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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
アラハド共和国編
104/462

第104話

 翌朝。

 その日の空も、前日に続いて雲一つない晴空だった。降り注ぐ陽光に思わず顔をしかめそうになって、身体に感じる涼しい風に表情を緩める。

「もう秋だねぇ」

「これから更に涼しくなるな」

 朝の風を全身に受けながら、ヤマトはノアとしみじみと頷き合う。

 まだ少し暑く感じる瞬間もあるが、それも数週間ほどでどこかへ消えてしまうだろう。そうなれば、もう本格的な秋が始まり、やがては冬がやってくる。

 夏の暑さとも、もう半年会えなくなるのかと思えば、少しは名残惜しくもなるかもしれない。

(……ないか)

 一人、内心で頷く。冷静に考えなくとも、夏の暑さは不快以外の何ものでもなかった。

 そんな具合にヤマトが馬鹿げたことを考えていると、ヤマトの前を歩いていたヒカルとリーシャが足をとめた。

「ここか」

「えぇ。政府の言伝によれば、ここで間違いないかと」

 その言葉に釣られて、ヤマトは辺りを見渡す。

 アラハド共和国の首都ラード。その表通りと言うべき場所は、尽くが帝国製の技術を用いて整備された近代的な都市になっている。他方、人々が住まう裏通りの方は話が別だ。一部には整備の手が届いているものの、大半は、国内各所に展開する部落の特徴を反映した街並みになっている。

 今ヤマトたちがいるのは、その裏通りの方だ。観光地として見られるほどの特徴はない、平凡で閑静な住宅街。だが、道行く人々には、その街並みの雰囲気はひどく合っているように見えた。

 そして、ヤマトたちの目の前に、件の建物があった。教会跡地を改造したのだろうか。どことなくその前身の名残を感じさせながらも、親しみやすい暖かさが感じられる外観になっている。

「孤児院か」

「大会の優勝賞金で孤児院を開業して、内政問題で生まれる孤児を保護しているそうよ」

「立派なものだな」

 リーシャの説明に、ヤマトは感心の溜め息を漏らす。

 再三に渡って述べている通り、アラハド共和国は内政事情に難のある国だ。多民族国家ゆえに生じる軋轢が、望まれない子を生み出し、場合によっては街角で捨てられてしまうこともある。

 そんな実状を憂いて、孤児院を開いたのならば。ゴルドという男は、間違いなく人格者であると言えるだろう。

「む?」

 ふと、孤児院の陰からヤマトたちを見つめる視線を感じる。

 そちらへ視線を転じれば、影の中に身を潜ませるようにした少女が、怯えを混じらせながらも好奇心旺盛な瞳を向けていることに気がつく。

「あぁ、ここの子かな?」

「恐らくな」

 ノアの言葉に頷きながら、ヤマトは少女の様子を観察する。

 決して高級品ではないが、質のいい服を着ている。身体も清潔に保たれ、不健康そうに痩せているということもない。

「あまりジロジロ見ない方がいいよ。ヤマト、目つき悪いんだから」

「む?」

 改めて少女の様子を伺えば、確かにその表情に浮かぶ怯えは、ヤマトが観察する前よりも増しているように見える。

 思わず、自分の目元に手を当てる。

「そんなに悪いか?」

「正直ね。別に悪意は感じないから、慣れれば大丈夫なんだけど」

 そう言って悪戯っぽく笑うノアに、ヤマトは眉尻を下げる。

 二人がそんなやり取りをしている間に、ヒカルはリーシャとレレイを伴って孤児院の戸を叩く。

「失礼。ゴルドさんはいらっしゃいますか?」

 リーシャの声かけに、物陰に潜んでいた少女がピクリと身体を震わせる。

 その様子を密かに見つめていると、孤児院の扉の先から男の声が聞こえてきた。

「はい、どなたですか?」

 想像していたよりも柔和な声に、ヤマトは思わずノアと目を見合わせる。大会連覇を果たしたと聞いていたから、もっと厳つい声なのかと思っていたのだが。

「勇者ヒカル様の到着です。近日行われる武術大会についてのお話をしたいと」

「あぁ、話は聞いています」

 その言葉と共に、木の扉が軋む音を立てながら開かれた。

 中から姿を見せたのは、温厚という言葉がこの上なく似合う大男だ。確かにその身体は鍛えあげられ、ヤマトも油断ならないほどの力が感じられる。とは言え、その虫も殺せないほど温和な佇まいを前にしては、とても武術大会覇者とは思えないというのが正直なところだ。

