと軽い。顔に当てれば、即座にペタリと貼りつくような感触。咄嗟に、すぐ外れることを確かめて、安堵の息を漏らす。

「どうだ?」

「……うーん? まぁ、確かにボヤケているような?」

「おい」

 何とも頼りにならない言葉だ。だが、思えばノアはヤマトと、既に長い間旅を続けているのだ。そんなノアですら阻害の効果を受けているのだから、ヒカルたちにも機能するのかもしれない。そんな言葉で、胸中に湧き起こる疑念を誤魔化していく。

「一応、それを着けている間は喋らないようにね。あと、名前はナナシで登録したから」

「適当だな」

「明らかに偽名って分かって、明らかに雑な変装をしているくらいの方が、見ている人は面白いものだよ」

 ふと、グラド王国でヒカルと初めて出会ったときのことを思い出す。あのときのヒカルも、確かナナシという名前を使っていたはずだ。

 そんな感傷に浸るヤマトに対して、ノアは手にしていたもう一つのものを差し出す。

「あと、これ。本当にこれで出るんだよね?」

「あぁ。結局、こいつが一番手に馴染む」

 故郷の地を飛び出してから、既に何年経っただろうか。数多の修羅場を共に潜り抜けてきた愛刀は失われたが、ヤマトの刀術を磨いてきた“それ”――木刀は、未だ健在だ。

「まぁヤマトがいいなら、それでいいけど」

「妙なものを握って感覚が鈍るよりは、ずっとマシだろう」

 軽く手の中で弄んで、慣れ親しんだ感覚が返ってくることにホッと息を漏らす。

 造形や重量を鉄刀に寄せているとは言え、所詮は木刀。攻撃力や耐久性には雲泥の差があるものの、己の身体と一体化するような感覚の馴染み方は、この大舞台の相棒とするに相応しいものだ。

 軽く目をつむり、呼吸を整える。久々の戦いを目前にして、身体中の血が煮えるのを感じる。

(よし)

 再び目を開いたとき、視界はずいぶんと鮮明になっていた。戦場の只中にいるかのように、感覚が冴え渡る。

「――では、行ってくる」

「行ってらっしゃい。応援してるよ」

 ノアの声援に頷き返して、ヤマトも貴賓席を後にした。

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