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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
アラハド共和国編
101/462

第101話

 帝国製の最新技術を遺憾なく発揮して作られた街並みと、それにとても馴染んでいるとは思えない人々。

 そんなチグハグさが感じられるアラハド共和国だったが、その中心部たる大統領官邸だけは、ある意味で共和国らしくない場所と言えよう。まるで、そこだけが帝国領だったかのように洗練された雰囲気があるのだ。

 その緻密な構造ゆえに、並大抵の砦程度の堅牢さが伺える官邸。その一角にある客室に、ヤマトとノアは通された。

「――それでは、皆様はこちらでお待ち下さい」

「はい、案内感謝します」

 ノアの言葉に、官邸のメイドが愛想のいい笑みを浮かべる。

 ヒカルたちが来訪する前の先駆けとして、大統領官邸へやって来たヤマトとノアは、至って平穏無事に客室へ通された。直にヒカルたちが来ることも伝えているため、しばらくはこの部屋で暇を潰すことになる。

(何をしたものかな)

 考えながら、ヤマトは部屋の中に置かれた物品に視線を流す。

 正直なところ、ヤマトはこうした、待つだけの時間というのが得意ではない。苦手と言ってもいいだろう。時間を気にせずのんびりとすごす一時というのも、悪くはないものの、それよりも何かしら身体を動かしていたいと思うような人間だった。

 対するノアの方は、こうした空き時間をすごすことを苦とは思わない人間だ。現に、メイドに頼んで紅茶を入れてもらいながら、ノアはソファーに座ってくつろいでいる。

「ヤマトも紅茶飲むよね? もう頼んじゃったけど」

「……おう」

 部屋の中に何か面白いものが置いてないかと期待してみたものの、そんなものはまったく見当たらない。ここに置いてあるものは、帝国製の建物に合うような家具ばかり――つまりは、大陸全土で一般的に見られるものしかないのだ。他国であれば、自国の特産品をふんだんに配置するものなのだが。

 もっとも、アラハド共和国の場合は、そうなるのも仕方ない側面もある。

(多民族国家であるがゆえの、窮屈さか)

 メイドが用意した紅茶を見下ろしながら、ヤマトは黙考する。

 アラハド共和国の行政を司る、大統領。その任を果たす人物は、数年ごとに行われる選挙によって選出される。自然、多数の民族からランダムに選定されることになるのだが、その際に問題となるのが、全ての民族を平等に扱わなければならないという点だ。特定の部族だけが優遇されるようなことになれば、国内の紛争が多発し、いとも容易く国が崩壊するだろう。アラハド共和国の最大の敵は、建国時に仮想敵に認定された帝国ではなく、国内にひしめく他民族だと揶揄する話すらある。

 そうしたわけで、この国の大統領は、他国の使者以上に自国の人間へ配慮することを求められる。結果として、自国だけの特色を押し出すことは叶わず、帝国の後追いを続けるような状況になってしまっているのだ。

(やはり、変わってないな)

 漏れ出そうになる溜め息を、口に含んだ紅茶と共に飲み込む。

 国力を総動員すれば、アラハド共和国は帝国に匹敵する大国家にもなれるだろう。にも関わらず、この国の空には常に閉塞感が漂い、息苦しさすら感じられる。

 自由をモットーとする冒険者からすれば、この国はあまり好みの対象にはならないというのも、そう不思議な話ではないだろう。

 ふと、ノアが顔を上げてヤマトの目を覗き込む。ノアも、沈黙の中でボーッとしていることに躊躇いを持ったのだろうか。

「ねぇヤマト。ヒカルたち、今頃どうしてるだろうね」

「さて。だが、三人共この国に訪れた経験はなさそうだったからな」

 答えながら、ヤマトは脳裏に三人の姿を描く。

 ヒカルにリーシャ、レレイ。好奇心旺盛なレレイに釣られてふらふらと散策することはありそうだが、それが落ち着けば、すぐにここへやって来るだろう。案内役がいなければ、この都市のどこを見て回ればいいのかも、見当がつきづらいかもしれない。

 ノアもそのことに思いが至ったらしく、少し眉尻を下げる。

「僕たちの片方が残るべきだったかな」

「本格的に見て回るのは、明日からになるはずだ。そう急がなくてもいいだろう」

 アラハド共和国の首都ラード。ここは、観光地としてはそれなりに見所がある街だ。一日だけで全てを見て回ることは、とても可能とは思えない。

 その見解にはノアも同意だったらしく、「それもそっか」と頷く。

「ヤマトがここに来たのって、故郷に出てすぐの頃?」

「そうなる。……五年前くらいか?」

 ノアに聞かれて、ヤマトは当時のことを思い出す。

 五年前――背もだいぶ伸び、刀術もある程度修めたと判断された頃合いだ。「安全な地でひたすら木刀を振り回すよりも、世界に旅立ち、刀を振る方が得られるものがあるだろう」。そんな師匠の言葉に背中を押されて、故郷を飛び出したのだ。当時のヤマトはろくな常識も持っていなかったから、強者と見れば所構わず決闘を挑んでいたものだった。

