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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
グラド王国編
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第11話

「よし、これでおしまい!」


 キリングベアとの戦いで傷だらけになっていたヤマトは、ノアの手によってあちこちに包帯を巻かれていた。消毒と止血程度の応急処置であったが、傷の場所が多すぎたために、今やヤマトはミイラのような有り様になっていた。


「……助かる」

「もう慣れたからいいよ」


 ノアの言葉に、ヤマトは気まずげに目を逸らす。事情を知らないヒカルの方は小首を傾げた。


「慣れたとは?」

「ヤマトってば、ことあるたびに怪我作ってくるんだよ。病院に突っ込ませたりもするんだけど、どうしても緊急のときは僕が治療することになってね」

「迷惑かける」

「本当にね。できれば、怪我しないようにしてほしいものだけど」


 ますます身体を縮こまらせるヤマトを不憫に思ってか、ヒカルは口を開く。


「戦いは危険と隣合わせだ。傷を負うくらいは仕方あるまい。あれほど熾烈な戦いをしていてはな」

「そうは言うけどね……」


 苦々しい表情を浮かべるノアに、ヒカルは思わず苦笑いを漏らす。仲間であるならばヤマトの勝利を信じるべきとも思うが、ああも鬼気迫るような戦いをされては、心配せずにはいられないのだろう。


「しかし驚かされたぞヤマト。まさか、あれほど戦えたとはな」


 一度ヤマトとは武術大会で相対し、その折にも尋常ではない腕前らしいことは感じていた。だが、実戦でのヤマトは、それとは次元の異なる強さを発揮していたように見えた。

 初めて戦ったときにあれほどの戦い振りで迫られていたら、ヒカルも早々に戦意喪失していたかもしれない。


「もしや武術大会のときは手加減でもしていたのか?」

「いや、そんなことはしていないが……」


 ヤマトの表情は本気で当惑しているようだった。少なくとも、本人が自覚して力を抑えていたような事実はないらしい。

 だが確かに、ヒカルとの戦いとキリングベアとの戦いでは、ヤマトの戦い振りは大きく異なっていた。

 ヤマトとヒカルが二人で首を傾げていると、ノアが小さく笑みを浮かべる。


「信じられないかもしれないけど、ヤマトはどうも実戦じゃないと本気にはなれない戦闘狂だからね。そのせいじゃない?」

「人聞きが悪いな」

「事実でしょ」


 じっと真っ直ぐに見つめてくるノアの視線に耐えられず、ヤマトは目を逸らす。


「戦闘狂か」

「極端に性格変わったりするわけじゃないけどね。相手が強いほど楽しそうにしてるし、本気になる。刃引きした剣じゃ集中しきれなくて、真剣での戦いをやりたがる。立派な戦闘狂だよ」


 それが事実ならば、確かに戦闘狂と言っていいだろうとヒカルも頷く。次いでヤマトの方へ目を転じても、ヤマトは黙したまま何も語ろうとしない。


「どうやら、確からしいな」

「勝手に楽しむくらいなら何も言わないけど、ちょいちょい人を巻き込むからね」

「ほう?」

「何も知らないような顔して、平気で危険な場所に行こうとするんだよ。今回だって、キリングベアと一人で戦いたかったから僕を離したんだろうし」


 ノアの視線に、ヤマトは額に脂汗を浮かべているような幻覚をヒカルは見る。


「そこまでか……」

「そう。巻き込まれる僕の身にもなってほしいよ」


 やれやれと肩をすくめるノアだが、その表情はどことなく楽しげではあった。彼自身、ヤマトが引き起こす騒動を楽しんでいるのも事実らしい。そうでなくては、冒険者としてコンビを組んでいくことなどできないのだろう。

 そんな具合に心の中で頷きながら、ヒカルは頭上を見上げた。森に入ったときには昼前で明るかった空も、既に薄っすらと暗くなり始めている。


「さて! 治療も終わったし、さっさと帰ろうか」

「ああ。急いで出ないと、ここで野宿する羽目になる」


 野宿も覚悟した行程ではあったが、避けられるならばそれに越したことはない。そのことにはヒカルもノアも同意するところではあったが。

 心なしか平時よりも手早く荷物をまとめているヤマトを見て、ノアとヒカルは顔を見合わせて微笑んだ。


「それにしても運がよかったね。一日が片づけられて」

「魔獣の討伐も果たせた。これで魔獣被害も減るといいのだが……」

「数日待たないと結論は出せないか」


 とは言いつつも、ヒカルとしてはこれで解決するはずだという確信じみたものを得ていた。話に聞く限り、普段この森に生息するような魔獣では、キリングベア二頭を相手に逃げ惑うのも当然であろう。残る問題は、誰がキリングベアを森に持ち込んだかという点だが。

 黙考していたヒカルだったが、その顔を見てノアが小首を傾げていることに気がつく。


「ヒカル、兜が少しズレてるよ」

「どこだ?」

「ここ。ちょっと失礼――」


 ノアはすっとヒカルの額に手を伸ばす。

 それをぼんやりと見つめていたヒカルだったが、不意に視界が明るく開けたことに気がつく。


「―――」


 足元に真っ二つに割れた兜が転がっている。これは教会から与えられたものの、何の謂れもない普通の代物だった。キリングベアとの戦いに耐えられず、破損してしまったのだろう。額のところが欠け、縦に一文字の亀裂が走っていた。


