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異世界のサムライ  作者: ヨシヒト
アラハド共和国編
100/462

第100話

「ほぉぉおお!!」

 アラハド共和国の首都ラード。

 大陸を横断する魔導列車の終着駅であり、ヤマトたちの今回の旅路の目的地だ。

 列車を下り、駅を出てすぐのところ。辺り一面に広がる光景を目の当たりにして、レレイが歓声を上げた。若干大げさなようにも見える仕草だが、共和国の景色に驚いているのは、レレイだけではない。

「これは……」

「共和国には初めて来ましたが、想像以上ですね」

 ヒカルとリーシャも、どこか呆然とした様子で辺りを見渡している。

 観光客らしさを全面に押し出している三人に対して、ヤマトとノアはずいぶんと落ち着いている様子だ。共に、共和国へはかつて訪れたことがあるからだ。

「この国は、なんか変わったようで変わっていないというか」

「変わってるように見えるのは外面だけだ。アラハド共和国の底にある気質は、少しも変わってはいない」

 その点は、観光名所となった影響で元々の荒くれ者の街という側面が失せたアルスと比べると、大きく異なっていると言えよう。

 ヤマトたちが出てきた、純帝国製の駅。そこから一歩出た先に広がっているのは、近代的か? と思わず疑問符を浮かべてしまいたくなるような光景だった。

 辺りに広がっているのは、帝国らしく潔癖なほどに平らに均された最新鋭の道路。その上を、ろくな整備もされていない前時代的な馬車がノロノロと走っている。歩道や建物など、主要な設備は全てが帝国らしさのある近代的な作りをしている他方で、そこを歩く人々の身を包んでいるのは、ほとんど見た覚えもないような民族衣装ばかり。人種も多種多様で、彼ら同士で言葉が通じ合うのかすら定かではない。

「相変わらず、帝国製の設備がほとんどみたいだけど」

「似合っていないな」

 痛烈なヤマトの言葉だが、ノアは苦笑いを浮かべることしかできない。

 共和国の特徴を挙げるならば、混沌としていること。そうヤマトは列車の中で口にしたが、より正確に言うのであれば、全体的にチグハグなことだ。

 行政機関が躍起になって整備したらしい、帝国情緒溢れる街並み。その建物の並びだけを見るならば、疑似帝国と言うこともできなくはなかっただろう。それを台無しにしているのは、共和国の住民たちだ。彼らは、帝国らしい街並みに自分らを合わせようとはせず、故郷で使われる民族衣装を平然と身にまとっている。それらは色合いがバラバラであるばかりか、服の作り方にすら統一感がない。

 正しく、帝国の都市に様々な民族を詰め込んだだけという風情。それが、共和国の街並みだった。

 仮に、レレイがザザの島で身につけていた民族衣装を着て歩いてみても、浮くことはないだろう。むしろ、そうした方が共和国の景色に紛れる可能性すらある。

「地面が平らだ。凄いな!」

「……そうだね」

 もっとも、チグハグな印象をヤマトたちが感じてしまうのは、その技術の本場たるところの帝国の街並みを知っているからだ。どこか冷徹で重苦しい雰囲気がありながらも、理路整然と整えられて慣れれば暮らしやすい帝国の街。それと比べれば、共和国の街並みにはどうしても、偽物っぽさを感じずにはいられない。

 だが、まだ大陸で暮らした経験の浅いレレイからすれば、この景色も一つの調和を結んでいるように見えているのかもしれない。

(ただの景色として見るならば、面白くはあるのだがな)

 改めて辺りを見渡して、ヤマトも小さく頷く。

 普通ならばとても馴染みそうにない要素が、一つにまとめあげられている。共和国がひたすら帝国の技術を真似し続けているという背景を忘れてしまえば、確かにその光景は、鑑賞の価値があるように見えた。

 無論、鑑賞する価値があるだけで、実際に暮らしたいとはあまり思えないのだが。

「――さて。景色を見るのもいいけど、そろそろ動かないと」

 パンパンッと手を叩く音で、ノアがヒカルたちの気を惹く。

 まだ時刻は真昼。とは言え、既に秋らしさを感じられる涼しい気候になってきたのだ。油断していては、あっという間に日が暮れてしまう。

 それに気がついたのか、ヒカルは恥ずかしげに咳払いをする。

「グランダークとアルスに行ったときは、まず教会に行ったんだよね? 今回もそうする?」

「いや、その必要はないという話だ」

 ヒカルの言葉に、ノアは小首を傾げる。

「リーシャがいるからっていうこと?」

「らしいな。後で知らせておけば、それで充分とのことだ」

 それは、あまり教会との縁を深く結びたくないヤマトたちからすれば、好都合な話だが。

 リーシャがいるからとって、教会との連絡を疎かにしていい理由にはなるまい。むしろ、リーシャがいるからこそ可能な支援を受けるためにも、積極的に教会支部と連絡を取るべきなはずだ。何か、別の理由がある。