 当時のヤマトのことを想像してか、ノアの口端が少し上がった。何となく、目を逸らす。

「どんなことがあったの?」

「……普段通りだ」

「片っ端から喧嘩売ってたってこと? ヤマトもよくやるよねぇ」

 分かり切っているくせに、わざわざヤマトの口から言わせようとするのだから、ノアは底意地の悪い人間である。

 思わず恨めしげな視線を向けるヤマトだが、ノアの方はどこ吹く風とばかりに知らん顔を通す。

「じゃあ知り合いとかもいたりするのかな?」

「知り合いと言うほどではないが。確かに、顔見知り程度ならばいるかもな」

「へぇ。挨拶しに行こうか?」

 その提案に、ヤマトは思い切り顔をしかめる。

「行くとしても、一人で行くぞ」

「いやいや。そう水臭いことは言わずに」

 どうせ、昔話を聞き出して、ヤマトを弄るネタを探す魂胆なのだ。ニヤニヤと悪い笑みを浮かべているノアへ、ジトッとした視線を送る。

 流石にたじろいだ様子を見せたノアは、目を逸らしながら話題を変える。

「この街の腕自慢って、どんな人がいるの? 北の狩猟民族とか?」

「そうだな……」

 ノアにジト目を向けながらも、ヤマトは当時のことを思い出す。

 北方の狩猟民族。広大な高原地帯での狩猟を生業とする彼らも、相当な腕を有していたことを覚えている。獣じみた嗅覚に、的確に得物を扱う技量、そして難敵にも臆することがない勇気。確かに、彼らは強者と言っていい存在だった。

 だが、彼ら以上に痛烈に記憶に残っている連中がいる。

「ここから東方へ行った先に山嶺地帯がある。そこの出身という奴が、一番強かったな」

「うん? 東にある山――あの大山脈?」

 ノアの言葉に、ヤマトは無言で頷く。

 アラハド共和国は広大な国土を有し、それゆえに国内に多種多様な地形を秘めている。首都ラードの東に広がる山嶺地帯も、その一つと言えよう。

 そこは、端的に言えば秘境だった。人が容易に立ち入ることはできず、命知らずな冒険者が旅立っては、そのまま帰ってこないことで知られる危険地域。共和国も、その脅威を知りながらも、手が出せていない場所だ。

 そんな山嶺地帯が出身地だと言う。とてもではないが、真実とは思えない。

「冗談?」

「かと思いはするがな」

 信じられないという表情のノアに、ヤマトは首肯する。

 脆弱な人の身体では、ほんの少し立ち入るので精一杯な秘境。そこで暮らした者がいたというのか。

「ただ、そいつが桁外れに強かったことは間違いない。武術大会の連覇も果たしていたという話だ」

「武術大会?」

 武術大会と言えば、グラド王国の首都グランダークで催された大会が記憶に新しい。それに出場したことがきっかけで、ヤマトたちはヒカルと行動を共にすることになったのだから。

 ただ、大会としての質と規模を比べるのならば、こちらの方が段違いに大きいことは確実だ、

「年に一度、ラードで武術大会が開かれる。各部落から選りすぐりの猛者が出場し、覇を競うというわけだ」

「へぇ」

「……そういえば、開催の時期も近いかもしれんな」

 ふと、思い出す。

 確か、五年前にヤマトがここへ訪れたのは秋頃。ちょうどそのときに、武術大会も開かれていたはずだ。

「興味ある?」

「まぁな」

「まだ怪我が治ってないんだから、出場は駄目だけど。時間が合えば、観戦しに行くのはいいかもね」

 ざわりと体内の血が熱を持って、思わず怪我をしたことが恨めしくなる。

 幾ら治癒魔導によって回復が早まると言っても、重傷がほんの数日で完治するほどではない。実際、今の身体ではかつての半分ほどの動きもこなせないだろう。加えて、愛刀も紛失してしまった。

(どう足掻いても、出場は無理だな)

 ひどく口惜しいが、受け入れなければなるまい。

 口の中に苦々しいものが広がるのを感じていると、ヤマトの耳に扉をノックする音が聞こえてくる。

「む?」

「ヒカルたちが着いたのかな?」

 ノアが呟くのと同時に、扉が開く。

 その奥から姿を見せたのは、メイドに連れられたレレイだ。凛々しいながらも不安げな色を目に浮かべていたレレイだったが、ヤマトたちの姿を認めて、ホッとした様子を見せる。

「やぁレレイ。ヒカルたちも着いたんだね?」

「うむ。今はヒカルとリーシャが話しているところだ」

 やはり、冒険者勢力と教会勢力とで区別することになったらしい。

 レレイも客室のソファーに腰掛けて、一息吐く。

「外の様子、どうだった?」

「む。やはり面白いものだな、大陸とは。ただ、今日は皆がどこか浮かれているような雰囲気ではあった。祭りが近いのかもしれんな」

 ヤマトはノアと目を見合わせる。

 やはり、武術大会の開催が近いのだろうか。

「今日はこの後はどうするのだ?」

「うん? ヒカルたちの話次第だけど、終わったら宿に荷物をまとめて、それからどこかに行く感じかな?」

 確認するノアの視線に、ヤマトも頷いてみせる。

 冒険者という仕事柄、私物はそう多くないものの、ずっと持ち歩くというのは流石に手間だ。できれば、一度宿に入ってトランクを仕舞っておきたい気持ちがある。

「ふむ、そうかっ」

「どこか気になる場所でもあった?」

 ノアの言葉に、レレイは嬉しそうに首肯する。

「うむ! 駅を出て少し道を入った先にあったのだがな――」

 興奮気味に話すレレイの声。

 それを楽しみながら、ヤマトは再び紅茶に口をつけた。

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