6話 モブキャラだと思った? 残念、主人公でした!!
「す、ストレンジア!?」
局長の言葉に私は驚愕の声をこぼし、呆けるも。
「畜生が! 後ろを守れ!俺は嬢ちゃんを連れて脱出をする!」
『了解!』
ギルドのメンバーは慌てることなく、召喚陣に向けて弓と槍を構えて迎撃態勢を取り、
アッガスさんは素っ頓狂な声を上げる私をすぐに抱き上げ、出口へと走る。
だが。
「!? 畜生、開かないぞ、どうなってやがる!」
先ほどは、何もすることなく簡単に開いた扉が、アッガスさんの巨体による体当たりでもびくともしない。
【っ、迷宮の起動と同時にロックがかかったみたいだ!】
「だったらぶち破るまでよ!」
体当たりでは開かないと踏んで、アッガスさんは続いて大剣の一撃による扉の破壊を試みたが。
「ど、どうなってるの……」
扉は大きな音を響かせ、コカトリスの肉体を両断する刃の一撃を容易に受け切った。
【硬い……。扉にもダメージはほとんど入っていない……】
「どうすればいいってんだよ……」
アッガスさんの額に冷や汗が走り、同時に緊張と焦りが伝わってくる。
【反対側だ!! 部屋の反対側の扉が、迷宮の起動と同時にロックが解除された!】
「迷宮の奥って? そんなの……罠に決まってるじゃないですか!」
【あぁ……だけどもう、それ以外方法がない! 召喚が、終わってしまった!】
その言葉に、私は抱きかかえられた状態のままその光景を見る。
床に描かれた六芒星に炎と稲妻が集まり、同時に奔流のように部屋中に光が拡散をする。
局長の言った通り、門はつながった。
「……ストレンジアが……来る」
床に描かれた六芒星の中より、ゆっくりと現れる……一人の男。
何かに跪くような姿勢で男は門より浮き上がると。
光が消えると同時に、目を覚ますようにゆっくりと立ち上がり、剣を抜いた。
「…………へー、良くできてるじゃん……超リアル」
物珍しいものを見るかのように、自分の腕を、空間を……そして私たちを見る。
「……局長……どうすれば」
その光景に、私たちは動くことができない。
【最悪の状況だ……だけど手がないわけじゃない。 まだ召喚をしたばかりで、相手も思うように体が動いてないみたいだ……体の中の魔力もぐちゃぐちゃだ……おそらく百パーセントの力は出し切れないはず】
「えーと……チュートリアル……目前の敵を排除しましょう。 ロングソードで攻撃をすることで、敵を倒すことができます……か。 これ、適当に振ればいいのかな?」
「!!」
何かを読み上げる様に、小さな声でその男は呟く、何を読んでいるのか……何を言っているのかよくわからないが、しかし、明確なる敵意を感じるには十分の言葉であった。
「……ふざけやがって!」
「なめるなぁ!」
その言葉を挑発と取ったのか、あるいは、局長の言葉が聞こえていたからこその判断なのか……召喚を見守っていた二人のギルドメンバーは、剣を手に取り切りかかる。
だが。
「……えい、えい」
身のこなしも、何もかもがめちゃくちゃ……ただ剣をふるっただけだというのに。
「っ……」
言葉もなく、二人の腰より上がなくなる。
響き渡るのは分離した下半身から血しぶきが上がる音と、鈍い音とともに落ちる二人分の上半身……。
白い光で染まった部屋は、その血しぶきを乱反射して部屋中を赤い光で満たし、私はその光景に吐き気を必死になって抑える。
「……おー、結構グロいし……なんだこれ?」
私も……そして殺されてしまった二人の冒険者も……悲鳴すら上げることもできない。
こんな光景を見たというのに、作り出したというのに、ストレンジアはまるで羽虫でもつぶしたかのような反応しか見せることはなく。
「……何々?敵を倒すと、魂が手に入ります……スピリットを一定数集めるとレベルアップをします。 レベルの高い敵は、より多くのスピリットを落としますが強力なので注意しましょう……あー、確かにあれ強そうだな」
ロングソードを今度は構え、アッガスさんに視線を送る。
「嬢ちゃん……合図をしたら奥に逃げろ……。どうやらあっちは俺をご指名らしい」
「そんな!?でも」
アッガスさんはそう言うと、抱きかかえていた私を下ろし、逃げる様に促す。
「えーと、敵はまれに逃走をすることがあります……逃走した敵は、仲間を呼んだり罠を仕掛けたりする恐れがあるため、逃げられる前に倒しましょう……。 へー」
しかし逃げ出そうとしたのを察したのか、ストレンジアは標的を私に変更し、ロングソードをもって駆け寄る。
【サクヤ君!?】
半笑い、まるで私たちを殺すのを楽しんでいるかのような表情に、私は凍り付き身動きが取れなくなる。
だが。
「おいおい!浮気はひでぇな兄ちゃんよぉ!! 俺と踊ろうぜ!」
横から突進を仕掛け、アッガスさんはストレンジアを吹き飛ばす。
巨体による一撃は、いかにストレンジアであろうとも通用したらしく、ストレンジアは吹き飛ばされ、奥へと進む扉への道ができる。
