第1話
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控えめながらも活気に満ちた会話の声が、列車を賑わしていた。
高速で流れていく外の光景を窓から眺めつつ、ヤマトはあくびを噛み殺す。
「眠そうだね」
「かれこれ半日は乗っているからな……」
ボックス席の向かい側に腰掛けている相棒のノアに応えながら、ヤマトは姿勢を正す。
ボーイッシュな雰囲気を与える短めな紺色の髪が、首の動きに合わせてさらりと流れる。無駄な肉などない細い体躯に、シミひとつなく透き通るような白い肌。だが、儚げな印象はなく、むしろいたずら小僧のようなやんちゃさを漂わせているのは、大きな瞳の奥から溢れる活発な光のためか。
一目見れば絶世の美少女であり、二度見れば思わず魅了されてしまうほどの美貌を備えた美少女――のように見える男性。それが、ヤマトの相棒であるノアだ。
舐める? とノアが差し出してきた飴を頬張りつつ、ジンジンと痺れてきた太ももを擦った。
「これだけ身体を動かしていないと、鈍りそうだ」
「かと言って、列車がなかったら数ヶ月はかかった道のり。便利になったものだね」
数年前に公表された新技術であり、その有用性の高さから、瞬く間に大陸各地を走るように整備された乗り物――鉄道。本数は多くないが、大陸の端から端まで、徒歩であれば年単位を必要とするところを数日で駆け抜ける列車は、あっという間に人々に受け入れられ、もはや無くてはならない生活の一部となっている。
見渡せば、新婚らしい夫婦の旅行客が数組の他にも、遠く離れた商会の制服を着た従業員や、ヤマトやノアと同じ冒険者などが同乗している。
「車内販売です。飲み物やお弁当、新聞などはいかがですか?」
「新聞を一つお願いします」
ワゴンを引いて車内を歩いていた乗組員から、ノアは新聞を受け取る。
一週間ごとに刊行される新聞には、新聞社が置かれた地方の情報はもちろん、遠く離れた地の情報も掲載されている。情報が仕事に関わる商人や冒険者にとっては必需品であるが、町人にとっても娯楽として親しまれている。
ぼんやりとヤマトが見つめる先で新聞を流し読みしていたノアだったが、とある記事を見たところで表情を変えた。
「……どうした。そんな顔して」
「いや、どうにも反応に困る記事でね」
ノアから渡された新聞を同じく流し読みしたヤマトもまた、同じ箇所に目を留める。
「勇者降臨?」
「うん。どう思う?」
「どうって……眉唾だな」
勇者と言えば、数百年前に魔族が大侵攻を敢行した際に、人類の先陣に立って戦った戦士である。各地に勇者が残した伝説が伝わっている他、勇者信仰とでも言うべき宗教――太陽教会が広まっていたり、勇者の遺物と呼ばれる兵器が残されているが、所詮は伝説。歴史学や考古学で取り扱うべき存在である。
胡乱げな気持ちで記事を読み進めていくヤマトだったが、どうやら記事では、大真面目に勇者降臨の報せを記述しているようだった。
「先週分の新聞で、こんな感じの予言がされたって書かれていたよね」
「ああ。小さくな」
「予言は当たってたってことかな?」
顔を上げれば、わくわくと好奇心に満ちた表情のノアがいた。
「この世界に間もなく闇の主たる魔王が現れる。そして――」
「光の導き手である勇者もまた現れる。やがて、魔王と勇者の争いは始まるだろう。魔王が現れたとかって話は聞かないけど、とりあえず勇者は現れたね」
「魔王と勇者の争いか」
魔族の指導者である魔王と、人の導き手である勇者の戦い。確かに数百年前には行われたらしく、その時は勇者が勝利したのだとか。戦いの直後は魔族は虐げられ、人が世界を支配するような有様であったという。だが、それもせいぜい百年程度の栄華であり、当時の大帝国で発生した後継者争いが原因で、人の勢力は衰退。その後の長い歴史の中で人と魔族は特に区別されなくなり、現在では、人と魔族が入り混じって生活するようになっている。
「誰も望んでいないと思うが」
「まあ今更って感じはするけど。でも一度くらいは見てみたいよね、勇者」
ノアの興奮したような言葉を聞き流しながら、記事を今度は詳しく読んでみる。
勇者の正体とは、誰も入ることができない聖地に脈絡なく現れた青年らしい。太陽教会が管理していた聖剣を起動させたことで、正式に勇者認定されたという。ヤマトやノアの思う通り、魔王の存在が確かめられていないことが懸念されているが、ひとまずは教会勢力の象徴として大陸各地を巡り、布教活動の傍ら、魔王に関わる異常が発生していないかを探る予定と書いてある。
「予言を利用した、教会の謀略じゃないか」
「まあその説が濃厚だよね」
耄碌した予言者が口走ったことを利用した、信者獲得と勢力拡大を目的とする太陽教会の活動。適当な戦士を勇者としてでっち上げ、勇者の巡礼に伴って、各国に教会勢力を進出させる。
「どこかが魔王に仕立て上げられるかもね。教会の教えに反発してる国とか」
「最悪だな」
もし本当にそうなれば、大陸中を巻き込んだ大戦争が勃発しかねない。どれほど穏便に進もうと、一国が地図から消えることは覚悟しなければならないだろう。
「だけど、それはリスクが高すぎる。魔導技術発展に伴って教会の求心力は低下しているけれど、まだまだ権力は握っているからね。ここで戦争を始めるのは割に合わない」
「仮に戦争に完全勝利しても、求心力の低下が危惧されるか」
「となると、案外本当に勇者が現れたのかもね。教会も、その扱いに困ってるとか」
「なら、どこかに魔王が現れていることになるな」
だとしても、魔王率いる魔族と勇者率いる人間との大戦争など、起きなさいだろうが。
ふと、列車内に軽快な音楽が流れる。
『間もなく、王都グランダークに到着します。お忘れ物のないよう、ご注意ください。間もなく、王都グランダークに――』
アナウンスを聞いて、乗客たちがにわかに動き始める。ヤマトとノアも、座席に広げていた荷物を手際よくまとめていく。
「さて、ようやく到着だね。いい加減僕も腰が痛いよ」
「降りたら宿を取ろう。柔らかいベッドで寝たいところだ」
「しばらくグランダークで休んでもいいけど、次の目的地も決めなくちゃね。僕が最近気になってるのは、北のラムダ山脈を越えた先にある――」
窓から外を見やれば、石で舗装された道路が見える。人が住みやすいように理路整然と整えられた街。
昔訪れたことを思い出して、ヤマトは密かに表情を緩めていた。