「あなたが……?」

「はい、私がゴルドです」

 ヒカルも、もっと戦士然とした男を想像していたらしい。糸目でニコニコと温和な笑みを浮かべているゴルドを前に、言葉を詰まらせる。

「どうかしましたか?」

「い、いや、何でもない」

 慌てたように首を横に振るヒカルに対して、ゴルドは表情を崩さないまま、小さな笑みを浮かべた。

「ふふっ、いや失礼しました。私の噂を聞いて来た方は、皆同じような反応をするものですから」

「そ、そうか」

 暗に「気にしていない」と言うゴルドに、ヒカルはホッと安堵の息を吐いた。

 そのままではあまりヒカルが強気に出られないことを悟ったのだろう。ヒカルの後ろに控えていたリーシャが、凛々しい表情で一歩前へ出る。

「私たちの要件については、既に聞いているそうですね?」

「えぇ、勿論ですとも」

「では、答えを聞かせて頂いても?」

 つまりは、優勝賞品の一つ――初代勇者の篭手を、ゴルドが優勝した際にはヒカルへ譲る意思が、あるのかどうか。

 傍から見ているヤマトからすれば、もはや大した意味を持っていないに等しい問いかけだ。とは言え、保険をかけておくことは無意味ではないだろう。

 半端な答えは許さないと険しい視線を投げかけるリーシャに対して、ゴルドは表情を変えないまま、小さく頷く。

「えぇ、構いません。――ただ、一つ条件があります」

「……言ってみなさい」

 すっと目を鋭くさせるリーシャの前で、ゴルドは口を開いた。

「勇者様には、是非とも私とペアを組んで出場していただきたいのです」

「ほぅ?」

 リーシャだけでなく、ヒカルも小首を傾げた。

 二人の後ろで、ヤマトとノアは黙ったまま互いに目を見合わせた。

「いえいえ、そう難しい話ではないのです。聞けば、勇者様は他に比類ないほどの強さを誇っているとか。私も腕に自信はありますが、それでも確実に勝てるとは言い切れないでしょう」

「……続けなさい」

「ですが、聞けば勇者様は優勝が目的と言うよりは、優勝賞品の中にある篭手をお望みなのだとか。確かにそれも質のいい代物でしょうが、私の目的は別にありまして」

「別?」

 リーシャの問いに、ゴルドは頷く。

「ご覧の通り、私は孤児院の経営をしています。ですが、これには少し金が必要なのですよ」

「賞品の篭手を譲る代わりに、優勝賞金を望みますか」

「えぇ。あとは、優勝の名誉を」

 相変わらずの糸目で、淡々と言い切ってみせるゴルド。

 その温和な外見に見合わない強かな一面を垣間見て、ヤマトは漏れそうになった溜め息を噛み殺す。

(なるほど。思ったよりも賢しいようだ)

 個人的な感情を抜きにするならば、ゴルドの提案は実に理に適っていて、ヒカルとしても乗ることにリスクはない。実際、リーシャの後ろにいたヒカルは少し乗り気な様子を見せていた。

 ゴルドの言う通り、ヒカルは優勝賞金には大した興味がない。既に太陽教会から旅の資金を提供されているため、これ以上の金を稼いでも使い所がないのだ。どうしても手に入れる必要があるのは、勇者の篭手のみ。対するゴルドの方は、孤児院運営のための資金がほしい。賞品とされている勇者の篭手については、売った際にある程度の金を作れはするだろうが、どうしてもほしいものではないといったところか。

 ヒカルとゴルド、互いにとって損がない。加えて、既に大会連覇を果たしているゴルドと、大陸屈指の実力を持つヒカルが組んだならば、彼らの優勝は揺るぎようがないだろう。これ以上ないと思えるほどに、賢い選択だ。

「――分かった」

 諸々の損得計算を済ませたらしい。ヤマトの予想通り、ヒカルはゴルドの提案に首肯を返していた。

「よろしいのですか?」

「構わない。彼の言っていることに間違いはないよ。リーシャはごめんね、せっかく組むはずだったのに」

「いえ、私は構わないのですが……」

 リーシャの懸念する言葉にも、ヒカルは堂々と頷いてみせる。

 そんなヒカルの返答に、ゴルドはホッと安心した様子を見せた。

「いやはや、それはよかった。正直、あなたを倒して優勝するのは難しいと思っていたのですよ」

「……あまりそういうことは、口に出すものではないと思うぞ」

「あぁ、これは失敬。では、早速ですがエントリーに行きましょうか」

 ゴルドの言葉に頷いたヒカルは、そのままヤマトたちの方へ向き直った。

「ヤマトたちはどうする? ついてくるか?」

「うん? うーん、どうしよっか?」

 迷うような素振りを見せながら、ノアはヤマトの顔を覗き込む。その瞳には、ヤマトの内心を読み通すような冴えがあるように見える。

 ヤマト自身も一瞬だけ逡巡するも、すぐに首を振った。

「いや、遠慮しておこう」

「そう? ヤマトがそう言うなら、僕もパス。一足先に街を見て回ってるよ」

 その言葉に、ヒカルが兜の奥で苦笑いをした。

「そうか。なら、夕刻にホテルでまた会うとしよう。レレイはどうする?」

「む? 私はついていくぞ」

 先程まで沈黙を保っていたレレイだが、彼女の目は物陰に隠れていた少女に釘づけになっていた。

 ザザの島には子供がほとんどいなかったこともあって、孤児院の子らが珍しいのかもしれない。対する少女の方も、ヤマトに見つめられたときの怯えはどこへやら、興味津々といった様子でレレイの目を見つめ返している。

 そんな子供の様子に、ゴルドは苦笑いを浮かべる。

「すみません、お客さんは珍しいものでして」

「む、そうか。気にすることではない」

 後ろ髪を引かれるように、レレイは未練を感じさせながら、少女から視線を外す。

「特に面白いこともない。ヤマトたちについていってもいいのだぞ?」

「構わない。むしろ、武術大会とやらに私も興味はあるからな」

「それは……」

 もしかして、出場したいのだろうか。

 そんな風に問うヒカルの視線に、レレイは黙したまま首肯する。

「……まあいい。では、行くとしようか」

「はいはい。気をつけてねー」

 言いながら、ノアはひらひらと軽い調子で手を振る。

 それに小さな笑みを零しながら、ヒカルたちはその場を後にした。

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