 そんな推測と共に、ヤマトはリーシャの方へ視線を飛ばす。

 ヤマトの視線に気がついたリーシャは、ヒカルの目が向いていないことを確かめてから、顔を寄せて小声で話しかけてくる。

「どうかした?」

「本当に使いをやらなくていいのか?」

「言ったでしょう。本部からの連絡なのよ」

 ヒカルの前ではできない砕けた口調と共に、花のような芳しい香りが漂ってくる。普段は凛々しい騎士然とした態度を取っているものの、やはりリーシャも女性なのだ。思わず、ヤマトは表情を乱れさせそうになる。

 そのことを極力意識しないようにしながら、ヤマトは頭を働かせて、口を開く。

「……教会も一枚岩ではない、というところか?」

 ほとんど当てずっぽうの推測だったが、それを口にした途端、リーシャの顔色が変わった。

 あながち自分の勘も馬鹿にならないなと、ヤマトは密かに頷く。

「誰かから聞いたの?」

「いや、ただの勘だ。だが、一番しっくりくる答えではあった」

 つまるところ、リーシャの反応で確信を得たということ。

 そのことに気がついたリーシャは、細い指で目頭を揉み込んだ後、疲れたように溜め息を漏らした。

「あまり口外しないでね」

「無論だ」

 教会に敵視されるような真似は慎みたい。

 そんなヤマトの本心を感じ取ってか、リーシャは諦めたような表情を浮かべるだけで、それ以上の追求をしようとはしなかった。

(しかし、教会も案外頼りにならんな)

 ヒカルが太陽教会の共和国支部に支援を求めなくていい理由。それは、教会本部がヒカルを失うことを非常に恐れているからだ。

 つい先日に、教会の総本山が置かれた聖地ウルハラは壊滅した。人的被害も大きく、必死に情報を秘匿しようとしているものの、徐々に聖地崩壊の報せは大陸中を駆けることになるだろう。そうなったとき、教皇たちがもっとも恐れたのは、大陸各地に派遣された司祭たちが独立を目論み、勇者ヒカルを己の勢力に取り込んでしまうことだったというわけだ。ひとまず、聖騎士リーシャを傍に置くことで、教会本部と勇者ヒカルの繋がりは保たれている。そのことが、教皇一派にとっての希望なのだろう。何かの間違いで、リーシャがヒカルの教導役から外れるようなことがあっては、再興の目が失われてしまう。

 ヒカル自身は感じていないようだが、(これでは生臭坊主の誹りを免れないな)とヤマトは心の中で呟く。

 そんなヤマトとリーシャのやり取りの間にも、ノアとヒカルの会話は続く。

「教会に行かないってなると、どこに行くべきかな」

「この街の代表者には挨拶をしておきたいところだ。できれば、遺物についての情報収集も済ませたい」

「それもそっか」

 ヒカルの言葉に、ノアが頷く。

 この街の代表者――つまるところ、都市ラードの市長か。それとも、アラハド共和国の大統領か。

(普通に考えれば、後者だな)

 そんなヤマトの考えと、ヒカルとノアの意見も一致していたらしい。

「じゃあ大統領官邸に行く感じかな。アポとかは取ってるの?」

「……ふむ。これまで取ったことはないな」

 その言葉に、ヤマトとノアは顔を見合わせて、眉尻を下げる。仮にも国家元首に会うのだから、アポなしは不味いように思われるのだが。

 リーシャの方へ視線を投げかければ、安心させるような首肯が返される。

「既に連絡は取ってあります。事前に使いを出せば、追い返されることはないかと」

「なら、ひとまず安心か」

 とても大陸有数の国家とは言えないグラド王国に、所詮は貿易都市でしかないアルス。その二箇所と比べると、ここアラハド共和国は権威の伴った地だ。自然、大統領もその執務に追われているはずであり、彼らが邪険にするつもりはなくとも、ヒカルを追い返してしまう可能性はあった。そうなった場合、困るのは共和国の支援を受けられないヒカルだ。

 微妙に暗雲が立ち込めているものの、一応は順調な滑り出しと言えよう。

「じゃあ、僕とヤマトで先に行ってるよ。ヒカルたちは……ゆっくり観光しながら来てよ」

「うむ? そうか。なら、そうさせてもらおう」

 曖昧にヒカルは頷く。

 明らかに教会の者と分かるヒカルとリーシャと、冒険者であるヤマトとノアとレレイ。公式にはその間に区別を設けるべきであり、レレイもヤマトたちと共に大統領官邸へ先駆けするべきなのだろう。ヤマトたち冒険者集団は、あくまでヒカルたちを補佐しているのだと示すのが得策。

 だが、辺りの景色を見渡しては興奮している様子のレレイを、そうした理由で無理矢理連れ出すのは、少し気が引けた。

「じゃあヤマト。僕たちはさっさと行くとしようか」

「おう」

 ヤマトもノアも、かつてアラハド共和国に――首都ラードに訪れたことがある。当時とは街並みが少し変わっているものの、丸っきり別物になったわけではない。そう迷わずに官邸まで行けるだろう。

 おぼろげになった記憶を漁りながら、ヤマトはノアに続いて道路へ足を踏み出した。

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