「……いって……ガードの説明遅いでしょこれ」
常人ならば、全身の骨が砕けそうな一撃に対しても、ストレンジアにとっては大したダメージにはなっておらず、ゆっくりと立ち上がる。
しかし。
「とどめだあぁ!」
アッガスさんは大剣を振りかぶりストレンジアを両断せんとたたきつける。
が。
【—―――――――!!】
金属のぶつかる轟音が迷宮内に木霊し、振動となり私の肌をびりびりとしびれさせる。
【そんな……あの一撃を、あんなロングソード一本で止めただって!?】
局長の言葉に、アッガスさんを見ると、確かにアッガスさんの一撃は、ロングソード一本で受け止められている。
もはや力量の差……生物としての力の差は歴然であり、私は絶望に膝の力が失っていくも。
「いけえええぇ!!」
そんな情けない私をしかりつけるかのように、アッガスさんは私に逃げる様に全霊で叫ぶ。
「!?! ごめんなさい!!」
その声に、私は爆ぜるように扉へと走り出す。
どうしてこんなことに……目に涙を浮かべながら……初めて出会った恐怖に心が折れそうになりながらも。
死にたくない……そんな一心で私はその場からの逃走に成功をした……。
扉を抜け、走り出して間もなく。
何かを切り裂く音が迷宮内に再度響き渡ったが……私はそれを確認することはなかった。
――――――――――――――――――――◆――――――――――――――――――
私は追い詰められた部屋で死を待つ。
冒険者の一撃を容易に耐え、頭に矢が刺さっても平然としている化け物……ストレンジア。
立ち向かうことも、逃げ出すことすら不可能なこの空間で、追い詰められた私はその異邦人を見つめることしかできない。
ロングソードを構え、ゆっくりと私に近づくストレンジア……。
「こ、来ないで……」
震える声でそう懇願に近い言葉を発するも、ストレンジアには鳴き声程度にしか聞こえていないのだろうか? 私ではなく何もない場所を向いたまま。
「えーと……。NPCは、捕獲をすることで、あなたをサポートする奴隷にすることができます……レベルに応じ、所有できる奴隷は増えていきます。いいなこれ……」
「な、なにいっ……ひぎぃっ!?」
ストレンジアの瞳の色が変わり、震える私の頭をストレンジアは鷲掴みにし、同時に耳、口、鼻から何か異様な魔力のようなものが流れ込み……脳を犯す。
「あっがっ……?!」
全てを書き換えられているかのような―――好き―――まともな思考ができず、電流のようなものが―――好き―――脳を焼き切り、そしてストレンジアに都合のいい―――好き―――感情が私の―――キモチイイ――――中を上書きしていく……。
「あっはっ、ふぅっ……あぐぅっ、ひぃん!?」
「意外と時間がかかるんだな」
必死に抵抗をしようとすると、激痛が走り……逆に受け入れそうになるたびに、今まで感じたこともないような快楽が全身に流れ込む。
「……あっ……ぐぅ……誰か……誰か、たすけて……」
自分が壊れていく感覚……その恐怖に涙しながら、消え入りそうな最後の自我で……私はそう、助けを求める。
それが最後のあがきであり……それが最後の言葉であると覚悟をしての懇願であった。
だが……運命はその言葉を、最後にはしてくれなかった。
「……っ!?あいた!?」
突然私の顔から手が離れ……私はその場に尻もちをつく。
頭にかかった霧のような誘惑は晴れ……代わりにお尻に走る痛みに呻きながらも、前を見ると……。
そこには、騎士がいた。
……ストレンジアと私の間に割って入るかのように、その騎士はストレンジアの腕を掴み、私を引きはがし助け出してくれたのだ。
その存在に実体はなく、霊体なのかその身は半透明ではあるが……それでもなお光り輝く白銀の鎧に、その右腕に握られた黒色の大楯が、彼が騎士であるということを十分すぎるほどに物語っている。
何者かは分からない……だが、私はその騎士に、なぜか言いようのない絆を感じていた。
「……またモブか……回復はこっちですりゃいいか!」
しかし、突然の来訪者に対し、ストレンジアは退屈そうにつぶやくと、男の腕を振り払いロングソードを引き抜き、切りかかる。
【—――――!!】
しかし。
「え?」
騎士は、その刃を受け止めた。
「はぁ!?」
初めて響く、ストレンジアの驚愕の声。
それも当然だ……騎士は、振るわれた刃を素手で握り止めたのだから。
ぴたりと止まったロングソード。
対して騎士の手には血の一滴も滲むことはなく、同時に。
【―――――!!】
乾いた音を響かせ、ロングソードのほうが砕け散る。
「なるほど、最悪のタイミングで流れ着いたか……ついてないなルーキー……」
「なっ!? なっ!? こいつ本当にモブ……!?」
あまりの光景に、ストレンジアでさえも驚愕しうろたえる中……。
男は刃を握りつぶした拳を振るい……。
「モブキャラだと思った? 残念! 主人公でした!!」
ストレンジアの顎を、拳で打ち抜き粉砕したのであった。