「割れたか。新しいものをもらわなくては――」


 そこで、ヒカルはヤマトとノアの視線が顔に集まっていることに気がつく。

 思わず顔に手をやる。おかしいところはないはずだ。特に何もついていな――


「………」

「………」

「………」


 耳に痛いほどの沈黙の中、ヒカルは荷物袋から仮面を取り出して装着する。

 もはや今更すぎるような気はするが、どうにか誤魔化さなければならない。素顔に隠された秘密は隠し通すように教会から指示されているのだから。

 必死にヤマトたちや教会への言い訳を考えながら、ヒカルはゆっくりと口を開いた。



     ◇◇◇◇◇



「あぁ、やはりあれは倒されましたか」


 夜闇に包まれ、不気味な静けさに包まれつつある森の中。木の枝に腰かけた男は、遠くに勇者一行を捉えながら呟いた。

 身体は細身かつ長身であったが、芯の細い印象はない。しなやかな蛇、という表現が一番似合いそうな雰囲気をまとっている。足元まで伸びるフードつきの外套で隠されて素顔は臨めないが、フードの奥から鋭い眼光が垣間見える。


「ひとまずは及第点、と言ったところでしょうか。できれば勇者一人で倒してほしかったんですけど」


 木の上から目を落とした男の視線の先には、二頭のキリングベアの死骸が転がっている。片方は勇者がやり、もう片方は仲間の冒険者がやった。


「流石にお仲間が悪いですね。キリングベアを単独討伐できる人間など限られている。想定するだけ無駄というものです」


 やれやれと肩をすくめる。

 勇者の力量を測るという目的こそ失敗したが、仲間にあれだけの剣士がいることが知れただけでも、収穫はあった。


「――何を見ている」

「おやおや『剛剣』殿。今回はお疲れ様です」


 木々をかき分けて、ヤマトたちに『剛剣』と名乗った男が現れる。


「……その『剛剣』というのはやめろ」

「おや、あなたが名乗った名前でしょう? それに偽名というわけでもないのですし」

「あだ名で呼ばれるのは好かん。俺にはバルサという名がある」


 言いながら、『剛剣』――バルサは、顔から何かを剥がすような動作をする。直後、人にしか見えなかったバルサの顔が、黒い皮膚に包まれた魔族の顔へと変貌する。


「それ、なかなか便利でしょう?」

「確かに、俺が魔族だとは知られなかったらしいな」


 肩をぐるぐると回しながら、バルサはキリングベアの死骸に近づく。


「どうですそれ」

「確かに尋常ではない相手のようだ。俺でも容易には勝てないだろう」

「あらま。それは相当ですねぇ」


 それでも、勝てるつもりではあるらしい。

 男が見る先で、バルサはキリングベアの死骸を検分している。


「見事な太刀筋だな」

「あぁ、それはお供の剣士がやったみたいですよ。いやぁ恐ろしいですよねぇ」

「……あいつか」


 言いながら、バルサはヤマトのことを思い出す。

 細い剣を腰に差した冒険者。一瞬の邂逅の折にも気を抜かず、バルサの挙動を警戒していた男だ。


「あんな細い武器で、よく斬るもんだ」

「あら、バルサ殿は知らないんですか? あれは刀と言って、東方では結構普通に使われている武器ですよ」

「初めて聞いたな」

「粗悪なものも大量に混じっているようですが、熟練の鍛冶師が仕上げれば、鉄をも容易に斬り裂くほどの斬れ味を持つんだとか」

「鉄を斬る剣か」


 言いながら、バルサはにやりと笑みを浮かべた。


「鉄は斬れても、俺は斬れんよ」

「おやおや、これは心強い。その調子で当日も頼みますよ?」

「無論だ。貴様は後ろで震えて待っていればよい」


 ふんっと鼻を鳴らして、バルサはドスドスとその場を去っていく。

 その背中を見送った男は、肩や首を解しながら、先程まで勇者たちがいたところへ視線を向ける。どうやら話はついた後らしく、三人そろって森から出て行こうとしている。


「第五騎士団が来るまで数日。それから、グランダーク攻略が始まります。勇者にはとびっきりの試練が待っていますよ」


 男がじっと見つめていると、勇者たちの中で一人、ヤマトがふと振り返る。その目は、遠く離れた場所に潜んでいる男の目を真っ直ぐに捉えていた。


「やはり気づいていましたか。バルサ殿も案外鈍いですねぇ」


 ヤマトに向かってひらひらと手を振りながら、男は口元に弧を描く。


「あなたは、今の勇者には少しもったいない強さだ。当日は別の場所で遊んでもらわないと困るんですよねぇ」


 枝の上で立ち上がりながら、腰元のナイフを撫でる。それだけで、ヤマトの身体に力がこもるのが見て分かる。


「それでは、また会う日まで。迎えに上がりますので、そのときはよろしくお願いしますよ」


 パーティ会場で紳士がするような礼をすると、ヤマトも軽く会釈した。

 戦いは数日後。きっとそこでは、予想できないほどに大きな何かが起こるだろう。

 それを予想して、男は一人でクツクツと静かに笑い声を上げるのだった。

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